509-51 小さな来訪者
数日後。
ヤヨイちゃんは芝刈り機のディティールを詰めると言って工房にこもり、わたしとエイラちゃんはいつも通りの仕事をして過ごしていた。
そしてそれは、その日の夕方のこと。
仕事の区切りが良かったので、わたしはいつもより少し早めに母屋に戻り、お風呂の用意をしてから時間があればエイラちゃんの夕ごはんの支度を手伝おうかな、なんて考えていた頃だった。
ちょうどお風呂の掃除を終えて桶を担いで水を汲みに行こうとしていたタイミングで、玄関のノッカーが叩かれた。
はーい、と大きな声で返事をして、玄関を開く。
──するとそこには、小さな女の子が立っていたのである。
「えーっと……」
思い返してみるけれど、ミフロでは見かけたことのない子だ。
腰に届きそうなくらい長い亜麻色の髪に、前世で見た南国の浅瀬のような色の碧眼。年の頃は、だいたい10歳くらいに見える。
その子はわたしを観察するようにじっと見つめてから口を開いた。
「あなたが不死の魔法使い様のノノカ様?」
「あ、はい」
わたしもわたしでその子のことをよくよく見てみたのだけれど、その子の髪はすごく綺麗で艶もあり、よく手入れされているように見えるし、着ている洋服は少し汚れがあったけれど、布地や仕立ては結構上等なものに見える。
それこそミフロのような田舎の平民にはあり得そうにない身なりで……最低でも商家か、それ以上の家柄や身分の娘さんのように思えた。
「えっと、あなたは──」
どこの誰なのか、とわたしが訊ねるよりも早く。
「あたしをこの家に置いて!」
とその子が食い気味に叫んだ。
え? と状況が飲み込めないわたしを置いてけぼりにして、その子は言葉を続ける。
「身寄りのない子を匿ってるって聞いたわ! だからあたしも匿って……この家に置いて、ください!」
「……あー……」
その言葉を聞いてわたしはなんとなく事情を察した。
と言うのも、その『身寄りのない子を匿っている』と言う話は、去年ヤヨイちゃんがやってきた頃にミフロの一部で流れた噂なのだ。
3年前にエイラちゃんを使用人として迎え、去年末にはヤヨイちゃんを保護──一応監視という名目だけれど──と、見た目には幼さも残るふたりをうちに置いたものだから、ことヤヨイちゃんの詳しい事情が伝わる前に、ノノカ様は身寄りのない子供を匿っている、とそんな噂が出てきたのである。
まぁミフロでのその噂は、ヤヨイちゃんが不死の魔法使いだという認識が広がるにつれて自然と消えていったのだけれど……もしかすると、その噂はミフロの外にも伝わって、広がった噂までは訂正されていないこともあり得そうだ、と思えた。
そうなら、やっぱりこの子はミフロの子ではないことで間違いなさそうだ。
となると事情を全く知らないであろうこの子は完全にいろいろと誤解しきっているのだろうし、まずその誤解を解かないと、と思い至る。
「いや、あの──」
「それにあなた、王都で魔法も教えてるんでしょう? だからあたしに魔法も教えて欲しいの! お願い! ……します!」
「ん、んん……? 魔法、教え……え?」
誤解を解こうと思ったら、もうひとつ誤解っぽいものが出てきた。
王都で、魔法を教えている、と言うと……これはマリューの話とごちゃ混ぜになってしまっているのでは? と気がついた。先の噂が出てきたのはマリューもここに一緒にいた時だったし、マリューの話も一緒になって広がって、どこかで混じっちゃったのかもしれない。
これは、なかなか誤解は複雑になっている様子。
腰を据えてじっくり説明した方が良いような気がしてきたので、ひとまずなんとかその子をなだめて落ち着いてもらって、わたしはその子を家に招き入れて食堂へ案内することにした。
◇
招き入れたその子にテーブルに着いてもらって、わたしも対面に座り、話をする態勢になる。
そして第一声、声を掛けようとして、まだその子の名前を聞いていないことに気づいた。
「あの……ところであなたのお名前は……?」
「……あっ」
訊ねられたその子は一拍置いて、なにやら、しまった、と口に出してしまいそうな様子で口に手を当てながら驚き、続いて焦ったような表情を浮かべて、わたわたと椅子から立ち上がる。
「えと、あ……ミリア……と、申します」
とちょっと不慣れな様子ながら、ミリアと名乗ったその子は丁寧なお辞儀とともに自己紹介をしてくれた。
わたしはその手の礼儀作法や所作について、あんまり詳しいというわけではないのだけれど、ミリアちゃんの挨拶の仕方を見るに、そこそこ良いところの子であるという予感が、より確信に近いものになる。
……なんてことを考えていたら反応が遅くなってしまった。
不安な表情になってしまっていたミリアちゃんに続くようにわたしも立って、わたしなりに丁寧に自己紹介をした。そして座って、座らせて、改めていろいろな誤解を解くため話に入る。
「まず、ですね……」
「……はい!」
ちょっと緊張したようなミリアちゃんは、その目をキラキラさせながらわたしをまっすぐに見つめている。
……ちょっと切り出しづらい。
でも説明しないわけにもいかず、まずは比較的説明しやすい──特に問題のなさそうな──わたしが魔法の先生である、という誤解の方から解くことにした。
「その、ミリアちゃんには誤解があるみたいで……まず、わたしは王都の先生はしてないんですよ……」
え? と驚くミリアちゃんに、その話は多分わたしの知り合いと一緒になって勘違いしちゃっていることを、そもそも王都で先生をしていたら馬車で10日前後も掛かるこのミフロには住んでいないだろうという根拠を交えつつ、言葉を選びながら説明してあげた。
これで、わたしでは魔法を教えてあげることはできない、と言うことを理解してくれる。と思ったのだけれど……。
「……で、でもあなた不死の魔法使い様なのよね!?」
「それは、まぁ……」
「じゃあ、魔法得意なのよね!?」
思った通りにはならなかった。
まぁ確かに普通に考えれば、不死の魔法使いと言えば魔法をきわめて不死化の魔法と言うすごく難しい魔法を成功させた人のことなので……不死の魔法使い=魔法がすごく得意、と思うのは自然だと思う。
ミリアちゃんもそう思ったようで、半ば身を乗り出しながらわたしの方をまっすぐに見つめていた。その輝く目が眩しく見える……。
「得意、って言っていいのかな……一応、一通りの魔法は使えるけれど……」
「じゃあ! じゃあ、教えて!」
ミリアちゃんは完全にテーブルに身を乗り出して、わたしの方は椅子の背もたれに追い詰められたような気分になる。
「いやぁ、でも、ね? わたし、魔法を使えると言っても意識してないと言うか、なんとなく、こうふんわりした感覚で使ってるから、教えるみたいに説明できないと言うか……」
どうも曖昧な言い方になる。
しかし実際に、わたしが魔法を使うときは大体ふんわりとした、感覚だけでなんとなく魔法を発動させているという感覚に近いものだから、なにをどうすればうまく魔法が使えるのか、なんてとても教えられる気がしないのだ。
しかし、そのわたしの説明を聞いたミリアちゃんは深刻そうな表情になる。
あれ、もしかしてわたしが魔法を教えられそうにないことを分かってくれたのかな? と思えたのは一瞬。
「……つまり、天才……?」
「んんーいやー違うなー……」
結局、ミリアちゃんの瞳の輝きは薄れることはなかった。
最近体力がギリギリ低空飛行に陥りがちなもので、書く速度がかなり落ちていますがご容赦ください_(:3」∠)_
筋トレせねば…




