本編 プロローグ :中:
新学年。
といえば、必ず訪れるモノがある。
例えを上げるとするならば、
『クラス分け』
も、その一つだろう。
「優香、クラス分け見に行こうぜ。」
校舎を前方に俺は、優香に語りかける。
「一和、私。特別クラスが良いわ。」
「は?特別クラス?」
「えぇ。職員棟にあるクラスよ。たしかクラス名は『学園長室』。」
「――何様!?」
校舎、玄関の前にはホワイトボードの様なパネルがあり、そこにはクラス分けの詳細が張り出されていた。
しかし、大規模な学園とあってか、入口前は生徒達でごったがえしていて、近づく事すらままならない。
まるで、濁流だ。
あれに飛び込む。
という事は、洪水に飛び込むにふさわしい行為だろう。
あれに飛び込むのは気がひけるな。
と思いつつも、
しかし、行かねばならない。
男にはやらねばならぬ時がある。
例え、絶望しか待ち構えていないと分かっていようとも。
俺は、、―――。
「優香、行くぞ!!」
俺は幼なじみ。
一人の相方へと手を伸ばし、向かわざるえない濁流の方へと、、
だが、
あれっ、と、手が虚空を掴む。
優香の手がすぐ傍にあったハズなのに。
「優香?」
後ろを振り向く。
だが、そこには幼なじみ。
――那奈夜 優香の姿は無かった。
「――迷子!!!?」
那奈夜 優香ちゃん。那奈夜 優香ちゃん。
幼なじみの黒崎一和君が探しています。
至急、サービスセンターまでお越し下さい。
そんなアナウンスが脳内で流れる。
幼なじみが迷子になるという、想定外の出来事に俺の頭は軽くパニック。
することは無く。
「何処に行ったんだよ、ったく。」
とため息をついた。
辺りを見渡すが、それらしい姿は無い。
心配しないのか?
などと思うだろうが、俺の知り合いには桔梗という超放浪癖がいるので、こういう時の心配は杞憂に終わると知っている。
それに、優香の事だからほっといても問題あるまい。
そして、俺は。
一人で、洪水、と形容されるそれらに、
「うぉぉぉぉぉおーーー!!」
と、闇雲に突っ込んだ。
「――ゼェ、ゼェ、」
洪水から帰還した俺は虫の息だった。
たかが、クラス分けを見るだけでこの消耗率。嵐の海をクロールで泳ぐくらいの疲労だ。
全身が軋む。
飛び込んだと同時に繰り出される打撃の嵐。
エルボー。
膝蹴り。
裏拳。
シャイニングウィザード。
いや、恐らく最後は故意だ。
とにかく疲れたが、クラス分けは見る事ができた。
盟桜学園には、普通科が2クラス、情報科が2クラス、農業科、福祉科、機械科がそれぞれ1クラス。
合計7クラスが、学年毎にはある。
わけだが、
盟桜学園には、ミックスホームルームという授業制度がある。
ミックスホームルームとは、科に関係無く、生徒たちを、7クラスにバラバラに分ける授業制度である。科でクラスを分けないこの制度を取り入れているのは、この桜坂町ではこの学園だけらしい。
「――優香のやつ、何処にいるんだ?」
折角、優香の奴のクラス分けもついでに見てきてやったのに、肝心の奴が居なければ教えようが無いだろう。
放っておこう。
と思うのだが、放っておいたら後が怖いしなぁ、何て言うか報復が。
ついさっきの事件を思い出しながら、苦々しい顔で呟く。
俺としては、早くクラスに行きたいんだけどな……。
優香、カムバック!
「クー?何処にいるのー!?」
周り一面が、木々に囲まれ、真ん中には噴水。
そんな場所にある、裏庭に。
ほのかに茶色がかった髪、細くしなやかなフォルム、そしてアイドルになっても可笑しくない程の可愛らしさを兼ね備えた女の子。
『睦月空乃』は、いた。
彼女の足元には小さな皿が置いてある。皿の上には、イタチの餌が乗っていた。
キョロキョロと辺りを見渡す空乃の耳に。
「空乃〜〜〜!!」
そんな声が聞こえた。
「一和君!?」
「そうです、私が黒崎一和です。」
此方を振り向いた空乃に挨拶する。
「どうして、此処に?」
「いやぁ、空乃いるかな。って思って来たんだけどさー。なんたる偶然。」
そういえば。
と、空乃と裏庭で出会ったのを思い出し、顔をちょっと出してみた。だけだったのだが、まさか本当に居ようとは。
それにしても。
「キョロキョロして、どうしたんだ?」
辺りをキョロキョロしていた空乃にそう伺う。何かを探しているのだろうか。
「うん、クーが見当たらなくて。」
「クーって、あの、猫だっけ?」
「オコジョだよ。」
間違えた。
空乃の足元を見れば、餌が乗った皿が置いてある。恐らく、クーに用意した餌だろう。しかし、餌は全然減っていない、まだ手付かずなのか。
「いつもだったら、この時間に此処に餌を貰いに必ず来るはずなんだけど。」
「そうなのか?」
「うん。」
空乃は、消え入りそうな声で呟いた。クーが心配なんだろう。
「まぁ、待ってたら現れるだろうよ、コッソリと。少し待ってみるか?」
俺はそう空乃に切り出す。携帯を開き、時間を確認する。まだ九時には30分程ある。多少待ってみるくらいならば、時間的にも問題は無い筈だ。
「毎日餌を持って来てるのか?」
「うん。学校から家が近いから、朝のこの時間にここに来てるの。」
「毎日?朝早くから大変じゃないか?」
「ぜんぜん問題無いよ。好きでやってるんだしね。本当なら、クーを家で飼えたらいいんだけど、ちょっと問題があって…」
たはは、と苦笑いを浮かべる空乃。
瞬間だった。
ズザザザッ!!
っと、草木を凄まじい勢いでかき分ける様な音が、俺達の背後から聞こえた。
音は間違いなく、森林の中から。
と、その森林。草木の中から何かが飛び出した。
小さく白い、、生き物?、いや、あれはイタチ!?
「クー!?」
空乃が叫ぶ。
、更に、その白い生き物、イタチを追いかける様に今度は、大きな影が草木から飛び出した。
って、あれは!
「優香!?」
飛び出したのは、俺もよく知る。
というか、深い知り合いであり。しかも、幼なじみである。
那奈夜優香だった。
「待てー!!止まれー!」
そう叫び声を上げながら追いかけてくる優香から逃げる様に、というか明らかに逃げているイタチのクー。
クーは地面を、そのまま此方に凄まじい速さで駆け抜け、
俺の足元にやって来て、
俺の身体の上を一瞬で登りきり、
俺の頭に止まった。
「なっ!?」
頭の上に、イタチが止まり、微妙に硬直する俺。
その時だった。
目の前に、いつの間にか、優香が接近していた。
イタチが停止した事により、優香の瞳がキラーン、と勝機を見つけたのごとく光る。
「そこかぁぁぁぁぁぁあ!!!」
優香が俺の頭に、凄まじい早さの一撃を繰り出して。
イタチは、ひょいっ、と俺の頭から空乃の肩まで飛んだ。
「え゛?」
行き場を失った優香の一撃は、俺の顔に、、、突き刺さり、って
「ぎゃああぁぁぁぁぁあ!!」
ビンタ一撃。
俺の頬をまさかの、優香の平手打ちが穿ち、俺の体は空中を舞い、砂煙を上げて地面に崩れた。
「一和君!?大丈夫!?」
どう考えても大丈夫じゃない一撃を喰らい、地面に屈伏する俺に空乃が駆け寄る。
その横、正気に戻ったらしい優香が、俺の存在にやっと気づく。
「あれ、一和じゃない。」
そんな優香の言葉に俺は、
「一和じゃない。じゃねえぇぇだろ!!」
直ぐ様立ち上がり叫んだ。
空乃が横でオロオロしているが、悪い。俺とて怒る時は怒るんですよ。
そんな怒り心頭で、般若の様な顔つきのまま、俺は、優香に次の言葉を言おうとする。
だが、俺の次の言葉は、優香の言葉により防がれた。
「ごめんなさい。」
ごめんなさい。
と優香が言った。
え?と俺は立ち止まる。
本来ならば、ここで優香に怒っていただろうが、よもや発せられる言葉では無い。と思っていたが故に面を食らった。
冗談じゃないか?
などと思いつつも、優香の表情を様子見る。優香は、顔を下に向け、本当に謝罪をしているようだった。
演技でも無い。本当に悪い、と思っている証拠だった。
逆に、謝られバツが悪くなった俺は、困った顔で空乃を見た。
空乃は困った様に笑顔を浮かべた。許してあげようよ。と言われた様なモノだ。
俺は、優香を見た。本当に悪いと謝罪している人間を、ましてや女の子を怒る気にはなれなかった。
俺の中の怒りはいつの間にか、消えていた。
許してあげよう。そんな言葉が心に浮かんだ。
「優香…」
そうだ。許してあげよう。こんなに、謝罪しているではないか。
たかが、平手打ちがなんだ。ビンタがなんだ。その程度で怒る自分が恥ずかしいとすら思える。
「一和、ごめんなさい。」
謝る優香。
いや、いいんだ優香。
「玄関で途中居なくなって、、」
そうだ、玄関で途中居なくなったからなんなんだ。
別に、お前のクラス分けは俺が見ておいたから全く心配なんていらな、、、
っていうか、
「そっちかよ!!!?」
俺は、ズザザザッ、と地面に倒れた。
「もう説教するのも疲れた。」
そんな言葉を吐きながら、俺はノロノロと起き上がった。
「一和、今さらだけど頬っぺたがとてつもなく赤いわよ?」
「本当に今さらだよ!!」
優香にそう叫びながら、肩を落とす俺。
「そんな事よりも、」
優香がぼやきながら、俺と空乃を見る。
しかも、俺の頬っぺた平手打ちが、「そんな事」で片付けられてしまっている。
「アンタ達、こんな所で何してんの?」
「それは俺達の台詞だろ。しいていうなら、普通に談笑してただけだ。そこにお前がやって来たんだろうが。」
その言葉に、ふーん、と相づちをうちながら、優香は俺では無く、俺の横に立っている空乃を見た。
空乃を見た優香の目が細まる。優香は眉を寄せて、微妙に驚いているっぽかった。
それは空乃も同様で、空乃も優香を見て、何と言うかバツが悪そうな苦笑いを浮かべていた。
知り合いなのか?
「あぁ、紹介してなかったよな。こっちは俺の幼なじみの「那奈夜優香」。」
何となくバツが悪そうな二人の空気は置いておいて、空乃に優香を紹介する。
「那奈夜さん、ですね。よろしくお願いします。」
たはは、と笑顔を浮かべ、優香に握手の手を差し出す空乃。
「優香、こっちは、」
「空乃さんでしょ?よろしく。ちなみに、優香で良いわよ。」
俺の言葉を遮り、空乃と握手する優香。
というか、空乃って名前知っていたのか?まぁ、俺がさっきからそう呼んでるから、分かったんだろう。
空乃の肩の上では、クーが怯えながら、クー、クー、と小さく鳴いていた。完璧に優香に怯えている。
その気持ち分かるぞ、クーよ。
「で、お前は何処に行ってたんだよ。」
そう優香に問いかけるが、大体玄関から突然消えて何処で何をしていたのか。ある程度分かっていた。
イタチのクーを追いかけていた事から、どうせ玄関でクーを見つけて追いかけまわっていたに違いない。
「イタチを見つけたんで、追いかけまわしてたのよ。」
そのままかよ。
「しかも、俺を放置とか、お前――、」
身勝手過ぎるだろ!
と言おうとした瞬間だった。
パチンッ!
優香の平手が、俺の頬を穿った。
「――え?」
いきなりの平手打ちに、俺は頬を押さえつつ優香を見た。
え、俺。何かした?いま。
優香が俺を見据えて、言葉を紡いだ。
「身勝手過ぎるわよ!!」
!?
「―――いやそれ、俺の台詞!!」
「え?」
「え?――じゃねぇよ!!何で、お前が「身勝手過ぎる」ていう言葉を吐くんだよ!?――どう考えても俺の台詞だろうが!っていうか、何で平手打ちをしたんだよ!!」
「つい、。」
「つい!?お前は「つい」で、平手打ちをするのか!?」
「普段はしないわよ。一和は特別なの、安心なさい。」
「安心出来るかー!!そんな特別嫌だ!」
「一和は、特別。一和は、特別。 」
「何で、二回言った!?」
「一和、死別。」
「殺すな!!」
「噛みました。」
「嘘つけ、お前。明らかに死別。って言ってたぞ。」
「噛みまみた。」
「………。(突っ込みたくない。)」
「黒崎一和、馬鹿ッ!!!」
「―――!?」
「噛みました。」
「嘘つけ!!どこを噛んだ!?思いっきり、馬鹿って言ってたぞ!?」
「噛みまみた。」
「――お前、そのネタをすれば許されると思ったら大間違いだぞ!?あと、そういう危険なネタは止めろ!」
危険なパロネタを披露する幼なじみに注意をする。
苦情が来ちゃたまらん。
そんな会話を優香としていると、俺達の横で空乃がクスクスと笑っていた。
そして、驚くべき言葉を彼女は呟いた。
「二人って仲が良いんですね。」
「え゛!?」
俺の喉から自分の声だと思えない様な声が出る。
仲が…いい?
誰と誰が?
もしかして、俺と優香が?
そんなバカな。
最近、ブラジリアン柔術にハマっているの。などと言いながら、俺に技をかけたり。
ドッキリ。と言いつつ、寝起きの俺にタライをぶつけたり。
俺の、作って部屋に置いてあるプラモデルを、勝手に魔改造したり。
そんな迷惑極まりない事をやらかす、この問題児「那奈夜 優香」と、真面目で良き性格の持ち主である俺が、まさか。
仲が良いだと!?
そんなバカなななななななななな。
そんな混乱する俺の横で。
優香が空乃を見て言う。
「私と一和の仲が良いのは当たり前よ。何故なら、私と一和は堅い絆で結ばれているのだから。」
「堅い絆…?」
驚く空乃。
「そう、「御主人様と下僕」という堅い絆でね!!」
「オイッ!!」
俺はたまらず、ツッコんだ。
「おい二人共、もう教室集合まで残り二十分しかないぞ。」
「もう、そんな時間?」
「あら。」
携帯を開き時間を確認してみる。
時刻は8時40分と表示されていた。九時には教室に集合していないといけないハズだ。
そろそろ行ってみても、良い頃合いだろう。
「どうする行くか?」
そう二人に言いながら、俺は教室、つまり校舎方向を指差した。
「一和君、校舎はあっちなんだけど…」
「え?」
向きが反対だった。
急いで向きを変える俺の耳に、優香のださー。って小さな呟きが聞こえた気がしたがモーマンタイ。
恥ずかしくなんてないんだからね!
「そういえば、誰か忘れてる気がする。」
空乃と優香と、校舎に向かい歩いていき。
玄関に到着して。
俺はそう何かを忘れているような違和感を感じた。
だがしかし、その何かを思い出せないという事は大した事では無い。という事だろう。
誰かいないような気がするが、気のせいに違いない。
「気のせいじゃない!!」
「のわぁっ!」
いきなり背後から現れた人影に俺は、思いっきり驚く。
「和志!?」
後ろには、学生服を着ているのは当たり前なものの、頭にバンダナを巻く、という恰好をした和志がいた。
バンダナは制服違反じゃないのか?
しかも、和志はしかめっ面をしていた。なんか不満でもあるのだろうか。
「お前ら何処に居たんだよ。ずーと、玄関で待ってたのに!昨日、連絡しただろ!」
不満たっぷりだった。
そういえば昨日、和志と明日玄関で8時半前に落ち合おうと連絡をしていたのを忘れていた。
しかし、忘れていた。なんて言ったら怒るに違いないから、平和を望む使者、黒崎一和さんは無下な争いなんてしたくないから、ここは言い訳でもするとしよう。
「忘れてた。」
「――お前!!」
黒崎さんは嘘をつけない性格なのだ。
憤慨する和志が、俺に文句を言おう。として、立ち止まる。俺の横にいる見ず知らずの女の子である、空乃が目に入ったからだ。
「こんにちは。」
「え、……こんにちは。」
お辞儀する空乃に、和志も戸惑いながら頭を下げる。
「あー、空乃や。このバンダナを巻いた男は俺の連れの、「戸塚和志」。誕生日は9月9日。血液型はAB型で、好きな食べ物は唐揚げ、趣味はスポーツ全般、身長は175cmの俺より少し高いくらいの、普通な男子高生だ。」
「そこまで情報はいるのか?」
細かく説明する俺に、和志が呟く。
「えーと、戸塚くんだよね。私は、「睦月空乃」って言います。空乃って呼んでもらえたらいいかな。よろしくね。」
「よろしく。俺も、戸塚くんじゃなくて、和志で良いよ。みんなそう呼ぶから。よろしく、空乃。さん。」
微妙に名前に「さん」をつけながら、空乃と和志が握手し合う。
俺はその光景を笑顔でみていた。
美しいと思わないか、この出会いが生まれる瞬間というヤツは。
互いに自己紹介をしつつ、握手をする。こうして出会いは生まれるのだよ。
それにしても、空乃の名字。睦月っていうのか。あれ?
睦月?
どっかで聞いた事あるぞ?
「そう言えば、一和。クラス分け見たか?」
「見たよ。」
和志の問いかけにそう返す。その横で、優香が、
「私見てない。」
とぼやいていた。
「優香は俺と同じクラスだったぞ。」
ちなみに、優香は俺と同じクラスだった。二年五組。7クラスあるうちの、その教室が俺達のクラスだった。
俺が、どれだけクラス分けを頑張って確認したか、優香に教えてやりたいくらいだが、それで?等と言われそうなので、黙っておく。
「えー、一和と同じクラス〜?」
嫌そうな幼なじみ。
「またまた、そう言って実は嬉しいくせに。」
適当にそう言っておく。
が、優香は俺の言葉に。
「……。」
無言だった。
本当に嫌なのか!?
ショックを受け、ガーンとしている一和と優香を近くで、和志と空乃は見ていた。
「(和志くん。優香さんって、一和君のこと実は嫌いなんですか?)」
その様子を見ていた空乃が、そう和志に小さな声で問いかける。
「(いや、それは無いハズだけど?)」
「(でも、優香さん。一和君と同じクラスで嫌そうな顔してますけど…。)」
「(あぁ、あれね。あれは、本当は嬉しいのに、嬉しいって気持ちを素直に見せたくない。っていう顔だから。)
「(そうなんですか?)」
「(そ、優香は本当に嫌な時は、むしろ無表情になるから。ああいう、明らかに嫌そうな顔している時はむしろ喜んでるに近いと思ってくれたらいいから。)」
「(じゃあ、いま実は優香さんは、一和くんと同じクラスでラッキー。とか思っちゃったりしてるんです?)」
「(だと思うよ。ま、一応幼なじみだしね、俺も優香と。その辺、なんとなく分かんのさ。)」
「(幼なじみなんですか?)」
「(そ、一応だけど。俺、優香と家が隣だから。)」
「(やっぱり幼なじみだと、互いに相手の事が分かるんですね。)」
「(まーね、全部が分かるって訳じゃないけど。)」
「(そう言えば、一和くんも幼なじみですよね?優香さんが満更でもないって思ってるって、一和さんは気付いてないんですか?)」
「(どうだろうな。一和は滅多に、胸の内を見せないから分からん。気付いていてあえての、あのリアクションなんだと思うが…。)」
和志の言葉を聞きつつ、空乃は一和を見つめていた。
その眼差しには、様々な感情と様々な事情、そして誰にも言えない秘めた思いがあったが、この時は誰も気付いていない。
ただ、
「………。」
その空乃を視界端でとらえていた、優香。
彼女を除いて。
「結局、全員同じクラスかよ!!」
優香、和志、空乃を見渡し俺は叫んだ。
二年五組、それが「俺達」のクラスだった。
朝は込み合っていて、和志や空乃の名前などチェック出来なかったのだが、まさか同じクラスだったとは思わなんだ。
今、俺は後ろから三番目の窓際の席に座っている。
適当に座ったわけでは無く、白板に席順が書いてある紙があり、その通りに座っただけなのだが、
隣の席は空乃、後ろは優香、斜め後ろは和志、と。まさかこうも仲間内で席が集結しようとは。
仕組まれているんじゃないかとすら思える。
「全員じゃないわよ。」
俺の後ろで優香が言う。
そう言えば、と周りを見渡して気づく。
辺りの席はある程度生徒が座っていて、空いている席は二つくらいだが。
生徒の顔を見渡して見る。
「桔梗がいないな。」
桔梗とは、和志と優香の幼なじみである人物で、放浪癖持ちの休日では顔すら見ない女の子である。というか実際、俺はこの街に帰って来てから、桔梗の姿を見た覚えが無い。
まぁ、その桔梗がクラスの中にはいなかった。恐らく、ほかのクラスなんだと思われる。
「桔梗は他のクラスかしら?」
「じゃないか?」
優香にそう言いつつ、席を立ち、白板に貼ってある席順の紙を見るが、やはり桔梗の名前は無い。
「他のクラスだな。」
「そうっぽいわね。残念だわ……。」
優香と桔梗は幼なじみだけに仲が良い、
やはり、仲が良い相手が同じクラスに居ない。という事実に優香も、多少なり残念を受けているらしかった。
「二人で、一和を弄れると思ったのに……。」
「!?」
残念を受けているらしかった。
「あの、桔梗って、誰ですか?」
横の席の空乃が、俺にそう問いかける。
「えーと、桔梗ってのはな、優香と和志の幼なじみ。」
なので、軽い説明をしておく。細かい説明は、学校にいる限り恐らく桔梗と会う事もあるだろうからその時で良いだろう。
話すより見た方が早いし。
「まぁ、どんな人間なのか。と、一言に言うと、」
俺は続けて、
「放浪癖持ちで、珍しい。」
そう言いつつ、俺は和志を見た。
「才色兼備で大和撫子。」
和志がそう言いつつ、優香を見る。
「腹黒い。」
優香がそう言いつつ、空乃を見た。
「へー。そんな方なんですか。」
多少なりとも、どんな人間かは分かったようだ。
それにしても、優香のやつ。と、俺と和志は目を合わせる。目を見て分かる。思っている事は一緒らしかった。
『(お前の方が腹黒いだろ!!)』
腹黒いと言ったが、明らかにお前の方が腹黒い。と二人して思う。
だが、声に出したら痛い目を見るので、俺と和志は黙っていた。
そんな事を考えていたら、教室のドアが開いた。
先生か?と、クラスメート皆が、教室の前方のドアに目を向ける。
「――……、」
教室に入って来たのは、先生では無かった。
恐らく身長が190後半に突入しているだろう、と確信してしまうほどに身長が高く、体格がしっかりとした男性だった。
学生服を着ていたから、一目で生徒だと気付いた。
入って来た男子生徒は、白板に貼ってある紙を見て、席順を確認したのか、生徒たちを見渡した。
「怖、、、」
「あの人が、あの……」
「絶対やばいよね…
何処かから、そんな呟きが聞こえた。
周りの声に耳を澄ましてみると、そんな小さな呟きが所々から聞こえる。
俺は気になって周りを見た。こそこそと、何かを友達と呟きあっている男や女が見えた。彼らの視線の先には、男子生徒の姿がある。
それに、先ほどから気付いていたが、男子生徒が入ってきた瞬間に教室の空気が変わった事に、俺は気付いていた。
まるで、腫れ物を扱う様な空気。
「―――、」
男子生徒は無言で此方に歩いてきて、俺の横を通る。
今、空いている席は二つ。
俺の二つ後ろと、廊下側の端だけだ。
男子生徒の席は俺の二つ後ろの席だろう。
そう思っていた最中、
地面にそれはポロッ、と落ちた。
変なマスコットのキーホルダーだった。
落としたのは男子生徒。ポケットにでも入れていて、誤って落ちてしまったのだろうか。
しかし、本人は落とした事に気付いていないらしく、そのまま俺の傍を通り過ぎる。
「おーい、」
キーホルダーを拾い、後ろ姿の男子生徒に声をかける。
直ぐ様、男子生徒が此方を振り向いた。
「これ、落としたぜ。」
男子生徒の傍に行き、キーホルダーを見せる様に持つ。
何だか、周りからざわざわした空気が立つ。
「声かけたぞ…」
「大丈夫……?」
などと多少のざわめきが聞こえるがモーマンタイ。
そんな周りの空気など一切関係なく、俺はキーホルダーを男子生徒に差し出す。
「ほれ、お前んだろ?」
俺の声に、男子生徒は俺の顔を一目見ると、
「……悪い。」
そう呟きつつ、キーホルダーを受け取り、黙って席についた。
俺はその姿に満足気に頷きつつ、席に着いた。
と共に、
「――悪い、遅れた!」
教室のドアが音を立てて開き、一人の女性がそう言葉を言いながら、教室に入ってきた。
入ってきたのは、スーツに身を包み、黒いストレートの髪を多少肩にかけた、美人と言って差し支えない、そんな女性だった。
先生か?
女性は、教室に駆け込む様に入ってくると、教卓の前で綺麗に制止した。
そして、此方を向き、クラスを見渡す。
「よし、全員揃っているな。」
一つ席が空いたクラスを見渡し、そう言葉を吐く女性。
女性は、マーカーを持ち白板に先を当て。『葛西竜美』。との文字を白板に描いた。恐らく、あれが女性の名前なのだろう。
「私が、お前達の担任を務める「葛西竜美」だ。よろしく。葛西先生と呼んでくれ。」
何ともサバサバした先生だな。と思いつつ、美人の先生なので、微妙にテンションが上がる俺。
周りの男子生徒達も、多少テンションが上がっているのか、妙にニンマリしている生徒が多数。担任が、美人の先生だと得した気分がするよね。
そんなことより、
「美人で良かったわね…。」
などと、ボソッと呟く背後の幼なじみが、異様に怖いが気にしない。
「とりあえず、私の自己紹介は以上だ。で、だ。私も自己紹介したわけだから、いきなりだが、クラス全員にも自己紹介してもらおうと思う。始業式まで、時間はあるしな。」
えー。と、クラス全体から声が上がる。
始業式が始まる時間は確か10時から。
10時までは、あと50分くらいある。
「嫌そうだな。だが、クラスにいるのは見知った人間ばかり。という訳でもないだろう?自己紹介はしておいた方が後々、交流においてもいい影響を与えると思うんだがな。」
「と、いうわけで、だ。左端の一番前から、自己紹介を始める。お前からだ。」
その言葉と共に、先生に指を指された左端の一番前の男子生徒がえー!と批判の声を上げる、が、先生の鋭い眼光に、大人しく立ち上がる。
「言っておくが、ただ名前を言うだけなんて寂しい自己紹介は許さないぞ。好きな食べ物、趣味、それと好きな女の子のタイプを言え。女子は、男の子のタイプをだ。」
その方が、面白いだろ?
と先生がニヤニヤしながら、みんなを見渡す。
きっと、あの先生、性格が悪いに違いない。
そして、
「好きな異性のタイプだって、ププッ――」
と、笑いながら、俺の椅子を後ろからゲシゲシ蹴ってくる幼なじみも、性格が悪いに違いない。
「僕の名前は、――」
かくして、嫌な自己紹介が幕を開けた。
先頭、右端の生徒が自己紹介を始めた中、俺はそれを聞きつつ、自分が何を言うべきか考えていた。
どんな事を言えばいいのだろうか。
俺は、困った様に斜め後ろの和志を見た。
「(おい、和志。)」
小声で和志に語りかける。
が、反応は皆無だった。
そこで、気付いた。
和志が、目をつむっている事に。
まさか、
「(目を閉じ心を研ぎ澄ませる事で、自己紹介の案を考えているのか!?いや、違う。自己紹介においての最大の敵は、言うべき内容でも、面白い事を言うことでも無い。最大の敵とは、「緊張」!!緊張してしまえば、自己紹介はグダグダに終わり、最悪な展開を迎えてしまう。それを和志は見越しているのか!?だからこそ、心を研ぎ澄ませ、目を閉じ、自分の心を無にする事で、和志は緊張と言う存在を払い退けようとしているに違いない!流石だ、和志。自己紹介を失敗させないと言う、その思い、しかと見た。俺は、お前という存在を改めて評価しよう、お前は尊敬に値する人物だ、和志!!!)」
俺は改めて、尊敬に値する友人、戸塚和志を見た。
彼は黙って目を閉じ、グ〜と鼻息をたて、
「って、寝てんのかよ!!!」
と、突っ込みを入れて、
「おい、そこの。」
先生が此方を見ていた。
しまった!目立ってしまった!
「お前、人の自己紹介の途中に突っ込みを入れるなんていい度胸だな?そんなに目立ちたいのか?」
「!?」
不味い。気づけばクラスメート全員が、此方を見ていた。
突っ込みの声がうるさかったらしい。
「良いだろう。次、お前自己紹介な。」
「え!?」
先生に目をつけられてしまったせいか、自己紹介の順番を先送りで、俺にされてしまった!
なんたる不覚!
しかも、内容全然考えてねぇ!!
「ほら、お前だぞ?早く、自己紹介しろ。」
先生が此方を見つつ、そう言葉を吐く。
ち、ちくしょう!
と心の声を漏らしつつ、為すすべもなく、俺は立ち上がる。
クラスメート達の目線が、自然と俺の方へ!
「えーと、…」
やべぇ、何も考えてねぇ。
先生が、早く言え。とアイコンタクトを俺に送る。クソッ!
しょうがない。
俺は腹を決めた。
「俺の名前は、……江戸川コナン、探偵だ。」
俺の自己紹介は、嘘から始まった。
「ほう、江戸川コナンって名前なのか。」
先生が此方を見て言う。
「そうなんです。。」
嘘だけど。
「で、だ。黒崎一和、お前の好きな食べ物は何だ?」
バレてた!!
「好きな食べ物ですか?えーと、『じっくりコトコト、クレアおばさんのクリームシチュー』です。」
ププ。
と各所から、笑いが漏れる。
真面目に言ったつもりなのに!?
「趣味は?」
趣味?
なんかあっただろうか。
「格闘技を少々。」
これは嘘じゃないよ。
「格闘技をしているのか?」
「そうですね。一応ですけど。」
「どれくらいの強さだ?分かりやすく説明してみろ。」
「クリリン殺せます。」
またも、辺りから笑いが漏れる。
もうね、恥ずかしくて泣きそうだよ。
「ほう、クリリンを殺せるのか?」
ぎゃー、先生が話にのってきちゃった!
くそ、適当に答えてしまえ!
「楽勝ですね。デコピンで殺せます。」
嘘だけど。
クリリンなんかと戦ったら、デコピンで殺されてまうわ!
「じゃあ、次の質問だが、好きな異性のタイプは?」
「特にありません。」
「無いって事は無いだろう?で、好きな異性のタイプは?」
「特にありません!」
「好きな異性のタイプは?」
「いや、あの、本当に特に無いんですけど……」
「好きな異性のタイプは?」
え、強制?
「言うならば、ある程度のおしとやかさを持ち、なおかつ気配りができて、他人にサブミッションなどかけず、優しさと母性があふれていて、今朝のどこかの誰かさんのように俺のことを下僕として扱うことの無いような女性が好みです。」
心の中で涙を流しながら語る。
クラスのあちらこちらで、あの人かわいそう。などと呟きが漏れる。
恥ずかしい。死のう。
「よし分かった。ある程度のおしとやかさを持ち、なおかつ気配りができて、他人にサブミッションなどかけず、優しさと母性があふれていて、今朝のどこかの誰かさんのように俺のことを下僕として扱うことの無いような女性が好みです。な感じの異性が好きな江戸川コナンもとい、黒崎一和、席に着いていいぞ。」
傷口に塩。
「や、やっと終わった…」
「――と、でも言うと思っていたのか?」
「!?」
「嘘だ。」
「嘘かよ!!」
「早く席に着け!!この馬鹿野郎が!!」
「理不尽過ぎる!」
先生に理不尽に怒られ、悲しみに暮れながら席に着く。
後ろでは、優香と和志がニヤニヤしている。地獄に落ちればいいのに。
「ほら、次はお前だ―――、」
「え!?」
先生に次々と生徒が名指しされ、自己紹介をさせられていく。
というか、左端から順番じゃなかったの?
と、まぁ。こんな感じで全員の自己紹介が終わる。優香と和志と空乃は完璧に自己紹介を終えていた。羨ましいよ。
途中、キーホルダーを落とした男子生徒の順番になった時、クラスの雰囲気が多少変わった気がするのは気のせいだったのだろうか。
有名人なのか?
「よし、自己紹介も無事に終わったな。」
先生が満足そうに言う。
無事に?
いえいえ、先生。ここに心に傷を負った無事じゃない生徒がいますよ。
「あと、十分もしたら始業式が始まる。全員、廊下に出席番号順に並べ。出席番号は、生徒手帳に書いてある筈だ。」
時刻は、九時五十分前。
始業式は10時からなので、そろそろ体育館に移動しないといけない。
始業式は、体育館で行われる。
大人しく、廊下に出る俺。
生徒手帳に、出席番号が書いてあるとの事だったが。と生徒手帳を開く。
俺の番号は、四番。随分最初だね。
番号の順番に廊下に並ぶ。
前から四番だから、と前の生徒三人の後ろに並ぶ。
そして、俺の後ろに優香が並ぶ。
優香は、五番らしい。
その後ろには、キーホルダーを落とした男子生徒。どうやら、クラスの席順が、出席番号の順番らしく、後ろの方には、空乃と和志が並んでいた。
「よし、全員並んだな?今から、体育館に向かうぞ。」
先生の合図と共に、俺達は、体育館を目指し歩く。
さぁ、いよいよ始業式だ。
「うわ、やっぱり広いな。」
体育館に着くなり、俺はそう言葉を漏らした。
盟桜学園の体育館は、三階建てだ。
一階には、更衣室やシャワー室。トレーニングルームなどの施設や部屋があり。
二階が、体育館。となっていて、三階がまさかのプールになっている。
体育館の広さだけでも、通常の高校の体育館のおよそ四倍近くあり、その広さは一目見ただけで伺える程だ。
三階の天井が開閉式だったりと、普通の体育館とは明らかに一線を引いているのも、この学園の体育館として特徴だと思う。
二階の体育館に入ると、広い体育館内が一面に広がる。椅子があちらこちらに並び、始業式の準備は完璧に出来ていた。
というか、出来ていないと困る。
前の方には、千人を超える生徒達の椅子が並び、左右には先生、関係者、そして来賓の人達の椅子が並んでいる。
ちなみに、入学式は3日前に既に終わっている。
俺は、妹の苺が新入生として入学式に出るので、保護者として入学式に出席した。
今日の始業式は、俺は生徒として出席する。まぁ、二年生だしな。
クラスで列を作り、生徒用に用意された椅子に座る。
一年生は既に全クラス揃っていて、早くも席に座っていた。配置的には、左から、一年生、二年生、三年生、といった具合だ。
一年生側を見ると、真ん中の辺りに苺を見つけた。髪が赤っぽいから、直ぐに気付いた。
苺も俺に気付いたらしく、小さく手を振ってきた。ので、
俺も当然、手を振り返す。
ふと後ろを向いた。
後ろを見れば、空乃が後方に並んでいた。
此方に気付き、手を振ってきたので、俺は当然手を振り返す。
ふと近場を見ると。
真後ろに座っている優香が、此方に手を振っていたので。
俺は無視して前を向いた。
「デストロイッッッ!!」
「うぎゃゃゃゃあ!!!!」
優香の双拳が俺の背中を穿った。
「無視したら、拳一発だから。」
「り、、…了解。」
拳二発だった気がするんだが、気のせいにしておこう。
本当に凶暴な幼なじみだね、全く。
俺達二年生が、席に着いてから三年生がぞろぞろと体育館に現れた。
七クラス分の人数とあってか多いなちくしょう。
全生徒が体育館に集まり、来賓の方々や学校の先生、理事長、校長、など、盟桜学園に関わる人間が集まり始業式は幕を開けた。
それにしても、校歌斉唱やら校長の話やらと全く暇だね。
もっと面白い話をして欲しいものだよ、俺的に。
そんな事を考えている矢先、
「次は、理事長、お話を」
司会役、というか仕切りをしていた教頭だろうか、いかにも偉そうな先生がそうマイクを使い、皆に聞こえる声で言葉を吐いた。
理事長?
その言葉に俺はピクリ、と反応した。
盟桜学園の理事長と言えば、確か
睦月孝蔵。
四大名家の家の1つ、睦月家の現当主であり、この盟桜学園の創設者でもあるが。
その理事長こそが、空乃の……。
30分前、――
『自己紹介の時の出来事』
「次の自己紹介をするのは誰だ?」
我らが担任、葛西先生がクラスを見渡し、目を輝かせ、さらにニヤニヤと口元を歪めて、生徒達を見る。
完全にドSである。
最初は、左端から順番に自己紹介をさせられていたハズなのに、俺の自己紹介以降は、先生に目をつけられた順番に自己紹介。という感じに変わってしまった、皆ごめんね!
「よし、次はお前だ。」
葛西先生がそう言って一人の生徒を指差す。今度の犠牲者は誰だ?
「え、わたしですか?」
空乃かよ!
指名されたのは、俺の横の席に座っていた睦月空乃、彼女だった。
空乃は微妙に困惑した表情をしつつ、静かに立ち上がる。
「え、えーと、自己紹介。ですよね…。」
空乃は困った様に辺りをキョロキョロ見渡しつつ、そう言葉を吐く。
緊張しているのか?
いや。
そういうわけじゃ無さそうだ。
どちらかと言えば、何か躊躇っている様な感じがする。
「私は、――」
そして空乃は腹を決めたのか、真面目な表情を見せ、
その言葉を吐き出した。
「睦月空乃と言います。よろしくおねがいします。」
瞬間、教室の空気が明らかに変わった―――。
――ざわつきへと。
「え、睦月!?」
「睦月って、あの?」
「へぇー。あの子が?」
ざわざわ…ざわざわ……。
その時、福本作品的な効果音がどよめく。
教室の明らかなざわめきに対し、
俺の反応は微々たるものだった。
「(ふーん、空乃って有名人なのか?)」
暢気にそんな事を考える。
そういえば、優香の奴も空乃と挨拶した時も妙な感じだったし、和志の奴も何だか硬い感じだった。
もしかして、俺が知らないだけで、空乃って実は有名人?
そう考えつつ、俺は中学時代に友人であった「四季色音」という女の子の事を考えていた。
彼女も、俺が気付か無かっただけでかなりの有名人だった。
俺が知らないだけで、空乃も実は有名人なのかもしれない。
というわけで、
こういう時はやはり、頼りになる幼なじみの優香ちゃんに聞いてみることにしよう。
「ねぇ、優香ちゃん。優香ちゃん。聞きたい事があるんだけど、」
俺はコソコソ話で背後の優香に話しかける。
優香は俺の顔を見て、話すのすら嫌そうに露骨に表情を変えて、って
どんだけ、俺嫌いなのお前!?
「……一和。私気付いたんだけど…」
俺の問いかけなど無かった様に語り出す優香。
その顔は神妙そのもの。どうしたというのか。
「――何?」
俺はゴクリ、と生唾を飲み、彼女の言葉を待った。
「あの先生、私とキャラかぶってない!?」
「どうでもいいわッッ!!」
どうでもいい発言だった。
「どうでもいい?アンタ、キャラ設定の重要性が分かってないの?今の時代、キャラクターは設定が命なのよ!!その設定が他のキャラクターと被るなんて……そんなのあんまりだと思わない!?」
全然あんまりだと思わない。
「落ち着けって。別に、設定くらいどうでもいいじゃねぇかよ。というか、キャラクターとか設定とか何の話!?」
「設定がどうでもいい?へー、一和君はそんな事言うんだ。なら…」
「な、なんだよ。」
「アンタの設定に、「お起ちにならない」」って言う設定を付けても良いと言うのね!?」
「駄目に決まってるだろ!」
「何で?」
「何でって……、」
そんな設定が付いてしまえば、俺のあだ名は「不能男」になってしまうことは間違いない。
じゃなくて、
「そんな会話どうでもいい!」
「酷い……。私の会話なんてどうでもいいと言うのね…。やっぱりあなたはそういう人なのね…。」
「どういう人だよ…。」
「あの時の貴方もそうだった。貴方は、跳び箱を飛べない女の子に対してこう言っていたわね。「死ねば助か――」
「その話はもういいから!一回聞いてるから!」
「私の言葉を遮るだなんて、私の話なんて本当にどうでもいいのね!一和のバカ!」
バカと言われてしまった。
「一和のバカ・キム・チョルマン大統領!!」
「誰!?」
「ところで、一和。聞きたいことって何?」
「いきなり素に戻るな!」
いきなり素に戻る幼なじみに、俺は小さくため息をつく。何だか、話の腰を折られた気分だ。いや、間違いなく折られた。
「でな、優香よ。聞きたい事があるんだが、」
俺は改めて、優香に問いかけた。
「空乃って何者なんだ?」
優香の反応は、
「えーーーーーーーー。」
意味不明な物体を見たかの様な、驚きと侮辱と、は?何言ってんのコイツ。を含めた、えー、という言葉と、意味不明といった具合の眉を寄せた表情だった。
それだけで、優香が、俺に対して。
一和、アンタ何言ってんの?
と言いたいのが俺には分かった。
「一和、アンタ何言ってんの?」
むしろ、言葉にされてしまった。
「っていうかアンタ、彼女が何者か、気づいて無かったの?」
「やっぱり、有名人なのか…」
優香の反応に若干、不服を覚えつつ、その言葉にやっぱり、空乃は有名人なんだ。と改めて認識。
「有名人、って言うか。彼女が、ってわけじゃないんだけど。アンタ、あの子の名前を聞いて何とも思わなかったの?」
名前?
「名前?――空乃だろ。それがどうしたのかよ。」
「名前、じゃなくて名字の方よ。」
名字?
空乃の名字って。
そういえば。噴水で初めて会った時、自己紹介はしたものの、名字までは聞いていなかった。
「あの子の名字、さっき言ってたでしょ。思い出してみなさい。」
優香に言われ、先ほどの空乃の名前をフルネームで言った場面を思い出す。
『私の名前は、睦月空乃です。』
思い出してみたが、、、って。
睦月?
そういえば、前からひっかかっていた。和志に彼女が挨拶をしていた時もそうだ。
何か、どこかで聞いた名字だな。とは思っていた。
睦月。睦月…。
「睦月!?」
俺は、頭を回転させつつ叫んだ。
そういえば、桜坂町には四大名家と呼ばれる財産的にも名声的にも優れた家が四つある。
優香の実家、那奈夜家。
白石家。
桃華條家。
そして、この盟桜学園の創設者でもある、睦月家。
とあるのだが、
空乃の名字は睦月、彼女のフルネームは睦月空乃。まさか!
「あの、睦月!?」
「そうよ。今さら気付いたの?」
何ということだ。
確かに睦月家の娘となれば、確かに大物だ。それを言えば、那奈夜家の優香も大物なのだが、っていうか、そんな大物と一緒にいたのに、全く気づかない俺って一体。
いや、実はちょっぴり気づいてたよ、どこかで聞いた事はあるなと思ってたんだよ、本当だよ!
「この学園の理事長ってさ、確か、」
睦月孝蔵。睦月家の当主だったハズだが、
「彼女の祖父にあたるわね。」
「マジか…!」
空乃は視察の日に何故か学園内にいた。
学園の関係者だと言っていた。
気づくところはいくらでもあったのに、それに気づかない俺、超お馬鹿さん!
「優香は、、気付いてたのか?」
「当たり前よ、初めて会った時から気付いてたわよ。睦月家で行われた立食パーティーに参加した事もあるし。それに、睦月家のご令嬢となれば、私が知らないわけが無いじゃない。」
「な、なるほど。」
道理で、空乃を見た時の優香のリアクションが変だった筈だ。
そう言えば、空乃も優香に対し、苦笑いを浮かべていたが、空乃も優香が那奈夜家の令嬢だという事に気付いていたに違いない。
和志の奴も、さっき空乃に自己紹介をされた時、若干苦笑いだったし。
「さすが一和ね。彼女が何者か気づかないで普通に一緒にいたなんて!素敵としか言いようが無いわ!」
哀れみを込めた目線を俺に向ける優香を、視界の端に捉えつつ、俺は、ざわつきの中、自己紹介を終え、椅子に座る空乃を横目で見た。
………。
睦月家の令嬢。
道理で見覚えがあるはずだ。新聞にも取り上げられる程の名家の娘なのだ、もしかしたら何処かで見たのかもしれない。
だけど、俺は
彼女とずっと昔に会った事がある。
様な、そんな気がしていて。
結局、それもあやふやで分からぬまま、頬杖をついて、溜め息を漏らした。
俺は、30分くらい前の出来事を思い返しつつ、
教頭の言葉により、体育館のステージの上に上がっていく、
一人の老人を見た。
白い白髪に、白く長い髭を垂らし、杖で身体を支えた袴を着たあの老人こそが恐らく、
睦月孝蔵。その人だろう。
ステージ上に佇み、スタンドマイクの前に立つ姿は、正直、老いしか感じさせ無くて、どうも名家の当主とは思えない。
そして、ついに睦月孝蔵がその声を発した。
「盟桜学園生徒の諸君、私が盟桜学園の理事長である睦月孝蔵じゃ。」
静かな声だった。決して、声が大きいわけでも無い。
だがしかし、その声は何故だか体育館全体に浸透する様に小さく響いていくのを俺は感じた。
存在感があるわけでも無く、だけど、生徒全員が睦月孝蔵に注目していた。
「桜の咲く季節、皆がこの盟桜学園に入学して始業式を無事に迎えられる事を、私は嬉しく思う。
本当は、祝言を色々とのべたいのだが、私は、あまりこの様な演説が好きでは無いでな。簡単な言葉で、ワシからの話は終わらせて貰う。」
「皆、盟桜学園での高校生活。苦しい事も楽しい事もある学園生活になるだろう。」
「だが、」
「覆いに笑え。青春を満喫しろ。君たち生徒がこの学園の主役だ。」
静かな声。
だが、確かに体育館全体に浸透する声で、睦月孝蔵、こと盟桜学園理事長はそう言った。
その時の瞳は、何故だろうか。
俺を見抜いている様に見えた。自意識過剰だろうか?いや、わからない。
だけど、確かに俺は理事長が俺を見抜いている様に見えた。
学園の主役?
青春を満喫しろ?
ハハ、面白いじゃないか。
俺は理事長の言葉に、愉快に笑う。
なんとも面白い爺さんじゃないか、面白い言葉を吐く。
俺は、口元を歪め。ニヤリッと笑みを浮かべた。
いいぜ、そう言うならば、青春を満喫してやろうじゃないか。
俺が、俺たちが主役なんだろう?
そんな事を心の中で考え、新たな決意に俺は笑みを浮かべた。
そんな俺を優香は、気味悪そうな顔で見ていたが、完全に見なかった事にした。
厨二病…。と呟いていたが、聞かなかった事にした。




