504-71 ヤヨイちゃんの工房
ヤヨイちゃんが、工房を作る、と決めてからは順調に話が進んでいった。
目下のところの目標を得たヤヨイちゃんは、暇な時間が減ったお陰か、あんまり細かいことにあれこれと文句を言うことは少なくなった。
ただ、食事への不満については特に根深かったみたいで、その後もちょくちょく指摘を受けている。
それをエイラちゃんはあんまり良くは思っていなさそうだったけれど、わたし自身はヤヨイちゃんの言うこと──食事が質素で単調──も言われてみれば理解できたし、わたしたちの生活も安定してきて久しく、そろそろ積極的に余裕を持ってもいいかな……と言う気持ちもあったので、このことをきっかけに、わたしやエイラちゃんの料理スキルアップを目指すことにした。
……まぁ、わたしもエイラちゃんも、料理に関しては結構いい加減なところがあったから、ヤヨイちゃんの小言を聞かなくなるには何年か掛かりそうな予感はあるけれど。
1月の3週になる頃にヤヨイちゃんが工房の作りを考え始めて、2月の前半には大まかな設計を完成させていた。
そして、2月の3週にはオフ状態のままのマリューが王都へ帰っていった。
──ちなみにマリューは、ヤヨイちゃんのことで何かあっても基本的にわたしの裁量で対処してくれて構わない、と言い置いて帰っていった。緊急ならコーレイト先生に相談すると良い、とも言っていたけれど、仮に何かあってもいつもの手紙のやり取りで事足りるかな、と心配はしていなかった。
2月の末には早くもヤヨイちゃんの工房が着工した。
──場所は、元々わたしたちが住んでいた小屋のあったところにしてもらった。どこでも構わないと言えば構わなかったのだけれど、一応形の上ではヤヨイちゃんを監視していることになっているので、母屋と調薬棟の間になるここにしてもらったのだ。……もしかしたら、そこに住むことになっていたのはヤヨイちゃんだったかもしれないから、というのもちょっとあったけれど。
3月になってから工事が本格化していって、寒さが緩むにしたがって工事も進み、4月の中頃には外装が完成して、やっと5月の3週にヤヨイちゃんの工房は完成した。
細部までかなりこだわって設計していたみたいで、ヤヨイちゃんはほとんど最初から最後まで付きっきりで、あれやこれやと指示を出していた。
ちなみに《ストレングス》の魔法が使えるわたしとエイラちゃんも少し手伝ったりした。
やっぱり立地が小山の上なものだから、親方さんたちに資材の搬入を全部お任せしてしまうのが少し申し訳なくて最初はそれを手伝っていただけだったのだけれど、その後にヤヨイちゃんからお仕事として依頼があったのだ。
依頼されたのは主に地下室用の穴を掘る仕事。調薬棟を建てた時も同じようにわたしが穴を掘ったけれど、やっぱり魔法無しで掘っていたら時間と労力がかかりすぎてしまうからわたしたちに依頼してきたそうで。
エイラちゃんは最初渋っていたけれど、ヤヨイちゃんも報酬を出すと言っていた(有無を言わさず押し付けられた)し、わたしがエイラちゃんと一緒に身体を動かしたかったこともあって、わたしからもお願いしてふたりで引き受けることになったのである。
それはそれで楽しかったし、良い思い出になったと思う。
そして工房が完成した翌日、すなわち今日は、親方さんたちを招いてささやかながら完成祝いの食事会をすることになった。
工房にはテラス的なものもあったので、そこを中心に即席で作ったテーブルを用意して、いろいろ試行錯誤中の料理を交えて、おしゃべりしながら軽食を摂る。
親方さんたちとは、労ったり労われたり……そしてヤヨイちゃんは、皆の真ん中で工房が完成した喜びではしゃいでいる。……と言うか、なんだかでれでれしている?
主役ではないわたしとエイラちゃんは、少し外れたところからその様子を見ていた。お祝いの席ということで、お昼からお気に入りのワインを開けて、やたら嬉しそうなヤヨイちゃんを微笑ましく見ていると、隣にいたエイラちゃんが、ぼそりとつぶやく。
「……完成はおめでたいのですが、サクラ様の調薬棟より立派に見えて、どうも納得いきません……」
「……ん? あー、確かに立派だよね」
工房は大きく、作業場と地下室、ヤヨイちゃんの自室の3つの部屋からなっているらしくて、テラス的なもの、もとい屋外にも作業スペースがある。
メインの作業場は中も見せてもらったのだけれど、天井が高くていくつか梁や足場が渡されていたので、外から見ると二階建てに見えるくらい大きい。そこにヤヨイちゃんの部屋の部分が寄り添うようにくっついていて、さらにその手前に作業場と部屋を繋ぐ廊下があって、そこに玄関がある。
調薬棟や母屋みたいにひとつの箱に屋根が載っている形ではなくて、ふたつの箱に屋根が載っているちょっとだけ複雑な形というだけでも立派な雰囲気を感じるのだけれど、おまけにマリューに融通してもらったというガラス窓まで設置されているものだから、文字通り輝いても見える。
あと、単純に敷地のサイズで母屋の半分くらいあるし、調薬棟と比べると2倍か3倍くらいありそうなので、存在感からしてなかなかのものがある。
「ヤヨイちゃん、すごくこだわって細かく設計してたみたいだし、その努力の結晶なんだから、すごいよね」
費用も全部自分で出したみたいだし、もちろん建物のデザインだってヤヨイちゃんが自分でやったものだ。わたしにはできないし、すごいと思う。
「……そうですね。その通りです」
エイラちゃんが、ちょっぴり悔しそうにしているように見えた。
相変わらずヤヨイちゃんは親方さんたちの輪に入って盛り上がっているので、わたしとエイラちゃんはふたりでおしゃべりを続けた。
ヤヨイちゃんはここで何を作るのかな、とか、なにを作ってもらいたいな、とか。
わたしがこちらの世界で目を覚ましてから、もうそろそろ丸4年になる。すっかりこちらの生活に馴染んで、不便や不足を意識することもほとんどなかったのだけれど、改めて前世で使っていた洗練されたものたちを思い返せば、結構欲しいものがたくさん出てくる。
「──ミキサーがあったら薬作りに使えそうだなぁ。開け閉めしやすい密閉容器とか、はかり──は天秤と分銅使わないといけないから、薬作りには使えないか……あ、でも料理には使えるかも。んー、便利なの作って使わせてくれたら嬉しいなぁ」
「……サクラ様の……その、故郷には、優れたものがたくさんあったのですね」
「うん、そうだね。……魔法じゃないけれど、誰にでも使える魔法みたいに便利なものがいっぱいあったかな」
エイラちゃんが感嘆の声を漏らす。
まぁ、でも、わたしが思い出すものに対して、ヤヨイちゃんに作れるものはかなり限られてしまうとは思うけれど。
親方さんたちも近くにいたから口には出さなかったけれど、前世で使っていた便利なものと言えば、やっぱりその大半は電化製品なのだ。さすがにそれを作るのは厳しいだろう。
でも実はおばあちゃんなヤヨイちゃんなら、電気を使うのが当たり前のものに囲まれて育ったわたしより、電気を使わなくても便利な道具の知識はたくさんありそうだし、わたしには思いもよらないものを作ってくれるかもしれないので、楽しみに思う。
わたしの楽しみができて、ヤヨイちゃんのやることもできて……あとは、ヤヨイちゃんが真面目に働く姿を見てエイラちゃんのヤヨイちゃんに対する警戒心が薄まればいいな、なんて思いながら、高原を吹く風に5回目の初夏の気配を感じた。
なお、その後、気分を良くし過ぎたヤヨイちゃんがワインを飲んでつぶれてしまって、エイラちゃんに盛大に呆れられてしまっていた。
警戒されるよりは、呆れられる方がまだましなのかな……? とちょっとだけ思ったのだった。
ふわっと、このお話はここまで。次回からちょっと新しい展開になります。
というわけでまた少し間を置きますが……なるべく早めの再開を目指します……




