509-56 聞きまわり
「いやぁ、確かにうちは男爵位を戴いてるが、あたしは平民の出だし、特に旦那が死んでからはそういった付き合いはとんとないからねぇ……」
嫁いだばかりの頃はそういうのもあったんだけどねぇ……、と唸るクライアさん。
クライアさんの旦那さんは結構前に亡くなっているけれど、確か、この辺りを領しているデリーナ伯爵の次男さんだった、と記憶している。
なので、もしかしたら今でも貴族同士のお付き合い的に情報の行き来があって、ミリアちゃんについても訊く当てがあるかもしれない、と思ってそのことを訊ねてみたのだけれど……そういうのはなかったみたい。
まぁ、普段のクライアさんからして全然貴族の人感はないし、そんな気はしていたのだけれど……。
「それにしても、なんでまた貴族との付き合いなんて訊くんだい?」
「んー、実はですねぇ──」
家畜小屋の隣で、かくかくしかじか、昨日おとといのできごとをかいつまんで説明する。
ミリアちゃんという女の子が訪ねてきたこと、その子の立ち振る舞いからして、どうも商人が貴族の子供のようで、だからこうしてクライアさんに訊ねたこと。
それと──魔法の素養がなかったことに、酷くショックを受けてしまったこと。
話を聞いたクライアさんは、頬をこぶしに預けてまた唸った。
今日は少し風が強い。緩く留めただけの髪が解けそうになって押さえていたら、クライアさんが顔を上げた。
「まぁ伝手がないわけじゃあないからね。古い知人に手紙でも出してみるよ。それと……あとで何か美味しいもんでも持っていってあげるよ」
ぽんぽん、とわたしの肩を叩いて笑う。
わたしはほっとしつつも、ちょっとだけ苦く笑った。
「ありがとうございます……」
少し無茶を言った自覚はあったけれど、それでもクライアさんなら力を貸してくれるのではないか、という期待感があって。ただそれは、一方的な要求だという申し訳なさもあって、気遣いと合わせて、ちょっとの後ろめたさがちくりとする。
それだけクライアさんは頼りになって、信頼している、ということなのだけれど……また近いうちに、なにか埋め合わせをしないと、と思った。
ともあれ協力してもらえることに、ひとつ安堵を得てから、一旦、その場を離れて村の中心の方へ改めて歩き出す。
つもりでは、まだふたつほど回っておきたいところがあった。
そのふたつは順にわが家から離れてものだから、いつもより二段階くらい急ぎめの足でいそいそと向かう。
と、ひとつ目の目的地──ハルベイさんの商店が見えてくると、その店先にふたり分の影があって、目が合えば、そこにいたのはまさに今思い浮かべていたふたりの顔で、おぉ、と小さく声が漏れた。
「おや、これはノノカ様、おはようございます」
ハルベイさんと、それに続いてもうひとり──馬車留めなんかの管理をしているメリベルさんが、にこやかに会釈をしてくれた。ふたりがこうして一緒にいるところはあまり見たことがなかったけれど、ハルベイさんのところの商会は荷物の輸送なんかで馬車留めの利用は多そうだし、仕事のお話でもしていたのかもしれない。
なんにせよ、ちょうどいいところだった。
少し上がった息を落ち着けると、ハルベイさんが微笑む。
「お急ぎのようですが、ご用命がございましたら今すぐに手配させていただきますので、なんなりと申し付けください」
「ありがとうございます……いえ、ちょうど、おふたりに用事があったので、ちょうど良かったです……」
「……おや、私もですかな?」
機を見てその場を離れようとしていたらしいメリベルさんが少し目を丸くする。
そうなんですよ、少しお話しさせていただいても……? と言葉を始めて、かくかくしかじか、ミリアちゃんのことについてまたかいつまんで説明をして。
まずハルベイさんに、知り合いの商人さんなんかの娘さんが行方不明になったような話は聞いていないか、と訊ねてみたのだけれど、首は横に振られた。
「今のところ、そのような話は伺っておりませんね。ですが、本店の者なら何か聞き及んでいるかもしれませんので、訊いてみましょう。あとでそのミリアさんの容姿などについて詳しく伺っても?」
「ええ、もちろんです。ありがとうございます、ハルベイさん……」
「いえいえ、ノノカ様にはいつも懇意にしていただいておりますから」
続いてメリベルさんには、おとといの馬車での来訪者について訊ねる。
ミリアちゃんがどこから来たのかは分からないけれど、このミフロは結構山奥にあるから外につながる道は一本しかないし、隣の村でも馬車で半日くらい掛かるので、ミリアちゃんが徒歩でここまで来たということはない、と思う。
つまり、まず間違いなくミリアちゃんは馬車に乗ってきたのだろうから、乗ってきた馬車の御者さんから話を訊ければ、どのあたりから来たのか、ざっくりとでも見当が付けられるだろう、と思ったのだ。
……でも、メリベルさんは顎をさすり唸った。
「おとといは確か、夕方ごろにこの商会の荷馬車が一台来ましたが……子供の姿は見かけた覚えはないですな」
「えぇ、そうなんですか? ……じゃあミリアちゃん、歩いてきたのかな……?」
隣の村からにしても、子供の足ではけっこう大変だと思うのだけれど……。
そんな印象はなかったけれど、実はミリアちゃんはかなり体力がある方だった……? いや、どうかな……?
──なんて考えているところに、ハルベイさんが曰く。
「私もミリアさんのような子供を同乗させたという話は聞いておりませんが、我が商会の荷馬車は御者と同乗者の2人体制で運行しておりまして、ただ特にこのミフロへの道中は山賊もおらず危険な野生動物もあまりおりませんので、道中で荷台を確認するようなことも滅多にありませんから……こっそりと乗り込まれていたのなら気付けなかったかも知れません」
「……なるほど」
じゃあやっぱり、ミリアちゃんは馬車でやって来たのかもしれない。
……けれど、こっそり乗り込んでいたのなら、どこから乗り込んだのかも分からないし、足取りはたどれないかな。せめてどの方面から来たかくらいでも分かれば、クライアさんにもハルベイさんにも、声を掛けてもらうに当たって見当がつきやすかったのだけれど……。
「あぁ、そういう事でしたら荷馬車の当番の者に伝えて、隣村で話を聞いてこさせましょう」
「……えっ、あ。ありがとうございます。すみません……」
思っていたことがちょっと口に出てしまっていたみたい……。隣村でミリアちゃんを見た人がいないかとかを、ハルベイさんの商会の人が訊いてくれることになった。
重ねてお礼を言ったら、これからもご贔屓に、とにっこり。深々とお辞儀を返させてもらった。
メリベルさんとはその場でお礼を言って別れて、その後ハルベイさんとはお店の中で、ミリアちゃんの容姿や分かっている限りの素性なんかを説明してから、小山の上に戻る。
それなりに時間が経っちゃったから、どうかな、と思いながら帰宅したけれど、案の定ミリアちゃんはもう起きていた。
昨夜、わたしとエイラちゃんで着替えさせてあげた寝巻きのまま、どんよりとした表情でうつむき食堂のテーブルに着いている。帰ってきたわたしの方も振り向くことはない。
そんなミリアちゃんに声を掛けるべきかどうか悩んでいると、わたしの帰宅に気づいてエイラちゃんがキッチンから、ととと、とやって来た。ミリアちゃんには聞こえないくらいの囁き声で、耳打ちしてくる。
「……サクラ様が出掛けられて、間もなく目を覚ましまして。朝食を摂るように促しましたところ、素直にこちらへ来て半分程は手を付けたのですが……今に至るまで、終始あの様子です」
エイラちゃんはほんのり眉間にシワを寄せて困り顔だったけれど、わたしも似たような顔しかできなかった。
ミリアちゃんのことが気になるけれど、何をしてあげれば良いのか分からなくて、ただそっとしておいてあげることしか思いつかない。
今できるのはそんな消極的な対応だけれど……とエイラちゃんに目配せをした時だった。
どーん、と食堂のドアが開かれた。
いいかげん更新速度を回復させたいという気持ちはあるのですが……。




