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失恋から前世に目覚めた公爵令嬢 ~最推し目指し、デッドオアアライブに抗ってみた~  作者: 安ころもっち


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第十二話


 騎士団長レオ・バルデスによる貴族邸宅の一斉捜索と、それに続くアドリアン殿下の王国民への真実の布告は、王国全土に激震をもたらした。


 王都は混乱から一転して、貴族派への怒りと殿下への熱狂的な支持に包まれた。


 アイゼン男爵令嬢ゼルダは、この劇的な展開を自邸の居間で静かに受け止めていた。


 彼女は金色の髪を背中で一つにまとめ、武術を嗜む引き締まった体に上質な騎士服を纏っている。


 琥珀色の瞳は、この数日間で起きた全ての出来事を冷静に分析していた。


 ゼルダは横目で隣に控えている若手士官に目を向ける。


 憧れの騎士レオとは似ても似つかない貧相な体を見てため息をつく。


 彼は男爵家が代々仕える騎士爵の三男ではあるが、歴戦の勇士である騎士レオと比べる方がおかしいのだ。。


 そんな彼は彼女を守る盾ではない。


 武術に優れた彼女にとって、彼は代々そうしてきた役目を全うしているだけの、ただの飾りであった。


 ゼルダは、セシリア・アークライト公爵令嬢が殿下を操る悪女ではなく、王国を救うための壮大な策略における唯一の協力者であったという事実に驚愕していた。


 そしてすぐに、セシリアが自ら悪女の役割を引き受けた真意を理解した。


 それは彼女が添い遂げるに値すると認めたであろうアドリアン殿下を守り、王国を正しい道に導くための最も過酷な献身であったのだと。


 ゼルダにとってセシリアは、常にライバルであった。


 もちろんそれは肉体的な強さとしてのライバルではなかった。


 貴族としての精神的な強さに、揺るぎない意思を持ち策略を成し遂げる彼女に、心の内に秘めたライバルとして対抗心を燃やしていたのだ。


 しかし、彼女のその覚悟を知った今、ゼルダはセシリアに対して深い敬意を抱いた。


 彼女の行動は、貴族の専横を憎みながらも、その身分ゆえに身動きが取れなかったゼルダ自身の騎士道精神に、深く響くものであった。


 何よりも重要な事実は、セシリアとアドリアン殿下の二人が、真の愛で結ばれたという殿下の布告の言葉であった。


 これはセシリアが、レオ・バルデス騎士団長への執着を完全に断ち切ったことを意味していた。


 ゼルダはこれまで、セシリアの執着こそが、レオの愛を掴む最大の障害であったと考えていた。


 その障害が今、取り払われたのだ。


 セシリアが身を引いた今、ゼルダはレオに再び向き合うべきか否か、深く悩んでいた。


 ゼルダは幼い頃から武術の才能があり、いずれは騎士団に入って王国の役に立つのだと家族に言われ、自身もそうありたいと考えていた。


 彼女のレオへの想いは単なる恋心ではなく、彼女の目指す騎士道と理想の武人の姿が、レオの真面目さと揺るぎない正義感に重なっていたからである。


 しかしレオの心には、既にルミナという存在がいることをゼルダは知っていた。


 ルミナは王宮努めの聖女であり、物静かで控えめな女性だが、その瞳にはレオに対する献身的な愛と信頼が宿っている。


 それが侯爵令嬢セシリアの存在により壊された。


 そのセシリアが身を引いた事実。


 ゼルダは自問した。


 再びレオに近づくことは、武人としての潔さを欠く行為ではないだろうかと。


 彼女は武術の訓練で培った自己規律と向き合った。


 そして彼女が出した答えは、武人として、そして一人の女性として、最後の決着をつけるべきだというものであった。


 ゼルダはレオが騎士団長として多忙を極めていることを承知していたため、最も時間に猶予の有るであろう夕方の時間帯を選んだ。


 王都の混乱が一時的に収まった翌日の夕方、ゼルダは騎士団の本拠地である管理棟の裏庭でレオを待った。


 騎士団管理棟の裏庭は武術の訓練場に隣接しており、今は静寂に包まれていた。


 夕日が訓練場の地面を赤く染めている。


 やがてその場に、騎士団長レオ・バルデスが姿を現した。


 彼の黒い騎士服は昼間の激務でわずかに皺が寄っていたが、その背筋は微塵も揺るいでいない。


 引き締まった体躯と端正な顔立ちを持つレオは、疲労の色を見せながらも、その瞳には強い光が宿っていた。


 彼はゼルダに一礼した。


「ゼルダ殿。こんな時間しか応じられなくて申し訳ない」


「いえ、レオ団長。王国の混乱が収まりを見せたとはいえ、未だ多忙を極める貴方のこと。私としても今この時しかないと考えていた」


 ゼルダは単刀直入に用件に入った。


「セシリア公爵令嬢の件について、確認したいことがある」


「何であろうか?」


 突然の問いであったが、レオは冷静に応じた。


 彼の口調は公の場と同じく丁寧だが、どこか他人行儀であった。


「殿下の布告の中で、セシリア殿が殿下と想いを通わせ、真実の愛を実らせたと示していた、それはセシリア殿が、貴方への想いを、完全に諦めたことを意味している、と思うのだが……」


 ゼルダは言葉につまりながらもそう問うと、レオの表情を鋭く見つめた。


 レオはこの問いに動揺しなかった。


「その解釈で間違いない。セシリア様は、私への気持ちよりも殿下と共に歩むことを決意された。私はその気持ちを尊重する。そして、私も彼女への思いはすでに良き記憶として整理を終えている」


 レオの言葉には、セシリアに対する尊敬の念がにじみ出ていた。


 そして、それ以上の感情は見えなかった。


「では、障害はなくなった」


 ゼルダは、訓練場に続く石段に座り込んだ。


 レオはそのまま動かず、彼女の次の言葉を待っていた。


「レオ団長。私は貴方を慕っている。幼い頃から貴方の真面目さ、公正さ、そして武人としての揺るぎない信念に惹かれていた。セシリア公爵令嬢が身を引いた今、私は貴方に改めて、私の想いを伝えたい!」


 彼女は自分の想いを全てさらけ出した。


 この言葉を絞り出すのに、武術の稽古よりも大きなエネルギーを使ったと感じた彼女は、恥ずかしさを堪えながら返答を待っていた。


 レオは静かに訓練場を見つめていた。


 その表情は、ほとんど変わらなかった。


 やがて彼はゆっくりとゼルダに向き直った。


「ゼルダ殿。貴殿の気持ちは私にとって非常に重い。貴殿が抱く騎士道精神と、私に対する評価は騎士としてこの上ない、栄誉である」


 レオは言葉を選びながら続けた。


「しかし、私の心は既に定まっている。私は、ルミナ・エリス子爵令嬢を、愛している」


 その言葉は簡素ではあったが、そこに確固たる強き愛の響きを感じられた。


「ルミナは貴殿のような高潔な女性と比べれば、目立たない存在かもしれない。だが、私が心を迷わせていた時、私を支えてくれたのは彼女であった」


 レオの瞳にわずかな優しさが宿った。


 それはゼルダに向けられたことがない、深く温かい感情であった。


「私は、彼女の献身と、私への深い信頼に報いたい。私は騎士団長として、王国の安定に尽力することに迷いはない。だが一個人としては、ルミナと共に生きたいと願っている」


 レオの言葉には一点の曇りもなかった。


 それは、武人として、そして男としての彼の正直な決意の表明であった。


 ゼルダの頬に涙が伝う。


 彼女は自身の望みが絶たれたことを悟った。


 しかしゼルダは武人であった。


 彼女は頬の涙を拭い去ると静かに立ち上がり、レオと真正面から向き合った。


「そうか。ルミナ殿か」


 ゼルダは、口元に微かな笑みを浮かべた。


「今は彼女の愛が、貴方の騎士道を支えているのだな。うん。貴方の決意は尊重する」


 彼女は胸に手を当て、レオに深く一礼した。


 それは身分の差を越えた、武人同士の敬意の表明であった。


「この想いを最後に伝えたことで、私の中の葛藤は終わった!」


 ゼルダは、武人としての潔さをもって身を引くことを宣言した。


「レオ団長。私と貴女の間に恋情は成立しなかった。しかし私は、貴方とルミナ殿のこれからを、応援している」


「ゼルダ殿……」


 レオは、驚きと感謝の念を込めてゼルダの名を呼んだ。


 彼は、ゼルダは想像以上に高潔な女性だと感じた。


「最後に、私から貴方に提案したい」


 ゼルダは一歩前に出た。


「貴方の愛はルミナ殿に捧るようだが。しかし、貴方に対する私の敬意を、王国の騎士として、貴方との友誼として受け取ってほしい!」


 彼女はレオに手を差し出した。


 それは、新たな関係性の始まりを意味していた。


 レオは一瞬ためらったが、すぐにその手を強く握り返した。


「ゼルダ殿。感謝する。貴殿の友誼は、騎士団長として、そして一人の人間として、心から受け取らせていただく」


 二人の間には報われなかった過去の想いから解放された、新しい友誼が確立された。




 その後の数週間、王都は貴族派の粛清と、アドリアン殿下とセシリア公爵令嬢による新しい法案の制定で目まぐるしい変化を遂げた。


 ゼルダはアイゼン男爵家として、王室への全面的な協力を惜しまなかった。


 そして彼女の武人としての潔さと、騎士団長レオ・バルデスとの友誼は、周囲の貴族たちにも知られることとなった。


 そんなある日の午後、ゼルダは騎士団管理棟の資料室で、新しい騎士団の再編に関する資料を読んでいた。


 そこに一人の若手士官が、ノックもせずに勢いよく入ってきた。


「すみません!この報告書の書き方について、団長殿に聞きたくて……」


 その士官は、騎士団の中でも将来を嘱望される若手のホープであった。


 名はアルフレッド・グレイ。


 彼は熱心で真面目な性格だが、やや軽率であった。


 アルフレッドはゼルダの姿に気づき、慌てて敬礼した。


 ゼルダは、アルフレッドを見つめた。


 彼は、レオと同じく黒い髪と真面目な顔立ちをしているが、その瞳にはレオにはない、若さゆえの熱意と少しの無鉄砲さが宿っていた。


 ゼルダは、静かに微笑んだ。


「大丈夫だ、アルフレッド少尉。報告書についてか……。私も少し手伝えるかもしれないな。団長殿は今、執務室で殿下との会議中である」


「本当ですか!ありがとうございます!」


 アルフレッドは目を輝かせた。


 彼はゼルダの持つ知識と、彼女の武術に対する真剣さを尊敬していた。


 その日からゼルダとアルフレッドは、騎士団の再編や武術の訓練に関する議論を交わすことが増えた。


 アルフレッドのまっすぐな情熱は、レオへの想いを断ち切ったゼルダの心に新しい風を吹き込んだ。


 ゼルダはアルフレッドとの交流を通して、自分自身の騎士道が、オの背中を追うことだけではないことを悟った。


 それは、自分自身の力で新しい王国を支える若手騎士を育てることでもあった。




 数ヶ月後、アルフレッドはゼルダに騎士団の士官としての昇進を報告しに来た。


 彼の顔は喜びに満ちていた。


「これも、ゼルダ大佐殿が私に多くの助言をくださったおかげです!」


 ゼルダは静かに頷いた。


「貴方の真面目さと熱意がこの昇進をもたらしたのだ。アルフレッド中尉、貴方は王国にとって必要な騎士である!」


 ゼルダの言葉を聞いたアルフレッドは、その場で不器用で、だが真剣な告白を口した。


 彼はゼルダの持つ高潔な精神と、武人としての強さに惹かれていた。


 ゼルダはすぐにその告白を受け入れることはなかった。


 しかし彼女の心は、過去の恋から解放され前を向いていた。


 ゼルダはアルフレッドの情熱を、静かに受け止めていくことを決めた。


 彼女は武人として、そして一人の女性として新しい人生の道を見つけた。


 王国の運命は、アドリアン殿下とセシリア公爵令嬢によって、正しい道筋に置かれた。


 そして、レオ・バルデス騎士団長は子爵令嬢ルミナ・エリスという愛する女性と共に、王国の守護者としてその責務を果たしていく。


 ゼルダ・アイゼン男爵令嬢は自らの騎士道を見つめ直し、騎士団の若きホープと共に、王国の新しい未来を築くことに尽力するだろう。


 それぞれの愛と信念が、複雑に絡み合った人間関係の糸を解き、王国に確かな夜明けをもたらしたのだ。


 物語の登場人物たちは今、それぞれの後日談を歩み始めている。


 その未来は、希望に満ちている。


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