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国境の空  作者: SKYWORD
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廃都編 14章

 幾つものテントが並べられた一角に、一つだけ他のテントの五倍から六倍の大きさを持つテントがある。一般的に野戦病院と呼ばれる代物で、おそらくルパードとグリアムもそこに収容されている筈だった。テントの配置を記載した手書きの見取り図を俺が眺めていると、いつのまにか後ろに近づいてきていたアキが、そこにいる、と呟く。

「そこにいる、っていうのは、ルパードとグリアムのことか?」

「そう」

相変わらず必要最低限の返事だけしか返さないなあ、などと俺が考えながらアキを振り返ると、アキは、行く?、と問いかけた。

「仕事が終わってからってとこだけど、通信待機だよなここは」

俺は机の上に積み上げられた書類を眺める。現在時刻は十九時。今日はあと二十一時の通信が残っている。その後も、おそらく誰か一人はここにいないとまずいだろう。

「もう少しで大尉とF二五が戻ってくる」

「代わってもらうか?夜間は」

アキは無言で頷くと、椅子に戻り、書類を精査し始める。今日の通信は比較的少ないようだ。なんとか二人で捌けそうな量ではあった。


「かまわない。怪我の具合をついでに先生に確認してきてくれ。シフトを組まないといけないしな」

それからしばらくしてテントに戻ってきたクリス大尉は、見舞いにいきたいという俺の要望を聞いて、簡単に許可を出した。アキが書き込んだ地図を眺めながら、大尉は、慣れたか?、と続けて俺に問いかける。

「まあ、慣れる事は出来そうです。ただ、戦闘が始まったら大変そうですね」

「そうだな。どんなに冷静な人間でも戦闘時は多少の混乱はする。情報が錯綜するのが一番危険だよ」

クリス大尉はそう呟いて、俺の顔を見た。

「ルパードとグリアムが帰ってきたら、二日に一度の割合で模擬格闘訓練を組む。訓練の結果を見て、例の作戦での配置を決めようと思っている」

「了解しました」

俺と、大尉が会話をする横で、F二五は難しそうな表情を浮かべたまま、通信記録に目を通していた。なにやら気になる点でもあるのか、そのうちの一枚を取り出すと、壁に貼られた地図まで歩き、ペンで書き込まれたボスト国境部隊の移動経路を確認しているようだった。

「どうした?」

大尉がそう声をかけると、F二五は、大した事ではないのですが、と口を開く。

「エイジア国境、セルーラ国境の接触面、つまりこのポイントですが、ほぼ毎日、敵斥候部隊らしき部隊を確認しているようです」

「ああ」

「怪しいと思いませんか?この地点には油田もない。いままで敵の攻撃を受けたこともない」

大尉はF二五の横まで移動すると、F二五が指差しているポイントを確認し始める。

「こちらの展開部隊は、セルーラが重迫撃砲部隊、エイジアが軽機動部隊、か。特殊な部隊でもないし、ボストが何を警戒しているのか微妙なところだな」

「このポイントを攻撃するつもりでしょうか?」

「むしろここを攻撃してくるのであれば好都合だよ。集落もなにもない、ただの荒野だ。思う存分叩ける」

そう呟いた大尉の顔を、F二五は覗き込み、一度現地を視察した方がよろしいのでは、と切り出す。

「現地を?」

「ええ。見てみないと解らない事があるかもしれません。いままでの激戦地区では殆ど敵の動きが見られないにも関わらず、このポイントだけに警戒活動が集中している」

「……なんらかの理由がある、と」

「わかりません。それを確認するのが我々の仕事かと」

椅子に座りながら、大尉は、確かにね、と同意する。

「了解した。明日、俺とお前で行こう。時間は正午。アキ、ジープの手配を頼む。明日の朝で構わない」

「警備部隊は同行させますか?」

「いらない。大した距離ではないしね」

コートをハンガーにかけながら、大尉がアキにそう返答すると、アキは多少不安でもあるのか、無言で大尉を見る。

「……どうした?」

「敵部隊の潜入も考えられます。用心にこしたことはありません」

「……了解。警備部隊も依頼しておいてくれ。四名くらいでいいか。狙撃犯から二名と、特殊作戦群から二名でいい」

苦笑いを浮かべながら大尉がそう言うと、アキが無表情のまま頷く。


 テントの外に出ると、寒さが身体に刺さるようだった。俺はコートの襟を立て、後ろを歩いてくるアキに、何時まで面会できるんだっけ?、と問いかける。

「二十二時。作戦上の理由があればそれ以降でも構わない」

まあ、一応大尉から具合を見てこいと言われている。作戦上の理由だと言い張れない事も無いだろうと思う。

「どうだった?」

俺の横で白い息を吐きながらアキがそう呟く。

「仕事か?」

「そう」

「まあ、慣れればって所だよ。でも、苦手な作業じゃない。あと数日したら問題ないと思う」

「グリアムとルパードが帰ってきたら、担当エリアをそれぞれ分けてみようと思っている。多分、そちらのほうが効率がいい」

しばらく見ない間に、アキは副官らしくなったと思う。本来副官的な仕事はラルフ曹長がやる筈なのだが、別部隊に配置されている今の現状では難しい。そんな中で、アキが成長しているのは素直に頼もしいと思えた。

「任せるよ。俺は慣れるのに集中する」

寒さに身を縮めながら、俺はそう答える。


 野戦病院のテントには、おそらく三十から四十のベッドが並んでいる。そのうちの約半分程度が埋まっていて、入り口から一番離れた所に、ルパードとグリアムのベッドはあった。俺が近づいてくるのに気付いたのか、ルパードが身を起こし、左手を上げ、カイル、と小さな声で呼びかける。

「久しぶりだな。怪我はいいのか?」

そう言って、ルパードが人の良さそうな笑みを浮かべる。見る限りは元気なようで、俺は安心する。

「俺はもう大丈夫だよ。右腕、撃たれたんだって?」

包帯が巻かれた右腕を眺めながら俺がそう言うと、ルパードは、貫通しやがった、と苦笑いを浮かべる。

「筋はやられてない。もう大分力も入る。腫れが収まれば大丈夫だ」

「……もともと筋肉が固いからね。ルパードは」

横のベッドでその様子を眺めていたグリアムが笑いまじりに呟く。

「グリアムは?どんな具合なんだ?」

身を起こさずに横たわったままのグリアムに俺が話を振ると、グリアムは、ひりひりするよ、と短く答えた。

「破片はもう取れたんだけど、やけどが酷くて。砲弾って熱いんだよ。直撃しなくてよかった」

二人とも住人を庇って怪我をしたとアキは言っていた。まあ、この程度ですんだのは幸運だと言えなくもない。腕ではなくて頭に当たっていれば今頃ルパードは死んでいただろうし、それはグリアムにしても同じだろう。ほんの少しの銃弾や砲弾のずれが、生死を分けている。そう考えると、戦場にいる俺たちの命は酷く軽いもののようにも思える。

「……先生の所に行ってくる」

アキがそう呟いて、テントの隅で治療用具を整理している軍医の元まで行ってしまうと、ルパードとグリアムは顔を見合わせて、笑みを浮かべた。

「どうしたんだよ?」

「いや、アキとあの先生って相性が良くなくてさ。いっつも来る度に揉めてるんだ」

グリアムがアキと軍医に聞こえないように声を潜めてそう呟く。

「喧嘩してるのか?」

「いや、お互い冷静に熱い意見の応酬だ。見てる方がヒヤヒヤする」

ルパードがそう呟いて、ため息をつく。


「何度も言っている事だが、どのくらいで治るかなんて患者の具合によっても変わる。毎朝診察して、それで私が決める。修理工場とは違うんだよ、病院というのは」

若い軍医が教え諭すようにアキにそう言っているのが聞こえる。盗み聞きするつもりは無いのだが、俺もルパードもグリアムも話を止めた。

「一週間とか二週間とか、それくらいの期間も解らないのですか?」

「よく、映画なんかじゃ全治二週間なんて言ってるがね。具合が悪ければ延びるし、良ければ早まる。人間の身体ってのは複雑なんだ。銃や戦車とは違う」

「……」

アキは無表情だ。ただ、付き合いの長い俺なんかが見ると、その表情にあきらかな苛立ちが見て取れる。

「君の上司にも伝えておいてほしい。ちゃんと治して、ちゃんと返す。それまでは急ぐなと。なにも一年二年って訳じゃない」

「……わかりました」

憮然とした表情のままアキは立ち上がり、踵を返して、テントの入り口に向かって歩いていく。軍医はその後ろ姿をため息まじりに眺めていたが、やがて立ち上がると、俺たちのベッドまで面倒くさそうに歩いてきた。


「傷、見せて」

ぶっきらぼうにそう呟くと、軍医はまずルパードの右手の包帯を解いていく。赤黒く変色した銃創を軍医はしばらく眺めていたが、やがて顔を上げると、痛みは?、と聞いた。

「傷自体はまだ痛え。ただ動かす時は問題ねえよ。力も入る」

ルパードのその返答に、そうか、と軍医はため息まじりに答えて、新しいガーゼを取り出すと、また包帯を巻き始める。

「……先生、グリアムはともかくよ、俺は大丈夫なんじゃねえか」

「傷が化膿すれば大変だぞ。ここは前線で、そう沢山の物資がある訳じゃない。君が感染症にでもなれば、乏しい物資の中から大量の薬剤を使う羽目になる」

ルパードと目を合わせずに、それだけを告げると、軍医はグリアムの背中の治療を開始する。砲弾の破片が刺さった際の傷と、その周辺に広がっている手のひら二つ分くらいの火傷に、軍医は膏薬を塗っていく。

「君も同じだ。二人とも感染症の危険がまだあるし、傷も塞がりが悪い。もうしばらく治療だ」

軍医は立ち上がりながらそう告げる。ルパードとグリアムは二人ともやれやれ、と言わんばかりの表情を浮かべている。

「大尉には、感染症の危険があるため、もうしばらく静養の必要あり、と伝えておきます。それで問題ありませんか?」

俺がそう声をかけると、軍医は振り返り、君は?、と問いかける。

「同じ部隊に所属しているカイルといいます。階級は伍長です」

「ああ、話には聞いてるよ。エイジアの空軍基地で静養してたって?」

軍医は不機嫌そうに歪めていた顔の表情を緩めて、多少は笑顔と呼べない事も無い表情を俺に向ける。

「はい。先日こちらに復帰しました」

「……きみからも良く言っておいてくれ。特にあの副官の娘にも」

苦笑いを浮かべながら、軍医はそう言って、テントの入り口を指差す。悪い医者ではなさそうだと思う。ただ、アキとは性格が合わないのだろう。


「アキ、とりあえずは様子見だそうだ。感染症の危険があるってさ」

テントの外で不貞腐れている様子のアキに、俺はそう声をかける。アキは俺に視線を向けると、ため息をつく。

「あのさ、アキ、あの軍医も悪い先生じゃないと思うんだけど」

「それは解っている」

即答で返事が帰ってくる。アキにしてもあの軍医を嫌っているという訳ではないのだろう。

「……帰るか?」

俺の言葉にアキは頷いて、テントの中に上半身だけを覗かせると、グリアムとルパードに軽く手を振る。またな、というルパードの声がした。

「行こう」

アキは、それだけを告げると、俺の数歩先を姿勢よく歩いていく。


「なんだか、焦る」

結構な距離を無言のまま歩いていたアキが、そう口を開く。

「焦るって、お前がか?」

「人は少なくなる。戦況は好転しない。大尉は無理をしている」

珍しくアキが弱気な表情を浮かべていた。

「誰だってそうだよ。アキ。状況が状況だし、焦んない奴の方がおかしい」

俺だって、と思う。今日も手早く仕事をこなそうと思えば思う程、焦りが生まれた。ミスに繋がらないよう、それでいて手早くというのは、慣れるまでは難しい。

「良くやってると思う。アキは」

俺の言葉に、アキはしばらく無言でいたが、やがて足を止めると、小さく、ありがとう、と呟いた。

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