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指定席

旅を終えた二人は王都に帰ってくるようです。

このお話も、そろそろ終わりが見えてきました。

 ザンダと王都 アルテラントを結ぶ街道を一台の馬車がひた駆けていた。ベルナルドとパトリシアの二人はその馬車に揺られている。ザンダで危険を経験した二人は乗合馬車を利用する気にならなかったのだ。馬車を仕立てることで費用はかかってしまうが安全は何よりも替え難かったのだ。


「師匠にはザンダで少し見聞を深めて帰ってくるようにと言いつけられていたのです。でも早めに切り上げてしまってそんな時間取れなかったんですよね。大変な経験をした分、少しは成長してると良いのですけれど」


「まあ何も成長していないということはないだろうさ。 ただユエールがなんというかというのはなぁ……」


「ですよね…… 普段あんなにいい加減なのに勉学のこととなると師匠はやたら厳しいんですよね」


 今のパトリシア同様にベルナルドもユエールに師事していた事がある。その時に散々搾られたことを思い出しているのだろうか、彼も同様に渋い顔をしていた。


「今回の旅はテレサ夫人の思い出ばかりだな。最後のお別れの時にまですっかり振り回されてしまったしな……」


 ベルナルドの遠慮がちな視線を感じて、パトリシアは居心地の悪さを感じて身動ぎする。彼の視線が何を見ているのか、容易に分かったからだ。


 彼女は今日もテレサ夫人に送られた豪華な服の一着を身に纏っていた。


 いや、身に纏わされていた。


「そうですね。最後に泣き落とししてくるのはずるくないですか? おかげで結局今日もこんな服を着る羽目になりましたし……」


 暇を乞いにテレサ夫人の部屋に訪れた時のことを思い出すと、夫人への不満も思い出されてついつい口元が尖ってきてしまう。


「パトリシア様のことは娘と感じてしまっておりますの。別れる時にはどうか、贈らせていただいた服を着てお別れして頂きたいわ。老い先短い私ですもの、またお二人とお会いできるかもわかりません。どうか、年寄りのわがままを聞いてはいただけないかしら……」


 パトリシアが普段の格好で現れた事を咎めたテレサ夫人にさめざめと泣かれてしまったのだ。もちろん明らかな嘘泣きだとは分かっていた。しかし昨日の寂しそうな夫人の姿が思い出されてしまい、パトリシアは断ることができなかったのだ。


 その結果としてパトリシアは今、着なれない貴族風の服を着て、同じく身なりを整えた第一王子と共に、二人きりで馬車に揺られる事になっていた。


(早く王都に着いてはくれないでしょうか。こんな風に殿下と一緒にいるとなんだか落ち着かないですね)


 人によっては憧れる状況なのかもしれないが、パトリシアにとっては迷惑な事だった。少しばかりの気恥ずかしさと居心地の悪さでそわそわと心が騒ぐ。


 それというのもきっとテレサ夫人に散々揶揄われすぎたせいだろう。本当に、あの夫人には振り回されたものだと、改めてパトリシアはため息をついた。


「 楽しいお方でしたけど、殿下と私をつかって楽しむ悪癖にだけは泣かされましたわね…… 」


「俺はそこそこ楽しませてもらったかな? テレサさんには感謝するところもないわけではない。あの人に振り回されてるパティはいつになく可愛かったからな」


「殿下、そういう事をどこでもそこでも言わないでくださいね」


 向かいに座るベルナルドの軽口に釘を刺しておく。


 途端にその視線が厭わしく思えて、剥き出しの肩と胸元を隠してくれている肩掛けをもう一度羽織り直した。大判で細かなかぎ編みのそれは、あまりに恥ずかしがるパトリシアにテレサ夫人が別れ際に掛けてくれたものだ。


(おかげで殿下と二人きりでもなんとか気を落ち着けられているとはいえ、どうせ気遣うなら普段の服装で許していただけた方がよかったですのに)


 落ち着かない心のままに馬車の外に視線を投げる。そして掌の中にあるものを改めて握り直す。


 馬車に乗ってからずっと、パトリシアの掌は百日草の首飾りを弄んでいた。


 それはパトリシアが幼い頃、故郷でよく遊んでいた男の子にもらった首飾りだった。おそらく幼い自分はその男の子に淡い恋心を抱いていたのだと思う。


(これを私と思って肌身はなさずお持ちください)


 そう言ってこの首飾りをくれた男の子はそれ以来姿を見せなくなった。恋愛というには幼い恋心は今では懐かしさに変わっている。それでもその子の事を思うと、今でも温かい気持ちになる事ができた。


(今までも大事な思い出の品でしたけど、この旅でもっと大事なものになってしまいましたね)


 しげしげと手のひらの中の鎖が切れてしまった首飾りを眺める。


 これが自分の命を救ってくれたのだった。ひょっとしたら剣聖を想うテレサ夫人やシアン夫人の様に、今も自分のことを想ってくれている彼の祈りが自分を助けてくれたのだろうか?


(そう想うのは、流石に傲慢ですわね。それよりも、自ら剣を振るって敵から助けてくれた殿下にこそ感謝しなければ。今度、殿下が好きだと言っていたパイでも焼いて差し上げましょう)


 百日草の首飾りを掌の上で転がしながら、パトリシアは少し微笑んだ。


「それ、大事にしておけよ。手放さずにいたら、きっと今回みたいにお前の身を守ってくれるだろうからな」


 不意に掛けられたベルナルドの声にパトリシアは引き戻された。彼の視線は自分の掌の上に注がれていた。言われずともそのつもりだったが、殊更にそう言われると少しばかりこそばゆい。


「そうですね、今まで以上に大事にする事にします。平凡な私の人生に今回のような危険がそうそうあるとは思いませんけれど、護ってもらっていると思うと幸せですもの」


「何浮かれてるんだよ。お前の師匠もあれはあれで敵が多いんだ。気を抜いていると大変な事になるぞ? お前、運が良かったのもあるけど、俺がいなかったらやっぱり命を落としていたんだからな」


 少し得意げな様子のベルナルドにパトリシアは僅かに気分が損なわれるのを感じた。確かに浮かれていたものの、それを諌められた上に調子に乗られるのはいただけなかった。


「そんなに私のことを心配してくださるなら殿下も何か身につけるものを贈ってくださればよろしいのでは? 今回のことで守っていただきましたし、肌身離さず首に掛けておきますとも」


 ベルナルドの態度に気分を害したパトリシアは、いつもの調子でベルナルドを挑発する。煽られれば食ってかかるのがベルナルドで、彼女はそれを期待していた。


 しかし、ベルナルドは彼女の予想に反して言い返してきたりはしなかった。それどころか少し切なげな面持ちでパトリシアの胸元を見つめる。


「ベルナルド様?」


 パトリシアは知らず胸の前で祈るように両の手を組んでいた。なにか大切な言葉を待つような面持ちでベルナルドを見返す。


「いいや、それはやめておくよ」


 その視線の先で、ベルナルドは小さく頭を振った。


「そんなことをしたらお前にその首飾りを贈ったやつに悪いからな。お前のその場所は、今はまだそいつの指定席なんだろ?」


 それだけを言うとベルナルドは急に話を打ち切って窓の外に流れる景色に目を向けるのだった。完全に窓の方を向いてしまっているので、その表情は容易に窺い知れない。


 けれどもいくら顔を背けたところで、耳まで赤くなった首筋までは隠す事ができなかった。そしてそれをパトリシアが見逃すはずもない。


「それってどう言う意味ですか? というかなんでそんなに照れてるんですか?」


「うるさいな、照れてなどいない!」


 パトリシアはなぜか照れているベルナルドにその理由を容赦無く追求する。彼が素直に答える訳がないと知りつつも、なぜかその答えを求めたくなってしまう。


(照れる殿下というのも珍しいですからね。ザンダでは散々揶揄われたので少し仕返しをさせていただきましょう)


 実際、ベルナルドを存分に揶揄うのは存外に楽しい時間で、気がつけば王都を取り囲む長大な城壁が窓の外に姿を表していた。


「お前そんな余裕でいるけどな、馬車を降りたときどうするのか考えなくていいのかよ? ユエールには王都に帰ってきたらすぐに報告に来るように言われているんじゃなかったか?」


 少し怒ったような口調でベルナルドが言い返してくる。たしかにそのような予定だったはずだ。それがどうしたというのだろうかとパトリシアは首をかしげる。


「そうですね。馬車って修史院の前まで回していただけるんですよね? 疲れてるから流石に歩きたくないですしそうしていただきたいのです。師匠への報告なんて面倒な事、後回しにしたいところなのですけれど、言いつけを破ると後が大変ですから……」


 呑気な様子のパトリシアに呆れて、ベルナルドの声は少し声の調子を落とした。


「お前、自分が今、どんな格好でいるのか忘れてやしないか? そのままユエールの前に行ったら、しばらくは揶揄いの種だぞ、きっと」


 パトリシアは指摘を受けて改めて自分の身体に目を落とす。


 普段のパトリシアといえば王宮のお仕着せを着ているか、あるいは街娘風の服を着ているかだ。しかし、今は身の丈に合わない豪華な貴族の子女が身につけるような服を着ていた。


 しかもそれは、年頃の娘が特別な関係の男性の前でだけ着るような仕立てと聞いている。


 こんなものを着てベルナルドと二人で師匠の前に立つわけにはいかない!


 ベルナルドの言わんとしている事にパトリシアの理解が追いつく。それと同時に、彼女の分別は急速に失われていった。


「き、着替えます! こんな格好で師匠の前に出たら、毎日の様に揶揄われるに決まってます! 」


「おいバカ、ここで脱ぐな! 見える、見えてしまうぞ!」


「毎日まいにち『今日はあの服は着ないのですか?』みたいに嫌味ったらしく言われるに決まっています! そんなの無理です、耐えられないです!」


 馬車の中は大変な騒ぎになっていた。


 パトリシアは着替えると駄々をこね、ベルナルドの目も気にする事なく服を脱ぎ捨てようとする。ベルナルドはそんなことをさせてはならないと必死に押しとどめる。


 激しく揉み合う二人の動きに悲鳴を上げた馬車の車体が大きく揺れる。何事かと馬車を操る御者が訝しんだのも無理からぬことだった。


「殿下が見なければいいのです! 向こう向いててください! 目を瞑っててください! なんならちょっと馬車降りててください!」


「降りられるか、阿呆! だいたい着替えるって言ったってお前、替えの服は全部屋根の上だろう、もう諦めろ!」


 必死にパトリシアの身体を抑えながら、ベルナルドはもう少し指摘の仕方を考えれば良かったと激しい後悔に駆られていた。


「このまま師匠の前に出るなんて、絶対にイヤですぅ〜〜〜〜!!!!」


 パトリシアの泣き言を後ろに響かせながら、馬車は王都の門をくぐり抜けようとしていた。

ここまで読んでいただいてありがとうございます。

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