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国境の空  作者: SKYWORD
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廃都編 21章

 トラックが停止して、ドアが開く音が聞こえる。目を覚ました俺は、眠ったままでいるルパードとグリアムを起こし、荷台の幌を開け、地面に飛び降りた。野営地の設営がほぼ終了しており、それぞれのテントから小さな明かりが漏れている。テントの内の一つから、誰かが歩いてくるのが見えた。おそらくクリス大尉だろう。

「ミーティングは、一時間後。俺がこっちに来るから、お前らはテントで待機していてくれ。それまでに荷物の運び込みは終了させておくように」

短くそう指示をすると、大尉は再び元のテントに戻っていく。ずいぶんと忙しそうだが、表情はなんだかすっきりしているようにも見えた。何か良い事でもあったのだろうか。


「しかし、暗いな。この野営地」

ルパードがテントの外でそう呟く。確かにそうだ。それぞれのテントから控えめな明かりが漏れているだけで、殆ど真っ暗と言ってもよかった。

「……敵に移動を悟られないようにしていると思う」

手頃な切り株に腰掛けたアキが、ルパードに答えた。確かにこの暗さであれば、敵も感づきにくいだろう。

「まあ、今日一日の辛抱だよ。明日には戦闘も終わるだろうしさ」

最後の荷物をテントに運び込みながら、グリアムがそう付け足した。確かに、クリス大尉の作戦が無事に終了すれば、明日には本部に撤収することになる。一日限りの宿と思えば、そう悪いものでも無い。


 最後の荷物を降ろしてしまうと、トラックの運転手は簡単に挨拶をして、また、基地に戻っていった。今日、一番大変なのは輸送関係の連中かもな、と俺は思う。今気がついた事だが、トラックはライトを殆ど点灯させていなかった。小さなヘッドライト代わりの明かりをボンネットに付けているだけだ。この野営地の暗さもそうだが、徹底してボストに動きを悟らせまいとしているのだろうと思う。俺が視線をトラックから、野営地の中心部にある大きめのテントに移すと、そこから誰かが歩いてくる。少々早歩き気味のその姿はクリス大尉に違いなかった。

 

「とりあえずテントに入ろう。寒いし」

クリス大尉はそう言うと、荷物を置いていない方のテントに入る。もともとが三人が寝るだけのスペースしかないテントに五人も入ると、正直かなり窮屈になる。俺は大尉の隣に座り、そのまま大尉を挟んでアキが座る。グリアムは少し離れて身を縮め、図体の大きなルパードは、かなりつらそうな姿勢で入り口近くに座った。

「……なんか、ガキの作った秘密基地みたいだな」

クリス大尉がそう呟き、それを聞いた俺とグリアムが少し笑うと、ルパードは、狭すぎて笑えねえよ、と不満げに呟き、アキは無表情のまま、ミーティングを、と大尉を促した。


「戦況は、今日会議で話した通り。お前達は、明日から野営地中央の本部テントにて待機だ。中に通信機とテーブルが置いてあるから、そこにいてくれればいい。あとは、各部隊から入る報告を随時まとめて、一通は俺、複写を基地に暗号通信用の通信機で報告。基本はその繰り返しだ」

「集合は?」

アキが腕時計を見ながらそう尋ねると、大尉は、非常に言いにくいんだが、と前置きをした。

「……午前三時。今が二十二時過ぎだから、あんまり睡眠時間は取れない」

大尉の顔を、テントの中央に置いたランタンの微かな明かりが下から照らす。まるで怪談でも始まるみたいだと俺は思う。


「明日の朝五時に、ここからちょうど反対方向の国境地帯でカモフラージュの偽装運動が始まる。兵隊をとりあえず並べる感じだな。以前、俺とF二五が視察に行った所があったろ? あそこに小規模な部隊が展開される」

「そこにボストを引きつけると?」

グリアムがそう呟くと、大尉は、そう、と笑顔で頷いた。

「あそこは、ボストの斥候がよくうろうろしてるだろ。多分、ボストはあそこに俺たちを引きつけて、実際は空軍を無力化できるECMを設置したあの森林地帯から攻撃を加える算段だったと思う。でなけりゃ、極秘裏にあんな所にECMを設置する理由が無い」

「相手に騙されたふりをする訳ですね」

「そう。実際は明朝六時に敵高射砲陣地を沈黙させると同時に、あの森林地帯には集中的に対地ミサイルを放り込む。誘導を切ってミサイルを撃ち込めば、ECMなんて役に立たない。もともとが無線やら、赤外線の誘導兵器を防ぐ為の物だからな、ECMは」

「絨毯爆撃をすると」

俺のその言葉に、大尉は、森林地帯の少なくとも半分は潰す、と答える。

「おそらく、その時点でボストは、罠にかかった事に気付くだろうが、その頃にはこっちの対地爆撃機が徹底した空爆をかけている。もちろんボストも迎撃に空軍を出すだろうが、同時にこちらは例のラシュディさんの技術で、ボストの防空レーダー網を潰す。そうすると、ボストは、レーダーでこっちの空軍を補足できなくなるって寸法だ」

「地上部隊の投入は?」

暗いテントの中で、ノートにメモを取りながらアキが顔を上げてそう尋ねると、大尉は、目が悪くなるぞ、とアキに小声で囁く。いつですか、とアキが畳み掛けると、クリス大尉は呆れ顔でため息をつく。

「空爆で、少なくとも敵の砲兵部隊が沈黙してからだ。うまく行くようであれば、敵地上部隊の無力化まで、空爆でやってしまいたい。こっちの歩兵の仕事は、できれば、逃げ遅れた敵の確保くらいで済ませたいと思ってる」

「純粋な陸上戦闘では、ボストに分があると見ている訳ですね」

そう尋ねた俺に、大尉は、残念だが、と苦笑いを浮かべた。

「同数の兵隊同士がぶつかったら、多分、訓練豊富なボストが優勢になる。空軍の爆撃で徹底的に叩いた後でないと、こっちがしっぺ返しを食う可能性があるだろ?」

大尉は、そこまで話し終えると、アキが持っていたミネラルウォーターのボトルを手に取って、一口それを飲んだ。これだけの内容を一気に話せば、喉も乾くだろうと俺は思う。


「まあ、うまくいけば、こっちは戦死者も殆ど出さずに済むと思う。あんまりリラックスしすぎて、だらけられても困るが、緊張しすぎて、仕事にならないような有様でも困る。勝率は高いが、百パーセントじゃない。仕事に支障が出ない程度に緊張しててくれ。他に質問が無ければ、ミーティングは終わる」

大尉がそう言って、俺たちの顔をそれぞれ眺める。しばらくの沈黙の後、ミーティング中は殆ど口を開かなかったルパードが、ちょっと聞いていいですか?、と口を開いた。


「ボストの偵察行動が盛んなあの丘を、大尉はおとりって思ってんですよね」

「ああ」

「もし、逆だったら、どうするんですか?森のECMがおとりで、丘がメインだったら」

思わぬ相手から思わぬ質問を受けたからだろうか、大尉は、感心したように目を丸くして、ルパードを見つめた。

「なかなか、鋭いねルパード。見かけによらず」

「いや、マジで聞いてるんですけど」

「俺もマジで答えてる。鋭い視点だ。それは情報を選別する上で一番大事な視点だよ」

大尉は、そう言って、真剣な表情でルパードを見る。ルパードも姿勢を正し、ほんの僅かな沈黙がテントの中に走る。

「……敵の情報を集めるってのは、なかなか難しい。まさか敵の大将が、こっちにいきますよ、なんて教えてくれる訳は無いしね。そうなると、俺たちは、敵の僅かな動き、兆候や、仕草を元に、敵の意図を探ることになる」

「この場合は、あの丘に必要以上に斥候が来てるってのが兆候な訳ですか?」

ルパードの問いに、そうだな、と大尉は答える。

「その兆候の真意が、次は問われる訳だ。そこから攻め込む為に斥候をうろうろさせてるのか、それとも、攻め込もうとしてるって俺たちを誤解させる為に斥候をうろうろさせてるのか、このどちらかが相手の意図になる」

「で、大尉は、これはおとりだと、思った訳ですよね。その理由が知りたいんですよ、俺は」

ルパードが多少声を大きくして身を乗り出しながらそう言った。

「兆候ってのは、目に見えるものだけじゃない。本来あるべき物が無いっていうのも、大事な兆候の一つになる。森林地帯がそうだ。全線にわたって敵斥候が発見されている中、ここだけに、それがない。ということは、敵はここに俺たちの目を向けさせたくない理由があるのでは、と考えられる」

大尉は、ルパードに噛んで含めるように説明を続けていく。ルパードは真剣な面持ちで大尉の話を聞き、俺やアキやグリアムも、同じように大尉の話に聞き入っていた。

「で、ここで森林地帯を確かめてみる必要が出てくる。発見されたのはECM。空軍を無力化する為のジャミング装置だ。ということは、ボストは、ここに俺たちの空軍機を来させたくない理由があることになる。いまの現状から考えられる理由は一つ。この経路を通る際に、空軍から攻撃を受けたくないってことさ。森林地帯を抜ければ、俺たちの基地に突っ込むのは簡単だ。距離も短いしね。一旦基地に入られてしまえば、俺たちも敵味方入り乱れる中に空軍の攻撃を頼むってのは難しくなる。そうすると、ボストはこのルートを空軍の攻撃を受けずに通って、俺たちの基地に入り込めば、一番の弱点である空軍からの攻撃を全く受けずに、戦闘に臨めることになる」

「大尉がそう考えるのを見越して、実は丘がメインってことも考えられますよね」

「その場合のボストのメリットを考えてみろ。あの丘は見通しの良い平原だ。あんなところで部隊移動させていれば、空軍のそれこそ的になる。ECMを設置させても森と違って上から丸見えだろ。目視でばんばん爆弾を落とされれば、酷いダメージを食う。つまり、こういう場合は、相手のメリットを考えて、よりメリットの多い方に敵は動くだろう、と考えなきゃいけない」

「つまり、ボストにとって、丘から攻撃するメリットはないって事っすね」

「そう。森からなら、そういう危険が無い。俺がボストの参謀ならそうする。上空からは目視できない。仮に基地の制圧に失敗しても、森に逃げ込めば、山岳戦闘に慣れていないセルーラ兵に対して有利に立てる。どう考えたって、ボストに取ってはこっちの方がメリットがある」

「でも、今回は、それを大尉が見抜いているから……」

「先に森を対地ミサイルで潰すってことだ」

「……俺は参謀にはなれないっすね。なんか、面倒だ」

ルパードが苦笑いを浮かべながらそう言うと、大尉は、結構いい視点だったけどな、と取りなした。

「まずは疑ってかかる。そして、全ての判断にきちんとした理由を求めていく。大事な事さ」

大尉の褒め言葉にルパードは照れ笑いを浮かべて、頭を掻く。まるで教官に褒められた新兵のようだと俺は思う。


 ミーティングを終え、大尉は本部テントへ、アキは自分のテントに戻っていった。時刻は二十四時。あと三時間は眠れる計算だ。各自、寝袋を広げ、俺もルパードもグリアムもそこに潜り込むと、言葉少なに目を閉じる。

 

 目を閉じた闇の中で、唐突に俺はリーフを思い出す。あたたかなあの手にもう一度触れたいと切実に感じる。連絡も結局取れずじまいで、きっとリーフは心配しているだろう。この戦闘が無事に終わったら、必ず連絡をしようと、俺は思った。

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