604-31 橋づくり2
その拍子に身体が大きく揺らいで、その勢いのまましゃがみ込んだものだから、わたしもロビクさんも思わず手が伸びかける。
落ちちゃうかと思った。
「びっくりした……。ヤヨイちゃん、大丈夫? ……風邪?」
ずびー、と鼻をすするヤヨイちゃんはしかし、鼻声で、やかましいやかましい、とつぶやくだけ。
ただ、しゃがんだことで、ちょっと安定感が増したように思えて、ちょっぴり安心する。ほんのちょっぴりだけれども。
「風邪やない、違う。それはともかく。この調子なら今日中に支保工は完成しそうじゃし、明日にもいよいよアーチの石組みに取り掛かれそうじゃな」
「えー、あ、はい。そうっすね。いけると思うっす」
ここのところ暖かい日も増えてきて、季節の変わり目でもあるし、多分風邪なんじゃないかな、とは思いつつ、一旦それは置いておいて。
明日からまた石積み作業となると、エイラちゃんにも知らせてあげないと、と思う。
作業の進捗が良かったから、思ったよりお休みが短くなっちゃったのが気掛かりだけれど……。無理はしないように、また見ておいてあげないと。
「さっき石切場の方も見てきたが、あっちもなかなか順調なようじゃったからな。この分なら秋を前に完成させられるかもしれんな……ひひひ」
「ヤヨイちゃん、笑い方がちょっと……」
悪だくみしているような、にやけ笑いだった。
「やかましいわ」
むっとしたヤヨイちゃんが、立ち上がりながらひっつき虫を投げてきた。
……なんで持ってたんだろう。
また、ずびー、とヤヨイちゃんが鼻をすする。
「ところであんたらは小休止か?」
「うん、ちょうどお昼にしようとしてたところ」
鼻をすすりながらのヤヨイちゃんに答えると、ヤヨイちゃんは太陽を見上げて、あー、とつぶやいた。
「もうそんな時間か。そうじゃな、儂も昼ごはんを食べに一旦帰って──」
ずるっ、と。
「「あっ」」
不安に思ってずっと目を向けていたから、しっかりその瞬間を見てしまった。
あまりに衝撃的な光景だと、一瞬のできごとでもコマ送りみたいに見えるらしい。
それは大きく3工程のできごとで──
1、ヤヨイちゃんがバランスを崩して足を滑らせた。先に左足が木材を渡していない開けた方に落ちて、続いて右足はその反対側の、木材と木材の隙間に滑り落ちた。
2、隙間にはまった右足を軸に、身体が仰向けに木材を渡していない方へ大きく傾いていった。わたしとロビクさんは反射的に手を伸ばしたけれど、届かなくてそれ以上動けなかった。
3、勢いよく逆さ吊りの状態になった。その勢いと、ヤヨイちゃん自身の体重とが合わさり、その力が引っかかっていた右足に集中して、てこの要領で、こう……ポキッ、といった。
本当に、ポキッ、とか、ボキッ、みたいな音が響いたのだ。
「うぎゃあああああああああぁぁぁ!!」
「わああああああああああぁぁぁ!?」
「うおわああああああああああああ!?」
3人分の叫び声が川の水音までかき消した。
返ってくるやまびこに続いて、遠くからフゲール親方の、どうした!? の声も聞こえてくる。
「あだ! あだだだだ!?」
「んあ! や、ヤヨイちゃんだめ! 動いちゃだめ!」
「ちぎれるっすから! 今引き上げるっすからじっとしててくださいっす!」
右足に関節が増えている時点で重傷なのだけれど、あまりに勢いよくいったものだから……ぽっきりいったところがよく見えてしまっていて、よりひどい。
当のヤヨイちゃんは、着ていたポンチョがひっくり返ってしまって自分の状況が見えていないからか、もがいて暴れて振り子みたいに揺れている。
見ているだけで痛くてたまらない。
ロビクさんとふたり、大慌てで上に回って、絶叫するヤヨイちゃんを引き上げる。
てんやわんや。
川岸まで担ぎ出して、親方さんたちと、どうするこうするどうしよう……。
コーレイト先生のところへ運ぶにしても、こんなにぶらぶらしたままでは良くないだろう、という話になって、即席の担架を作るのと並行して添え木を巻きつける応急処置をする。
「あだだだだだ!!」
「一瞬だけ! ごめんね、ちょっと我慢してじっとしててね!」
「いや、あだだだだ! ちゆ、治癒魔法! 治癒魔法があるじゃろ、はよ!」
「え……あ、うん分かっ……あっ」
その手があった、と反射的に魔法を使おうとしかけて──だめだった、と思い直す。
「ごめんヤヨイちゃん。わたしじゃ許可なく治癒魔法は使えなくて……」
治癒魔道士補佐の免許までしか持っていないわたしは、本職の人の許可がないと治癒魔法は使えないのだ。
いちおう緊急事態だったら事後許可も良かったような気はするけれど……、今がその緊急事態なのか分からない。怪我人の命に関わるというのが基準なら、今のところは当てはまらなさそうだし……。
「そ、あん……だだだだ、だ、なんでもええから、はよどうにかしてくれぇぇ……!」
結局、その場では応急処置だけに留めて、ヤヨイちゃんは担架でコーレイト先生のところへ運び込まれた。
そして、派手にいったわねぇ、と感心した様子のコーレイト先生の指示のもと、ロミリーとまだ先生のところにいたエイラちゃん、わたしの3人が寄ってたかって、ヤヨイちゃんの怪我を治しにかかる。
慣れきらない3人で、微妙に手間取りながらの治療の間、はよ……はよ……、とヤヨイちゃんは青い顔で終始呻いていたけれど……。
なんとか無事に、ヤヨイちゃんの足は綺麗にまっすぐ繋がったのだった。
ちなみにその後、コーレイト先生に訊いてみたところ──
「ノノカさんの言う通り、事後承認の基準となると、怪我人の生死に関わるかどうか、が一般的ですね。ただ……その点、不死の魔法使い様はちょっとやそっとの怪我では死なないからこそ不死の魔法使いなのですから、今回のオータさんの場合は、厳密に言うと対象外になるでしょう。ですから、規則上は正しい判断だったと思いますよ」
──とのことだった。
もしもあの場で治癒魔法を使っていたとしても、とがめる人はいなかったと思うけれど、それでもいちおう正しいことをできていたようで安堵する。
……まぁ、その分ヤヨイちゃんの痛い思いを長引かせてしまったことは心苦しかったけれど、怪我も治してあげられたことだし、ひとまず今回の事故? については一件落着。
ところで、橋づくりの方。
監督していたヤヨイちゃんが怪我をしたものだから、当然、中断することになった。
とはいえそこは治癒魔法のお陰で、中断するのは2、3日程度。それから治療後の経過を見て、大丈夫そうだったら再開することになっている。
あれだけ派手な骨折でも数日で元通りの生活ができるようになると思うと、改めて魔法のすごさを感じる。
ただ、当のヤヨイちゃんは治療にちょっと不満があったらしく。
「魔法での治療なら、その場で完治させることもできるじゃろうに、なんでやりきらんと半端で止めるんじゃ……。くそぅ自分で魔法が使えれば……。足の中がむずむずする……」
「んー、まぁ仕方ないよ。魔法での治療ってそういうものらしいから……」
コーレイト先生曰く、魔法で怪我の治療をするときは、魔法で完全治癒させてしまうのではなくて、少し手前で止めて仕上げは自然治癒に任せるものなのだそう。
魔法で治しきるのは簡単だけれど、怪我以外の問題があったときにその部分まで覆い隠してしまうかもしれないからとか、なんとか……。
「でも、普通に治すよりずっと早く、もう大分良くなったでしょう?」
「はん。たっかい治療費払わされたんじゃから、そうでなかったら困るわい」
右足を地面にぱんぱんと当てて音を立てるヤヨイちゃん。
この様子なら大丈夫そうかな、と思いつつ、エイラちゃんの淹れてくれたお茶をひとくち。
びっくりするようなトラブルもあったけれど、それも無事乗りこえて、基礎まで終えた橋づくりはその後も続いたのだった。




