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国境の空  作者: SKYWORD
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廃都編 19章

 二十一時の最終通信をまとめ終わった頃、大尉は溶けた雪で汚れた軍装のままで帰ってきた。疲れてはいるのだろうが、なにか偵察で成果が上がったのか嬉しそうな表情で椅子に座り、俺たちの顔を一通り見回すと、ミーティングをやるよ、と短く告げる。俺たちは通信書類をテーブルから片付け、それぞれ椅子に腰掛けた。大尉は立ち上がると、ホワイトボードの前に立ち、深呼吸と背伸びをする。

 

「偵察の結果、面白いものを見つけた」

大尉は楽しげに笑顔を浮かべたまま、そう切り出した。大尉はホワイトボードに簡単にこの辺りの地図を書くと、今日偵察に行った辺りを丸く囲む。

「森林地帯で、ECMを数個発見。ECMって解るか?」

「確か、空軍で使う奴ですよね?無線の妨害とか……」

俺がそう答えると、大尉は、そうそう、と呟き、ホワイトボードに幾つかの円を書き込む。

「森の中で発見した物だけで四つ。実際はもっと置いてるだろうな。こちらの空軍機の無線妨害を狙った物だろうが、一つ面白い事がわかった」

「面白い事?」

アキがそう言って、大尉の顔を見る。大尉は、その言葉に頷くと、製造元だよ、と口を開いた。

「ECMは中国製だった。で、ボストは中国製の武器を使用していない。連邦内で中国製の武器を使用している国と言えば……」

「……ラルカス」

ルパードがそう呟く。ボストと国境を接している連邦北端の国。セルーラやエイジアとは縁が薄いが、ボストとは比較的友好的な関係にあると聞いた事があった。

「そう、ラルカスだ。参謀府も、ボストにどこかの国が資材を横流ししているのは薄々感づいてはいたが、これではっきりしたと言う訳だな」

「そうすると、ボストとラルカスは隠れた同盟関係にあると……」

不安げな表情でそう呟いたグリアムを大尉は面白そうに眺めた。

「いや、そこまでは無いだろう。ラルカスも馬鹿じゃない。エイジアが勝っても、ボストが勝っても、どっちに転んでも良いようにってとこさ。あんなものどうとでも言い訳が効く」

「状況次第で、どちらにも転がると」

アキがそう呟くと、大尉は、正解、と言って、再びホワイトボードの前に立つ。

「連邦に所属している構成国のうち、戦闘状態にあるのは、セルーラ、エイジア、そしてボストの三国だ。その他の二国はいまのところ表向きは中立ってところだな。軍事行動は控えて欲しい、くらいの簡単な声明しか出していない。ただ、諜報部によると、アーベル、ラルカス共に、先月末から国境地帯に秘密裏ではあるが軍を移動させつつある」

「意図は、なんですか?」

「おそらく、エイジア、ボストの両国の戦闘状況を見ている。多分、参戦するつもりだろうと思う。その時期が近づいているって訳だな」

「ボストが優勢であれば、エイジアに攻め込んで、エイジアが優勢であれば、ボストに攻め込む、と」

俺がそう呟くと、大尉は、まあそんなところだな、と答える。

「汚ねえな。なんか」

ルパードがそう感想を述べると、大尉は、そんなもんさ、となだめるように言った。

「いまのところは、戦況が均衡している。ボストに国境を接しているラルカスからすれば、死活問題だよ」

「でもですよ、大尉。今回の件、あからさまにどうみてもボストが悪いでしょう?いきなり奇襲してきたのもあいつらですよ?」

納得がいかないと言った表情でルパードがそう続ける。根が単純で人が良いルパードからすれば、風見鶏の様な政治姿勢を取るラルカスやアーベルが許せないのだろう。

「国ってのは良い悪いって事で動いてる訳じゃない。基本的には利害関係で動く。それはエイジアもセルーラも同じさ。今は利害が一致しているからうまくやれているとも言える」

「利害って言ってもですね」

「セルーラは長年ボストに圧迫外交を受けてきた。軍事的な侵攻も含みでね。エイジアは、トライアングルエリアの事もあるが、連邦の中心国として、ボストにかなりの不満を抱いている」

「不満?」

俺は思わずそう呟く。連邦建国の際に、中心になったのはエイジアとボストだ。セルーラもこの二国に一度負けている。建国後も今回の件が勃発するまで両国の間に主立った対立は無かった筈だった。

「エイジアはできれば連邦を民主制と、自由経済が浸透した連合国家に持っていきたいと考えていると思う。それはあの国の昔からの姿勢だ。セルーラも似たようなもので、民主制、自由経済の国だな。ただ、ボストは違う。あそこは身分制や、大統領による独裁色が未だに強い。連邦内にも市場開放をしない有様だ。最終的には欧州連合への加盟まで考えているエイジアからすれば、今のボストは連邦内のガンとも言える」

「第一ステップである連邦建国では手を組めても、第二ステップである欧州連合への加盟には邪魔だと……」

「そう。幾ら他の四国が自由経済、民主制を実現できたとしても、ボストが連邦内であの体制を取り続ける限りは、欧州連合には加盟できない。国際社会に於いても、非難の対象になる」

大尉はそこまで話してしまうと、椅子を傾け、背伸びをする。俺たちは四人とも大尉から目を逸らさず、言葉の続きを待つ。

「……連邦内で、少なくともまともな政治体制、つまり民主制を実現しているのはエイジアとセルーラ、あと、アーベルだ。で、未だに政治体制が独裁に近いのがボスト、ラルカス。まあ、ラルカスはボストに比べればマシだけどな。だから、かなり前からエイジアはボストに対してある程度の政権転覆のシナリオを書いていたと思う」

「今回の件は、きっかけに過ぎないと……」

「結局、ボストが先に手を出した訳だから、エイジアはどこからも非難される事無く、ボストの政権転覆を画策できるって訳だな。ラシュディさんが亡命してきたときもそうだ。妙にエイジアとセルーラの連携は速かった。もともとボストの独裁制をひっくり返すシナリオをエイジアが画策していて、今回のトライアングルエリアの件がそれを加速させたと考えるのが一番自然のように思える」

「なんか、こっちが黒幕みたいに聞こえるんですが……」

そう呟いたグリアムに、大尉は、当然の防衛政策だよ、と答える。

「セルーラは、国境で常に圧迫をかけ続けてくるボストに対して、防衛政策としてボストの政権転覆を検討していた。これは当然の事だ。一方エイジアも連邦をより強固にし、民主制、市場経済を浸透させる為に、連邦内部のガンであるボストの政治体制を転覆させることを検討していたと思う」

「で、ボストが突っ走ったお陰で、それが加速していると」

「そう。引き金を引いたのはボストだ。ボストがそうしたお陰で、もともとの政策としてあったボストの政権転覆を加速できる。ここにエイジアとセルーラの利害の一致がある。セルーラは国土防衛の為に、エイジアは経済発展の為に、ってとこだ。現在、国境地帯で均衡している状況は、今度の作戦で多分変わる。エイジア、セルーラはボストの陸軍に打撃を与え、同時にボスト首都で勃発するクーデターは、かなりのレベルで成功するだろう。となると、ボスト旧体制の連中は、もともと保守的な陸軍の大部分を抱き込んだ状態で、ボスト新政府、エイジア、セルーラ三国と対峙することになる。おそらくこの旧体制の中心になるのは、現ボスト大統領のロシュビッチだ。多分、この旧体制の連中は北部に移動すると俺は見ている」

「北部?」

「そう。ボストの首都とトライアングルエリアがある南部は、多分新政府、エイジア、セルーラに制圧される。旧体制の連中はロシュビッチの政治的基盤が強い北部に撤退する筈だ。そうなると、最終的な両軍の対峙ラインはボスト北部だ。おそらく、カダラートだろう」

「カダラートっていうと、あの、ジョシュアの近くにある町ですか?」

俺がそう呟くと、大尉は頷いて、壁の地図の一点を指差した。

「そう。ボスト北部の中核都市だ。旧体制の連中はあそこを中心に、対抗する政府を樹立すると思う。で、ボスト新政府の要請を受けて、エイジア、セルーラ両軍が、そこを奪取すると同時に、ロシュビッチを排除する。それがこの戦争の幕引きになるだろう」

大尉は、真剣な表情でそう告げて、椅子から立ち上がる。

「質問が無ければ、これでミーティングは終了する。何かあるか?」

ルパード、グリアム、アキの三人とも、質問は無いようだった。俺も取り立て質問は無い。黙っている俺たちをひとしきり眺めると、大尉は、じゃあ終了、と短く告げて、自分のスペースに引き上げて行った。


 その日の深夜、俺は誰かが話す小さな声で目を覚ました。共有スペースに誰かがいる。話し声から想像するに、おそらく、大尉とアキの様だった。耳を澄ますと、二人の会話が衝立越しに耳に入ってくる。

「……前線には、もう行くべきではありません。たとえ偵察でも」

「参謀が後ろで何も見なかったら、まともな作戦は立てられない。解るだろ?」

「大尉が死ねば、どちらにしろ、まともな作戦は出てきません。私たちの代わりはいても、あなたの代わりはいない」

「……そんなことはないよ。参謀だって沢山いる」

しばらくの沈黙があって、アキがため息をつく小さな音が聞こえた。

「あなたの代わりになる参謀はいません。そう思っているのは、多分私だけではない」

「……買いかぶりだよ。それは」

大尉が優しく諭すようにそう答える。いつもの大尉の自信に満ちた声ではない。子供や、年下の兄弟に向けて話すような優しげな声だった。

「アキ、お前は他の参謀連中に会った事が少ないからそう思うんだろうけどな。実際は、結構優秀な奴が多いんだぞ、セルーラには。俺が居なければ、誰かが代わりをやるよ」

「……私は嫌」

強い、それでいて、どこか脆さを含んだアキの声が、そう告げた。大尉はその言葉にしばらく無言のままでいる。

「……俺は、必要があれば、偵察にも行くし、前線にも行く。でも、危険性は十分認識しているつもりだし、わざわざ無駄死にするような無謀はしない」

「……」

「アキからみたら、無謀に見えるのか?」

「……少し」

アキの答えに、大尉が少し困ったように笑う声が聞こえる。

「意見具申は構わない。無謀に思えた時はそう言ってくれ。ただ、俺は軍人として雇われてる以上は、必要以上に危険を避けるつもりはない」

「でも」

「そんなに心配か?一応それなりに経験は積んでるんだけどな、俺も」

テントの外から、強い風が吹く音がする。僅かにテントの支柱が揺れて、それが収まると、沈黙がテントの中に広がっていく。

「……ちゃんと帰ってくるよ。何処に行ってもさ」

沈黙を破って、大尉の静かな声が響く。

「だから、あんまり心配するな。優秀だって思ってくれてるんだろ?」

「はい」

「だったら、信じろ。今までだって、ちゃんと戻ってきたろ?」

「……はい」

椅子から立ち上がる音と、靴音が響く。テントの入り口が捲られたようで、入り口からの寒気が、俺の寝ている所まで届いた。多分、大尉が煙草を吸いにいこうとしているのだろう。

「寝ろよ、ちゃんと。目の下に隈があると美人が台無しだ」

からかうように大尉がそう言った声が聞こえた。また、妙な事を、と俺は思う。そのまま、俺が眠れずにいると、再び椅子を動かす音と、靴音が聞こえて、その靴音は俺の隣のアキのスペースで止まった。腕時計を見ると、午前二時。きちんと睡眠を取ってくれればいいが、と俺は思う。隣から毛布を動かす小さな衣擦れの音がして、また、テントの中に静寂が広がっていく。


 妙な会話で起こされた所為で、俺はなかなか眠りにつけないでいた。音を立てないように俺は立ち上がり、ベッドの脇からコートと、煙草を取り、テントの外に向かう。

「お前も夜更かしだな」

外に出ると、クリス大尉がテントから漏れる僅かな明かりで書類を眺めながら、煙草を吸っていた。

「目が覚めました。最近、夜中に目が覚める事が多くて」

「眠りが浅いんだよ。休み時間とかで身体を動かせ。運動不足が一番悪い。睡眠不足にはさ」

笑顔を向けながら、大尉がそう呟く。

「そうかもしれませんね」

俺がそう答えて、煙草に火をつけると、クリス大尉は書類を畳み、ため息を一つついて、俺の方を向いた。


「……アキから、怒られてさ」

さっきの会話の事だろう。聞いてましたとも言えず、俺は、そうですか、と無難な返答を返す。

「偵察とかがさ、無謀だって言うんだよ。そんな無茶してる訳じゃないんだけどな。お前、どう思う?」

「客観的に見れば妥当な行動だと思います。ただ、大尉の昔を知っているアキからしたら、またなにかやっちゃうんじゃないかと思うんじゃないですか?」

俺がそう答えると、大尉は煙を吐き出しながら、そうかあ、と何かに納得したかのように呟く。おそらく、思い当たる節があるのだろう。

「最近は気をつけてるんだけどな」

「解ります。それは」

最近の大尉の行動には、昔のような軽率さが姿を消していた。危険な任務に赴くにしても、わざわざ無用な危険や、戦闘を誘発するようなことはまったくと言っていい程無かった。

「心配なんですよ、アキは。大尉のことが」

「なんだよそれ」

大尉が不満げにそう呟く。まるで、子供のようだと思う。さんざんリーフの事でからかわれ続けた仕返しをしてやろうかとも思ったが、それは止めた方が良いように思えた。下手をすればアキまで怒らせることになる。

「心配されない上司なんて可哀想ですよ。どっか出る度に、帰ってこなけりゃ良いのにとか思われるより良いじゃないですか」

「まあ、そうだけどさ」

「あのエイジアの空軍基地にいた、ファルク少尉、覚えてるでしょう?」

大尉はしばらく考えて、ああ、あの嫌な奴か、と呟く。

「あの基地の整備兵とか、いっつも言ってましたよ。ファルクの野郎とか、後ろから撃たれればいい、とか。慕われて心配してもらえるだけ、幸せですよ」

情景が思い浮かんだのか、大尉は少し笑うと、本当に撃たれそうだなあいつ、と呟く。

「以外とああいうのが生き残ったりするんですよ」

俺がそう付け加えると、かもな、と大尉は笑いまじりでそう答えた。


 煙草を消して、テントに戻る間際、大尉は俺の方を振り返って、アキの事だけどさ、と口を開いた。

「今後、あんまり遅くまで仕事しているようだったら、無理にでも寝かせるようにしてくれ。俺の命令ってことで構わないから」

「……了解しました」

俺がそう答えると、大尉は笑みを浮かべて、テントに戻っていく。二人して不器用だなと俺は思う。大尉を気遣うアキも、アキを気遣う大尉も。命令だの、仕事だのを絡めてお互い話はしているが、結局のところは、そう言うものでは無い様にも思えた。いつ気付くんだろうなと、余計なお世話ながら俺は考える。二本目の煙草に火をつけながら。




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