ここまでのあらすじ
しばらく間が開いてしまいましたが更新再開します。
内容を忘れてしまっている方もいると思うので、ここまでのあらすじを簡単にまとめました。
これは読まなくてもまったく問題ありませんので、必要なければ飛ばして次話にお進みください。
当面は週一更新になるかと思いますが、引き続きのんびりお付き合いいただければ幸いです。
評価、ブックマーク、感想、いいね、すべてたいへん励みになっています。いつもありがとうございます!
僕は孤独な人生を歩んでいた。
身体の不具合が原因で、社会に馴染むことができなかった。家族とは折り合いが悪く、恋人はもちろん友人もいない。趣味もなければ夢もない。寂しさを紛らわすため仕事に打ち込むばかりの毎日を送っていた。
幸か不幸か、僕は技師として高い能力を有していた。依頼が途切れることはなく、私生活を顧みず打ち込んでも、仕事熱心だと評価は増す一方だった。
仕事はうってつけの隠れ蓑だった。仕事に打ち込んでいる限り、僕の不具合は誰にも見咎められることはない。差別されることも、後ろ指を刺されることもない。
ただ仕事をこなし続けるだけの生活は寂しいものだった。
けれど他に選びようもなかった。
僕は僕の不具合を誰にも知られたくなかった。それを知られるくらいなら死んでしまったほうがましだと思っていたし、事実それが知られてしまえば社会的な死は免れなかった。
だから僕は休みなく仕事を続けた。
己の心身を慮ることなく。
そして四三歳で、僕は倒れた。
長年の不摂生と過労が原因だった。回復の見込みがないまま、僕はそれから二年間、病院で寝たきりとなった。
意識はあったが、身体を動かすことも声を出すこともできず、意志の疎通はとれなかった。ほとんど植物状態となった僕を見舞う人間はいなかった。それでも延命は続けられ、僕はよりいっそう孤独に苛まれた。
絶望の中で僕は神に願った。
どうか死なせてほしい。
そしてもし次があるなら、今度こそ不具合のない身体を与えてほしい。
こんな寂しい人生はもう嫌だ、と。
次に目を覚ましたとき、僕は見知らぬ場所で、見知らぬ老人になっていた。
体格の良い初老の男性。以前の僕とはまったく別物の身体だ。しかしこの身体も動かすことはできなかった。身体の形が変わっても、僕は相変わらず寝たきりで、口や手は動かせるが、起き上がることはまったくできない状態にあった。
どうやら僕は異世界に召喚されたらしい。
災厄から世界を守る救世主として。
しかし僕の召喚は失敗だった。僕の魂はこの男性の身体に呼び降ろされたが、うまく定着することができず、寝たきりの状態になってしまった。それどころか次第に身体の自由がきかなくなり、そう遠くないうちに死んでしまうだろう、ということだった。
それが来週か半年後かはわからない。けれど世界を破滅に導く災厄が起こる七年後までは、到底もちそうにない。
つまり僕はなんの意味も理由もなく、残り短い余生を、この寝たきりの身体で過ごさなければならないのだ。
僕を召喚した人びとは僕の境遇に同情してくれた。けれど僕は、彼らに対してむしろ感謝した。この世界を生きる人全員を抱きしめて回りたい気分だった。
なにしろこの身体は僕が求めてやまないものだったからだ。
一切の不具合がない完璧な肉体。例え寝たきりであろうと、それを手に入れることができて、僕は天にも昇る気持ちだった。
理想の肉体を手に入れた僕は、寝たきりの生活を謳歌した。
救世主として役に立たないというのに、この世界の人びとは僕に親切だった。丁寧な介護、美味しい食事。
そしてなんといっても、彼女の存在。
この世界を治める皇帝である彼女に、僕は恋をした。
彼女はこの身体のもとの持ち主と婚姻関係にあった。さらにもうひとり夫を持っていて、(一妻二夫ということだ)、それぞれの間に一人ずつ子供をもうけていた。
つまり彼女は二人の夫と二人の子どもを持っていたわけだが、それを知ってもなお、僕は彼女に恋焦がれた。
三八歳とは思えない、若く美しい女帝。ひとつの世界を統治しているとは思えないほど、生真面目で優しい彼女に、僕は本気の恋をしていた。
彼女は僕に同情していた。召喚の失敗に責任を感じ、僕の要望に応えようとできる限りの努力をしてくれた。
僕はそんな彼女の優しさにつけこみ、なにかとかまってもらおうとした。
ところがある日を境に、彼女はぱったりと僕のもとを訪ねてこなくなってしまう。
嫌われてしまったのではないかと不安に駆られた僕は、彼女に手紙をしたためた。
これでまの非礼を詫び、貴方がいなければ寂しさで参ってしまうという、恋文のようなものを。
しばらくしてその手紙を握りしめた彼女が僕のもとを訪ねてきた。
しかし僕のもとにやってきたのは、すでに彼女ではなかった。
彼女の身体に召喚された、別の人間だった。
僕の召喚は意図的に行われたものだが、彼の召喚は偶発的に起こった、事故のようなものだという。
この世界の人びとはたしかに救世主を求めていたが、統治者である彼女をわざわざ器に選ぶようなことはしないだろう。
彼女の身体に召喚された若者は、僕とはちがい魂の定着に成功していた。
彼は五体満足で、その身を自由に動かすことができた。
待望の救世主の誕生だが、手放しで喜ぶことはできない。なにしろ彼女は皇帝として熱烈な支持を受けていたのだ。名君は救世主と同じくらい得難いものだろう。
それでも召喚を取り消すことはできない。彼女はすでにこの世を去った。二度と戻ってくることはない。そして僕の想いも実ることのないまま、永遠に失われてしまった。
それはとても悲しいことだったが、嘆いてばかりもいられなかった。
僕は彼女に心から恋焦がれていたように、彼女の身体に召喚された彼に心から同情した。
彼は僕と同じ身の上でありながら、一切の労わりも尊重も受けることができなかった。
彼は僕の代わりに救世主としてこの世界を救わなければならなかった。
同時に彼女の代わりに皇帝として立たなければならなかった。
なぜならば救世主も支持の厚い皇帝も、この世界になくてはならないものだったからだ。
この世界は地球と同じ惑星にある。しかし人が生存できる範囲はごく限られている。惑星上にただ一か所ある窪地だけが、人や動植物が生きることのできる領域で、それ以外の土地は一年を通して氷雪に閉ざされている。
窪地の面積は旧九州と同じくらいで、アルプスの高原を思わせる緑豊かな土地だ。総人口はおよそ八百万人。皇帝を長とするひとつの統一社会のもとで、産業革命以前の電気や蒸気機関のない暮らしが営まれている。
国家も宗教も戦争もない平和な世界。唯一の脅威は、百年に一度訪れる災嵐と呼ばれる大災害だった。
大火、大水、飢饉、隕石、疫病。どのような形でやってくるのかはわからないが、百年に一度、必ずこの小さな人間社会は存続の危機に立たされる。
これまでも災嵐を迎えるたびに、多数の犠牲があった。家や村が失われ、田畑が荒れ地に変わり、瓦礫と死体の山が築かれた。
もちろん人びとは災嵐に備え、抵抗した。それによって守られたものもあったが、失われたものの方がはるかに大きかった。
次の災嵐は七年後に迫っている。人びとは今度こそ災嵐に打ち勝つために、優秀な技師を幾人も犠牲にして、救世主を召喚した。
この世界の人びとは霊力というエネルギーを有している。
霊力は人の身体から発せられるもので、照明具や物質の操作など、あらゆる用途で役立てられている。
災嵐を克服するために人々が開発した『時間跳躍術』の動力源も霊力だ。
しかし時間跳躍に必要とされる霊力は膨大で、この世界の人びとだけでは到底まかなうことができない。
そこで異界から救世主が呼び出された。
異界から召喚された者はほとんど無尽蔵といっていい膨大な霊力を用いることができる。
救世主の霊力がなければ、世界を救うことはできない。
だが世界を救うことだけがすべてというわけでもない。
災嵐という未曽有の危機を前に、人びとは結束しなければならない。
これまでは絶対の指導者、秩序の象徴として皇帝の存在があった。
それが災嵐を前に失われたとあっては、動揺は避けられないだろう。
そのため彼女の死は秘匿されることとなった。
彼女の代わりに彼が皇帝として立つ。彼は彼女として振舞うことを強要されていた。
救世主と皇帝。
課せられた二つの大役に、彼は辟易していた。
日中は皇帝としてあらゆる責務をこなさなければならず(たいていは会議や式典、黙って座っていればいいだけのものだったが)、夜間は救世主として時間跳躍術の習得に奮闘しなければならなかった。
僕は彼に心から同情した。
彼は僕とちがって自由に動かせる身体を持っている。寿命だって、少なくとも僕よりは長いだろう。
それでも僕は彼が可哀そうでならなかった。
彼は夢を持った若者だった。
役者として名声を得た矢先に、不慮の事故で亡くなり、こちらの世界にやってきた。
二五歳の男性だった彼にとって、三八歳の女性に召喚されたことは苦痛以外のなにものでもなかった。
さらには救世主と皇帝という重責を負わされている。
どちらの役につくことも強制されたことであり、彼の希望ではない。
僕はできそこない故に同情され、厚い庇護を受けたが、彼は成功故にこの世界の奴隷にされてしまった。
救世主という名の人身御供に。
僕はそんな彼の負担をすこしでも軽くしてやりたかった。
幸い僕には技師としてさまざまな知識があった。寝たきりであるため直接的な支援は難しいか、間接的になら彼の手助けができる。
しかし僕の申し出を、彼はにべもなく断った。
彼はなぜか僕のことを軽んじていた。僕がゼロから思念子機を作っても、得異階級お抱えの技師であったと明かしてもまるでととりあってくれなかった。
それ以外にも、僕らの間には様々な齟齬があった。
彼は関西弁を使う。僕はそれを若者の流行なのだと思ったが、彼はありふれたものだろうという。この世界でいう霊力と僕らの世界でいう観念動力が同じものだと諭しても、彼はまったく受け入れない。
はじめ、僕はそれを世代間の隔たり(ジェネレーションギャップ)だと考えていた。
死んだ年齢を照らし合わせれば、僕と彼には二十齢の差がある。おまけに僕は世間にひどく疎い。若者の流行など知るはずもなく、彼の話に理解が及ばないのは当然のことだと思えた。
が、実際のところはちがった。
ふとした雑談の中で、僕らはようやく真実に行き着いた。
たしかに世代差はあった。けれどそれは二十年なんてちゃちなものではない。
僕らの間にあったのは、百五十年という大きな時代の溝だった。
彼が死んだのは西暦2078年。
僕が死んだのは西暦2245年。
僕らがこの世界に召喚されてから約三か月、逆にこれまで気づかずに話ができていたのは奇跡と呼べるだろう。
彼が僕を異常者扱いしていたのも無理はない。
なぜなら僕らを隔てる百五十年の間に、人類は観念革命を遂げていたのだから。
観念革命とは、簡単にいえば観念動力という新しいエネルギーの発見のことだ。
それまで人類は火力や原子力といった外的エネルギーに依存していたが、この観念動力は人間自身が発する内的エネルギーにあたる。
エネルギーの純度と効率がこれまであったものとは各段に優れていることから、社会はこの観念動力を中心としたものに置き換えられていった。
観念革命直前の社会は、外的エネルギー依存による環境破壊で、大混乱に陥っていた。人類は二十五億人まで総人口を減らし、それまでとは社会通念が大きく変容していた。
もし二五歳で死んでいなければ、彼もその過渡期でその後の人生を過ごすことになっていただろう。
皮肉なことに、彼は早逝することで絶望の時代を知らずに済んだのだ。
そして僕はその絶望の時代を超えた先、観念革命によって人類が衰退から一転、進化をはじめた世代の人間にあたる。
僕と彼とでは持っている常識がまるで異なっていたのだ。
こうして、最大の誤解が解けたことで、僕らの関係は大きく進むことになる。
彼は僕の話に真剣に耳を傾けてくれるようになった。
望まぬ重責を負わされた現状を打破するため、僕を頼りにしてくれるようになった。
僕はいわゆる、彼のアドバイザー的ポジションに落ち着いた、というわけだ。
なぜ寝たきりの僕がアドバイザーになりえたかというと、僕が持っていて彼の持っていない常識が、この世界で大いに通用するからだ。
そもそもこの場所は異世界ではない。
僕らが召喚されたのは、僕らが生きていた世界と地続きの場所だった。
僕は召喚直後からその可能性に気づいていたが、観念革命を経ていない旧世代の彼はここを異世界だと完全に受け入れてしまっていた。
推測の域を出ないが、おそらくこの世界は数千から数万年後の地球だ。
なんらかの要因でたったごくわずかな生存権を残し、氷雪に閉ざされた地球。
それがこの異世界の正体だと、僕は考えている。
最も大きな理由は、かつて僕の雇用主であった特異階級の人間が提唱したいずれ創られる理想郷とこの世界のありようがあまりにも酷似していたからだ。
この世界は僕の目から見てあまりにも人工的だった。
百年に一度襲来する災嵐のほかは、人に害をなすものは一切存在しない。一年を通して温暖な気候、外敵はなく、尽きぬ資源と約束された豊穣がある。
百年の間はささいな災害も起こらず、人びとはなにに怯えることもなくのんびりと暮らしていくことができる。
文明レベルこそ産業革命以前の水準だが、平穏が約束されたようなこの環境下においてはある意味で頭打ち、これ以上発達する必要がなく停滞した、ととることもできる。
あまりにもできすぎた環境だった。
人為的な調整でも行われていない限り、まずありえない。そしてこのような楽園を建設することを目標としていたのが、生前僕が務めていた工房だった。
数千年か、数万年後か、正確なところはわからない。けれどここはおそらく、特異階級と呼ばれた人びとが完成させた理想郷だ。
その理想郷になぜ災嵐などというものが設定されているのかはまだ謎だが、とくにかくここは得体のしれない異世界などではなく遠い未来の地球。僕の持つ技術が十分に通用する場所ということだ。
僕は生前、観念動力を扱う技師として働いていた。この世界で霊力と呼ばれているものがそれにあたる。
この世界は蒸気機関や電力は失ってしまったようだが、観念動力だけは霊力という名でまだ残っていた。それでも僕の時代と比べれば、ずいぶん衰退してはいたが。
僕はアドバイザーとして、彼にこの霊力の扱いを教えることにした。
観念動力を知らない彼は、もちろん霊力の扱いも知らない。しかし救世主として時間跳躍術を施行するためには、霊力の操作方法を覚えなければならない。
彼は皇帝としての責務を果たす傍らで、この霊力操作の訓練を行っていた。
ところが訓練はなかなか実を結ばず、苦戦を強いられていた。
彼を指導していたのはこの世界の技師だったが、異世界人の特性として膨大な霊力を持つ彼に、彼らの指導は不適切だった。
茶碗にいっぱいの水しか扱えない人間とカルデラ湖にいっぱいの水を扱える人間とでは同じ指導方法でうまくいくはずがない。
同じ異世界人であり、かつ観念動力の発達が進んだ社会で技師だった私の指導をへて、彼はようやく霊力操作の基礎を身に着けることができた。
彼には技師として特別な才能があった。
一度基礎をつかんだ彼は、みるみるうちに腕を磨いていった。
訓練の負担が軽くなったことで余裕が生まれ、皇帝としての責務も以前ほど彼を苦しめなくなっていった。
彼はこの世界に順応しつつあった。
一方の僕は、次第にこの世界から拒絶されるようになっていった。
それははじめからわかっていたことだった。
僕は救世主に成りそこなった、召喚に失敗した人間だ。
僕の身体はやがてくる終わりに向けて、少しずつ機能を低下させていた。
この世界で目が覚めてから半年がたつ頃には、僕はもう両の手を動かすこともできなくなっていた。




