第50話「攻略とスローライフと現実の全てを手に入れる方法」
―――おばあちゃん の うた を おもいだしました
―――これからも うたって いきたいです
―――ありがとう
「あの男の子の中の人、おばあちゃんだったのか」
ある国から、手紙が届いた。
日本語の平仮名で、一生懸命書いてくれた、手紙。
あの、『ケイン』と名乗ったアバターの中の人の、ひ孫さんだそうだ。
その中の人は2年ほど前に亡くなったらしいが、あの歌を受け継いだ子がいたようだ。
まあ、何にしても良かった。ひとつでも、こういう話があって。
豪快にやらかした黒歴史が、更なる黒歴史を増殖させるだけでは悲しすぎる。私が。
◇
「春香さん、聞いてますか?」
「…聞いてる。けど、田中さんに全て任せるって」
「この構想だけはよく理解しておいて下さい。そうでないと、話が進みませんから」
しかし、これは黒歴史を増殖するだけかもしれない。
「FWO運営の分社化に伴い、春香さんの資金で買収した関係企業についても業務ごとに統廃合を行うことになります。私も『FWOプロモーション』の代表取締役となりますが、春香さんには持株会社『FWOホールディングス』の…」
あーあ、いい考えだと思ったんだけどなあ。もてあましていた口座残高の消化と、業界2位のVRゲームの救済。いや、後者はなんとかなったんだけど、前者がね。映画撮影のこともあるし…はぁ。
◇
ところで、覚えているだろうか。
私が少し前に、高橋さんに関する疑問について、次のように思ったことを。いや、あやしい踊りのことではなくて。
『超当事者の私がまるで知らないことを、協力者Aさんがなぜそこまで詳しいの!?』
私は、ある事実を知らなかった。なぜなら、私にとっては本当にどうでもいいことだったからだ。
しかし、このどうでもいいと思っていた事実を知ることで、私に本格的に出会ってからの、高橋さんのあれやこれやの疑問が、概ね氷解してしまったのだ。その事実とは。
田中さんは、独身だった。
これで、察してほしい。
ったく、私をダシにしていたとは…魚屋だけに。
◇
【春香様】映画FWOについて語るスレPart53【リーネ様】
273: 名無しの陰陽師
映画化ポスター第2弾キタ━━(゜∀゜)━━!!
274: 名無しの溶接工
>>273
歌う春香様の姿に、剣士リーネ様が御降臨か
ん?もしかしてケインいらなくね?
275: 名無しの靴職人
>>274
夜道を歩く時は気をつけた方がいいぞ
路地裏に
リーネたん
現実に
春香たん
276: 名無しの石細工職人
オープニング曲と挿入歌はどうなったんだっけ
277: 名無しの船職人
>>276
未定
歌い手以外
278: 名無しの紙すき職人
そういえば、珍しく不機嫌だったなリーネ様
シングル発売日に
279: 名無しの土木職人
>>278
そのせいで第67エリアの魔物地帯が砂漠化
草も生えないというのはこのことか
280: 名無しの吟遊詩人
>>279
おいたわしやリーネ様
ああ、おいたわしや
281: 名無しの魚屋
>>280
いいかげん転職しろ
◇
本日も、『フェルンベル・ワークス・オンライン』は普通に稼働している。私はいつも通り、リーネで攻略を、ケインでスローライフを続けている。
【全体メッセージ:プレイヤー『リーネ・フリューゲル』率いるパーティが第67エリアのボスを討伐しました。第68エリアを開放します】
「倒せた…良かった…」
「ホントにねえ。『春香』の時間があまりとれなくて、一時はどうなることかと思ったんだけど」
「ケインの…新作マント…」
「相変わらずねえ。クルーズ船エリアの魚屋2号店に行きましょ。ケインもビリーもいるよ。一緒にお刺身食べましょ!」
訂正、いつも通りではなかった。相変わらずではあったのだが。
運転免許の課程も大詰めを迎え、大学の入学を来週に控え、そして、映画撮影やら、なんちゃらホールディングスやら…。とにかく、『春香』の時間が足りなさ過ぎる。
その時、ひとつのアイデアが、私の頭にひらめいた。
VRMMOで攻略とスローライフと、そして『現実』の、全てを手に入れる方法。
「3体…同時…」
「…え?」




