601-51 お迎え
マリューの手紙によると、ミリアちゃんのご両親と思われる人はセラーナ子爵さんといって、ミフロから南に3日ほど行ったところの領地を預かる貴族さんだったらしい。
そして、マリューはまずそちらに寄って、誰かしらの関係者──たぶん使用人さんになるとのこと──を伴ってこちらに来る予定だそうで、王都でこの手紙を送ってそう間を開けずに出発するから、と到着する見込みの日にちを書き添えて締められていた。
手紙を読んでいる最中は、やっぱり貴族の娘さんだったんだなぁ、なんてぼんやり納得していたのだけれど、最後の到着予定日を見てびっくりする。
というのも、その予定日は2日後で。
手紙を受け取ったのはお昼過ぎ。手紙を読み終えてすぐに、ヤヨイちゃんと工房にいるミリアちゃんのもとへ向かって、手紙の内容──の前にミリアちゃんの親御さんを探してもらっていた、という説明から始めて、それから改めて、調べてくれた人がセラーナ子爵さんのところの使用人さんと一緒に来るらしい、ということまでをできるだけ丁寧に伝えてみた。
勝手に身元を調べていたことを怒られるだろうか、それとも、まだ帰りたくない、なんて泣き出しちゃうだろうか……と恐る恐るミリアちゃんの反応を窺っていたのだけれど、話を聞き終えたミリアちゃんは、落ち着いた様子のまま表情を大きく変えることはなく、ただ少しだけ寂しそうに目線を落として。
「……そうですか」
とだけつぶやいたのだった。
机の上の作りかけの機械か模型のようなものを見つめたまま、それ以上はなにも言わないミリアちゃんに、なんと声をかけるべきかと悩んでいると、それまで黙って話を聞いてくれていたヤヨイちゃんが、ふん、と鼻を鳴らす。
「中途半端は許さんからな、さっさとその試作機を完成させるぞ。……帰るつもりがあるんじゃったら、さっさと手動かせ」
「……うん、そうね」
そこからまた作業が始まってしまって、結局掛ける言葉も思いつかず。
でも少し経って夕ごはんのころには、言葉少なく寂しげだったミリアちゃんも、いつもと変わらず工房での作業のことを話してくれて、これといって特別なことはないまま、なんとなく、いつも通りに過ごして2日が経ち、マリューたちの到着予定日になっていた。
◇
「……サクラ様、お茶をどうぞ」
「んぁ、ありがとうね」
湯気の上るコップをひとつエイラちゃんから受け取って、ひと息吐きつつ、わたしはまた視線を前に戻す。
ミリアちゃんもヤヨイちゃんも、大して気にすることもなくいつも通りに朝から工房にこもっているのだけれど、わたしの方はどうにも落ち着かなくて。お昼前から母屋の玄関そばの長椅子に根を張って、ずっと麓に続く坂の入口の方を見つめていたのである。
エイラちゃんにはマリューたちが来たら伝えてくれると言われたのだけれど、朝に少し仕事をしただけで、さっぱり集中できなかったから結局こうして自分で待っていた。
冷たい風が吹き続けるこの小山の上には、陰になるところを主にほんのりと雪が残っていた。雪があれば当然馬車の足は遅くなるけれど、ここ数年では特に雪の少ない年のようだから、さほど影響はないはず。
旅程がマリューの見込み通りなら、今日が到着予定日だった。
ミフロの外から来る人は大体お昼から夕方ごろに到着することが多いから、もういつ来てもおかしくない、と思う。
エイラちゃんとふたりで一緒にお茶をすすりながら、ただじっと坂の入口を見つめていたら、後ろで玄関扉が開いた。そしてヤヨイちゃんと、その背後にミリアちゃんも顔を覗かせて、ヤヨイちゃんが眉根を寄せる。
「おいエイラ。昼ごはんはできとらんのか?」
ヤヨイちゃんの言葉を聞いて、まだお昼ごはんを食べていなかったことを思い出した。
「……準備は済んでいますから、すぐに用意します」
「おう」
「……んー……」
わたしはどうしようかな、と唸る。
お昼ごはんを食べないわけにはいかないけれど、もういつマリューたちが到着するか分からない今、もう少し待っていたい気持ちもあって……でも、ただわたしがそわそわしているだけで、別に真っ先に見つけてすぐに応対しなければならないことでもないかも。
ここはエイラちゃんを手伝おうと、立ち上がってからふと坂の方を見たときだった。
影が動いたように見えた。
そのまま見つめていたら、坂から人が登ってきたようで。
「あ」
遠目で分かりづらいけれど、多分マリューだ。ただ、マリュー以外に人影がない。
玄関あたりからその姿を見つめるわたしたちにマリューも気がついたようで、大きく手を振ってくれる。わたしも手を振り返しながら近づいてくるマリューを見ていたのだけれど、そこでマリューが何かを背負っていることに気がついた。
マリューの頭より高い位置に、頭と同じくらいの大きさのものが飛び出している。それは暗い色の布のようなものを纏っているように見えて、マリューの歩みに合わせてゆらゆら左右に揺れていた。
結構大きいし、一体なにを背負ってきたんだろう、と思いながら見ていると、どうも歩みの揺れとは違うタイミングで明るい色味がちらちらとみえていて。近くなるに従って細部が見えてくるのだけれど、ちらちらと見えるそれはなんだか人の横顔のように見えて……と言うか、人の頭なのでは……?
「やっほーサクラ」
「……あ、うん。久しぶり、マリュー。えっと、その……?」
近くで改めて見て、間違いない。マリューの頭の向こうに見えているのは人の後ろ頭だった。
……背負っているのは、誰? と訊ねようとしたところ。
「あの、トタッセン様、もう下ろしていただいて……」
と背負われていた女性が戸惑った感じで言う。
あぁごめんごめん、と身をよじりつつマリューが腰を下ろして、そこでまたひとつ気づいたのだけれど、どうやらマリューは椅子を背負っていて、そこに女性を座らせていたらしい……。
マリューに下ろしてもらったのは黒いロングスカートに厚手のコートを着た長身の女性で、脚が悪いのか杖を左に持ち、体裁を整えてからわたしたちに向き直った。
「失礼いたしました。お初にお目にかかります。私はセラーナ子爵家の使用人でアマリアお嬢様のお世話をさせていただいております、メルネイ・メイネーンと申します」
メイネーンさんは軽く膝を曲げてスカートの端を持ち、綺麗なカーテシーで挨拶をしてくれる。その優雅さについつい見惚れてしまったのだけれど、その前の『アマリアお嬢様』というのも気になってしまう。
まさか、人違い? と少し不安になって、そのまま数拍おいてからはっと我に帰り、慌ててわたしも挨拶に応じた。
「わ、わたしはサクラ・ノノカと言いまして、主に調薬の仕事をしてます。あと一応、不死の魔法使いです……」
それを自分で言うのは未だに抵抗があるのだけれど、伏せたら伏せたであとから問題になりそうなので控えめに添えておく。
案の定なのか、それを聞いたメイネーンさんは驚いた顔になっていたけれど、隣のマリューが大きく頷いていたので納得してくれたみたい。
「あなたがノノカ様でしたか……。あ、いえ、ノノカ様のことはトタッセン様から伺っておりましたが、まさかこれほどお若い容姿をされているとは思わず……大変、失礼いたしました」
さっきよりも深く膝を曲げた改めての礼に、ぜんぜん気にしてませんので、と手をぶんぶんと振る。
顔を上げたメイネーンさんが微笑んで、次にその視線がわたしの後ろの方へ向くと、微笑んだまま困ったように眉尻が下がった。
「やっぱり、アマリア様でしたか」
また『アマリア』と言う。
振り返るとミリアちゃんがなんだかむすっとした様子でメイネーンさんの方を睨みつけていて、つまりどういうことなのか、とついついまた考え込みそうになったところで、エイラちゃんが耳元でこそっと……。
「……サクラ様、ひとまず上がっていただいてはいかがでしょう……」
「んぇ? あ、あぁ、そうね! そうですね……。失礼しました、お疲れでしょうし中へどうぞ……」
気づくのが遅れたことを申し訳なく思いながら、マリューとメイネーンさんを食堂へ案内する。
テーブルの奥側にわたしとミリアちゃんとヤヨイちゃんが座って、手前側にはマリューとメイネーンさんに座ってもらう。エイラちゃんはキッチンでお茶の用意なんかをしてくれていた。
「改めまして、私はセラーナ子爵家でアマリアお嬢様のお世話をさせていただいておりますメルネイ・メイネーンと申します。まずはノノカ様に、この度はアマリアお嬢様を保護していただきましたこと、お館様に代わりに厚く感謝申し上げるとともに、ご迷惑をおかけいたしましたこと、同じく謝罪させていただきたく存じます」
すごく丁寧な所作で頭を下げられた。
脚が悪そうなのに立ち上がってそうしようとしたものだから、慌てて止めたけれど。
「トタッセン様から連絡をいただいた当初は、お館様と奥方様が自らこちらへ伺おうとしていらっしゃったのですが、あいにくとこちらで保護されているのがアマリアお嬢様か否かの確証もないままに領地を長く空けることが適いませんでしたので、大変失礼ながら名代として私がひとりで伺った次第です」
「いえ、そんなそんな失礼だなんて。……えっと、ところでなんですが、この子がその『アマリアお嬢様』で間違いないんですよね……?」
「ええ、間違いございません」
ミリアちゃんを見る。
やっぱりむすっとしたままメイネーンさんを睨んでいるけれど、その言葉を否定することもない。
そうなの? と小声で訊ねると。
「……そうよ。その……本当の名前を言っちゃうとすぐに送り帰されちゃうかもって思って、ちょっと変えて言ったの」
バツの悪そうにそう答えてくれた。
ひとまず、人違いとかではなさそうで、ほっとした。
「本当に、お嬢様は悪知恵ばかり働かせて。私は誰かさんのせいで脚を折って大変な目に遭っていたというのに、よもや好機とばかりにお目付役の動けない隙に家出をしまうだなんて……。あぁ、なんで薄情な方なんでしょうか」
「それは、本当に悪かったと思ってるわよ……。でもメリーを振り切るには今しかないと思ったの! 目的のためには時に非情さも必要って誰かさんも言ってたしね!」
メイネーンさんの言葉で、非難というかお説教というか、一瞬、険悪な雰囲気になってしまうのではないかと不安になりかけたのだけれど、全然そんなことはなく。
メイネーンさんは、ふふふ、と笑っているし、ミリアちゃん──もといアマリアちゃんも生き生きとしているような気がして、お互いに信頼しあっているんだな、というのが窺えるやりとりだった。
ただ、続くメイネーンさんの言葉は、しかし、で始まって。
「私にも、ノノカ様にも、そして誰よりご両親にまでもご心配とご迷惑をお掛けしてまで魔法に執着されて……。お館様も奥方様も常々仰っておられますが、お嬢様が魔法を使えないことについては全く──」
「あーもう、魔法のことはもういいの!」
「……そ、それはどのような……」
怒ったようなミリ──アマリアちゃんの言葉にメイネーンさんは戸惑った表情をして、そっぽを向いたままのアマリアちゃんの顔を覗きこむ。
アマリアちゃんは、わたしの方をちらっと横目で見て、また元を向いた。
「別に……魔法はもう、向いてないって分かったからもういいのよ。それに──」
今度はヤヨイちゃんの方にちらっと顔を向けた。
「魔法以外にも、役に立てそうなこと、見つかったから……」
「……そうですか」
メイネーンさんは微笑んだ。
詳しい事情はわたしには分からないけれど、きっと安心したのだと思えた。アマリアちゃんに魔法の才能はなかったけれど、あんなに落ち込むくらい魔法にとらわれていたわけで。付き合いの短いわたしでも、元気を取り戻してきたアマリアちゃんを見ていれば安心できたのだから、経過を知らなくてもメイネーンさんの安堵はひとしおだろう。
ちなみに、ヤヨイちゃんはドヤ顔をしていた。
「ではお嬢様。……一緒にお帰りいただけますね?」
「……うん、そうね。さみしいけど、これ以上お父様とお母様にも心配は掛けられないわよね」
「ふふ、どの口で……」
確かに、寂しいけれど。
それ以上に、ほっとした。
「さて、話はまとまったかな?」
とずっと聞くに徹していたマリューがみんなを見回した。
ちゃんと見つかってよかった、と笑いながら、今後の予定を確認するマリュー曰く、今から馬車を出してもらっても半端になってしまうので、出立は明日の朝にしようとのことだった。
「私は元よりここに泊まるつもりだったけど、メイネーンさんもここに泊まってもらって構わないかな?」
「ん? うん。たぶん大丈夫だけれど……」
客間はメイネーンさんに使ってもらうとして、マリューはどこで寝てもらおうかな……とエイラちゃんの方を見る。
エイラちゃんはすぐに言葉を繋いでくれた。
「……でしたら、トタッセン様はわたくしの部屋をお使いください」
「いいの? ……あぁ、そう言えばエイラちゃんはサクラと一緒に寝てるんだっけ。じゃあ遠慮なく使わせてもらおうかな」
「え、ええ……」
エイラちゃんはちょっと恥ずかしそうに俯いてしまった。
とりあえず、話はそのようにまとまる。メイネーンさんは恐縮して教会に泊まると言っていたけれど、脚のこともあるし、ここに泊まってもらう。
そうして話が落ち着いて、お昼ごはんがまだだったことを思い出した。
あり合わせになってしまうけれど、すぐに用意します、とエイラちゃんがキッチンへ向かおうとする。
「それでしたら、せめてお手伝いをさせていただけませんか?」
わたしが手伝いに立つよりも早く、メイネーンさんが立ち上がっていた。
休んでいてください、とは言ったのだけれど、泊めていただくのにこれ以上ご迷惑を掛けたままではお館様にも申し訳が立ちませんので、と言われてしまうと強引に休んでいてもらうわけにもいかず……。
「ありがとうございます」
また綺麗なお辞儀の後に、荷物から白いエプロンを取り出して身に付けて、杖を突きつつエイラちゃんと一緒にキッチンの方へ向かっていく。
それを見ていたヤヨイちゃんが、ふと。
「エプロン……メイド服……。そう言えばそういうのもあったな……なるほど……」
ヤヨイちゃんは眉間にシワを寄せながら、あごをさすっていた。
◇
翌朝はひときわ寒い朝だった。
帰るふたりには、長続きするように《ウォーム》の魔法を掛けてあげて、帰りの馬車の前で、お別れの挨拶を交わす。
「この度はご迷惑をお掛けいたしました」
「いえいえ、そんな」
「……その、お世話になりました」
ふたりが深々と頭を下げて、わたしも深いお辞儀で返す。
「じゃあ、元気でね、ミリアちゃ……あ、アマリアちゃん」
「ノノカさんたちなら、ミリアで構いませんよ」
昨日はあれから、きちんと呼び変えられていたのだけれど……。
一晩寝たら忘れてしまったみたいで気恥ずかしくて、あはは、と笑いながら話題を変える。
「結局、力になれなくてごめんね」
「そ、そんなことはないです!」
世間話くらいの気持ちで言ったら、思っていたより強めの勢いで首を振られてびっくりしてしまった。
ミリアちゃんは、じっとわたしの目を見ている。
「あの時、ノノカさんに優しくしてもらえてすごく安心できたし、それに、ノノカさんがいてくれたから、魔法はダメだったけど、いろいろと……すごく楽しいこととか、面白いことを知るきっかけをもらえたの。……だから、ありがとう」
言葉が進むにつれて、目線が逸れて、頬に朱が差していたけれど、そう言ってくれた。
言い終わったら、ちょっと逃げるような勢いで、わたしの隣で腕を組んでいたヤヨイちゃんに向き直った。
「ヤヨイも、ありがとう」
「はん。改まって礼を言われるようなことはしとらんわ」
「あなたに貰ったこの蒸気機関? の車の模型もだけど……あなたのお陰でいろいろ知れて楽しかった。ここで教えてもらったことはずっと忘れないわ。……手紙も出すから、返してよね」
「気が向いたらな」
「……ねぇ、あたし真剣に感謝してるし、本当に楽しかったって言ってるのに、なんなのよあなたは──」
ずっとそっぽを向きっぱなしのヤヨイちゃんに、ミリアちゃんが噛みつきそうになったけれど……メイネーンさんがその肩にそっと手を置いたからか、それ以上は何も言わなかった。
なんだかヤヨイちゃんの機嫌はよろしくないみたい。
ミリアちゃんはヤヨイちゃんから目線を外してひと息吐いて、改めて、わたしと傍に控えるエイラちゃんの方を見る。
「ノノカさんもエイラさんも……えっと、もしいつか機会があったら、あたしの町にも来てくださいね。ちょっと遠いかもですけど……歓迎しますから」
「うん。その時はよろしくね、ミリアちゃん」
「はい!」
そして、ふたりとマリューの乗った馬車は出発していった。
遠ざかっていく馬車の扉から半身を乗り出したマリューが、今度は遊びに来るからねー、と手を振って、ミリアちゃんも真似するように顔を覗かせて手を振ってくれた。
馬車の進む音はあっという間に木々のざわめきにかき消されて、その姿も、じきにその向こうへと消えていく。
ミリアちゃんは、無事にご両親の元へと帰って行ったのだった。
忙しさにかまけて現実逃避ばかりしており…
書きたいことはたまっているのでぼちぼち頑張ります。




