12.覚悟
正式な貴族の一因となり、俺はダルトワ家に結婚の申し込みをした。
陛下から目をかけられており、伯爵位を得たからといっても忌み嫌われる悪魔の子であることには変わりはない。
そんなに結婚を簡単に認めてもらえるとは思っていなかったが、現実は思っていたより厳しかった。
「今日も駄目っていわれたの?」
「ああ、すまない。」
「ううん。私からもレオンがいいって伝えておくね」
「ありがとう。」
ダルトワ伯爵は誠実な人柄の人だった。
野心もないダルトワ伯爵家にとってはいくら陛下からの覚えがめでたくても、可愛い娘を悪魔の子に差し出すつもりはないのだろう。
娘には婚約者がいるとの一点張りで最近は会っても貰えていない。
それでも粘り強く毎週のように面会を求め求婚していたが事態は変わることなく、気づけばもうすぐアミィは16歳の誕生日を迎えようとしていた。
「もうすぐ誕生日だな。何がほしい?」
「欲しいものなんて…私にはレオンがいてくれればそれでいいの」
健気な彼女は何も求めない。
それがさらにいじらしくて愛おしくてたまらない。
「アミィの欲しいものならなんでも用意するよ 」
「本当に?」
「ああ。」
今の俺はかなり高価なものでも希少なものでも手に入れられる自信があった。
なんでもアミィの願いは叶えるつもりで俺は頷いた。
「……じゃあ、私を抱いて」
だが予想外の答えに俺は一瞬答えに詰まった。
「アミィ…」
「私、レオンのものになりたいの。だからいいでしょう?誕生日に何かくれるというならレオンがいいの。」
「君はまだ子供だ」
「私ももう16よ。社交界にだってデビューするわ。もう子供じゃないわ」
「そういうことは結婚してからにしようという約束だっただろう?」
「嘘つき!!」
滅多に出さない大きな声でアミィは叫んだ。
「………」
「レオンは私を捨てるつもりなんでしょう?」
「そんなつもりはない」
「お父様にお許しが頂けなかったら引き下がるおつもりなんでしょう!?だから私に手をださないのでしょう!」
「アミィ…俺は…」
図星だった。
俺の目をみて真実を悟ったのか、アミィの瞳にはみるみる大粒の涙が浮かび、零れ落ちていった。
「だってそうじゃない!!ほんとうに娶るつもりがあるなら今したって関係ないじゃない!!レオンはずるいわ!!私はこんなにレオンのことが好きなのに…ずっと好きなのに…」
「俺はアミィを愛してる。」
「だったら証明してよ!!」
「………」
「今すぐ抱いてよ!」
「……それは…できない」
俺の答えに紫の瞳が絶望に染まっていく。
「…出ていって」
「…………」
「お願い!今日は帰って!!」
「……またくるよ」
俺はどうにかそれだけ告げて逃げるように部屋を後にした。
瞬きする間に自分の部屋に帰ってくる。
殺風景なその部屋に帰ってくるといつも現実に引き戻されたようにいつも寂寥を感じていたのに今日は安堵する。
棚から一番強い酒を取り出し、そのまま煽った。
「………っ…」
消毒用としても使っているその酒は極めて度数が高く、俺の内臓を焼いていくようだ。
だが熱くなる内臓とは裏腹に頭はどんどん冷えていく。
ー嘘つき!!ー
ー私を捨てるつもりなんでしょう!!ー
アミィの言葉と泣いている顔が頭から離れない。
「くそッ!!」
酒瓶を力いっぱい壁に投げつける。
がしゃんと音がしてガラスのそれは粉々に砕けた。
俺はアミィを愛している。
だが俺が幸せにできるのだろうか。
俺と本当に結婚することか幸せなのか近づくほどに自信が持てなくなっていた。
貴族の仲間入りをしたといっても所詮俺悪魔の子だ。
悪魔の子で汚い仕事をしている俺より、血筋も見た目もよく親からの信頼も厚いアイゼンと一緒にいたほうが幸せになれるのではないか。
アミィに手をだしてしまったらアミィは引き返せない。
そう思うと手が出せなかった。
アイゼンが悪い男だったらまだよかった。
俺が代わりに幸せにすると思えた。
だが仕事で関わるようになったアイゼンは、誠実でいい男だった。
ランカスター伯爵位を得て正式に貴族になり貴族の集まりにもでられるようになったが元々悪魔の子である自分たちには冷たい視線しか注がれない。
軽蔑、恐怖、嫉妬、嫌悪。
その全てが負の感情だった。
だがアイゼンだけは唯一そういった目で俺を見なかった。
俺がアミィに惚れている、求婚していると伝えても、俺も愛しているから負けないよと笑顔でアイゼンは答えた。
その余裕が恨めしくもある一方で、男として完敗だと思った。
俺は迷っていた。
アミィが欲しい。
ずっと側にいたい。
だが彼女の幸せを考えると俺でなくアイゼンのほうがいいのではないのかと。
そう思うのに手放せない。
離れられない。
俺の二律背反した態度がアミィを苦しませていることは重々承知していた。
「……くそっ!!」
また新しい酒を開けて煽る。
だがその日は酒を何本飲んでも目は冴えたままだった。
次の日の夜俺は舞踏会にでていた。
元々舞踏会の予定があったので前々からアミィにこの日は行けないと伝えていた。
億劫だっだし、行きたくなかったのだが今となっては今日舞踏会があってよかった。
昨日の今日ではどんな顔をしてあえばいいのかわからない。
「まあ…今日もきましたわ…」
「穢らわしい…」
「悪魔の子の分際で…」
俺がホールに足を踏み入れるとヒソヒソと声が聞こえてきた。
汚い手でのし上がった悪魔の子に貴族社会での居場所などない。
力をつけていくに従って直接言ってくるやつは少なくなったがそれでも聞こえるか聞こえない程度には誹りを受ける。
いつもは別にそれくらい痛くも痒くもないのだが今日は堪えたた。
やはりこんな俺ではアミィを幸せにできないのだろうと。
アミィと俺が婚約すればアミィまで何か言われてしまう。
口さがない者たちから逃げるように、俺は庭園にでた。
しばらくここで頭を冷やそうと歩いていると声が聞こえてきた。
「あっ…ん…ん…」
庭園は人気がない。
だが人気がいないことで恋人達の逢引の場になっていることを忘れていた。
「ん…んん…」
はぁ…とため息をついてそこを離れようとした時だった。
「アイゼン様…」
女の口から知った名前が聞こえた。
「ん…もっと…」
一瞬で頭に血がのぼる。
どういうことだ?
なぜ喘いでいる女が、アイゼンの名前を呼ぶのだ。
その答えはひとつしかない。
俺はその声がしているほうに近づいていった。
「アイゼン様…」
女とアミィの婚約者が抱き合うようにして口づけを交わしている。
「貴様っ!!!」
あまりの怒りに目の前が真っ赤に染まる。
その声に女が小さく悲鳴をあげた。
「何をしているんだ」
アイゼンはこちらをちらりと見ると、特に慌てた様子もなくその女に何か囁いた。
その女は頰を染めてこの場から去っていく。
「レオンじゃないか。何って見たらわかるだろう?」
先ほどの口づけを見ていなければ、お喋りでもしていたのかというくらいに落ち着いている。
その冷静な様子が余計に俺を憤らせた。
アイゼンの胸ぐらを掴むと思いきり木に打ち付ける。
「っ…痛いな。乱暴はやめてくれよ」
「お前…お前はアミィを裏切ったのか…」
「アメリアが大きくなるまでの遊びだよ。相手も同意のうえさ」
「お前はアミィの婚約者だろっ!!」
「落ちつけよ。アメリアはまだ子供だろ?」
「なっ…」
「アメリアが大きくなるまでのただの遊びだよ。」
アイゼンの目には罪悪感など一切ない。
「生まれた時からの許嫁なんだ。アメリアが大きくなるまで俺に童貞でいろと言うのか?」
「……アミィは知ってるのか?」
「知らないよ。いってないからね。でも貴族の結婚は家と家との結びつきだからね。愛人を持つことも多いことは知ってると思うよ。」
「愛人を持つつもりなのか!!」
「いいや。俺は結婚してからはアメリア一筋になるつもりさ。ただ結婚するまでは遊ぶさ。それの何が悪いんだ?」
まるでそれが誠実だと言わんばかりの口ぶりだ。
俺はアミィの隣に並びたい。
ただそれだけの為にあらゆる努力をした。
だがこいつは生まれがよく見た目がいいというだけでアミィの隣に並ぶことを約束され、さらにアミィを裏切っても許されるのか。
「レオンだってあれだろう?アメリアに口づけくらいしたんだろう?お前は堅いからそれい…ぐぁっ」
気づけば俺はアイゼンを思いきり殴っていた。
貴族のおぼっちゃまであるそいつは喧嘩もしたことがないのだろう。
まともに受けて吹っ飛んでいた。
地面に転がるそいつを冷ややかに見下ろす。
いいやつだと思っていた。
アイゼンにならアミィを託してもいいかと思っていたのに。
「俺はアミィを必ず奪う。」
俺はそのままアミィの部屋に転移した。




