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509-55 慰め方

 念のために、コーレイト先生の元へ走って確認をした。

《|フィジカル=マギスコープ《身体透視》》で見てみて、全く魔力の流れが見えないことが、つまり魔法の素養がないことを意味しているのかどうか……。

 ただ魔力操ることに失敗しているだけで、素養の有無とは関係ない可能性も考えられたから。

 でも、コーレイト先生の首は、横に振られた。


「素養のある人は何をしていなくとも、多かれ少なかれその身体の内に魔力を巡らせているものです。まして、曲がりなりでも魔法を使おうと意識しているのなら尚更。……ノノカさんのマギスコープの感度で感じ取れないと言うのでしたら、それは……残念ですが、素養はない、と断言し得るかと思います」



「……嘘でしょ?」


 がミリアちゃんの第一声だった。

 わたしも言葉が詰まる。心苦しい。でも、ちゃんと説明してあげないといけない。

 落ちていきそうになる視線を、意識してまっすぐに向けながら、ひとつひとつ言葉を選んで説明してあげた。

 説明の間、ミリアちゃんは一言も喋らず、ただわたしの方に顔を向けつづけていた。

 最初、わずかに寄っていた眉間のシワは消えていって、こちらに向いた目の焦点はわたしの後ろに抜けていって。

 説明を終えてもミリアちゃんは何も言わなかったし、動きもしなかった。

 心ここにあらず、をまさに体現した様子でいて、ひとまず家に連れ帰ったけれど、食堂のテーブルに着いてからは完全に放心してしまった。

 名前を呼んでも反応はなくて、お昼ごはんも手をつけなくて……。


 わたしも仕事に手をつけていられる状況ではなく、かと言って何ができるわけでもない。

 戸惑いを抱えたまま、ただ少しでもミリアちゃんの気持ちが楽になれば、と願ってずっとそばに付いていた。

 その内日が傾いてきて、部屋の中がだんだんと暗くなってくる。

 そして暗がりが強くなってきた頃、エイラちゃんやって来ていつものように《ライト(照明)》の魔法で明かりを灯した。

 慣れたもので詠唱もなく、発動を宣言する魔法名だけの簡素な呪文。

 食堂が照らされた。すると、椅子にちょこんと座ってテーブルに向いたままだったミリアちゃんの視線が、おもむろに持ち上がる。

 その瞳が照らされて、不意に、光の粒が頬を転がり落ちた。

 光の粒はにわかに増えて、ミリアちゃんがそれを両手で受け止める。

 わたしたちはそれから、秋の虫の声がまた聞こえるようになるまで、しばらくその背に手を添え続けていたのだった。



 うつらうつらと舟を漕ぐ。

 ゆらゆらと何度となく真っ白な光に落ち込みそうになっていたら、急に世界が揺れた。

 肩を持って揺すられているのだ、と気づくのに時間は掛からなかった。閉じていた目を開いて顔を上げると、ストールを羽織りランプを持ったエイラちゃんが心配そうにわたしの顔を覗き込んでいた。


「……もうじき夜も明けます。ここからはわたくしが代わりますので、サクラ様は横になってお休みください……」


 そう言うエイラちゃんの顔には、少し疲労の色が浮かんでいるように見えた。

 昨夜、ミリアちゃんが泣き過ごして客間で眠りに落ちてから、わたしはその傍にずっと付いていて、心配してくれるエイラちゃんには先に休んでもらっていたのだけれど。

 ほんの少し開いた窓の隙間から見える空はまだ真っ暗で、暖炉の火はまだ明るい。

 わたしは静かに首を横に振った。


「わたしは大丈夫だよ。今だって、ちょっと寝ちゃえてたみたいだし」

「……ですが──」


 囁くエイラちゃんの頭をそっと撫でる。


「わたしはちょっとやそっとじゃ動じないだろうけれど……、無理をしてエイラちゃんが倒れちゃうのは嫌だよ?」


 今はちゃんと寝て、朝になったら朝ごはんの用意をお願いしてもいい? と続けた言葉にエイラちゃんはゆっくり頷いて、失礼いたしました、と言葉を残して退室していった。

 振り返って、寝床のミリアちゃんの頭をそっと撫でる。目元はまだ少し赤いけれど……すぅすぅ、と小さく寝息が聞こえる。

 その様子を確認して、わたしは椅子に腰掛け直し背を預けて……またいつやら、うつらうつらとして……。



「……サクラ様。朝食が用意できました」


 エイラちゃんの声で目を覚ましたときには、もう太陽は登っていた。

 ミリアちゃんはまだよく眠っている。起こして朝食を食べさせますか? と言うエイラちゃんの問いには首を横に振る。泣き疲れているだろうし、もうしばらく寝かせてあげよう、と。


「……サクラ様も、横になって少しお休みになった方がよろしいのではないでしょうか?」

「……んー、どうしようかな……」


 エイラちゃんの言う通り、確かにちょっと疲れは感じていた。椅子で寝ていたから、身体もちょっとぎしぎし言っている。

 でも、眠くて仕方がない、と言うほどではなかった。すっきりはしないけれど、少しぼーっとしているくらいで今日一日を過ごすくらいは別に問題なさそう。

 ──とは思うのだけれど、ミリアちゃんの様子は気にしていたいし、他にも今日のうちに色々とやっておきたいこともほんのり考えていたものだから、時間を取ってでも、少し寝ておいた方が良いような気もする……。

 どっちにしようかな、なんて……、それこそ考えがまとまらなくて、それに気づいて、ここはやっぱりちょっと寝ておいた方が良さそう、と思いかけたところで──ふとある魔法のことを思い出した。


「ねぇ、エイラちゃん。悪いんだけれど、しばらくミリアちゃんのこと、お願いして良い?」

「……はい、勿論です。……お休みに?」

「んー、寝るわけじゃなくて……ちょっと出掛けて、やっておきたいことがあって。でもその前に、マリューから教わった疲れの取れる魔法を試してみるから大丈夫だよ」

「……魔法で疲れが取れるのですか?」

「一日寝てないくらいなら何の問題もなくなる──って言ってたと思う」


 疲れを吹き飛ばす、みたいに考えるとちょっと試すのに気後れしなくもないけれど、作用機序としてはあくまで回復魔法のひとつだったと思うから、たまに使うくらいならマリューの言っていた通り何の問題もない、と思う。多分。


 一度自室に行って、元白紙の本を手に取る。

 ありとあらゆる情報を書きこみすぎて、もはや何の本だか分からなくなっている混沌本のページをめくり、その魔法のメモを探し出す。

 詠唱文を何度か読みこみながらイメージを掴んで……とりあえず発動してみた。


「──《リフレッシュ(小再生)》……ん? おお」


 身体をほんのりと光が包み込んで、じわ……っと微かに、でも確かに疲れが抜けていく感覚があった。

 それに合わせて意識もはっきりしてきて、ひと眠りした後のようなすっきり感も出てくる。

 これは、なかなか……有用そうな魔法だな、と思えた。ただ、副作用があったりしたら怖いので、ここぞと言うときの切り札的なものにしておこうかな……。


 気分もすっきりしたところで、やっておきたいこと、のために山を下りる。

 できることならミリアちゃんをちゃんと慰めてあげたいのだけれど、あいにくとわたしはこんな時、ただそばについていてあげる以外に良い慰め方が分からないので……ミリアちゃんが眠っているうちに、ミリアちゃんを親御さんの元に帰してあげられるように準備をしておこうと思う。

 いろいろと事情はありそうだけれど、落ち込んだ時一番寄り添ってあげられるのは、やっぱり家族の人たちだと思うから。

 とは言え、ミリアちゃんはその辺りのことは教えてくれていないし、今の状態であれやこれやと訊ねるのも忍びないので……まずは調べるところからなのだけれど。

 そこで、まずはクライアさんのもとに向かう。

 と言うのも、ここまでの話から察するに、どうやらミリアちゃんは商人ないしは貴族の娘さんっぽい感じがあるので……同じ貴族であるクライアさんなら、なんらかの伝手があるかもしれない──


ここ数ヶ月忙しく(半分くらいコロナのせい)、なかなか余裕が擦り切れてきていて、まだしばらくは超スローペースが続きそうですが……書くのをやめるつもりは毛頭ありませんのでよろしくお願いします。

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