オークション
ネットオークション以外のオークションを実はあまり知らない……
「金貨2000枚だ」
枯れ木のように痩せた腕で番号札を掲げた老人が、その痩せさばらえた身体に見合わぬ力強い声で宣言する。最後まで自分の番号を掲げて老人と争っていた数人が、一人また一人と腕をおろしてゆく。
「2000枚、金貨2000枚より上はございませんか?!」
舞台の上で派手な服装の司会者が声を張り上げている。さあさあ、と一通り会場を煽るものの、結局それ以上の値段を発する声は出ないようだった。
「それでは『疾風の外套』は金貨2000枚で落着です。43番様、おめでとうございます」
司会者は舞台の上で大げさな身振りで一礼して所有権が確定した事を宣言する。老人は慇懃な司会者の礼を受けて満足げに頷くと、ゆったりと掲げた番号札を下ろした。
オークションが始まってから、かれこれ数刻の時間が過ぎている。
前評判の高かった今回のオークションは大方の予想通りの盛り上りを見せている。先程のように大きな金額が動いた品物がいくつもあり、会場は熱気に包まれている。
(ちくしょう、あの外套は俺が落としたかったのに……)
(ちょっと場が温まり過ぎてないか? 狙ってるアレの値段が跳ね上がりそうで困るんだけど)
(そろそろ、だいぶ話題の品物も出尽くす頃合いだと思うんだが、次は何が出てくるんだ?)
(やっぱ、剣は大トリかな? 全財産持ってきたんだ、なんとしても手に入れたい!)
舞台の上で次の出品の準備が進むのを待つ間にも、オークションの参加者たちの囁き交わす熱のこもった声が会場内に響いていた。
オークションの会場は司会者が出品物を紹介する舞台と、それを取り囲むたくさんのブースとで構成されていた。参加者達はそれぞれに割り当てられたブースから、
舞台を眺めながらオークションに参加する。
「テレサ様のおかげで競り落とす物をかなり絞ることが出来ましたね」
パトリシアもまた、ベルナルドとともにブースの一つからオークションに参加していた。ブース備え付けの長椅子に並んで座る二人には、会場の熱に浮かされている様子は見えない。
パトリシアはオークションの出品物の目録をパラパラとめくっている。落札しようと目星をつけた品物のページはすぐ分かるように折り目をつけてあったが、その数はそう多くはないようだった。
「確かになー。テレサ夫人に教えてもらわなかったら俺、剣聖の剣に自分の手持ちを全部突っ込んでた自信があるぞ」
「例え謂れに間違いがあったとしても、あの剣自体にも価値があるのでしょう? 競り落としたら良いじゃ無いですか」
「謂れの分高くつくからなぁ。アガタの剣だって別に手に入らないわけじゃ無いし。グエンに頼めば良い鍛治師を紹介してもらえそうだろ?」
ベルナルドは肩をすくめて長椅子の背もたれに身を預ける。実のところ、二人がそれほど熱に浮かされていないのには理由があった。
(このオークション、目玉の出品物ほど謂れが不確かなのですよね)
大賢者ユエールから編纂局として蒐集するように言われていたのは、特別な加護を持った武具や装身具といった品々だった。
剣聖スワロフが各地に残した逸話には、特別な加護を持つ品々が出てくる。そういった逸話で語られた品々が今回いくつも出品されていたが、その大半がどうも謂れがはっきりとしないのだ。
「テレサ夫人と出会うことがなかったら、大変なことになっていたかも知れませんね」
「そうだな、オークションが終わったら改めてお礼をしないといけないな」
それらの品々は何らかの加護を持つ”本物”であることは間違いないようだった。けれどもテレサ夫人に言わせると、記憶にある品とは色や形が微妙に異なるようなのだ。
ちなみに当の夫人は別のブースからオークションに参加している。パトリシアが何かを落札する度に、離れたブースから健闘を讃えて拍手を送ってくれたりしていた。
(狙っていた物をおおよそ落とせたので一安心ですわね。これで王都に戻って師匠に嫌味を言われるようなこともないでしょう)
結局、パトリシアはテレサ夫人が太鼓判を押したいくつかの装身具を落とすことに決めて今日のオークションに臨んでいた。剣聖の残した逸話の中で語られるようなことも少なく、それらの品々に注目する人間はほとんど居なかったため、余裕を持って落札することが出来ていた。
所在なさげに目録をパラパラとめくっていたベルナルドが不意に顔を上げた。少し興奮した様子でパトリシアの肩を揺すって声を上げる。
「パティ、そういや、すっかり忘れてたな。例のアレ、まだ出品された無いぞ?」
「ちょっと、ベルナルド様落ち着いて下さい。例のアレとは一体なんですか?」
「お前が忘れてどうするんだよ。ほら、ハンカチだよ、ハンカチ!」
ベルナルドに指摘されて漸くパトリシアも気がついたようだった。そもそもこのオークションに参加することになった切っ掛けは『シアン夫人のハンカチ』であったはずなのだ。
(アレほど楽しみにしていたというのに、なんでいまの今まで忘れていたんでしょう…… 私としたことが全くうっかりしてましたわ……)
それをベルナルドに指摘されるたとあって、パトリシアは自分の迂闊さ加減に少し落ち込んでしまう。
「今までそれっぽい物はなかったよな? あーひょっとしてこれか? 喜べパティ、大トリの一つ前のこれじゃないか?」
目録を素早く捲って残り少なくなった出品物を確認したベルナルドは、最後の方のページを広げてパトリシアに示した。
剣聖スワロフの日用品セット(筆記具、手ぬぐい、ハンカチなど)
そこにはそう、記されていた。
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