〔番外編 2〕高坂姫乃の策略
※必ず本編読了後にお読み下さい。
私はマリが嫌いである。
初めてマリと出会ったのは中学入学直後のこと。
私が、クラスの女子の親睦を深めつつ、気に入らないモブ子をハブるために、わざわざモブ子以外の女子全員をボーリングに誘ってやったというのに――、マリはあっさりと「今日は予定があるので」と断ってきた。
それに乗っかるようにして、他の女子も「予定があるし」「今日はやめとく」「ボーリングは苦手」等と言いだし、結局半数近くが参加しなかったので、私のメンツは丸潰れ。モブ子をハブる計画も台無しになってしまった。
その後も、マリにサクッと潰された計画は、数知れない。マリ本人を無視してやったこともあったが、無視されたことにも気付いていない様子。
本当に腹が立つ。地味顔のくせに。友達も少ないくせに。
そんなマリのことも、高校卒業後はすっかり忘れていた。先日、一時保育で働いている友人に会いに行ったときに、マリと鉢合わせをするまでは。
一目見て、マリだと分かった。
平凡な顔は学生の頃からほとんど変わっていない。化粧も服装もパッとしない。
なのにここから出てきたということは、マリには生意気にも子どもがいるのか。私はまだ独身なのに。
先を越されたようでイラッとしたが、私は大人の対応として、マリに笑いかけた。
「あら、久しぶりね。」
その日の私は友人と会うため、メイクも服装も気合いを入れていた。かたやマリは、見るからに適当な服装。
――どう? 素敵でしょう?
学生の頃より一層差がついてしまったという事実を、受け入れなさい。
私が勝っている、はずだった。
しかし、マリは特に表情も変えずに私を見ると、小さく首を傾げたのだ。
「――どちらさまですか?」
こ う い う 奴 だった!
マリは私のことを忘れていた。それとも私が綺麗になりすぎて分からないだけだったのか? いずれにしても、私は一目でマリだと分かったのに、マリは私のことを歯牙にもかけないのだ。
わざわざ名乗って思い出してもらうのも、なんだか負けたみたいで癪に障る。
私は「――人違いみたい。」と呟くと、そのままさっさと、踵を返した。
その後も、マリのことが頭から離れなかった。
あの無感情女と結婚する男は、一体どういう男だろう。きっとろくでもない男に決まっている。私の彼氏の方がずっと格好よく、頼りになるはずだ。
さりげなく一時保育で働いている友人から、マリの情報を聞き出すと、マリは来週末に子どもを預けて、夫婦で洞窟探検ツアーに行くらしい。
――洞窟探検?
分からないセレクトだ。なぜわざわざ、洞窟なのか。でもあのマリのことだ、そういうこともあるだろう。
私は閃いた。
私も彼氏を連れて、そのツアーに参加したら?
マリの旦那も見ることができるし、マリに高スペックな私達を見せつけることもできる。
マリに、「素敵な人達だなー」と羨ましがらせた後で、私が正体をバラすのもいい。
もしかしたらマリの旦那は、私の方を好きになってしまうかもしれない。
「〜〜♪」
ちょうど最近、退屈していたところだ。
計画即実行、をモットーにしている私は、早速、マリが参加するという洞窟探検ツアーに申し込んだ。
彼氏は探検系イベントは好きなようで、ノリよく、参加を了承してくれた。
しかし当日、気合いを入れたファッションで現地に向かった私は、インストラクターから渡された「探検グッズ」を見て、フリーズした。
※※※※
最初に渡されたのは、青いツナギとヘルメット。
――ナニコレ!? こんなの着ないと、いけないの?
私は申込の際に、説明をよく読んでいなかった。普通の観光に毛が生えた程度のツアーだと思っていた。
こんなツナギを着たら、せっかくのファッションは台無しだし、ヘルメットをすればヘアセットだって乱れてしまう。
私は嫌々ながらツナギに着替えたが、鏡を見たら、やっぱり似合わない。イケメンの彼氏すら、かなりダサく見えてしまう。
――こんなツナギを着れば、誰でもダサくなるわよね。
そう思いながら、到着した集合場所。
そこには――。
大天使がいた。
木漏れ日の中、石の上に浅く腰掛けるのは、金髪碧眼の男性。
人間離れした美貌に、色気のある鋭い目。スラッとした長身で、このダサいはずの青いツナギすら、1つのファッションのように着こなしている。
色めき立ちながら、それを遠巻きに見つめる女子たち。まるで彼のための写真撮影の会場のようだった。
「ひえー、カッコいい人がいるなあ。参加者かなあ。」
のん気に言う彼氏の横をすっと通り抜けて、大天使のもとに向かった平凡な女は……。
――マリ!!
大天使と知り合いのようである。
――まさかまさか。まさかあの男が……っ。マリの旦那なの!?
このダサい支給品のツナギを着ていてなお、あの美しさ。普段は一体、どれほどカッコいいことだろう。芸能人にだって、ちょっといないのではないだろうか。
――なんでマリが!
私は地団駄を踏む思いだった。
マリがそんなに良い男をつかまえられるはずがないから、何かダメなところがあるはずだ。
私はマリと大天使の後ろの位置をキープしながら、意地悪な目線でチェックを続けたが、悔しいことに、何をしていても格好いい。
準備運動だって様になっている。あの身のこなし、日頃から何か、運動や訓練をしているのかもしれない。
――でもでも、実はすごく性格の悪い男だとか?
私は邪推したが、しかし、性格など、淡々とツアーを回っているだけで分かるものではない。
洞窟内に入って1、2時間も経つと、かなり疲れてきた。私は普段、運動なんてしていないのだ。
彼氏も彼氏で疲れていて、私を気遣う余裕もないみたい。
それなのにマリの方ときたら、人目が少ないときを見計らって、大天使と何か囁きあったり、こっそりアイコンタクトまで交わしている。
その様子は傍から見ても、信頼し合い、労りあっているという他なかった。
―――あー悔しい悔しい!
あーもう。ホントにいらつく女ね。
あんたなんか、この崖から足を滑らせてしまえばいいのに!
私が内心で毒を吐いた瞬間、前の方からガラガラと大きな音がした。
まさかと思いながら前に進むと、どうやら、マリと大天使が、崖下に落下したようだ。
――ウソでしょ!
私、何もしてませんけど?
何が起きたの。死んだ? 死んだの?
挙動不審に戸惑う私に、後ろを進んでいた彼氏が追いついてきた頃。
大天使がマリを抱き上げたまま、穴の底から這い上がってきた。
――生きてたー!!
どうやら二人とも無事みたい。そしてこの男の、何という身体能力!
とても常人とは思えない。マリを思う故の、火事場の馬鹿力なのか。
その後、大天使は険しい表情で緊張感を漂わせ、マリを抱き上げたまま離さなかった。そして少し広いエリアに出るや否や、インストラクターの制止を無視して出口の方向に走り去っていった。
一刻も早くマリを休ませ、医師に見せたいと思っていることは、誰の目にも明らかだった。
傍目を気にせず、ただマリを思うその姿に、周囲の女性からはため息が漏れた。
しばらくして私達が洞窟から出た頃、休憩室のある棟の方から二人が戻ってくるところに鉢合わせた。インストラクターが、救急車を呼ぼう等と、二人に声をかけている。
大天使はマリの元気な様子に安堵したのか、先程とは打って変わって、穏やかな雰囲気になっている。心底、ほっとしたのだろう。
負けた――。
私は敗北を認めざるを得なかった。
彼氏に荷物を持たせ、さっさと帰り支度をしてしまおう。
――せいぜい、幸せになるといいわ。
私は、マリに名乗らなかった。最初から最後まで、マリは私に気付いていなかった。でも、それももういい。
明日は間違いなく、筋肉痛だ。
※高坂姫乃は、マリの夫の私服姿を見ることなく、帰っていきました。
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