602-71 ヤヨイちゃんの宣言
エイラちゃんの誕生日から2週間ほど経ったある日。
お昼ごはんを食べに調薬棟を出ると、ちょうど同じタイミングで、ヤヨイちゃんの工房からも3つの人影が出てくるところだった。
お客さんかな、と思いつつ近くに差し掛かると、それはヤヨイちゃんともうふたり──村長さんとフゲール親方さんのお弟子さんのひとりのおじさんで。
不思議な組み合わせに思いながらふたりと挨拶を交わして、小首を傾げながらヤヨイちゃんの方を見る。
「んーと……」
「ちょっと用事で出掛けるから、エイラに儂の昼ごはんは後でええと言うておいてくれ」
「あ、うん」
そのままヤヨイちゃんはふたりと一緒に麓へ下りていった。
そして、その日の夕ごはんの席。
パンをかじりながら、そう言えばな、とヤヨイちゃん。
「昼に村長殿らと話をしてきてな。儂らでテフミス川に橋を架けることになったからそのつもりでな」
「…………んぇ?」
他愛のない世間話のような物言いだったけれど……。
眉間にシワを寄せるエイラちゃんと目が合った。わたしの捉え方がおかしいとかいう訳ではなさそう。
「えっと……。橋を架ける、って……橋を作るの?」
「おう」
「……『儂ら』って、わたしたちで……?」
「おう」
「え、えー……?」
ヤヨイちゃんはあっけらかんとしているけれど、本当に突拍子もない話だった。
どこから言及すればいいのか悩ましい。
テフミス川はこのミフロのある山間の真ん中を下る川だけれど、けっこうな川幅がある。そこに架かる橋となると、相応の大きさになると思うのだけれど……その橋をわたしたちで作る、って……。
「……わたし、橋の作り方なんて分からないけれど」
「……サクラ様……」
エイラちゃんがほんのりため息を吐いた気がした。
「別にあんたらは難しいことは考えんでよい。設計なり監督なりは、この儂が、すべて任されたからな! あんたらには《ストレングス》の魔法を使っての作業をしてもらう腹積もりじゃ」
「ヤヨイちゃん、橋まで作れるんだね」
「おう。まぁ昔、作り方を本で読んだだけで実際に作ったことはないがな!」
「……えぇ? そ、それは……」
なぜかヤヨイちゃんは得意気だ。
大丈夫なの……? という言葉を口にするか悩みかけたところ。
「……大丈夫なのですか?」
エイラちゃんが眉間のシワを深めながら、わたしの言いかけたことをずばり訊ねた。
「うん? まぁ何とかするわい。儂が器用なことはエイラならよく知っとるじゃろ?」
「……器用……ではあるかもしれませんが。……としても、村長殿もなぜフゲール様などではなくオータ様に……」
それはわたしもちょっと気になっていた。
ミフロの建築関係は基本的に全部フゲール親方さんのところが請け負っていたはずだし、お昼にヤヨイちゃんのところにはそこのお弟子さんも来ていたから知らないなんてことはないはずなのに、どうしてだろう?
「それはじゃな、フゲール殿のところには大きな橋を架けられるような技術がないからじゃ。そこで儂に話が回ってきた」
「……いくらフゲール様方に技術がないからと……」
ちょっと無茶ぶりな気もする。
「外から技術者さんを呼んできたりした方が良いんじゃ……?」
「あぁ、本来ならそうするらしいがな。ギルドの技術者が人手不足で、何年か先まで予定が詰まっとるらしい」
「……別にそれを待ってからでもよろしいのでは?」
「急がにゃならんらしいぞ。あんたらならここ最近でこの村の人口が増えとることはよう知っとるじゃろ?」
ヤヨイちゃんの説明によると。
なんでもここ数年、外部から移住してくる人が増えていて、いよいよ土地が不足してきているとのこと。
確かにミフロにはちょくちょく知らない人が増えているし、人が増えている、とか、家が足りない、という話はわたしも何度となく聞いたと思う。
今は中心部の農地を潰して家を建てているらしいのだけれど、その分減った農地を拓くスペースがもうほとんどないらしく。
ハルベイさんのところの商会があるから食料不足にこそならなくても、食料品の輸送が増えて日用品がその分減ってしまえば、ミフロだけインフレが起こりかねないと商業ギルドが懸念を持ち始めたようで……。
そんな訳で、ちょっと慌ただしく川向こうの土地の開発に取り掛かることにしたらしい。
もともとミフロは開拓地で、橋がなくて行き来が大変な対岸の土地は文字通り手付かずの森が広がっていた。
橋を作って向こう側も開拓すれば、こちら側とほとんど同じ面積の平地が使えるようになる見込みで、これで一気に土地問題を解決したいのだとか。
つまり、この橋づくりはけっこう重要な事業だった。
「……フゲール様方は、その橋づくりには参加されるのですか?」
「むろん手伝ってもらうぞ。と言うよか、あんたらには手間の掛かる重いもんをさばくのをやってもらうだけじゃから、その他諸々は全部フゲール殿らにやってもらうわ」
「…………橋づくりが大事なことであることは理解しました。が、それでも本当にわたくしたちが参加する必要はあるのですか? わたくしはあくまでサクラ様の身の回りのお世話をさせていただいている身ですし、サクラ様ご自身は調薬師としてお仕事なさっています。橋づくりは、いかんせん本分とかけ離れたことだと思いますが」
いくらか眉間のシワは和らいでも、どうにも納得のいかない様子のエイラちゃん。
わたしとしては手伝うことはやぶさかではないから、そこまで気にしなくても大丈夫だよ、と声を掛けるタイミングを計っていたところ。
「なかなか強情なやつじゃな……。まぁ言わんとしていることは分からんでもないが。ただそれはあれじゃ、人が増えとる原因のひとつが儂ら不死の魔法使いにあるもんじゃからな」
「……んぇ?」
予想外の方向から話が回り込んできた。
なんで? とふたりで首を傾げると、ヤヨイちゃんはまたちょっと得意げな顔をする。
「まぁ? ごちゃごちゃあっても不死の魔法使いっちゅうもんはそれなりに尊敬されるもんじゃからなぁ? 現人神とまで言うとちと大袈裟かもしれんが、あやかりたいだのそばにいたいだの言う者もそれなりにおるらしくてな。そんな偉大な不死の魔法使いがふたりもおるとなれば、さもありなん、と」
ヤヨイちゃんが胸を張ってふんぞり返る。
エイラちゃんは唇を閉じ切っていた。
わたしは少し申し訳ない気持ちになりつつ、ともあれ、偏っていた思いが決意に変わり。
「じゃあ、頑張らないとね」
それを聞いたエイラちゃんが小さく息を吐く。
「……承知いたしました。……しかしオータ様、今後はサクラ様やわたくしにも関係することは、事前に相談していただきたいです」
「それは……そうだね」
「む……。まぁ善処する」
自由なヤヨイちゃんにちょっぴり振り回されながら、近いうちに橋づくりの準備を始めることになった。




