廃都編 13章
「俺とF二五は司令部に行く。戻りは遅いから、先に休んでいて構わない。アキ、カイルを案内したらその後は自由行動で」
大尉はそう言い残すと、F二五と一緒にテントを出て行った。後に残された俺とアキは椅子に腰掛けたまま、しばらく無言でいる。いきなり大量の情報を与えられた所為もあって、俺は少し混乱していたし、アキも少々疲れているように見えた。グリアムもルパードも、ラルフ曹長もいない状況で、アキが恐ろしく忙しい状況に置かれているであろう事は容易に想像がつく。デスクワークが得意なアキの事だから、大抵のことはこなしているだろうが、大尉が出て行った後にため息をつくアキの横顔を見ていると、なんだか、このあと案内をさせるのが悪いような気がする。
「IDカードと銃を携帯して。外に出るから」
アキは俺の荷物を眺めながらそう言った。俺は言われた通りにIDカードと銃を取り出して、椅子から立ち上がる。
「ひどい戦闘だった」
アキが不意にそう呟く。テントとプレハブが建ち並ぶ基地を歩きながら、俺はその言葉の意味が良く分からないでいる。
「戦闘って、こっちに来てからのか?」
「ルパードとグリアムが怪我をした」
「聞いてる。お前も参加したのか?」
アキは足を止め、空を見上げて、何かを思い出すかのように目を閉じる。しばらくの沈黙の後、アキは俺に向き直った。
「こっちに来てすぐ。エイジア国境の村が占拠されて、奪還作戦に参加した」
俺は、近くにあった敷石に腰をおろし、アキを見上げる。アキは小さなため息をついて俺の横に座ると、手を広げて、自分のその手のひらに視線を落とす。
「エイジア側の作戦がまずくて、酷い乱戦になった」
アキは言葉を探しているのか、眉間にしわを寄せて、唇を噛む。
「ルパードが撃たれて、グリアムが住人を庇って負傷して……」
「軽い怪我だって聞いてる」
「でも……」
「でも?」
「かなりの住人が死んだ。酷い死に方で」
クラクションの音が聞こえて、俺とアキの前をジープが走っていく。テントから漏れる光だけが俺たちを照らし、淡い電球の光に照らされたアキの顔は、涙こそ流してはいなかったが、泣いているようにも見えた。
「……私たちは無力だった。土地は奪い返せても……」
空を見上げると、冬特有の澄み切った空に幾つもの星が見えた。月が無い所為もあるのだろう、星がずいぶん近くに見える。
「人は返らないもんな」
「そう」
何度同じ事を繰り返して、何度戦って、どれだけ強くなればいいのだろう、と思う。それとも、戦おうとする事自体が間違っているのだろうか。侵攻してその村を占領したのはボストで、この村を取り返す義務があったのはエイジアだ。ただ、取り返すために戦わなければ、その住人の何割かは確実に生きながらえていただろう。
「大尉は、ふさぎ込んでいた。エイジアの参謀にかなり怒っていたし、喧嘩になりそうになって、私とラルフ曹長がなんとか止めた」
「エイジアの参謀っていうのは……」
「奪還作戦の立案をした人」
「そっか。そんなにまずい作戦だったのか?」
「情報統制がなっていなくて、ボストに作戦の詳細が殆ど漏れていたみたいだった」
「それで、乱戦か」
アキは子供がだだをこねるような仕草で小さく首を振って、大尉も無理をしている、と呟いた。
「大尉が?」
「普通に振る舞ってはいるけど、大尉は二日に一回くらいしか寝ていない。多分、作戦がまずくてあんな事になったのが許せないんだと思う。だから自分の立てる作戦だけは……」
「完璧にしようってことか」
「そう」
敷石から立ち上がり、アキはブーツについた砂を払う。
「だから、私も足をひっぱれない」
「だな。俺もそうだ」
立ち上がって背伸びをすると、コートの隙間から寒気が入ってくるのが解る。冬が本格的になり、雪が積もれば戦闘は困難になる。多分、今日大尉が話した作戦もそう遠くない日に発動されるだろうと思う。
食堂やその他のいろいろな施設をまわり、俺とアキはテントに戻る。もともと六人が住むようにとの配慮で用意されたものだけあって、かなりテントの中は広い。大きめの衝立で共有スペースを含めて七つに仕切られた区画のうちの一つに、アキは俺を連れて行く。
「ここがカイルのスペース」
ベッドと、小さな棚だけが置かれたスペースに俺は荷物を置いて、俺はベッドに腰掛ける。
「なんか、みんないないと広いっていうか、静かだよな」
頷きを返したアキが、そう思う、と同意した。
「じゃあ、何かあったら、呼んで」
アキはそれだけ言い残すと自分のスペースに向かって歩いていく。かなり疲れているようだった。
俺は、ベッドに横たわって、眠れないままテントの天井を眺めていた。時計を見ると、もう二十三時を過ぎている。煙草を吸おうと思い、ベッドから立ち上がると、テントの奥からアキが共有スペースに向かって歩いてくるのが見えた。
「眠れないのか?」
「眠れない事はない。ただ、浅い」
「眠りが?」
頷いたアキがカップを二つ用意し、ポットからコーヒーらしき液体を注ぐ。
「ありがとう」
俺がそう礼を言うと、アキは、足は大丈夫?と聞いた。
「大丈夫だよ。殆ど問題ないと思う」
アキはその返答を無表情のまま聞いていたが、やがて立ち上がると自分のスペースからラバーナイフを二本持って戻ってくる。一本を俺に渡し、外に出るように促す。
「この時間から、か?」
多少呆れて俺がそう尋ねると、身体を動かした方が良く眠れると思う、という平坦な声が返ってくる。
「……とりあえず、コーヒー飲んでからでいいか?」
椅子に座り、自分のコーヒーに口をつけながら、アキは無言で頷いた。
外に出ると、寒気が筋肉をこわばらせるのが解る。ナイフを構えてアキを見ると、アキは軽やかにナイフを振り、準備は?、と短く尋ねる。
「いいよ。始めよう」
俺のその言葉を合図に、アキの右手がまるで別の生き物の様な凄まじい早さで繰り出される。かろうじてその初動を躱し、俺がアキの首筋を狙ってナイフを薙ぐと、伸びきっていた筈のアキの右腕が素早く戻り、そのナイフを受け止める。ナイフとナイフが衝突し、俺は力任せにアキのナイフを振り払うと、そのまま身体をスライドさせ、アキのほぼ側面から横腹、首の二カ所を狙って刃を滑らせた。アキは少しも慌てる事無く、冷静なままの動きでそれを躱すと、バックステップの後で、半ば飛び込むようにして俺の横腹を薙ぐ。
「とりあえず、一本か」
俺はそう呟いて、自分の横腹を見る。白いチョークの跡が付いていた。
「……動きは悪くない」
アキがそう呟いて、俺の足を見る。回復具合を実際に見てみたいという所もあったのだろうと思う。
その後、アキの動きの隙をついて、俺が一本を取り、三本目はアキが取った。相変わらずの結果だ。
「速いよな。お前」
俺がそう言ってアキを見ると、アキはラバーナイフを鞘に納め、リズム、と一言だけを返した。懐かしい答えだと思う。確か、初めて立ち会った時もそう言われた。
「カイルは躊躇が無くなった」
「躊躇?」
俺は思わずそう聞き返す。
「昔は、相手に斬りつける時に躊躇があった。今はそれがない」
俺の手からナイフを受け取り、それを丁寧に片付けながら、アキはそう呟く。
「いいことなのか?それって」
「動きに無駄が無くなる。悪くはない」
俺はため息をついて、もう寝よう、と提案する。身体を動かしたお陰で、こっちに来てからずっと緊張でこわばっていた何かが多少はほぐれたような気がしていた。
翌朝、六時に共有スペースに向かうと、アキだけが二人分のコーヒーを準備しながら、既にそこにいた。
「大尉とF二五は?」
俺がそう尋ねると、帰ってきていない、という返事が返ってくる。アキはコーヒーを口にしながら、仕事のことだけど、と口を開いた。
「今日は私のやり方を見ておいて欲しい。ある程度覚えるまではコツがいる」
「基本は、軍用無線で状況確認、それを地図に書き込んでって感じで良いんだよな」
「そう。ただ、情報がかなり錯綜している。前線に行けば行く程、それは顕著になるから」
アキはそう呟いて、書類の束をテーブルに広げる。
「聞き取った情報は、いきなり地図ではなくて、まず紙にまとめる。各部隊の動き、情報に矛盾が無いかを検討した後に、裏付けが確かな情報だけを地図に書き込んでいく」
各部隊の動き、敵の動向を記したメモを並べながら、アキは説明を開始した。
「基本的に定時連絡は九時、十二時、十五時、十八時、二十一時の五回。その他、緊急の連絡は随時入ってくる。現在は戦闘中のエリアが無いから、殆どが定時連絡のみになっている」
「最後の戦闘は?」
「三日前。セルーラ国境とエイジア国境でボスト国境兵との小競り合いがあった。戦闘自体は約五時間で終結。損害は双方とも無し」
地図のポイントを指差しながら、アキが滑らかに指を動かしていく。
「エイジアとの情報連携は?」
「問題ない。ただ、若干のタイムラグはある」
俺はテーブルに広げられた書類と、地図に書き込まれた各部隊の動きを辿る。いまのところは、どの国境線も侵されていない。膠着状態という状況が、形として目の前にある。
「九時までに目を通しておいて欲しい」
その言葉に俺は頷きだけを返す。とりあえずはここ数日間の動向を頭に入れておく必要があった。出来うる限り早く。正確な情報収集と分析だけが、正確な作戦に結びつくという、かつての教官の言葉を思い出しながら、俺は書類を手に取り、コーヒーを飲む。形は違っても、これも戦闘であることは違いなかった。そこに血や銃弾が見えないとしても。




