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国境の空  作者: SKYWORD
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廃都編 20章

 大尉からも注意を受けたからだろうか、夜中にアキが残業する事がここ数日目に見えて減っていた。俺は、目の下に隈が無くなったアキの様子を眺めながら、そろそろだろうな、と思う。大尉が進めている作戦の発動。時期から言っても、おそらくここ数日中に発動されることは確実だった。


「全員、午後三時に本部大会議室に集合。遅刻厳禁」

無線から、大尉の声が響く。皆の顔に緊張が走り、俺は時計に目を向ける。午後二時。あと一時間だ。

「……作戦前のブリーフィングだろうね。多分」

グリアムがそう言って、コーヒーやら書類やらを机の上から片付ける。ルパードはため息を一つついて背伸びをし、いよいよか、と小さく呟く。アキは、以前に比べると幾分良くなった顔色で、書類から目を上げずに、ペンを走らせ続けていた。


 四人で、本部に続く道を歩き、やがてコンクリート造りの無骨な建物が見えてくると、自然、口数が少なくなった。互いの足音だけが響く中、俺たちは本部の暗い階段を上り、大会議室の大きなドアの前に立つ。アキがノブに手を掛け、扉を開くと、そこには各部隊の指揮官とおぼしき士官と、特殊作戦群の指揮官達が座っていた。総勢で五十名は下らないだろう。俺たちは隅の空いている席に座り、会議が開始されるのを待つ。やがて、扉が開き、クリス大尉と参謀府のお偉いさん達が部屋に入室する。勲章を胸に付けた年配の参謀が壇上に上がり、それでは、と口火を切った。

 

「エイジアとの協同攻撃作戦のブリーフィングを始める。本作戦の発動は明日。詳細の説明は、参謀府クリス作戦参謀から行う。クリス、それでは詳細を」

壇上の参謀に促され、立ち上がったクリス大尉は、パソコンの置かれた机まで歩き、会議室の照明を落とす。巨大なスクリーンに、トライアングルエリアの地図が浮かんだ。

「本作戦の詳細を説明します。参加部隊は特殊作戦群二個中隊、歩兵特科四個中隊、重迫撃砲二個中隊、対地ミサイル二個中隊、空軍からは対地攻撃用に三個飛行隊、対空迎撃用に二個飛行隊。攻撃目標は、敵高射砲陣地と、周辺の砲兵、歩兵陣地」

スピーカーから、大尉の聞き慣れた声が響く。

「明朝六時。特殊作戦群二個中隊による敵高射砲陣地の無力化作戦を決行。本攻撃により高射砲陣地の無力化が行われた後、セルーラ、エイジア両空軍による爆撃をボスト歩兵陣地、砲兵陣地に加え、対地ミサイル部隊はこの時点から敵司令部攻撃を開始。敵砲兵陣地の沈黙を確認後、歩兵特科部隊が陣地奪取を行います。作戦終了までの予想時間は五時間」


 各部隊への詳細な指示が続けられ、それぞれの部隊長は、忙しくノートにペンを走らせていく。二時間が経過した頃、会議は終了し、各部隊長は忙しく会議室から駆け出していく。だだっ広い会議室には大尉と俺たち四人だけが残った。

「……お前らは、参謀府付きだ。俺と一緒に前線司令部に入ってもらう。基本的な仕事は今までと同様に情報整理と分析。ただ、場合によっては前線に出てもらう事もあり得る。カイルは狙撃戦の準備を、その他の三人は第一種戦闘装備をするように。午後八時になったら、テントまで車を回す。前線司令部の設置は夜半には終了する予定だ。続きのミーティングは、前線司令部で行う。質問は?」

俺を含めて、四人とも無言のままだ。質問したいことはいろいろとあるようにも思えるのだが、緊張している事もあって、咄嗟には出てこないのだろう。


「……まあ、ちょっと座れ。全員」

緊張した様子を見かねたのか、大尉は俺たち四人を椅子に座らせ、あのさ、と口調を柔らかくして話しかけた。

「今回の戦闘を簡単に言うと、空軍で殆どぶっつぶしたあとに、歩兵で占領しましょうねって事だ。それは解るよな?」

「大体は」

ルパードがそう呟くと、お前が解るなら、みんな大丈夫だな、と大尉がからかうように言う。ひでえ、とルパードが漏らし、同時に皆の顔に笑顔が浮かんだ。

「おそらく、歩兵同士の戦闘は殆ど発生しないと俺は見ている。多分、空爆である程度のダメージを与えた時点で、敵の大半は撤退するだろう。まあ、撤退しなかったとしても、十分に戦える人員を動員はしているけどな」

「……勝算は?」

アキが冷静に呟く。大尉はアキの顔を優しげな笑顔で眺めると、八十から九十パーセントだな、と答えた。その自信に満ちた声に俺はどこか安堵する。


 俺たちはテントに戻ると、中の私物や必要な書類一式を共有スペースのテーブルに積み上げる。思ったより荷物は少ない。ふと気がつくと、積み上がった荷物を眺めながらグリアムが苦笑いを浮かべているのが目に入った。

「どうしたんだ?」

俺がグリアムにそう尋ねると、グリアムは荷物の山を指差して、銃の整備をしていなかった、と呟く。

「あの引き金のやつか?」

「そう。まあ、大丈夫だとは思うんだけど」

俺は時計に目を走らせる。午後六時。まだ時間はある。

「整備班に行ってこいよ。まだ時間はある。引き金の調整くらいだったら、間に合うだろ」

グリアムは、そうだね、と短く答えを返し、銃を手に取ると、テントから出て行く。

「まったく。大丈夫かな」

後ろ姿を眺めながら、俺がそう呟くと、横で煙草を吸っていたルパードが、大丈夫だろ、と答えた。

「なんのかんので、あいつ、やっぱりラルフ曹長の弟だ。こないだの戦闘の時も、いざって時には腹が据わってた」

「血は争えないか」

俺がそう答えて、ルパードの煙草の箱から一本拝借して火をつけると、ルパードは、違いねえ、と微かに笑った。


 午後七時を過ぎ、俺たちがやる事も無くテントの脇の敷石に腰掛けていると、荷物の明細をノートに書き込み終わったアキがテントから出てくる。煙草を吸っている俺とルパードの横に腰掛けると、アキは、ミネラルウォーターの封を切り、口に含む。

「今夜は多分徹夜になる。移動中は眠っておいた方が良い」

そう呟いたアキが、俺とルパードを交互に眺める。

「乱戦にならなけりゃ良いんだけどな」

俺がそう呟くと、アキが、そう願いたい、と答えて、制服の胸に固定されたナイフの鞘を指でなぞる。その鞘からナイフが抜かれるような事態にならなければいいと、俺は思う。


 迎えのトラックに荷物を積み込み終わった頃、グリアムが銃を抱えて、走ってくる姿が見えた。急げ、とルパードが叫ぶと、グリアムの走る速度が上がる。やがて、息を切らせながらトラックの荷台までたどり着いたグリアムは、悪い、と一言呟き、荷台によじ昇る。

「……出発してください」

アキが運転手にそう告げると、乾いたエンジン音が響き、トラックは全速で前線に向けて動き出す。


 前線までの時間は約一時間。気がつくとグリアムとルパードは荷台に寄りかかり、眠りについていた。優秀な兵士は、僅かな時間で休息を取ると聞いたことがある。その意味では、彼ら二人は優秀な兵士だと思う。一方、アキはペンライトの明かりでノートを照らし、何かを書き込んだり、小さく何かを呟いたり、といった動作を繰り返していた。

「酔うぞ。車でそんな事してたら」

俺がそう声をかけると、アキは、大丈夫、と即答する。休む、ということを本当にしない奴だな、と俺は半ば呆れつつも思った。


 車の振動は少しずつ強くなる。おそらく、道とも呼べない悪路を走り出しているのだろう。それは、戦地に近づいているという事の裏返しでもある。明日には確実に戦闘が始まるという実感の中で、俺は目を閉じた。このほんの少しの休息が、疲れを少しでも癒してくれることを期待しながら。




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