本編 プロローグ 下の上
そんなこんなで、始業式は終わり。
描写のあまりにも少ない始業式を終え、俺たちは教室でオリエンテーションを受けた。
とはいえ、教科書を配ったり、明日からの連絡事項を聞いたりの簡単な授業だ。
で、
現在の時刻は12時過ぎ。
ちなみに今日は、始業式当日というわけで昼帰り。
午後から授業や何かがあるわけでは無いし、帰りのHRもついさっき終わったんで、もう帰れるわけですよバンザーイ。
等と、
考えていた時が、俺にもありました。
「はぁ。」
俺は、廊下を歩きながら一人ため息をついた。
~回想「10分前」~
「一和、ちょっといい?」
オリエンテーションが終わり、さぁ帰ろうか。
と意気込むクラスメート達を後目に、俺も帰ろうかと鞄にプリントを詰め込み、帰宅の準備をしている俺に、優香が言葉をかける。
「何?」
「頼み事があるんだけど。」
頼み事があるんだけど。
その言葉に、俺の瞳孔が開く。
いきなりの優香の頼み事。
嫌な予感しかしないのは気のせいだろうか。
いや、気のせいでは無い。今まで人生を過ごしてきたなかで、優香の頼み事を聞いてロクな目にあった事はない。
ここは、逃げるに限る。
黒崎一和は「逃げる」のコマンドを使っ――
「逃がさないわよ?」
優香が立ちはだかる。
駄目だ、逃げられない!!
ふー。っと、俺はため息をつき、
やれやれと、逃げられない状況に観念した。
「なんだよ、頼み事って。俺早く帰りたいんだけど。」
明らかに嫌そうな顔をする俺。
俺には今日、早く帰って昼のサスペンス「湯の花殺人事件~観光客は見た~」を見るという使命があるのだ。
本来ならば、優香にかまっている時間など無いというのに。
「大丈夫よ。頼み事って言っても、すぐ終わる様な頼み事なんだから。」
「なら、自分でいけよ。」
「それが出来たらいいんだけどね。私、これから用事があって、他にかまけてる時間が無いの。」
「それは俺も同じなのだが。俺はな、今から帰って――」
「サスペンスを見るんでしょ?」
「……。」
色々と把握されていた。
優香は、鞄から一枚のA4サイズ程の封筒を取り出すと、俺にそれを差し出した。
「これを、風紀会室に持っていってくれないかしら?」
「めんどくさい。だるい。嫌だ。無理。」
優香が、片手を大きく振りかぶる。
「心良くお受けしましょう、優香殿ッッ!」
「あら、そ。流石、一和ね。幼なじみの頼み事を心良く受けてくれるなんて!」
武力鎮圧にすこぶる弱い俺。
そんな、俺に頼み事を、強制的というか脅迫で無理矢理に押し付けた優香は気分上々に教室から出ていく。
「あ、ちなみに。封筒の中身は見たらダメよ。頼んだわよ、一和。じゃあねー。」
最後にそんな言葉を残して。
俺は、そんな優香の背中を恨めしい形相で見送った(当社比120%)。
回想終わり。
というわけで、
私こと黒崎一和は現在、風紀会室を目指して歩いている。
風紀会室とは、風紀委員が使っている教室の事で、言わば根城みたいなものである。
ちなみに、風紀委員とは、簡単に言ってしまえば、盟桜学園の生徒達の代表といったものだ。
盟桜学園には、他校にある「生徒会」というシステムが無いらしく、学園の行事、運営費の振り分け、その他諸々の業務は全て風紀委員が管理しているらしい。
そのため、学園内のルール等も全て、風紀委員が取り締まっていて、実質的に生徒達の中で、一番の権限力を持つのが、この風紀委員というわけだ。
組織人数は十数人と少ないが、言わば少数精鋭で、選りすぐりの生徒達がそのメンバーに入っているらしい。
会長一人と、副会長一人、そしてその下に控えるメンバー達。そうやって、風紀委員は構成されている。
一体、どんな連中なんだろうか。
何て言うか、そういうエリート集団って、イメージ的に頭が堅そうなイメージがあるから、俺的にはあまり関わりたくないのだが。
等と、
考えている隙に目的地に到着。
風紀会室は、職員棟の二階の中庭側端にある。
馬鹿でかい盟桜学園の中、風紀会室にちゃんと着く事が出来るのだろうか。
という不安はあったが、案外分かりやすい所にあって良かった。
「ここが、風紀会室か。」
パンフレット片手にそう呟き、
俺は頭上のプレートを見る。
プレートには確かに風紀会室の文字。
ここで間違いない。
「後は、これを渡してミッションコンプリート。帰ってサスペンスだな。」
言葉を吐きながら、やれやれと、頭を振る。
俺の役目は、優香から預かった封筒をただ届けるだけだ。
風紀会室には着いた。ならば、あとは風紀委員の役員に封筒を渡すだけで、ミッション成功だ。
ふふ、
数十分後に、帰ってサスペンスをゆったりと見ている俺の姿が見える様に浮かぶぜ。
早く用事を済まして、さっさと帰ろう。
そう考えて、
俺は、風紀会室のドアを躊躇い無く開け―――。
「―――え?」
唖然とした。
話をしよう。
『貴方は、時が止まったかの様な』。
そんな感覚を受けた事はあるか?
周りの動きが遅くなった様に錯覚し、自分だけが時に置いてきぼりになったかのような。
自分の感覚だけが、まわりと比例し、明らかにスローになった様な、そんな感覚。
そんなものが、この時、俺を襲った。
恐らく、この時、俺が硬直していた時間は三秒程に過ぎないだろう。
だがしかし、確かに俺はこの時、長時間そこにいた感覚を錯覚した。
何故か?
唖然としたからだろうか?
いや、待て。
唖然とするだろう。
だって、半裸の女の子が風紀会室のドアを開けたら、そこにいたのだもの。
いや、半裸というか。
着替え中?
「――え?」
風紀会室のドアを開ける。
そこでおれが目にしたのは、ほんのり白い、綺麗な肌色。
控え目にぷっくらした乳房。そして、流れる様な腰のライン。
そして、
白いパンツ!
全てが一瞬で、俺の目に映る!
言うならば、
俺がドアを開けたら、女の子が一人着替えをしていた!!
「誰?」
俺の戸惑いの声を聞いて、女の子がこちらを振り向く。
この時、
半裸の女の子の目が俺を捉える。
凄まじい静寂と共に、自分の理性が薄れていく崩壊の轟音を、心の中に感じながら
半裸の女の子しかいない風紀会室の中で、
黒崎一和は静かに微笑んだ。
ドアを開けたら、知らない半裸の女の子がいた。
とか。
トイレを開けたら何故か女の子が。
とか。
知り合って間もない可愛い女の子がお風呂で背中を流してくれる。
とか。
正直、俺はそんなラブコメは信じてない。
なぜなら、そんなピンクな展開が現実で起きないって事を俺は知っているからだ。
だけども、俺はこの時、
結構あるのかも。
と、考えた。(この時の黒崎一和の脳内描写コンマ0.5秒)。
とかなんとか、現実逃避をしている場合でも無く!
あ、、、ありのままに今起こった事を話すぜ。
『風紀会室のドアを開けたら、半裸の女の子が着替え中だった』。
な、何を言っているかわからねー、と思うが、俺も何が起きているのかわからなかった。
理性がどうにかなりそうだ。新キャラだとかフラグだとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねぇ。
もっと、恐ろしい展開を味わったぜ。
風紀会室を開けたら女の子が一人、着替えていた。
しかも、「半裸」。あ、これ重要ね。
その女の子は、一言で言えば可憐だった。
外国の女の子?
いや、ハーフだろうか。
髪は、鮮やかな金。
それに、毎日美容院に行っているのか?
と言いたくなる程に、髪は綺麗に整えられていて、サイドをヴェールで優雅に飾っている。
間違いなく何処かのお嬢様だろう。
顔立ちもとても可愛く、体のラインも流れる様で美しい。細いというより、引き締まっていると、表現するのが正しいだろうか。
とまぁ、そんな女の子が着替えていて、
現在、戸惑い気味に此方を見ていた。
「え、、だ、誰?」
明らかに戸惑っている女の子。というか、唖然としているといった具合だ。
そして、女の子は俺を見た後。
自分の身体を見渡した。
どうみても半裸です。ありがとうございます。
着替えていたのだろうか、スカートは膝まで降り、ブレザーとカッターは椅子にかけられ、彼女の上半身をさえぎるモノはブラジャー以外何もない。
その自分の姿に、
女の子は唖然とした後、
「へ、」
言葉を呟いた。
「へ?」
聞き返す俺。
彼女は、プルプルと震えながら、己の足元に置いてある包みを拾い上げた。
包みの形は長く、細い。
その包みから彼女が取り出したのは、一本の棒。
というか、あれって棒というより、
「―――竹刀?」
どうみても竹刀です。本当に、ありがとうございました。
じゃなくて、ちょっと待て。
嫌な予感がするのは俺の気のせいだろうか。いいや、気のせいじゃないに違いない。
取り出された凶器に、俺の頬を冷や汗が流れる。
俺は確信した。
今の彼女を刺激してはだめだ。
俺は彼女がどんな人間かなど知らない。けれど、今の彼女は刺激してはいけない。という事だけは、本能で感じた。
っというか、
あぁ、これはあれだろ?
漫画とかでよくある、女の子の着替えにたまたま居合わせてしまう的な、あのシーン。
この後、
『変態ー!』とか叫ばれ、竹刀で俺は襲われてしまうに違いない。
どうすれば良いだろうか?
考え、俺は結論を出した。
「…見なかった事にしよう。」
そう言って、俺は風紀会室のドアを閉めた。
「さぁ、部活のミーティングに行こうかな。」
そう呟きつつ、
黒崎一和の妹こと、黒崎苺は教室棟の一階を歩いていた。
教室棟の一階は一年生の教室が連なる階だ。
その廊下を歩きながら、苺はある場所を目指して歩いていた。
その場所は、校庭の横にあるテニスコートだ。
苺は中学時代から、テニス部に所属している。もちろん高校でもテニス部に所属しようと思っているし、その意思は兄の黒崎一和にも伝えてある。
今日は、学園初日というわけで、部活は無いし、まだ入部届けすら出していないのだが、
テニス部に入る新入生達のミーティングがテニスコートであると聞き、
苺は、テニスコートを目指して歩いていた。
のだが、
「のあぁぁぁぁぁあッッー!!」
そんな叫び声が彼女に耳に届いた。
聞いた事がある声。
というか、日常的に聞く声に、苺は中庭、体育館と職員棟を繋ぐ渡り廊下、声が聞こえる方向を見た。
「――誰か、誰か!助けてーー!!」
苺は歩く足を止めた。
何故か?
自分の兄が助けを叫びながら、渡り廊下を爆走していたからだ。
「待てー!!変態!!」
変態?
更に、その兄を追う様に、金髪の女の子が竹刀を持って兄を追いかけている。
苺はその光景と、
「助けてーーー!」
助けを乞う兄の声を耳に、
「さぁ、ミーティングに行こうかな。」
そう呟いて、何も見なかった様に、テニスコートを目指して歩き出した。
その男は爆走していた。
疲れなど忘れ、ただひたすらに。
何故だろうか?
背後から迫り来る狂気にも似た殺意が、彼の疲れなど凌駕する程の恐怖を生み出しているからに違いない。
職員棟から体育館へと続く渡り廊下。
その渡り廊下の地面のコンクリートを蹴りだして、その男は凄まじい速さで疾走していた。
「だ、誰か助けてー!!」
渡り廊下を爆走する男、こと、黒崎一和は叫んだ。必死だった。
いや、必死にもなるだろう。
見てみろ、この状況!
「待てーッッ!!この変態!!」
後ろから、金髪の竹刀を持った殺意の波動を纏う女が追いかけて来ているのだから。
まじやばい。
見なかった事にしよう。と、あの時、とっさに「球○川さん」の過負荷の如く、無かった事にしようと咄嗟に企んだ俺だったが、
彼女がそんな俺を見逃してくれるわけが無く、
まさか、本当に変態!と叫ばれ、突然竹刀で襲われるとは思わなかった。
更に、竹刀での一撃を咄嗟に避けた俺だったが、避けた竹刀が壁に当たり、亀裂を入れるとは思わなかった。
更に、空中を舞っていたのが自分の髪の毛だと思わなかった。
更に、
この女の子がこんなに凶暴だとは思わなかった。
「粛正してやる!!止まりなさい!!」
「止まるかぁぁあ!!」
ブゥンブゥンと、見えない程の速度で竹刀を振り回す女の子を背後に、俺は叫ぶ。
というか、気付いたんだが、あの女の子。
恐らく素人ではない。
何に関して、素人では無いというと、その竹刀捌きだ。
最初の一撃を避けた際に気付いたんだが、その太刀筋に一切無駄が無い。そして、恐ろしく速い。
もはや、達人級と言っていい竹刀捌きだと言っても可笑しくは無いだろう。
そんな一撃を喰らったら死んでまう。
女の子はいつの間にか、半裸から制服姿に戻っていた。何という速さだ。
とはいえ、若干、服装が乱れているが。
乱れた服装と羞恥に染まった赤い頬が若干エロい……じゃなくて、
「ま、待て!話し合おう!俺たちは分かり合える筈だ!」
俺は竹刀での追撃をかわしながら、追いかけてくる女の子にそう叫び、語りかける。
「変態となんか分かり合えるわけないでしょう!!」
もう俺の存在が、変態になってしまっている。
というか当然だろうな。客観的に見れば、俺は女の子が着替えている教室のドアを開けた、言わば加害者。
そして彼女は被害者に他ならない。
だが、
「だから、変態じゃねー!というか、あれは事故だ!俺はお前の裸を見る気なんて一切無かった!信じてくれ!!」
彼女に伝えたい。
あれは事故だと。
というか、事故じゃなかったとしたら何だと言うのだ。
それに、覗きの為に、俺は着替え中の女の子の教室のドアを開けたりなんて、愚行は犯さない。
まず俺なら、もっと入念に、着替え中の女の子のいる教室の気付かれない部分に、隠しカメラをセッティングしてだな……etc。
「事故?」
「そ、そうだ事故だ!俺はただ、この資料を風紀会室に届けてくれ。と、頼まれてただ、風紀会室を訪れただけなんだよ!!」
そう叫びながら、俺は資料を掲げた。
気付いた時には、俺は体育館の裏に追い込まれていて、
というか、行き止まりじゃねぇか!
等と、心の声虚しく、
自動的に、俺の背後には壁。
俺の視線の先には、俺に裸を見られた女の子。
何だ、この状況。
「資料?」
「そうだ、資料だ!中身は知らない!ただ、俺はこれを届けに来ただけで、お前さんが着替え中だなんて知らなかった」
事実をありのままに彼女に説明する。
事実を話せば、例え、彼女がいかな人間であろうとも分かりあえる筈。と判断しての行為だ。
説明する事、五分。
俺はただひたすら、自分の潔白、故意だった事を詳しく説明した。
その間、
「本当に事故だったんだ!本当に事故だったんだ!」
大事な事なので二回言いました。
とりあえず、説明を終え、俺は頭を下げつつ、彼女の顔を上目遣いで見た。
彼女は目を細めて、こちらを睨んでいた。
めっさ怒っとる!?
「!」
瞬間、俺の眼前に、竹刀の先が突き出されれる。
ひぃ!!
あぁ、説得失敗だろうか。
まぁいい、言うことは言った。それを信じるか信じないかは彼女の自由だ。
きっと、冤罪で捕まってしまう人間って、こんな心情なんだろうな。
等と、思いつつ、
まぁ、こればかりは仕方ない。とあきらめる。
大人しくボコられよう。
そう思い、俺は覚悟を決めた。ところで、
「――はぁ。」
彼女はため息をついた。
そして、
「分かったわ。貴方の証言を信じる事にする。」
そう俺に言った。
「マジでか!?」
「えぇ。だって、そんな必死さを見せられたら、人として許さないわけにいかないじゃない?」
「マジでか!?」
先ほどまで怒っていた彼女だったが、いつの間にか今では別人の様に、その顔は安らいでいた。
話せば分かる、意外と良い人なのかも。
何て言うか、
この女、頭可笑しいんじゃないか。
とか、
竹刀持って襲いかかってくるなんて尋常じゃねぇ。
とか、
裸程度で過剰反応しすぎだろ。
とか、
というか事故だし、俺悪くないし。
とか、
思ってごめんね!!
「とにかく、」
そう彼女は切り出す。
「今回の事は、不問にするわ。あくまで今回だけよ。」
「お、おう。」
「けど、次回からは、ドアを開ける際は十分気をつける事ね。」
「あぁ、分かってる。」
彼女は俺に、そう言い放つ。
そして、ふっ、と微笑を浮かべると、俺に背中を向け、その場を去っていく。
「こうやって、人と人とは、互いに理解し合い、互いの気持ちをくんで、繋がっていくんだね。」
俺は、その背中を見送りつつ、言葉を呟いた。
じゃなくて!
何か、忘れとる!
何を良い感じで、終わらせてんだ俺。
危ない、危ない。
本来の目的、資料を届けるという使命を忘れる所だった。
「おーい、ちょっと待ってくれー!」
俺は去っていく彼女の背中を追った。
風紀会室で着替えていた事から、彼女は風紀委員のメンバー、もしくは関係者に違いない。
とりあえず、彼女に渡しておいて、風紀会室なり持っていってもらう事にしよう。
そう考え、
彼女の背中に追いつこう。
とした瞬間だった。
「―――!?」
コツンッ。
何かに足を引っ掻けた。
あれ?と、一気に身体の制御を失ってしまう。
そのまま、俺の身体は前方に倒れ込んでいく。
何故だか、その光景が俺にはスローモーションの様に見えた。
足元を見てみる。そこには、拳半分ほどの石ころがあり、あぁ、俺はこれに足を引っ掻けたんだなぁ。と思ったころには、
時既に遅し。
ヤバい、こける!
藁にもすがる勢いで、両手を伸ばすが、俺の手は虚空を掴むばかり。
と思いきや、
ガッ、と。
何かを掴んだ。
そして、そのまま、俺の身体は地面へと、何かを掴んだまま、
倒れた。
「まさか、石ころに躓くとは…」
そんな言葉を呟きながら、俺は地面から上半身だけ起きあがった。
まさか、石ころごときに躓こうとは。
と、
ふと、そんな事を考えている俺の前方から、
「………。」
何故だか威圧感を感じた。
「?」
ふと、前を見ると。
先ほどの女の子が目の前に立っていたのだが、
白。
あれ?
目の前に、いや眼前に、先ほどドアを開けた時見たモノが映っているんだが、気のせいか?
目の前にあるもの。
それは、どうみても白いパンツ。というか、女の子の下半身がパンツ一丁になって俺の眼前にあるんだが、
え、露出趣味の方なのだろうか?
「………。」
プルプルと震えながら、いかにも怒り狂っています。と言ったオーラを放つ彼女。
何だか、嫌な予感がするぞ。
と、自分の両手を見る。
あれ、何で俺、彼女のスカートをずり下ろしているの?
「まさか…!」
直感。こけた際に、何か掴んだ様な気がしたのだが。
まさか、それは彼女のスカートで、そのまま俺はこけ、彼女のスカートはそのまま下に!?
まじか!?
けど、それしか考えられない。
や、ヤバい。と、女の子の顔を見てみる。
が、
あ、駄目だな。
女の子の顔は、真っ赤を通り過ぎて、真っ青。怒りがその顔に具現している。
こりゃ、俺きっと殺されるな。
今、許されたばかりだというのに。またも破廉恥な行動をしてしまった俺。
報われん。
どうすればいい?
と、俺は考え。
直ぐ様起きあがり、
女の子と目を合わせ、
ペロリと舌を出し、俺は言った。
「ごめんね♪」
可愛さを前面に出しての謝罪。
どうだ!?
――瞬間、
俺の側頭部を彼女の、居合いのごとき一撃が穿った。
俺の身体は回転を繰り返し、尚且つ、地面をバウンドし、吹き飛んでいった。
今日の授業を終え、一人、のんびりと校庭の前のベンチに座り、
コーヒーを飲みながら、
那奈夜優香の幼なじみである『戸塚和志』はいた。
「あー、暇だな。」
そんな、ぼやきを和志は呟いた。
本来ならば、今日。
駅前に新しく出来たラーメン屋「べらん麺」、べらんめぇと麺をかけたラーメン屋なのだが、
そこに一和と行こうと思っていたのだが、いつの間にか、一和が何処かに消えた為、こうして、暇を持て余しているというわけだ。
「あいつ、何処にいるんだよ。」
先ほどから一和を探しているのだが、どこにいるのか分からない。
一和の妹の苺ちゃんに、
「お兄なら、渡り廊下で、金髪の竹刀持った女性と生存をかけたリアル鬼ごっこをしてましたよ?」
と聞き、アイツ何楽しそうな事してんだよ。と内心、思いながら、ここまで来たわけだが、何処にもいない。
あきらめるべきだろうか?
と、和志は考えつつ、校庭を見渡した。
そこでは、野球部だろうか。
入学式初日だと言うのに、ご苦労に校庭をユニフォームで走っていた。
「何か、部活に入るべきか…」
ふと、
そんなつぶやきを漏らした時だった。
「殺される!まじやばいって!」
そんな日常的に聞く、叫び声が和志の耳に届いた。
どう考えても、一和の声だ。
と和志は、声のする方、体育館から職員棟への渡り廊下を見た。
「死ぬ!死ぬ!」
そこには、死ぬ!と連呼しつつ爆走しながら、
なおかつ、何故か側頭部にあざをつけた黒崎一和がいた。
そして、その背後からは、
「待ちなさい!絶対に粛正してやるんだから!!」
等と、まさに怒気を纏った
金髪の女性が竹刀を振り回しながら、その背中を追いかけていた。
二人はそのまま、職員棟に消えていった。
「え、何?あのリアル鬼ごっこ。」
本当にリアル鬼ごっこをしている一和に唖然としつつ。
和志は、
あの女性は確か…
等とぼやきつつ。
「さて、一人でラーメンでも食べに行くか。」
と、
ため息をつきながら、校門に向かった。
その男はひたすらに爆走していた。
何故だろうか?
いや何故も何も無い。
生存がかかっているのだ。
背後から追ってくる、殺意を含んだ凄まじい狂気にも似た怒気が、その足を進ませているのかもしれない。
「死ぬ、死ぬ!あれやばい!まじヤバい!」
そんな叫びにも似た声を出しながら、職員棟を爆走する男、「黒崎一和」は、自分の生存に危機を抱いていた。
先ほど、『誤って』、
「待ちなさい!!!!」
と背後から迫り来る女性の、スカートを下ろしてしまい
女性の一撃を喰らった一和だったのだが、本当に死ぬかと思った。
斬撃が全く見えなかった。いや、あれこそが彼女の本来の実力なのだろう。
避けるつもりだったのだが、まさか反応する間もなく喰らってしまった。
おかげで、痛みは無いが、こんな有り様である。と、腫れた側頭部をさする。
「話を聞いてくれ!あれも『事故』だ!」
一和は叫ぶ。背後から迫り来る女の子を説得する為に。
自分の命がかかっているため、その姿は見苦しいくらい必死だ。
「あれも事故?馬鹿な事言うじゃない!どう考えたら、スカートをずり下ろすのが『事故』になるのよ!!!」
「転んだんだって!!」
「嘘をつきなさい!前科持ちの分際で!!」
「冤罪だ!!」
「黙れ、確信犯!!!」
「ひでぇ!!」
駄目だ、まるで説得しようがない。
聞く耳持たないってこの事だな。ハハハ。笑えねぇ!
「俺の話を聞いてくれ!頼む!いやマジで!!」
「うるさい!そうやって、また、私を油断させる気なんでしょう?その手には乗らないわよ!」
「だから、違うと何度言えば――」
「あんただけは許さない!この私の、この桃華條沙耶の、は、裸に限らず、スカートまで下ろして、パ、パンツまで間近で見ようとするだなんて!!この変態!!」
「誰が、変態か!っていうか、お前…」
桃華條沙耶!?
と、『桃華條』ってまさか!!
この桜坂町には、財産的にも、名声的にも優れた家が四つある。
その家々は、四大名家。と呼ばれている。
俺のお馴染みの「那奈夜優香」も、友達の「睦月空乃」も、その四大名家、
那奈夜家と、
睦月家の令嬢なのだが、
まさか、この金髪の女も、
「――「桃華條」の令嬢か!?」
確か、優香に聞いた。
桃華條には、二人の姉妹がいると。
長女の方は、俺たちと同い年で、沙耶。という名前だった。と。
「そうよ!悪い!?」
「いや、悪くは無いが…」
「私はね、昔から両親に、淑女たるもの気品を失ってはならない。と教えられて生きてきたわ。だから、同性にも肌を見せる事なんてあまり無かった!けど、」
「あんたみたいな、ぽんぽこぴーに、まさか、パンツましてや裸まで見られるなんて!!」
「誰が、「ぽんぽこぴー」やねん!」
「というか、着替えを見てしまったことについては不問じゃなかったのかよ!?」
「それは、事故だったのかも知れない。と思ったから、不問にしただけよ!けど確信したわ!アンタが故意でやっているってね!!」
「だから、違うって!!」
「本当に恥ずかしい!桃華條として!女として!そして、一度でもアンタという人間を信用した自分が恥ずかしい!!もう、無かった事にしたいくらいよ!」
無かった事にしたいって。
過剰反応しすぎだろ。
と思っていた部分があったんだが、この女。
この女、プライドが高いのか低いのか分からないが。
令嬢としての誇りをもっているのだろう。で、
俺は知らずというか、偶然的に、その素の部分、あわれもない部分に突っ込んでしまった。と、
で、怒りはもちろん、どうすればいいか分からない。
最初は、許そうとしたのだろう。だから、一回目は許した。けど、二回目は。
スカートをずり下ろされたら怒るよな普通。
それに、何て言うか
「私は考えたわ!」
「何を!?」
「無かった事にしたいなら、無かった事にすればいいのよ!」
「どうやって!?」
この女。いや、桃華條沙耶は。
「アンタの、」
案外、
「記憶を消す!!!!」
「なん、だと……!?」
とんちんかん、なのかもしれない。
記憶を消す。
それは単語に表すと、至極簡単な言葉だが、思っているよりも、
それを起こすのは、無理難題に等しい。
「記憶を消す、だと!?」
何を言ってるんだ、この女は。
はやく何とかしないと。
「私は、桃華條の令嬢として、あんたごときにあられのない姿を見られたのが恥ずかしい!勿論、女としても恥ずかしいけど、でも、一回目は許した。許す事が、名家としてあるべき姿だろうって!けど、流石に二回目は許さない!というか、スカートを下ろす変態なんて、毛頭許す気は無い!」
はい、変態確定。
「だから、あんたを粛正するという意味も含めて記憶を消す!」
「どうしてそうなる!?」
「大丈夫、安心して。私これでも剣技の腕前には自信があるの。」
言葉が通じてない!?
というか、さらに優香から聞いた事がある。
確か、桃華條には代々伝わる、剣技の流派、「天覇一刀流」と呼ばれる剣術があり、
桃華條家の長女は、その剣術の使い手であり、色濃く影響を受けていて、
その腕前は達人級なのだか。
うおー、要らんこと思い出したー!!
「お、落ち着け!争いは何も生み出さない!というか、どうやって記憶を消す、と!?」
「側頭部辺りをね、ある程度の力加減と的確な狙いで打てば、記憶くらい消える!」
「マジか!?」
「――ハズ!」
「やっぱりか!!!」
あぁ、ヤバい。
本格的に、この桃華條沙耶という女、まず思想以前に目がやばい。
これはやる目だ。
というか、名家の令嬢がしてはいけない目だ。
「―――!?」
追い、
追われながら、
互いに廊下を爆走していた俺たちだったのだが、
このタイミングで、俺たちは行き止まりに差し掛かった。
というか、学園の職員棟の中を走りまわって行き止まりに差し掛かるのは、至極当然の話なのだが、
これはあんまりにもタイミングが悪いだろう。
「さぁ、観念なさい。」
ユラリ、と、
不穏な気配を立ち上らせて、桃華條沙耶が竹刀を構えながら、接近してくる。
俺は、冷や汗を垂らしながら、
「ちょっと待て!!そもそも目的を履き違えてないか!?」
「というか、なんで記憶を消すって話になった!?」
「っていうかお前!!どう考えても正常な思考じゃないだろ!!落ち着いて話し合おう!な!な!」
などと訴えかけるが、ダメです。皆さん方。
こちらのお嬢さん、俺の声が届いてません。
「あ、死んだ」
とあきらめにも似た声を漏らした。
ごめんな、苺。
兄ちゃんもう駄目さ。
あと、和志。
お前は最高の友達だったぜ。
あと、空乃。
知り合ってばっかだけど、最初、誰かわからなくてごめんな。
あと、優香。
この前、俺の秘蔵のプリンを俺のだと知ってた上で食べた事は絶対に許さない。
みんなの光景が、俺の脳裏の中、
走馬灯の様に映り出す。
さらば、世界。
黒崎一和さんの勇気が世界を救うと信じて!
ご愛読ありがとうございました!
と、
言葉が、頭に浮かんだ瞬間だった。
「―――伏せろ!」
そんな声が、廊下に響いた。
瞬間だった。
俺と桃華條沙耶の間に、それは投げ込まれた。
手の平サイズの、灰色の筒の様な物体。
何だ、これは。と、俺と桃華條沙耶が一瞬考えた瞬間だった。
ブシュー、と灰色の筒から、白い煙が一気に吹き出した。
「これは、――」
「……発煙筒!?」
互いに叫ぶ、俺と桃華條。
戸惑う俺たちをよそに、煙幕は一瞬で辺りに広がり、俺と桃華條を包んだ。
チャンスだ!
と逃げよう。とする俺だったが、
「!」
そんな俺の手を、誰かが掴んだ。
桃華條沙耶か?
いや違う。俺の手を掴んでいるのは右手だ。
桃華條の右手は今、竹刀で塞がっているはず。ならば、この手は?
くそ、煙幕で影は見えるが、誰か分からない。
「――こっちだ。」
戸惑う俺に、
そんな声がかけられる。
というか、この声はまさか!?
そのまま、
手に、引っ張られ煙幕の中を疾走する、俺。
背後から、待てー、と桃華條沙耶の声が聞こえるが、そんな事お構い無しに、影は俺を先導する。
先導されるがままの俺が行き着いたのは、
職員棟の何処かの教材を置く倉庫だろう。
見つからない様に、直ぐ様地面に座る。
そんな俺を、背後に、
影。
いや、「彼女」
は、倉庫の出口から辺りをキョロキョロ、偵察していた。
桃華條がいないか見ているのだろう。
とはいえ、直ぐ様、桃華條に見つかる場所に彼女が俺を先導するとは思えないが。
「で、一体、なんのまねだ?」
とりあえず、此方に背中を向けた彼女に声をかけておく。
「なんのまね。とは心外だな。勿論、助けてやったのだぞ?むしろ、感謝してほしいくらいだな。」
そう言いながら、彼女は此方を向き、俺の元にやってきて、隣にしゃがむ。
「良いのかよ?発煙筒とか投げ込んで。今ごろ、パニックだぞ?」
「良いのだよ。あらかじめ、教師連にはバルサンを炊く。という話を通してあるのでな、問題は無かろうよ。」
「その手の早さ。流石としか言い様がないな。」
「違う。流石としか言えないのだよ、黒崎兄。」
黒崎兄。
と、俺を呼ぶ声に、懐かしさすら覚える。
俺は、懐かしさを感じながら、彼女を見た。
切り揃えられた前髪と後ろ髪。艶の入った黒い髪に、整った容姿。
大和撫子かつ才色兼備。
若干、しゃべり方に難はあるが、頼もしさで言えば優香と張る人物であり、。
実際、優香と幼なじみで、
放浪癖持ちで、あんまり見かけなかったりする。
こっちに帰ってきて、初めて会ったくらいの出現率。
「久しぶりだな、椎名桔梗。いや、昔みたく「桔梗」と呼んだ方がいいか?」
「いやそこは、親しみをこめて「桔梗ちゃん」と呼んでほしいな、黒崎一和。いや、黒崎兄。」
椎名桔梗。
和志と優香との幼なじみ。
彼女は、俺の目を見据え言った。
「生存戦略しましょうか―――。」




