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501-31 ヤヨイちゃんのしたいこと

 年末から年明けにかけて、ヤヨイちゃんはいろんな仕事に挑戦したけれど、全滅した。

 つまり、どの仕事でも、続けていくのは厳しそう……、という話になったのである。


「もう働けそうなところはないよ……」

「うぐぐぐ……」


 思い当たる限りの仕事が全滅した、そのあくる日の朝ごはんのあと。

 わたしとヤヨイちゃんはテーブルを挟んで向かい合い、話をしていた。反省会のようなものだ。

 最初から分かっていたような気はするのだけれど、やっぱり幼さのあるヤヨイちゃんの身体では、肉体労働には向いていないことがこの上なくはっきりしてしまった。

 はっきりした、と言うか……もうすでに働かせてもらえそうなところは全て撃沈したあとなので、だからといって何か変わるわけではない。どこかで働かせてもらう、という選択肢はなくなった、という結果が残っただけである。


「ぐぬぬ……。こちらの世界に来てからここを見つけるまで、それなりに長旅をしてたというに……魔法に頼りきりで楽をしとったつけか、これは……」


 そう嘆いてヤヨイちゃんがうなだれる。

 1年前──いや、もう2年前になる出会いの前だろうか、長旅というのは初耳だったと思うけれど、

 こうなってしまえば、もうこの方向では諦める他ないのだけれど、それでもヤヨイちゃんはまだ諦めきれないところがあるみたいで、とんでもないことを口にする。


「ぐぬぅ……。いや、しかし、春になれば、農業の手伝いなど──」


 わたしはヤヨイちゃんの肩を両手で鷲掴んだ。


「……ダメだよヤヨイちゃん。農業こそ体力仕事の代表格だよ? 前世で言うところの現代でだって大概大変なのに、ましてこの世界は農業機械なんてなくてせいぜい牛とかを使役するくらいであとは基本的に全部人力。畑は共同管理らしくてある程度は効率化されてるみたいだし管理も結構放任なところもあるけれど、それでも広い農地の管理は欠かせないしそれが一番の重労働で人力が必要な部分。それにこの辺りって冬はとんでもなく寒いのに夏は夏で結構暑くなるんだけれど、と言うことは炎天下での作業もあるんだよ? さすがに今のヤヨイちゃんにはすごく厳しいと思うよ? もちろんその辺りのことも全部理解した上でそれでもやってみたいって言うなら止めないよ。まだ本格的な畑仕事が始まるまでは時間があるからね。でも本当にやってみたいって言うならそれまでの時間を使ってひと通りでも農業について勉強して本当にやっていけそうかどうか先に考えてみて欲しいと思うんだけれど……」

「お、おう……」


 さすがに無茶なことを言うものだから、ほんの少しだけ強めに諭してあげたのだけれど、すごく素直に聞き入れてくれたみたいで安心した。

 良かった良かった、と満足する。

 それから現実的な話に戻る。


「まぁ、こうなっちゃった以上、働きに出るより……内職とか、ヤヨイちゃんのペースでできることをするべきなんじゃないかな」


 体力がなくなるたびに休む、というのを雇われでするのは難しい。実際体力が続かなさすぎて全滅したわけだし。

 それに、体力をつけてから、時間をおいてまた働かせてもらえるところを探す──なんてするほどに、働きに出ることに固執することもないと思う。働くことが目的じゃなくて、ヤヨイちゃんが暇すぎるのをどうにかしよう、というのが発端なのだから。


「むぅ……まぁ、そうやわな……」


 勢いなくつぶやくヤヨイちゃん。

 腕を組み、天井を仰いで、うーん、と唸る。


「内職……うちでできる仕事な……。はて、魔法研究以外に儂がしたかったこと……儂が欲しとったのは何じゃったかの……?」


 微動だにせずに、悩むこと数十秒。


「……あぁ、突き詰めれば、とにかく自分の過ごしやすい生活を作ろうと思っとった気がするな……。魔法に限らず、家やら何やら……」


 目線が降りてきて、正面を向いた。

 わたしも少し居住まいを正したところで、ヤヨイちゃんがぼそりと一言。


「なんか作るか」

「……なんかって?」

「む……なんかとはなんかじゃ。いろいろじゃ」


 ヤヨイちゃんの雰囲気が、方向性は定まった、みたいな感じになっているけれど、ちょっとふわっとし過ぎていて、わたしには捉えられていなかった。

 なんかを作るって……なんだろう?

 どうもイメージできなくて頭に疑問符を浮かべていたのだけれど、そんなわたしの様子に気がついたのか、ヤヨイちゃんが言葉を続ける。


「欲しいと思えば、道具でも家具でも機械でも……作れそうなものならなんでも……いろいろ、じゃ。物によったら、設計だけしてみて作ってもらってもよいし、ええのは商品化なんぞできれば多少は収入にもなろうて」

「あー、なるほど。……ヤヨイちゃんって、そういうのに詳しいの?」

「ふん。ま、多少はな」


 ちょっぴり得意げな様子でヤヨイちゃんが鼻を鳴らした。

 見た目は小さな女の子だけれど、わたしよりずっと長く生きている訳だし、いろいろな知識があることは不思議ではない。実際、魔法の知識に関してはマリューが認めるほどだったし、その他もろもろの知識や経験だって、わたしよりもずっと多いのだろう。

 体力は壊滅的だったけれど、知識をメインに扱うなら、確かに今のヤヨイちゃんには向いているのかも……と感心しながら頷いていたら、ヤヨイちゃんが椅子から飛び降りた。


「となればまずは、工房を建てるか」

「……ん? え、工房……? 建物……? そ、そこから自分で作るの……?」


 行動に移る早さにも驚いたけれど、その最初の行動の規模が予想を遥かに上回ってきたものだから、一瞬話について行けていなかった。

 それにしても、いくらなんでも最初から建物を建てるなんて無茶なのでは……? と漠然と思ったところで、ヤヨイちゃんが呆れ顔になる。


「あほかい。体力のなさは思い知った。自分で建てれるわけなかろう……。設計だけして、あとはあの……ほれ、あのちと強面の〝親方さん〟とか呼んどったおじさまに建ててもらうわい」

「あ、だよね」


 ちょっと安心した。

 ……でも、何か引っかかる気がする。

 んー? とわたしが軽く首を捻ることには構わずに、ヤヨイちゃんはもう行動を始めるらしい。


「したらばまずは設計じゃが……工房はなるべく広めがええな。作業場とは別に仮眠室やらあれこれ考える用の部屋……いっそ自分の部屋でもくっつけときたいのう……。まぁなんにせよ悩むのは後にして、まずは紙と筆記具を買ってくる」


 ひとり言のようにいろいろとつぶやいたヤヨイちゃんが背を向けて、そのまま食堂から出て行こうとする。

 ……そこでふと、引っかかっていた〝何か〟に思い当たって、ヤヨイちゃんを呼び止めた。


「ねぇヤヨイちゃん。お金はあるの? その、紙とペンもだけれど、建物を建てるにしても……」


 紙とパンも結構お高いのだけれど、それより建物だ。

 建ててもらうと言っても、お願いしたら建ててもらえるわけではないのは当たり前で、費用をどうするつもりなのかが気になった。借りるにしても、ヤヨイちゃんがお金を借りられるかどうかはちょっと分からない──いや、正直なところ借りられるとは思えないし、わたし自身借金を返していっている状態だから、代わりに出してあげるというのもつらいし……。

 もしかすると、マリューなら貸してくれるかも? なんていらないことを考えながらヤヨイちゃんの答えを待っていたのだけれど、振り返ったヤヨイちゃんは、なんだか苦い顔をしていた。

 お金のこと、失念してたのかな……、と思いきや。


「……王都に拉致されとった時の蓄えが結構あるから、金銭面は問題ない」

「えっ。あ、そうなんだ……」


 まず、お金があることに驚いて。


「……ん? ヤヨイちゃん、王都で仕事してたの?」


 続いて、王都にいたときに働いていたらしい、ということに驚いた。

 マリューからは何も聞いていなかったけれど、わたしと同じようにマリューのお手伝いでもしていたのかな、と思っていたら、ヤヨイちゃんの苦い顔がより一層苦々しくなった。


「聞かんでええわ!」


 そう怒鳴って、ヤヨイちゃんは食堂から出ていってしまった。

 ……考えてみれば、ヤヨイちゃんは禁術を使った容疑で王都に連行されていった訳だし、何があったのかこそ分からないけれど、思い出したくないことがあっても不思議じゃないのかもしれない。

 防寒具を着込んで出かけるヤヨイちゃんの背を見送りながら、余計なことを聞いちゃったな、と反省するわたしだった。



 ──でも、後でマリューから聞いたところによると、ヤヨイちゃんが王都にいた間は拘束されてたとか、別にそんなことはなくて、わたしが最初に思った通り、ずっとマリューのお手伝いをしていた、とのことだった。

 それを聞いて、思いも寄らない嫌なことを思い出させてしまったのかな、という心配はひとまずなさそうで少し安心したのだけれど──

 結局、なんであんなに苦々しい顔をしていたのかは、分からずじまいだった。



ひとまずこの節は、次でふわっと一区切りの予定……です。

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