プロローグ
私の名前は、佐藤春香。
『フェルンベル・ワークス・オンライン』通称FWOというVRMMORPGを楽しんでいる、ごく普通の女の子。
アバターは『リーネ』って言って、攻略メインの活動をしている。攻略以外では、『ケイン』っていうプレイヤーと特に仲良くしているんだけど、このケインが…すんごくカッコいいの!
詳しいことは、FWOにいるプレイヤー達に聞いてみてね。あ、運営会社に直接尋ねてみてもいいかも。私、このゲームでちょっとばかしやらかし…それなりに活動したから、みんな知ってると思う。
このVRゲームに関わる人達はみんな仲が良いから、きっと親切に教えてくれるよ。…時々、私の名前を出すと、集団で奇声を上げたり、変な踊りを踊り続けたりするけど。
みんなの登録待ってるよ!
◇
「…ちょくちょく入る聞き捨てならない単語は、一体なんだろうなあ…。そもそも、私はこんなキャラじゃないし。運営がロールプレイを理解してなくてどうすんの」
田中さんにチェックを頼まれたTVCM用映像を流し見しながら作業しようとしたら、どうにも流し見できないような合成音声がBGMになっていやがった。ボツだ、ボツ。全編NG。しゅーりょー。
とりあえず編集班には、第2回水鉄砲大会(水鉄砲所持は私だけ)参加の権利を与えよう。拒否権はない。
今いるのは、私の自室。いつも清潔にしているよ?
…憎むべきGなど、もう二度と見たくない。アレは、黒(光り)歴史でもトラウマでもない。敵だ。魔だ。魔は攻略すべきである。我が一部のリーネがそうささやく。
「よっと…。この辺に置けばいいかな」
きらびやかでも殺風景でもない、六畳一間。ベッドと机とタンスと…まあ、常軌を逸した部屋ではないだろう。ちなみに、両親がもらってきた某ポスターは貼ってない。誰が貼るか。春香だけに。…寒い。
しかし、さすがにこれを自室に置く18歳女子はいないだろうなあと、そのブツを見つめる。
「これも結構、小さいんだ…」
VRローカルサーバ。昨日販売が開始された、最新モデル。なお、大きさの比較対象は、詐欺世界でアイテム化されていたVRサーバだ。
外観自体は、部屋の雰囲気にそぐわないほど酷いものではない。昔あった、TVモニタにつないで利用する映像録画・再生装置にも似た大きさ、形状である。
自室に置かれることがまずないだろうとする理由は、そのお値段。電器店で主にVR機器を扱っている20代のないすばでぃお姉さん、高橋さんが曰く『家がひとつ買えちゃうくらい』である。
そのせいか、宅配してくれなかった。電器店からも。しかたがないので、取得したばかりの運転免許で、これまた購入したばかりの車で取りに行き、ついさっき戻ってきた。
「…よし」
自室に運び込んだばかりの、そのVRサーバの初期設定を始める。
◇
【恐怖】○○市で起きた怪奇現象を語るスレ【奇怪】
332: 名無しのユーザ
夕方、大通りを車で走っていたんだ
そしたら
ドライバーがいない車に追い越された
333: 名無しのユーザ
>>332
それ、春香様
------------------------終了------------------------
334: 名無しのユーザ
おい、スレ終了してどうする
◇
「はー、ダメかあ…」
3体同時接続。リーネとケインのアバターを動かしながら、私本体も同時に動かそうというもの。
以前は、我ながら『ないわー』と思って試しもせずにいたのだが、ここまで現実の生活が忙しいと、このままではリーネの攻略とケインのスローライフが維持できない。
そこで、3体同時接続をFWOで試してみたのだが、あっさり失敗した。リーネとケインの両方のログインを維持したままだと、どうしても現実の体の感覚がつかめない。しかも、理由がわからなかった。
「だから、VRローカルサーバを買っていろいろ試してみたはいいけど、デフォルトで入っているアバター2体でもダメだったという…。まあ、できない理由はわかったけど」
ネックは、時間加速。ボス攻略時など、現実世界と連動してVRサーバが稼働する以外は、FWO内では現実の10倍の時間が流れる。
つまり、私がリーネとケインにログインしている時は、10倍の更に2倍の身体情報を脳で処理することになる。このようなことをやっている間に、現実の体まで覚醒することは到底できそうにない。
また、体が覚醒している間に2アバターにログインしようとしても、それぞれのアバターに不完全な状態で接続を試みることになり、結局どちらにも接続できない。先ほどの『ダメかあ…』はこれである。
「VRサーバが無駄になっちゃったかなあ。まあ、今後別の使い道もあるだろうし、口座残高を多少減らせたからいいんだけど」
あと数日で大学に入学。それまでにはなんとかしたかったんだけどなあ。
◇
「春香ちゃん、突っ込みどころ満載なんですけど」
「何が?」
「突っ込まれるとはまるで思わないところが春香さんらしいですけどね」
FWO本社…しばらくしたら『FWOエンターテインメント』となるんだっけ、要するに、FWO運営部門を担う会社の併設レストランで、私と田中さん、高橋さんとで昼食をとっている。
田中さんとのいろいろな業務打合せの後の食事だったわけだけど、3体同時接続の件を話題にしたら、ふたり揃って何度か目にしている呆れ顔となり、突っ込みがどうとかいきなり言われた。
あ、クリームシチューは今日も美味しいですよ?
「たくさん突っ込みたいけど、今日はあまり時間がないから、ひとつだけ」
ん?時間がない?それは、高橋さんが今日明日お仕事お休みってことと関係あるのかな?今ここに、田中さんがこの場にいることと関係あるのかな?かなあ?
ちなみに、私は車を使ってひとりでここに来た。だから、高橋さんがここにいる理由がまるでわからない。開き直りですか?よーし、この話題の後に根掘り葉掘り聞こうじゃないか。
「現実と同じ加速時間のVRサーバで同じことやったらどうなるの?」
「わからないけど、私本体と5体まではうまくいった」
「…自作ヘッドセットは、ふたつ分の電極しかありませんよね?」
普段使ってるのはそうなんだけどね。
FWOを始めた頃と違って、今は旧型のパーツを交換するだけのお金はあるけど、愛着が湧いちゃって。
「VRサーバと一緒に、最新小型ヘッドセットもいくつか買ったから、合成して試した。今はもう戻してある」
「…」
「…」
もう質問はなしですか?よーし、早速、根掘り葉掘り聞いちゃうぞー。




