509-57 言い争い
どーん、と食堂のドアが開かれた。
振り返って見ればヤヨイちゃんだった。ヤヨイちゃんはわたしたち……というかエイラちゃんを認めて、ちょうど良かったとばかりに頷いてから、朝ごはんをくれ、と言う。
エイラちゃんの眉間のシワの質が変わって、わたしは平常運行のヤヨイちゃんの様子に苦笑いしていた。
ヤヨイちゃんの朝ご飯を用意するにあたってエイラちゃんが、サクラ様もお召し上がりになりますか? と訊ねてくれたのでわたしもお願いしつつ、何か少しくらい準備を手伝おうとしていると、いそいそとテーブルに着いたヤヨイちゃんが、隣で項垂れているミリアちゃんを見てなにやらため息をひとつ。
「なんじゃ小娘よ、まぁだ飽きずに落ち込んどるんか。一晩寝て起きたらもうええじゃろうが?」
やれやれといった感じのヤヨイちゃんの言葉は、少し尖っているような気がして、わたしはちょっとどきりとする。
ミリアちゃんはその言葉に、ぴくっとほんの少しだけ反応したけれど、顔を上げることはなかった。
それから、ちょっとひやひやしながら朝ごはんを食べている間は、終始みんな無言で。
食後の温かいお茶に、束の間ほぅっとしていたのだけれど、早々に飲み干したヤヨイちゃんが席を立つなり、おい、とミリアちゃんに声を掛けたのでまたちょっとびっくりした。
おいこら、と顔を寄せるヤヨイちゃんを止めるべきかとエイラちゃんと顔を見合わせていたら、それまでほとんど動かなかったミリアちゃんが、暗い表情のままゆっくりと顔を上げてヤヨイちゃんと向き合った。
ヤヨイちゃんが有無を合わせない調子で言う。
「おい小娘。『働かざる者食うべからず』てことわざは知っとるか? まぁ知らんでも大体の意味は分かろう? ……ただ座ってぼーっとしとるんじゃったら、ちょっと儂の工房に来て手伝え」
「え…………?」
ヤヨイちゃんはミリアちゃんの手を取ると、ぐいぐいと食堂から連れ出してしまう。
「んぇ、あ、ヤヨイちゃん!? あー、えーっと……」
ふたりとも行ってしまった。
確かに、お手伝いでもしていた方が気が紛れて良いのではないか、とは思うけれど、さすがに強引が過ぎるのではないか、とも思う。……ただ、見守るだけで何もしないという対応を取ろうとしていた身として、少し後ろめたいような気持ちがあって、行動を起こしたヤヨイちゃんを強く引き止められなかった。
このままヤヨイちゃんに任せておいた方がいいかな……。でもヤヨイちゃん、ミリアちゃんに無理させないかな……。
そこはかとなく心配で唇を噛んでいたら。
「……後片付けはわたくしがやっておきますので、様子を見ていらっしゃっては如何でしょう?」
「ん……お願いしてもいい?」
「はい。……わたくしもその後で伺います」
エイラちゃんの言葉に甘えて、わたしはふたりを追って工房へ向かった。
テラス側から、そっと工房内へ入る。
ふたりは作業台のそばにいて、座ったミリアちゃんにヤヨイちゃんがなにやらあれこれを説明しているようだった。
邪魔をしないように近くで見れば、作業台には最近見たような機械のパーツが積まれていて、どうもその組み立て方の説明をしているらしい。
忙しなくパーツを取っ替え引っ替えするヤヨイちゃんに対して、ミリアちゃんはほとんど身動きせずに説明する手元の方を見ているように思う。
「──したらば、この部分を組み立ててみ。儂はこっちをやるからな」
言ってミリアちゃんの隣にぴょこんと座ったヤヨイちゃんは、黙々とパーツを組み立て始めた。
突然放任されたミリアちゃんは少しの間呆然としているようだったけれど……そっとパーツを手に取ると、ヤヨイちゃんに続いて作業を始めた。
わたしは声を掛けるでもなく、少し離れたところからそんなふたりの様子を眺める。
こつこつ、こんこん、と木の音が工房内に響く。
それとあとは、たまに風が工房を撫でる音だけが聞こえていた。
最初はまだちょっとひやひやしていたのだけれど、時が経つに連れ、その心配も風に吹きさらわれて行って。
穏やかに流れる時間をまったり過ごす気分になっていたら、ぼそりとミリアちゃんがつぶやいた。
「……これは、なんなの……」
「あ? おう、これはな、芝刈り機じゃ!」
「……芝刈り、機……?」
ふたりの手が止まった。ヤヨイちゃんが、これじゃ、と完成品を担いできて、ミリアちゃんの前でハンドルを回して見せる。
「こうやってハンドルを回すと、先っちょの刃が回って、立ったまま楽に下草を刈れる機械じゃ。便利じゃろう!」
「……なんで、たくさん作るの?」
「そりゃハルベイ殿の商会で売ってもらうためよ!」
「売る……?」
芝刈り機をじっと見つめるミリアちゃんの横顔は──ちょっと得意げなヤヨイちゃんとは対照的に、なんだか怪訝そうになっていた。
手元の組み立て中の芝刈り機を持ち上げて、そちらに目線を移したミリアちゃんは、小首を傾げて……そして一言。
「こんなの、売れるの?」
「……は?」
ヤヨイちゃんの声が低い。それにびっくりしてから、遅れてミリアちゃんの言葉にもちょっとびっくりした。
わたしにはその手の商品価値なんかは分からないけれど……、なかなか遠慮なくずばっと言うなぁ、と思ったのだ。
そしてそれから、飛んで行ったと思っていたひやひや感が、にわかに吹き戻されてくるのを感じた。……さっきとは違う方向で。
「……これが売れんと? 儂が四苦八苦して作ったこれが?」
「四苦八苦したのは、知らないけど……。でも芝刈りなんて、鎌で良いじゃない」
「はん、ひとの話聞いとったか? これは立ったままで楽に芝を刈れるのが売りじゃ!」
「それなら芝刈り鎌でも立ったまま刈れるじゃない。それに楽って、ハンドルを回してなきゃいけないならむしろ疲れるじゃないの」
「はぁーん分かっとらんなあ! これなら取り回しがしやすいから狭い場所でも刈れるし、ピンポイントで刈れるから地面が斜めじゃろうと歪じゃろうとお手のものじゃからなぁ! 芝刈り鎌よりよっぽど便利じゃわい!」
ふたりのやりとりが、だんだん熱を帯びてきている。
これが活発な議論なら、わたしは静観したい。でもこのふたりだと、なんだかそのまま喧嘩に発展してしまいそうで……、でも、ミリアちゃんにも活力が戻ってきているようで、それを止めてしまうべきものかと悩んでしまう。
……そんなことを考えているうちにも、熱は高まって行って——
「便利って言うけど、結局腕は疲れるじゃない! それに庭師の人なら斜面の芝刈りも出来るわ! あと歪な地面なんてほとんど芝刈りしないでしょ!?」
「分からんじゃろがい! それに〝エンジン〟なんぞ作れんかったからこれでしゃーないじゃろがい!」
「しゃーない、ってなによ! 〝エンジン〟ってなによ!?」
わいわい、ぎゃいぎゃい。
おでことおでこがくっつきそうな距離で、ふたりが激論を——というより、次第に感情的な文句の言い合いにしか聞こえないような言葉の応酬を繰り広げていった。
さすがに掴みかかったりだなんてことはないけれど、もはやこれは喧嘩なのでは……?
——とは思っても、もう止めに割って入るのもちょっと難しそうなくらい、ふたりの距離が近い。
……ちょっと、胸が痛くなってきた気がした。物理的に。
一旦ふたりを落ち着けるために、いっそ飛び込もうかと右往左往していたところで、テラスの引き戸が開く音がした。
振り向くと、そこにはエイラちゃんと——バスケットを持ったクライアさんが立っていて。
工房内のわいきゃいに、ふたりともちょっと面食らった感じだった。
「……いやぁ、元気になったみたいなら良いんだがね」
「そう……ですねぇ……?」
元気になった……と言っていいのかな……?
ちょっと違う気がするけれど……。でも、今の方が、なんだかミリアちゃんらしく思えた。
結局わたしが間に入り込むまでふたりの言い争いは続いたけれど、止められてなお、ふたりともおんなじ顔でむすっとしていて。
わたしはひとつ、胸を撫で下ろしたのだった。
ようやく投稿ペースの戻る兆しが見えて来たかと思ったら、また爆弾が見えているうえに秒読みに入っているので備えねばならない……!
ほどほどに頑張ります。




