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509-32 工房での作業

 お昼前の買い出しでは、今朝川で獲れたばかりだと言う新鮮なお魚も手に入り、お昼ごはんには川魚のハーブ焼きをメインに、芋を蒸かしたり豆のスープを作ったり、そこにパンも添えて、ここ最近ではなかなか会心の出来になった。

 そろそろ工房のふたりを呼びに行こうかと思っていたタイミングでふたりも帰ってきたので、先に汗を流すというふたりがお風呂から上がってくるのを待ち、さっぱりしたふたりにちょっと得意げにお昼ごはんを振る舞う。

 エイラちゃんは、おいしそうですね、と少し微笑んでくれたのだけれど……。

 ただヤヨイちゃんは、やっぱり眉間にシワを寄せている。


「いや、うまい方とは思うんじゃがな、やはりなんか……物足りん……」

「……一体なんだと言うのですか」


 その言葉を聞いたエイラちゃんがむっとした様子でヤヨイちゃんを睨みつける。

 わたしが、まぁまぁ、とエイラちゃんに声を掛ければ、さすがに以前のような刺々しさのあるものでもなかったので、エイラちゃんは、ふぅ、と軽く息を吐いて食事を再開した。

 ヤヨイちゃんのことは……まぁ、気に入ってもらえなかったのは残念だけれど、別に気にしてはいない。

 と言うか、この出来でさえ物足りないと言われてしまうと……いよいよその物足りなさの原因にさっぱり見当がつかなくて、わたしはただ首を傾げるしかなかった。



 結局どうにもヤヨイちゃんには満足してもらえなかったお昼ごはんの後、片付けを終えたわたしはまた少しだけ調薬棟で仕事をしてから、区切りのいいところで隣のヤヨイちゃんの工房へ向かった。

 小雨が降り続いているので、小走りに工房へ。

 扉の開け放たれていたテラス側から工房の作業場に入ると、外の肌寒さとは一変してなかなかの熱気が漂っていて、軽い息苦しさを感じる。

 作業場の奥には火の入った炉があって、その前にエイラちゃんが立っていた。

 真っ白な髪を後ろにまとめ上げたエイラちゃんが、額や首元を伝う汗を拭う。

 エイラちゃんは軽装で、着ているリネンシャツは汗で肌に張り付いてしまっていた。

 工房の窓は開け放たれているけれど、炉の前にいるし、寒そうではない。


「エイラちゃん、大丈夫?」


 声を掛けられて、わたしに気づいたエイラちゃんが振り向く。

 エイラちゃんは雪のように肌が白いから、上気して顔などに朱が差しているのがよく分かる。


「……ええ、お構いなく。ちょうど作業も一段落したところですので」


 そう言って、少し微笑んだ。

 汗で髪を濡らし、軽く肩を上下させているその姿は、線は細いけれど、エイラちゃんに対してわたしが持っていた可憐で繊細なイメージとは幾分違った印象を受けるもので、とても新鮮だった。

 ……思い返してみれば、エイラちゃんと出会って、早3年が経っている。

 エイラちゃんは〝再誕者〟という、少し特殊な性質のお陰で他人よりも成長が遅いらしいこともあるし、なにより、エイラちゃんのことは毎日間近で見ているから、あんまり意識していなかったけれど──改めて見てみれば、この3年でエイラちゃんも成長して、少し大人びてきているのかも知れない。

 背も……少し伸びた気がする。

 意識してその顔を見つめてみれば、心なしかその顔立ちも体付きも、子供っぽさが薄らいで来ている気がする。

 そして今の、薄着で汗を流す姿というのは、とても活発な印象を受けるもので、エイラちゃんと初めて出会ってから漠然と抱いていた、か弱そうなイメージとのギャップが、エイラちゃんの成長をはっきりと感じさせてくるみたいだった。

 その姿に感じるのは。


「……格好良いね、エイラちゃん」

「……え?」


 抱いた感想を素直に口に出して、笑い掛けた。

 エイラちゃんはその赤い目を見開いて驚き、それから手拭いを口元にやりながら少し視線を逸らして、小さく、ありがとうございます、と呟いた。

 ほんのりエイラちゃんの顔を赤みが増した気がしたけれど、実際近づいてみた炉の前は結構暑くて、わたしもほんのり汗ばんでいた。

 炉そのものから感じる熱もなかなかのもので、顔が(ほて)って乾く感覚に、思わず顔を逸らす。そうして視線を周囲に振ったときに、ヤヨイちゃんの姿が見えないことに気がついた。


「そう言えば、ヤヨイちゃんは?」

「…………え、ええ、あちらに」


 エイラちゃんが示した作業場の端の方に目をやると、隅っこのベンチでヤヨイちゃんがひっくり返っていた。

 仰向けで横になり、片腕で目元を覆っているので起きているのかは分からない。ただ、口は半開きで胸は上下している。

 ちょっと心配になって近づいてみると、わたしの気配に気がついたらしく腕を少し上げて片目がこちらを見た。


「休憩中じゃ……」


 と言って、また目が隠れた。

 エイラちゃん曰く、作業でお疲れになったようです、とのこと。

 納得しつつ、ただふと思い返せば、工房ができたばかりの頃はしょっちゅう体力切れで気を失ってその辺に転がっていたので、多少は塩梅が分かってきたのかもしれなかった。

 まぁ、火も使った作業を始めているし、ところ構わず倒れていたら、場所によってはこんがり焼けて帰らぬ人になりかねないし、そうでないと気が気でないのだけれど。

 その後、なんとなくその頭を撫でてあげた手をヤヨイちゃんに払われたりしてから、ふたりに水を汲んで来てあげようと、ひとこと断って一旦母屋に戻った。

 その時エイラちゃんは、わたくしも手伝います、と言ってくれたけれど、汗だくになって疲れているだろうエイラちゃんに手伝ってもらうわけにはいかない。


「わたしの労いの気持ちだから、そこで待って、受け取って?」


 と言いつつ笑い掛けて、休憩していてもらった。


 母屋に戻ったついでに、汗だくになっていたエイラちゃんの替えの着物も用意して、着替えてもらってから、冷たい水を飲みながら、もうしばらく──ヤヨイちゃんが起きるまで休憩する。

 工房の話や、他愛もない話をぽつぽつとしながら、30分くらい経っただろうか。

 不意にヤヨイちゃんがむくりと起き出して、わたしがびっくりしているうちに、炉のそばの足元に置いてあった粘土の塊のようなものを金槌で崩し始めた。

 数分後。


「昨日作った部品は良い感じじゃから、組み立ててみるぞ」


 と言って、ヤヨイちゃんの掌くらいのサイズの大きな和同開珎(わどうかいほう)みたいな、四角い穴の開いた鈍い金色っぽく輝く金属の円盤を見せてくれた。

 それが何なのか聞いてみると。


「ブロンズで作った〝おもり〟じゃ」

「へぇ、おもり……。……ブロンズってこんな色なんだね」


 何に使うのかという疑問はこれから実際に見せてくれるだろうし……なんとなく思ったことを口にした。

 ブロンズと聞くと、もうちょっと赤っぽいと言うか、日本の10円玉みたいな、銅! って感じの色味が思い浮かぶのだけれど、ヤヨイちゃんが見せてくれたものはもっと黄色味が強くて、どちらかと言うと金色っぽかったのだ。


「あぁ、ブロンズは銅と錫とその他の金属の配合で結構色が変わるからの。今回の配合ではこうなった」

「へぇー」


 説明しながらあれやこれやと準備を始めて、エイラちゃんもヤヨイちゃんに指示されながら、あちこちから木製の穴の開いた箱やら棒のついた箱やら歯車やら、部品っぽいものを集めてくる。

 ヤヨイちゃんはエイラちゃんが集めてきた部品と設計図を見比べて、あれはこうでそれはこうで……、となにやら確認していく。

 そして、よし! と頷いたヤヨイちゃんが、設計図を見ながら部品を組み立て始めた。

 組み立てにエイラちゃんの出番はないみたいで、わたしの隣で一緒にヤヨイちゃんの作業を見ている。


 箱に歯車を取り付け、棒を挿し、また歯車を差し込んで、軸にさっきのブロンズの部品を固定して箱に入れて、蓋をして取っ手を付けてベルトも付けて……。

 ざっくり言うとそんな感じで、さくっと芝刈り機が完成した。


「刃はさっきブロンズを型に流し込んだばかりじゃからな、試運転では板で代用じゃ」

「完成?」

「おうよ」


 完成した芝刈り機は、見た目は前世でよく見たエンジンから棒が伸びていて先の回転刃で草を刈るタイプのものとあんまり変わりなかった。

 ただ、ヤヨイちゃんが作ったものにはエンジンなんて当然なくて、エンジンの代わりの箱に取っ手が付いていて、ランドセルを前に掛けるみたいに胴体に固定して、取っ手を回すと先の回転刃が回る、と言う仕組みになっているらしい。

 さっき見せてくれた大きい和同開珎は、取っ手の回転を効率よくするためのウエイトだったみたい。

 ヤヨイちゃんが試運転の為に、完成した芝刈り機を持って嬉々としながら外に出る。

 家のある小山の上の草はらは、建物と道と畑の周りは基本的に放置状態なので、試しに刈る草ならいくらでもある。建物からちょっと離れたところへ移動して、早速ヤヨイちゃんが取っ手を回して草を刈ってみた。

 わたしもどんな感じになるのか興味津々だったので、ヤヨイちゃんの背中越しにその様子を覗き込む。

 カラカラカラ……とくぐもった音を立てながら、棒の先の木製の回転刃にうまいこと回転が伝わっているみたい。

 で、肝心の草の刈れ具合は──

 ヤヨイちゃんの腰くらいまで元気に伸びた草たちは、まぁ見た目通りなかなか頑丈みたいで、何度となく刃が弾かれたり回転が止められたりしちゃっている。

 それでも太い茎以外は木製の刃でもきちんと刈れているので、わたしはなんだか嬉しくなって声を上げていた。


「けっこう上手くいってるね!」

「…………お、重い」


 ヤヨイちゃんがその場にへたり込んでしまった。

 慌てて肩を支えてあげると、曰く。


「取っ手が重くてえらい力が要るわ……いや、まぁこれは儂が貧弱なだけじゃとは思うが……」


 代わりにやってみろ、とヤヨイちゃんが言うので、喜んで代わらせてもらってわたしが使って見たところ、確かに取っ手はちょっと重かった。

 でも、力を入れ過ぎて壊してしまいそうな不安こそあったけれど、慣れてくるとかなり良い感じに草を刈ることができた。

 だんだん楽しくなってきて調子に乗っていたら、ちょっと固くて丈夫な茎か何かに当たってしまったらしく、バキ! っと音を立てて回転刃が割れ飛んでしまったけれど……。


「ご、ごめんなさい……」

「どうせ仮の木製の刃じゃったから構わんわ。本番はちゃんと金属製の刃で作るからの。……それにしても、案外ええ感じじゃな、ひひ」


 足を伸ばして座り込みながらヤヨイちゃんが、にやっと笑った。満足いく出来だったらしい。


「うんうん。これなら草刈りもだいぶ楽になると思うよ!」

「……しかし、草刈り鎌の方が扱いやすくはありませんか?」


 ぼそりとエイラちゃんがそんなことを呟いた。

 ここで言う草刈り鎌というのは大鎌(サイズ)のことで、長い柄の先に鎌の刃がついていて腰を曲げずとも足元の草を刈ることができる。

 ……言われてみれば、確かに、慣れた人ならそちらの方が扱いやすいかもしれない、と思わなくもない……かも。

 しかしそれを聞いたヤヨイちゃんは、いや、と言う。


「確かに広い平地なら草刈り鎌の方が強かろうが、これは狭かったり傾斜地でも大した技術なしに使えるからな、そうやって売り込むつもりじゃ」


 腕を組んで得意げににやついて見せるヤヨイちゃん。足を伸ばして座ったままだけれど。

 その姿がちょっと可愛らしくて笑ったのだけれど、ふと最後の言葉に気がついて疑問符が出てきた。


「……ん?『売り込む』って、これ売るんだ?」

「いや、それそのものを売るんではないが。実際に動くことも分かったし、もうちっと設計を詰めたら特許を取ってそっから金を得る腹づもりじゃ」

「特許……。へえぇ……」

「なんじゃ、反応が悪いな」


 不満そうに眉間にシワを寄せたヤヨイちゃんにはっとして、慌てて首を横に振った。


「んぁ、いや。特許なんて縁遠いことだと思ってたから、すごいなーって……」


 実際はこちらの特許について、いつかどこかで説明されたなぁ……と思い出そうとして、ぼーっとしていたのだけれど。

 ちなみに、思い出せなかった。


「そうか。……あぁそう言えばな、なんでも特許も普通の人に比べて不死者は有効期間が半分しか認めてくれんらしくてな。そこでハルベイ殿の提案で非不死者に申請させれば良いと言うもんじゃから、エイラよ、あんたの名義で代わりに申請させてもらうが構わんか?」


 そうだっけ、そうだったかな、そんな気がするな……。

 結局ちゃんとは思い出せなくてまたぼーっとしていたら、サクラ様、と次はエイラちゃんに呼び掛けられてまた慌てて顔を上げた。


「……宜しいのでしょうか?」

「ん? ……あ、あぁ、うん。エイラちゃんが良いなら、わたしは大丈夫だと思うよ」


 わたしの言葉を受けてエイラちゃんが承諾して、話はまとまったみたい。

 許可をもらえたヤヨイちゃんは、ひひひ、となんだかちょっと黒い笑みを浮かべているけれど、とにかく嬉しそうなので良かった。


「さてさて、良し良し。という訳で儂は今後もこんな感じでいろいろ作って売り込んでいくつもりじゃからな、これからも頼むぞふたりとも!」

「あはは。うん」

「……」


 ちょっぴり、エイラちゃんは不服そうな雰囲気もあったけれど。

 そんな感じでヤヨイちゃんの工房も、ついに本格的に活動を開始したのだった。



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