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509-31 完成から4ヶ月

 9月の半ば。

 しとしと、と雨が降り、少しの肌寒さを感じる朝だった。

 朝ごはんの最中、いつものように小難しい顔をしながら黙々とパンをかじっていたヤヨイちゃんが、ふと顔を上げた。


「エイラよ、また手伝いをば頼めるか?」

「……ええ。構いませんよ」


 ほんの少しだけ、楽しそうに頷くエイラちゃんの反応が可愛らしくて、わたしも思わず笑みがこぼれる。

 それはここ最近では週に1、2回は見かけるやり取りで、手伝いとはヤヨイちゃんの工房での作業のお手伝いのことだ。

 ヤヨイちゃんは相変わらず、見た目通りかそれ以下の筋力、体力しかないものだから、いつの頃からかヤヨイちゃんが《ストレングス(筋力強化)》の魔法も使えるエイラちゃんにお手伝いを依頼して、自然とそれが定番になっていた。


「わたしは手伝わなくて大丈夫?」

「む? あぁ、今日はいらんから自分の仕事をしとれ」

「ん、分かった」


 ちなみにわたしの方は、薬作りの仕事があるから、と滅多に呼ばれることはない。

 自分の仕事があると言ったらエイラちゃんもだけれど、要領のいいエイラちゃんは上手く時間も工面しているみたいだし、エイラちゃん自身、案外楽しんでいるみたいなのでわたしからはサポートはしても言うことはない感じ。

 それに、ふたりで交流する機会が増えたお陰もあって、一緒に住み始めて以来、どうにもぎくしゃくしていた関係も、ようやく打ち解けてきた感じがあった。

 まぁ、多少ぎこちない感じも残ってはいるけれど、ヤヨイちゃんもたまに食事のことで長々お説教をしてくることがある以外はより大人しくなったし、エイラちゃんも事あるごとにヤヨイちゃんを睨みつけることも少なくなって、大きな問題のない平和な日々が続いていて、わたしは嬉しい。

 あと、嬉しいことと言えば、ヤヨイちゃんの工房も順調にあれこれ作れているらしいこともあった。


「ところで、今日は何を作るの?」

「あぁ、今日はここのところ作り続けとった芝刈り機の詰めじゃ」


 おぉ、と思わず感嘆の声が出る。

 1ヶ月くらい前から『芝刈り機的な何か』を作ろうとしているのは知っていたけれど、それがいよいよ完成すると聞いてわくわくしてきた。

 工房の完成以来、ヤヨイちゃんはいくつか機械的なものも完成させていたのだけれど、今までのところそれはどれも機構の再現とか実験的なものばかりだったので、ひとつのアイテムとして完成形になるのは初めてなのかもしれない。

 ただ、完成が楽しみでテンションが上がりつつあったわたしに対して、ヤヨイちゃん自身はなんだか面白くなさそうにしている。


「しかしなぁ……。《ストレングス(筋力強化)》じゃったか、その手の魔法が使えんと、ほんに不便──いや、話にならんな……」


 口を、いー、としながら頬杖をついて、ヤヨイちゃんがぼやいた。


「あー……、でも、先月にダメって言われたばっかりだからね……」


 ヤヨイちゃんは首輪によって魔法の使用が制限されていて、一部のごく簡単な生活魔法しか使えないようにされている。

 ただ、工房でものづくりをするに当たって、やっぱりヤヨイちゃんの地の筋力や体力じゃ大変だった。

 なのでヤヨイちゃんの強い希望でマリューに一部魔法の制限解除のお伺いをしてみたのだけれど──残念ながら却下されてしまったのが先月の話。


「……やり過ぎなんだら良かったわ」


 唇を尖らせるヤヨイちゃん。

 初めてヤヨイちゃんがこちらに来たときには、小屋を木っ端微塵に吹き飛ばしたり殴りかかってきたり、確かにちょっと色々とやり過ぎていたかな、と思い返す。


「まぁ、やり過ぎちゃったかもしれないけれど、結果的に大事はなかったわけだし、気にしても仕方ないから……とりあえず、ゆっくりやっていこう?」

「あ? いや、まぁ……そうじゃな……。しばらくは甘んじて、じっくりやるかの……」


 大きなため息をつきつつ、受け入れるしかないかと言うヤヨイちゃん。

 さて、少し話が逸れてしまっていたけれど、わたし的にはとても気になっていることがあるので話題を戻す。

 わたしが気になっているのは、ヤヨイちゃんが工房で作っているものだ。


「ところでヤヨイちゃん。さっき言ってた芝刈り機、今日完成させるなら組み立てるところとか見てみたいんだけれど、いいかな?」

「あぁ、まぁええが。ただ組み立てとなると昼過ぎになりそうじゃから、昼ごはんの後にしとくれ」


 うん、と頷く。

 ただ……ふむ、となるとエイラちゃんは、主に午前中に駆り出されることになりそうだ。いつもの家の仕事も、きっと手を付けづらいだろう。


「じゃあ、今日はわたしがお昼ごはん作るよ」

「……宜しいのですか?」


 意を汲んでくれたらしいエイラちゃんが少し眉尻を下げて、申し訳なさそうな顔をした。

 いいよいいよー、と言ってエイラちゃんを撫でる。

 そしてそのままその方向で話をまとめようとしながら、ふとヤヨイちゃんを見てみたら……何やら、嫌そうな顔をしていたものだから、会話が止まる。

 そんなヤヨイちゃんの様子に首をひねりながら、どうしたの? と訊いてみると、ヤヨイちゃんは唸ってから答えた。


「いやな、エイラの作るごはんはまだええんじゃが、あんたのはな……なんかな……」


 と言って、また唸る。

 なんか、と曖昧な言い方だけれど……どうも肯定的な反応には思えない。


「わたしの料理……そんなに下手かな……?」

「……決して、そのようなことはないかと思いますが」


 エイラちゃんが、ちょっと怪訝な顔になる。

 エイラちゃんの評価は気を使ってのそれだとは思うけれど、実際わたしの料理は、自己評価として、上手いことはないにせよ、そんなに下手だとは思っていなかった。

 いい加減が過ぎる、とヤヨイちゃんに指摘されて以来、前世の料理経験を頑張って思い出したり、エイラちゃんと一緒に試行錯誤してみたりして、当初に比べれば上手くなりこそすれ下手にはなっていない、と思うのだけれど……。

 それとも上手くなってなお、まだ足りない、ということなのかな?

 それは良くないなぁ……、と反省しかけた頃になって、唸っていたヤヨイちゃんが首を横に振った。


「いや……下手とは言わんが……。なんか……なんか足りんのじゃ」


 と言いながら首を傾げて、またまた唸るヤヨイちゃん。

 足りないとは、何が足りないのか。わたしもまた首をひねるけれど、ヤヨイちゃん自身が分かっていなさそうなので、さっぱり何なのか分からない。

 物足りない、と言うのなら……、量的には毎日お腹いっぱいな様子が思い返されるし、となると……やっぱり味かな?


「じゃあ今日は、うちで採れたハーブとかをいっぱい使ってお魚焼いてみるよ。この前ヤヨイちゃんが作ってくれた七輪で!」

「あぁ……おう……。焼き魚か……いやまぁ、おう……」


 結局、不満な感じと言うか歯切れの悪い感じは解決しなかったけれど、仕方ない。

 朝ごはんの後片付けをしながら、釣りたての川魚はちょうどよく手に入るかな、なんて考えて、その後片付けも済んでから、魚の捌き方はどんなだったかな、と空を手刀で切りながら、わたしはひとまず仕事をしに調薬棟へ向かうのだった。



また、大体3日か4日ごとに投稿していきます。

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