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510-51 おばあちゃん疑惑

 ミリアちゃんの身元についての情報はないまま、さらに数週間が経って10月も中下旬(第3週)の末。

 あいかわらずミリアちゃんたら頑固で、本人の口からも出身などの話はさっぱり聞けていなかった。

 ただ、帰りたくないのかと訊ねると、まだ帰れない、と苦く物悲しそうに目を背けるので帰りたくないわけではないらしい。ご両親と決別するような選択をしてしまわないかという心配があったけれど、ひとまずそれはなさそうで、ほっとした。

 ちなみにヤヨイちゃんの工房でのお手伝いなんかは、びっくりするほど没頭している。寝床も工房のヤヨイちゃんの部屋で同じくしているから、食事の時と入浴の時以外は、ふたりしてほとんど工房に籠りきりな日が続いていた。

 そのあまりののめり込み振りに、最初こそ少し心配していたけれど、帰る気があるのが分かってからは、むしろその真剣さはわたしとしても安心材料だった。

 さらにそうして集中できることを見つけられたお陰か、魔法の素養がないと分かった直後は魔法という単語にさえ少し過敏になっていたところも、かなり改善されていて。

 恐る恐るな感じで、エイラちゃんたちが治癒魔道士補佐に認定されたらお祝いにご馳走を用意するつもりなことを伝えてみたところ、ちょっと気まずそうな雰囲気もあったけれど、参加してくれるということになったのだ。

 魔法自体に苦手意識を持たなくて良かった、と思う。


 ミリアちゃんがやってきた直後の嵐のような出来事も、過ぎ去って今に至ればようやく穏やかさが戻ってきたといったところで。

 まだ気がかりはあるけれど、焦っても仕方がないことだし。

 そんな訳で、ここのところのわたしはかなりほわんとしていた。もともとあんまり考え込んだりする質ではないけれど、しばらくミリアちゃんのことが気がかりで少し張り詰めていたのか、反動のように普段以上にふわっとしている自覚があった。

 夕ごはんの食卓で、ヤヨイちゃんとなんだか小難しい議論をしたり、今日工房でなにをしたとか話したりしてくれるミリアちゃんの様子もすごく微笑ましく思えて、ついついにこにこしてしまう。

 うんうん、と頷いてスプーンは止まりがち。でも元気にお喋りするミリアちゃんや、つられるように快活なヤヨイちゃんを見ているのは楽しかった。

 と赤べこみたいに頷いていたら、ミリアちゃんがわたしを見ながら首を傾げていることに気がついた。


「ん? どうかした?」


 鏡合わせみたいにわたしも首を傾げる。ミリアちゃんがぼそりと。


「ノノカさんって、おばあちゃんなの?」

「んぇ? いやぁ、まだおばあちゃんという歳ではないけれど……」


〝不死の魔法使い〟といえば、見た目とは違って実年齢はお年寄り、というのが世間的には常識になっている。

 だから、わたしみたいなのは例外も例外。

 異世界から来たという点は秘密だし論外としても、30歳になる前に不死化するということからして前例がない、とマリューから聞いたことがあった。早い例でも、50代を下回ることさえなかったそうなので。

 さらにこちらの常識として、不死化の魔法は発動させた本人以外には効果がない、という話がある。

 これもわたしの場合は当てはまらなくて、魔法を組んだヤヨイちゃんが、いったい何をどうしたのかはさっぱり見当もつかないけれど、意図せず他人の魔法で不死化したわたしは、まったく全然他にはあり得ないパターンだった。

 なのでわたしは、基本的に誰からも年寄り扱い——というより、初めて出会う事情を知らない人全てから年上扱いされることが常だった。

 でも普通はそのように思う方が正しいと言えるわけなので、もうわたしがどこか異国の箱入り娘というストーリーもできあがっちゃってるわけだし、年齢も適当にそれっぽく言ってしまうのも一理あるのだけれど……、その辺はマリューからもなにも伝わってきていないし、下手に嘘を重ねてもあとで忘れてしまいそうなので……。


「でもノノカさんって、すごくおばあちゃんっぽいと思うんだけど」

「んー、そうかな……? なんでだろう……」


 ちょっぴり戸惑いながら、また首を傾げる。


「ノノカさんって、すごく優しいじゃない。あとなんかふわっとしてて、あたしの話を聞いてるのか聞いてないのかよく分かんない感じが、うちのおばあちゃんっぽいと思ったの」


 喜びかけて、喜べる話でもなくて、あはは、と苦笑い。

 ふん、とヤヨイちゃんに鼻で笑われて、もうひとつ苦笑い。


「面白いと思って聞いてるつもりだったんだけれど……」

「そうなの? 興味ないのかなって思ってたわ」


 確かに今はちょっと気が抜け気味だし、小難しいところは話半分に聞いていたかもしれない……、でもそんなに興味がなさそうに見えたかな……。

 と反省していたら、ヤヨイちゃんがシチューをすくいながら。


「まぁ実際、興味の持ち方というか、反応は鈍かろうよ。なんせそういう魔法が掛かっとるじゃろうからな」

「……ん? 魔法?」

「おうよ。なんだ、こっちに来るための術式の中に、なにごとにも興味が薄めになるような感じのやつも混ぜとったからな」


 へぇ、そうなんだー……、とぼんやりとした感想が出てから、はて、と。

 言われてみれば、確かに心当たりがあるような気が……する、だろうか……?

 ちょっと思い返してみたけれど……あんまりピンと来なかった。そんなに変わったような気はしない。

 とそんなことを考えていたら、わたしの隣から、スプーンを置く、ことん、という音が聞こえて。


「……つまりサクラ様は、あなたの魔法で精神に手を加えられている、ということですか?」

「ふむ……。まぁ、そうなろうな」


 エイラちゃんの声が、少し低かった。

 対するヤヨイちゃんの声は落ち着いたもの。

 ふたりの声のトーンはちぐはぐで、にわかに空気が揺らめいて、ミリアちゃんの食事をする手が止まる。


「……ならばサクラ様は、サクラ様本来の物事の考え方や捉え方ができない不自由を強いられていた、と……強いていた、ということですか……?」


 エイラちゃんの目つきが険しい。

 ちょっと良くないかもしれない、と思って、エイラちゃん……、とその左手を取る。

 手を取られてびっくりした目と目が合ったところで、ヤヨイちゃんが少し呆れたような声を出した。


「落ち着けエイラよ。その魔法はな、そも儂が自分に掛けたはずのもんじゃぞ? 危険のあるようなもん仕込んどるわけなかろ」


 エイラちゃんを指したスプーンを引っ込めて、シチューをすするヤヨイちゃん。

 眉間にシワを寄せながら、少しの間だけそんなヤヨイちゃんを睨みつけていたエイラちゃんは、わたしに視線を移すと、重なっていた手を逆に取り直して心配そうに眉尻を下げて。


「……サクラ様、大丈夫ですか?」


 とひと言。


「……ん? え、なに? 大丈夫だよ……?」


 大丈夫、とは……?

 それを聞いたエイラちゃんは、なぜかまたヤヨイちゃんの方に視線を移す。

 それを受けたヤヨイちゃんが溜息を吐いた。


「そいつはそういうやつというだけじゃわ」


 エイラちゃんは、どうも納得していないような雰囲気があったけれど、特になにも言わなかった。

 そこからは暖炉の火が消えてしまったかのような静かな夕ごはんで、でもそれ以上のことはなく。

 ただ、最近は少なくなったエイラちゃんとヤヨイちゃんの衝突に、巻き込まれるみたいになっちゃったミリアちゃんが少しぎこちなくて、わたしもいつもの倍くらい時間を掛けながら、食べ終わるまで付き合ってあげたのだった。


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