602-72 橋づくり1
テフミス川は、ミフロのある山間の平地、その真ん中を北から南へほぼまっすぐに下る川である。
川幅は狭いところでも10トカくらいあって、深さも真ん中の方は胸くらいまであるらしい。
ミフロのあたりでの流れは基本的に穏やかなことが多いけれど、上流の天気などによっては激しい流れになることも少なくなくて。わたしの知る限り、このあたりで氾濫したことこそないものの、雪の溶けだす春には水量が増えたり、雨の多い夏の間はちょくちょく濁流になったりしているのを見たことがあった。
そうやって時々荒れるし、今までは西岸の開拓だけで充分な土地があったから、本格的に橋を架けようとしたことはなかったみたい。
でもここ数年に至って、にわかに移住者が増えてきて土地が不足し始めており……さらにそれは、この村に不死の魔法使いがふたりもいるのが原因のひとつだとかなんとか……。
専門外とはいえ、わたしたちが原因ならできることはやりたい。
というわけで、その日はなんだかテンションが高めのヤヨイちゃんの先導で、現地で簡単に予定の説明をしてもらうことになった。
架橋予定地はミフロの目抜き通りの延長線上のあたり。
枯草を踏み分けて川岸に下りると、澄んだ水のささやく音がよく聞こえてくる。
ヤヨイちゃんは周りを一望してから、水際の石の上に飛び乗った。
「危ないよ?」
「やかましい」
川を上へ下へ見渡すヤヨイちゃん。
わたしとエイラちゃんがそばまで寄ると、おもむろに川の方を指さす。
「このあたりに石組みのアーチ橋を作るつもりじゃ」
「ん? 石組みなの?」
「おうよ。全部な」
ヤヨイちゃんが腕を組む。
すると隣でエイラちゃんの吐息が漏れるのが聞こえた。
見れば半ば以上に諦め顔になっていた。
「……サクラ様やわたくしは、大量の石を抱えて運ぶ、ということなのですね」
「あー、大変そうだね……」
《ストレングス》の魔法で力仕事を頼みたい、と聞いていたから、それなりに覚悟はしていたし、基礎は石組みになるかな、とも思っていたけれど……。
そうか、全部かぁ……、と思った。
まぁ、わたしの場合は半日《ストレングス》を使いっぱなしでも多分平気だから良いけれど、さすがにエイラちゃんはそうもいかない。
「エイラちゃん、無理はしないでね? 大変だったら、わたしに任せてくれれば良いからね」
「…………いえ、魔法の修行だと思って頑張ろうと思います」
「ええ心掛けじゃな!」
いつにも増して表情が萎れてしまっていたけれど……。
頑張ろう、と言うのなら、応援していきたいから、わたしは強く頷いた。
少し話が逸れてしまったけれど、ヤヨイちゃんの説明に戻る。
「3つのアーチを組もうと思っとるから、基礎は両岸と川の中に2つで計4か所作ることになる。川の中の基礎を組むには、最初に川底に木材を打ち込んで囲いを作って水抜きをするから、あんたらにはまず木槌を振り回して木材を打ち込んでもらうことになるな」
「……川の中に入ってやるの?」
「あほか。凍え死ぬつもりか? 足場は組んでもらうからそこでの作業じゃ」
「そっか、そうだよね、良かった。……もう凍え死ぬのはいいかなぁ……」
こちらに来たばかりの頃を思い出すね……。
ふたりとも首を傾げているけれど、わざわざ説明するのも恥ずかしいのでしない。
「まぁそれはともかく。水を抜いたらさらに基礎の杭打ちと石組みと続くからな、あんたらにはその辺の力仕事をやってもらうつもりじゃ。石の切り出しから資材やらの搬入は親方殿んところに頼むし、組み順やらは都度儂が指示するから、細かいことは気にせんで良い」
「うん、分かった」
木槌の振り方の練習でもしておこう、と思った。
「あとは支保工……木型みたいなんを作ったりはするがそれ以外はひたすら儂の指示通りに石を組めば良いからな」
「……本当に、最初から最後まで《ストレングス》ありきなのですね……」
「……無理はしなくて良いからね?」
「……はい、ありがとうございます」
滅多に疲れを見せないエイラちゃんが、もう今からちょっと疲れた感じになっていた。
今日のお茶の時間には、いつもより多めのシロップ漬けを持ち出してあげようかな……。
エイラちゃんの頭を撫でてあげながらそんなことを思っていたら、ヤヨイちゃんが石の上から飛び降りて戻ってくる。
「大まかな工程は今言った感じじゃ。とりあえず、4月には基礎だけでも作っときたいからな、来週からぼちぼち始めていくからそのつもりでな!」
「うん」
「……承知しました」
ヤヨイちゃんは大きく笑って。
わたしとエイラちゃんは小さく笑った。
◇
それからおおよそ1ヵ月半が経って、4月の中ごろ。
橋づくりはせかせかと進み、両岸と川中、4つの基礎はもう完成していた。
これが早いのか遅いのかは、誰も分からないのだけれども。
そして今は、次の行程として支保工の組立作業中である。
支保工というのは、石を乗せてアーチを組み立てるための木製の土台のことで、都合、けっこう大きなかまぼこ型の木枠だ。
この木枠の組み立ては、フゲール親方さんたちに任せれば良い、とヤヨイちゃんは言っていたけれど、このパーツがまたけっこう大きいもので。連日《ストレングス》の魔法を使っていても、わたしはまだまだ余裕もあるから、この木枠の組み立ても手伝わせてもらっている。
ちなみに、この木枠ができるまでエイラちゃんは橋づくりはお休み。
《ストレングス》の魔法はけっこう疲労が大きいようなのだけれど、それでも基礎の組み立て中は毎日のように頑張ってくれていたから、しっかり休むように念を押してあった。
ただ、今はその分の空いた時間にはコーレイト先生のところへ行って勉強しているみたいで。常々思っているけれど、改めてエイラちゃんはすごく働き者で勉強熱心で、本当に良い子だ、と思うし頭が下がる……。
話は戻って。
木枠の組み立ては、基礎と基礎の間に仮の木橋を架けるような要領でパーツの木材を渡して、かまぼこ型に組み上げていく感じである。
一応足場はあるけれど、渡した木材の上で作業をしている時間が多いから、梁の上を歩いているみたいで、前に建物の解体作業を手伝わせてもらったことを思い出す。
一緒に作業をしているのも、あの時一緒だったロビクさんだしね。
でも懐かしんで油断して、川に落ちないようには気をつけないと。
……まぁ、実はもう既に一度、足を滑らせて落ちていたりするのだけれども。
あまりに水が冷たくて、また心臓が止まるかと思った。
その時は幸い流れが落ち着いていたころで、すぐに川岸に上がれたけれど、今は雪解け水が増えてきて、そこそこきつめの流れになっているから、なおのこと気をつけなければいけない。
そんな感じに気合を入れ直しつつ、かまぼこ作りに精を出す。
今取り掛かっているのは、かまぼこの背中──アーチを形作る石を乗せていく部分に厚い木材を渡していく作業である。
このかまぼこ、中までぎっしり詰まっているわけではなくて、薄切りのかまぼこが4つ平行に間をあけて並んだ配置になっている。だからそのままでは石を積めないので、それなりに厚くて丈夫な木材を横に渡して留めて、アーチの土台として完成させるのだ。
横に渡した木材同士の間は、握りこぶしが楽に通るくらい隙間が空いているから、遠目にはかまぼこの背中にすだれが掛けてあるように見えるかも。
朝から始めたかまぼこ3つにすだれ布団を掛けていく作業も、折り返しに差し掛かってちょうどお昼前。
休憩にしましょうか、と伸びをしていたら、向こうのかまぼこから、すだれの布団をひょこひょこと渡ってくる小さい人影が。
「ヤヨイちゃん、危ないよ」
「だいぶ作業は進んどるようじゃな!」
それは機嫌の良さげなヤヨイちゃんだった。
見ていてひやひやするわたしたちをよそに、ヤヨイちゃんはポンチョを軽快にひらめかせながら真ん中のかまぼこのてっぺんに飛び乗る。
もうその辺りからこちらは木材も渡していないから、足を滑らせれば川の中に真っ逆さまなので、見ていて怖い。
「まぁ作業は順調なんすけど……オータ様、おっかないんであんまりぴょんぴょん跳ねないで欲しいっす……」
「うん。川の水すごく冷たかったから、落ちたら大変だよ……」
わたしもロビクさんも、足場に回ろうとかまぼこを降りかけていたところだったから、てっぺんのヤヨイちゃんとはそれなりに距離がある。
もしもの時にも受け取れられない、と心配しきりなわたしたちを見て、ヤヨイちゃんは呆れ顔になる。
「儂ゃそんなドジやない。心配しすぎじゃ……どへっくしょい!!」
派手なくしゃみだった。




