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この世界に幸福を  作者: たにさん
プロローグ
8/15

本編 プロローグ :上:

「お兄、起きて!」



そんな言葉が俺の耳を揺らした。



「ほら、ちゃん起きる!」



そんな言葉が頭を揺らす。


寝ぼけた頭を揺らしつつ、俺こと。

黒崎一和は目を覚ました。







『この世界に幸福を』






「今日から登校日だよ、遅刻しても知らないんだからね。」


起きて、リビングに現れた俺に、そう言いながら苺は朝飯の支度をしていた。

妹様の説教に、頭を痛めつつ、俺はソファーに座った。


今日の日にちは、4月7日。

今日は盟桜学園の始業式である。


何か見るテレビは無いかと、チャンネルを変えている途中。俺はある事に気付いた。


「あれ、苺。お前もう制服に着替えてるのかよ。」


苺が制服姿だったのだ。

時刻はまだ7時前。

家から盟桜学園までは、8時半に出ても、9時の教室集合までは全然間に合う筈だが。


『黒崎苺』

俺の義理の妹であり、名家、那奈夜家の養子にて次女である彼女は、赤みがかった髪が特徴的である。

性格は明るく前向き、俺の良き理解者であり、俺の頭が上がらない人物でもある。



「お兄、私、学校に早く行かないといけないから先に出るって昨日、言ってたじゃん。」


「あぁ、そうだったな。」


そう言えば、そんな事を言ってた気がする。

何故、早く行かないといけないか。と言うと。


苺はテニス部に所属している、中学生の頃からだ。

中学時代、俺は此方にいなかったので、実際にやっているのを見たことがあるわけではないが、これは、連絡を取り合っていて、テニス部に入った事は聞いていた。


苺は本来、桜花学園。

つまりは優香達と同じ私立に入学するつもりだったらしいのだが、合併に伴い、桜花学園が無くなると聞き、ならばと合併先である盟桜学園を受験した。


見事に苺は、合格。

決して、盟桜学園の敷居は低くないのだが、合格したとは流石は我が妹だ。


まぁ、そいで、盟桜学園に今年から通う事となった苺だが、本人は高校でもテニスを続けるつもりらしい。


で、そのテニス部のミーティングが今日の朝にあるらしく、学園に早く行く。という事になったわけだ。


テニス部に入る生徒は必ず、ミーティングに出ないといけない訳では無いが、苺はその辺キッチリとしているからな。


ちなみに、ほとんどの部活が今日の朝に、ミーティングがあるらしい。

マンモス高、生徒数が半端ないとなると、部活でも、そういうミーティングが大事になったりするからな。


ちなみにこういう部活ミーティングなどの緒連絡については、一昨日、冊子が学園側から送られてきたため、生徒達の知るところとなっている。


何ともキッチリしているな、我が学園は。


「お兄、これ似合ってる?」


「ん?」


苺が俺の方を向き、制服を俺に見せる。

盟桜学園の制服は、男子はブレザー、女子も若干ブレザーに似た服デザインのようなものになっている。


まぁ、リボンかネクタイかの違いはあるが、上半身は紺色で統一している。


女子のスカートは、紺色のスカートにピンクの線と紅色の線が交互に入っている仕様となっている。

この制服、生徒達にはウケが良いらしく、この制服を着たいがために盟桜学園に入学した生徒もいる程らしい。


「ねぇ、似合ってるって聞いてるんだけど?」


おっと、説明している場合では無い。


「似合ってるよ。マジで。」


「本当?良かった、わたし髪が赤いから制服に合うかな、って心配だったんだ。」


苺は髪が赤いから、その気持ちも分からんでも無い。


「お兄、とりあえず朝御飯は用意しておいたから。」


「もう行くのか?」


「うん、集合7時30分だから。」


とはいえ、7時半まであと30分くらいあるんだが。しっかりした妹だね。


苺はそう言うと、スポーツ鞄を持つ。


「戸締まりちゃんとしておいてね。」


「任せろ。戸締りには定評がある。」


「頼んだよ?じゃあ、行ってきます。」


「行ってらっしゃい。」


タタタ、とリビングから消え、玄関から外に出ていった妹を見送り、俺は自分の準備にとりかかった。








私立、盟桜学園。


この春。

いや今日からか。高校二年生になる俺が通うことになった私立の高校、もとい学園である。


何故、高校二年生にもなりながら、新しい学園に通うのかというと、一重に幼なじみの陰謀と言わざるえないのだが、割愛。


実は、この町。現在の名前は桜坂町だが、前の名前は桜木町だった。

何故、名前が変わったのかというと、市の合併などに基づいて区域が多少変わったりしたために、名前自体も変えてリニューアルしようという新都市ならではの考えがあったらしい。


そして、町が合併するにあたって、ある計画と言えば大袈裟だが、とある計画が進んでいたらしい。


それは、桜坂町に存在するとある私立高校三校の合併というものだった。


初めての試みに、最初は誰もが驚いた。


新しく合併で出来る学園は、桜坂町にある高台、桜丘の上に立てられる事となった。


名は、盟桜学園。


さもなん、俺が通うことになった学園である。


実際は合併など名だけで、実はどこぞの金持ちが私立高校を買収し、一つにしただけとの噂があったりするが、真実は分からないのでその辺の事情についてはナッシング。


盟桜学園の建設には、数年かかるとされていた。

が、去年末にめでたく完成となり。


三つの私立高校に通う生徒達は、今年から新しい学園に移動。と言うことになった。


三つの私立高校の生徒が集う以上、凄まじい人数になる事は間違いないが、それが苦にならない程に盟桜学園は大きい。


在校生は1000人程になると聞いている。クラス分けが大変そうだ。


金持ちが私的に作ったのではないか、と、ささやかれる盟桜学園だが、この学園、設備は整っている。


環境や設備などに言わせれば、他の高校とは明らかに一線を引く。

面積は確か、普通校の五倍以上。

シャワールームやトレーニングジム、各設備を搭載した三階建て体育館。など、明らかに普通校とは訳が違うレベルのモノまである。


盟桜学園様々だということか。



とにもかく、今日からこの新しい学園。


盟桜学園にて、俺の高校生活二年目は始まる。という事だ。





「もう春とは言え、少し寒いな。」


自分の家の玄関の鍵を閉めつつ、俺はそう呟いた。

風があるとかではないが、空気が冷たく感じる。しかし、先週より暖かくはなってきている、春が近づいている証拠だ。

っていうか春だし。


エレベーターに向かい、一階に降りる。

途中、近所の知り合いに遭遇しつつ、挨拶を交え、俺はマンションを出た。


盟桜学園は俺の暮らすマンションから近い位置にある。

歩いて十五分くらいだろうが、徒歩で行ける距離にあるのは、かなりありがたい。


優香と和志の暮らしている住宅街は、逆に学園から遠い。

とはいえ、自転車で行ける距離だが、和志は文句を言っていた。

優香に関しては間違いなく、車で来るだろうから距離に関しては問題ないだろう。



そんな訳で、現在。


俺は、盟桜学園への道をのらりくらりと進んでいた。


辺りを見渡すと、盟桜学園の生徒がちらほら見える。

制服で簡単に同じ学園の生徒だと分かる。

ちなみに生徒達が着ているこの制服、移転にあたって、二年生以上、合併によって盟桜学園へ移転させられた生徒達には無料で支給されている。

俺みたいな編入者や、苺達、新学年生は無料ではないが。合併した私立高校に通っていて二年生以上という条件で、無料なのだから特な話だ。



ピロリロリー。



ふと、ポケットの中の携帯が震えた。

こんな朝早くに誰からだろう。と思いつつ、携帯を取り出し、開く。


「メール一件」の文字が画面上に表示されているのを見て、俺は眉を寄せた。

メールの下、fromの文字。つまり、メールの差出人の所に『那奈夜 優香』と書いてあったからだ。


「く、奴か―――」


俺は汗を垂らした。

バカな、何故、アイツからメールが!


俺の脳裏には、苦悩と苦痛の二文字が駆け巡り、俺は底知れぬ恐怖に、


かられる事も無く。


普通にメールを開いた。



『本文:いま、登校中?正直に白状しなさい。』



「………。」


内容は今、登校している途中なのか?と聞くだけの内容だが。

後半についている文字のせいで、尋問中みたいになってしまっている。


ピロリロリー、


ふと、続けて優香からメールがまた来た。


『本文:現在いる場所の詳細を教えなさい。そこに行くわ。先に行ったり、逃げたりしたら殺………怒ってしまうかもしれません(^O^)』


「……。」


メールの内容は、女の子らしさ。

が垣間見えさえしない、いや、むしろその斜め上をいくラブコール。

内容がほとんど脅迫に近いのは俺の気のせいなのだろうか。


登校日初日のメール。


まさかの『脅迫』


さすが、優香ちゃん。

やることが違うぜ!

というか、文章の最後が敬語なのが意味不明だ。

きっと、今日から新しい学園生活が始まるから、そういう無粋なメールは送らまいとした結果なんだろう。


むしろ、無粋にしない結果がコレだよ。


「つか、「殺」って書いてある部分消せよ!無意味に恐いわ!」


最後の絵文字が無意味に怖い。むしろ消して欲しかった。


はぁ、しょうがない。

と俺はため息をついた。幼なじみが、今から行くので待っていて。と言っているのだ。

しょうがなく待ってやる。


―――わけがないだろ?



「アンインストール!」



携帯の機能の中から、選ぶのは「削除」のボタン。


画面上に、削除してよろしいですか?

と言うメッセージと、YES、NO、の選択肢が現れる。

が、

俺は迷うことなくyesを押した。

画面に、このメールは削除されました。と表示されたのを見て、俺は口端に笑みを浮かべた。


ふー、と一安心。


言うまでもないが、俺の幼なじみは厄介な人間だ。どれくらい厄介かというと「今の僕には理解出来ない」くらい厄介だ、見てしまえば一目で分かるくらい厄介だ。


その幼なじみに朝っぱらから、からまれてたまるか!


というわけで削除。


これで俺は何も見ていないし、何も送られてきていない。

例え、優香が俺に文句を言ってきても、俺は胸を張ってこう答えるだろう。


『メールなんて送られて来なかったが、』


幼なじみとの朝の登校を拒否する為に、この様な技法を使うなんて。

我ながら、この冴える頭が怖くなるね。

とりあえず計画は完璧だ。


「……ふふふ、駄目だ…まだ笑うな…。」


ピロリロリー。


そんな邪悪な事を考えている矢先。

またも携帯がメロディを鳴らしつつ震えた。

画面を見ると、メール一件の文字。


誰だ?


そう思いつつ、送り主を見ると、そこにはまさかの「那奈夜 優香」の文字。


メール内容は。


『本文:――貴様、メール消しただろう?』


「――――!?」


!?



ピロリロリー。

画面を見ていたら、またも、メール一件。差出人、やはり優香。



『―――待っていろ。今から其処に行く。逃げ切れるなどと、いらぬ勘違いをしない事だ。』



この時、笑みを浮かべていた俺の顔は。



またもメール一件。



『あと、貴様まで500m。』


顔面蒼白。

無表情へとチェンジしていた。さらに、次第に顔は青くなり、


俺は、たまらず


……………。


………。


…。



「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ。」


パニックに陥った。







え、ちょっと。待って。


と思うより早く、身体がメール文に反応してガタガタと震え上がる。

腕は虚空に投げ出されたかのごとく重く、奥歯はガチガチと鳴り響き、その音が心まで浸透し、さらに恐怖を駆り立てる。


総員退避。

まさにそんな言葉が頭を駆け巡り、心の中ではけたたましいブザー音が赤色ランプを点滅させる。

シグナルはまさに、レッドゾーン。


「ガタガタガタガタガタガタ。」


落ち着け。

落ち着け。自分に言い聞かせる。

状況整理だ黒崎一和。


どうやら奴は、此方の行動を全て予知していたらしい。

それにしても、何という的中率。ヴェーダでも持っているのか奴は。

くそ、世界の悪意が見えるようだ!


奴は近くにいる気をつけろ!


つか、何故バレた!?

本当に予測していたのか?俺の行動を、だぞ!?

むしろ、削除とか分かるのか!?

人間業か!?

いや、そもそも、それよりも……、


もはや意味が分からない。

いや、あの幼なじみを理解出来るとは微塵も思わないが、むしろしたくない。


チクショウ、削除がバレたのは仕方ない。としても、


『今から其処に行く。』


『貴様まで500m。』


は、マジでヤバいって!


何故場所が分かんの!?

何故、距離が分かんの!?


もしや、GPSなど仕掛けられているのではあるまいか!?

あり得ない話でも無い。が、


しかし、


いや、速く。


速く。


そう。


「――此処から逃げなくては!!」


今、黒崎一和。貴様が選ぶべきは、バレた理由でも、優香の異常の解明でも無い。

此処から逃げる事だ。


一刻を争う事態なのだ!緊急だ!


でも、どうやって逃げればいいのか。


あの幼なじみから逃げ切れる筈は無い!

不可能、意味不明をやってのける幼なじみだぞ!?


いや、最初から諦めるのは無粋というモノだ。

そう可能性。少しの可能性を見つければ、どうにか!

だが、どうすれば。


奴は逃げ切れると思わない事だ。と言った。


つまり、奴は俺がある程度逃げたとしても追いかけられる速さと、俺を見つける手段を持っていると確信していいだろう。


俺を追える自信があるから、吐き出された言葉なのだ。


俺を追える自信を奴は持っている。


つまりは、何らかの乗り物に乗っていると言って間違いない。


それは自動車か自転車か。


とにかく、俺の走り程度では話にならない事は間違いない。


ならば、走って逃げ切るはまず不可能。


車と、それと同様の手段が無い限りは、どうする事も出来ない。隠れても無駄だろう、奴は居場所が分かっているのだから。


一体どうすれば。


くそ、このままでは。


結論。


『死あるのみ』


という展開に!


つか、何故にこんな事に。

まだ学園にすら着いていないんだぜ?

物語はまだプロローグで、本編が始まったばかりだというのに。


主人公死亡。


くそ、洒落にならん!


俺は何処で間違えて、何処で外れてしまったのか。


明らかに削除が理由だけど。


だが、とりあえず逃げないと、どうしようも…


でも、何処に。


「―――ハッ、アレは!?」


そんな事を考えていた矢先。


後ろの車道。

遠く離れた位置に俺はソレを見た。


黄色いボンネット。


そして、車体頭上に掲げた590円の文字。


かの者は、ある世界では人間の運送屋、などと崇められ。


クラウン。と呼ばれる乗り物にて、人を乗せ、運ぶ。

そのフォルム、その姿はまさに、神の化身。


どうやら、俺の元に神は現れたらしい。

泣き、叫び、苦しみ俺を、神は見捨てはしなかったのだ。


だから、俺にソレを寄越したのだ。


そう神が俺に寄越した、一つの神器。



―――その名は、



「タクシー!!!」



人はそれをタクシー、と呼ぶ。





あらすじ。


泣き、叫び、苦しむを上げる黒崎一和。

彼の救いを求める手は、何も掴めず。ただ、虚空を掴むばかりだった。


だが、彼が諦めかけたその時。

車線の向こう、遥か後方にソレは現れた。

クラウンと呼ばれる王冠を引き下げ、掲げる590円の文字。

一和の絶対絶滅に現れた。ソレは、

神が操ったとされる人物の運送屋。


又の名を、

「タクシー」と言った。







「ハッ、」


危ない、危ない。


あまりの危機感と、奇跡との対面という、まさかの超展開のせいで、一瞬意識が飛んでしまったぜ。


何だか、あらすじとか言う意味の分からないモノが見えた気がしたが……。


まぁ、気のせいだろう!

とにかく、丁度良く逃げるにいい手段を見つけた!


「HEY、タクシー!!」


俺は直ぐ様に、向こうからやってくるタクシーに腕を上げた。


タクシーが目の前に止まり、窓から運転手が顔を出す。


「――乗ります!いや、乗せて下さい!」


俺は、叫んだ。ただ、ひたすらにガムシャラに。

そこには、一人の男としてのプライド、慢心そんなモノはまるで無い。

ただ、ひたすらに叫び続ける男の姿があった。


だが、そんな俺に。

運転手は気まずそうな表情を見せた。


「――ゴメンな兄ちゃん、もうお客さん乗せててねぇ。」


何ですと?

運転手がバツが悪い顔をして、後部座席を指差す。

ガラスが太陽の光を反射させていてよく、車内が見えないが、確かに後部座席に人影があるのは見えた。


どうやら、一人。後部座席に座っているらしい。


何てこった。


俺は頭を抱えて、その場にうずくまった。


ゴメン、爺さん、婆さん、母さん、父さん。

爺さんにも、婆さんにも、母さんにも、父さんにも、一度も会った事が無いけれど。っていうか兄弟がいるのかさえ分からないけど。


あと、苺。


兄ちゃんはもうダメさ。


「――なぁ、兄ちゃん。」


そんな俺に、運転手が話かけてくる。

慰めだろうか。はたまた同情でもくれるのだろうか。


慰めはいらないぜ?そんなの貰った所で、余計に虚しくな――。


「――お客さんが相席しても良いってよ。目的地に行くのは、兄ちゃんが先で。」


マジでか!?

おっちゃんの予想だにしない言葉に

嘘だろ、と俺は心の中で叫んだ。


「マジでか!?嘘だろ!」

むしろ、出した。


時間が無いので、おっちゃんに礼を言いつつ、直ぐ様に後部座席へと乗り込む。

相席を許してくれた人に素直に感謝。


とりあえず、ありがとうございます。と感謝のキモチを素直に言葉にした。

アナタは命の恩人だ。


俺は、必死に後方を見ていて、隣の人の顔を見なかった。


失礼極まりないが、今は緊急事態故に許してほしい。

幼馴染が私の命を狙っているのです。


隣の人も、そんな俺の鬼気迫る表情と、ただならぬ気配に気付いたのか。


「どうぞ、お気になさらずに。」

と答えてくれる。


あぁ、なんて良い人なんだ。

それに、女の人の声だ。とても優しそうな声。

きっと、この人の心の中は、優しさと愛情に包まれているに違いない。


幼馴染み、優香の奴もこの女性を見習えばいいのに。

あいつに足らない優しさ、女らしさをこの女性は持っている。



「――ん?今の声、何処かで。


ふと気付く。


隣の人の声。

何処かで聞いた事があるような気がするのだ。

ってか日常的によく聞く声の様な気が………。


しなくもない。んだが……


まぁ、気のせいだろう。


まだ、頭が混乱しているに違いない。

まさか、隣の人の声が幼馴染みの奴に似ているだなんて、そんなバカな事がある訳が無い。


そんな展開が起きるのは漫画とアニメと「小説」の世界だけだ。

ここは現実世界ですよ。

俺とて二次元と三次元の区別がつかない人間ではないわ!


とりあえず、そんな考えに戸惑わされている場合では無い。


自分の現状を把握するんだ俺。


お前は鬼に追いかけられているんだぞ?


そんな考えの中、音を立ててタクシーが発進する。

発進する車内、後方の窓から後ろ全体を見渡す。


チャリに乗る生徒、後ろを走る車。

とにかく怪しいものすべて。

全てを、見てみるが幼馴染みと思える姿は無い。」


それに後方の車などにも幼馴染の姿はない。


どうやら、間に合った様だ。


タクシーは車。奴がチャリなら追いかけられるハズが無い。

例え車でも、道路は基本行く道は一本道。


おめおめと追いかけられるモノでは無い。


あの幼馴染みと言えど、追いつく事は難しい。


つまり、



「――逃げ切った、のか。」



いや、まだ。


まだだ。相手はあの幼馴染み。

やつに常識など通用しない。油断してはだめだ。

その一瞬の油断が死を招くのだ。


まだ心配ならない。とにかく、窓の外を懸命に見渡す。

見間違いですましてしまっては、只ですまない。


俺は、後部座席から身を乗りだし、外ばかりを監視する。


逃亡中の犯人の様に。

つか、逃亡中なんだけど。



そんな、オレの何かに気取られてか、運転手のオッチャンが話かけてくる。


「――さっきから、落ち着かない様にしてるけど、どうしたの?」


確かに、今の俺は端から見たら、何らかに怯えている、何らかを執拗に意識している様に見えるだろう。

というか明らかに不審だ。


「……ちょっと、色々ありましてね。追われている、と言っても過言では無いですね。」


後ろごしに、運転手のオッチャンを振り向きつつ、後方に目をチラつかせて、俺は語る。


「――追われている、って誰に?」


オッチャンが、ゴクリッ、と喉を鳴らしつつ、此方に聞いてくる。ただならぬ雰囲気を察したのか、空気が重い。


俺は、間を置いて。


ぽつり、と言葉を漏らした。



「――鬼、ですよ。」



そう呟いた。お、鬼?と怪訝そうなオッチャン。


「―――鬼、ですか?」


と、隣の女性が此方に語りかけてくる。

身を後方に乗り出している状態なので、女性に背中を向ける状態になってしまい失礼だが、俺は話を続けた。



「―――そう、鬼ですよ。それも、餓鬼とかそんなひょろいものなんかじゃなく、邪鬼とか位が高いタイプの。」


俺は、まぁ。と声を上げる女性を後目に、尚も話を続ける。



「――恐ろしい奴ですよ。それはもう、顔は可愛いらしい鬼なんですけど。それは外見ばかりで中身の方が。まさに、人を喰らわんと言わんばかりに傲慢で、その癖手に負えない。人間じゃない程に、ね………まぁ、鬼なんですけど。」


「――まぁ、それは恐い。」


俺は、詳細まで事細かく説明した。

何故なら、彼女にはそんな知り合いを作って欲しくないから。


こんな奴が、いるんですよ。と言う具体的な例を上げる事で。

俺は、こんな奴には気をつけて。と言いたかった。


ただ、彼女の安泰の為に。



「恐い、ですね。色んな面で鬼ですから。まだ、首縄でもあったらいいんですが、麻酔すら効きそうに無い化物ですからね。それもう、万が一暴れたりしたら手に負えませんよ。あんなのを、幼馴染みにもつ、此方の身にもなってほしいですね。」


「――幼馴染みなんですか?」


そう、奴と俺は幼馴染み。つまり、切っても切れない関係。


俺は、探している。奴を封印する方法を。人知れず、山奥にひっそり潜む祠や何処かに。


「えぇ。腐れ縁っていうヤツなんです。というか、宿命、運命とでも言うんですかね。だとしたら、神様もとんでもなく酷い事をしてくれたモノですね。まぁ、奴を生み出した。それ自体が、神様の最大のミスであり、最大の過ちなんですけどね。」


全てを言い変えれば、神様が悪い。あんなのと俺とをセットにしたのだから。

あんなのお買い得価格で売ってあっても買いはしない。むしろ、見向きもしない。

広告に載っても、知らんぷりだ。


タイムセールでものり気にならない。



「――そうだ。気をつけて下さい。奴は、油断ならない生き物なんですよ、何処から襲ってくるか分からない。タクシーの中でもね、そんな奴なんですよ。いや、もうタクシーの中に潜んでいるかもしれない。」


「――それは、恐いですね。」


恐がるのも無理は無い。それほどスケールがデカく、恐ろしい話なのだ。


「けど、」


安心して欲しい。


「大丈夫です。」


俺はそう言った。


周りを見渡す、もうタクシーは元居た場所からかなり離れた位置を走っている。

奴もココまではついてこれまい。

つまり、一安心。


俺は、ゆっくり。と後ろを振り返る。


「安心して下さい。貴方に何か起きたとしても、俺が貴方を守りますから。」


その言葉に、嘘偽りは無い。この人は女神。命の恩人。

つまり、俺が全力で守るべき人だ。


だから、オレの命に代えても。


「――本当ですか、黒崎一和君。」


本当ですとも。貴方は私が……。


ん?何で、オレの名前を?


そう感じつつ、俺はゆっくりと振り返り――――。




「おはよう。」


…………。


横の女性が、よっ!と言わんばかりに此方に手を上げていた。


横の女性を今。

タクシーに乗って初めて眼にした。


いつも、背中を向けてばかりだったから。初めて、その姿を確認した。


その姿は優しい声に相応しい位に美しく、そして俺が頻繁的に見かける姿をしていて。


ぶっちゃけ、幼馴染みだったりする。


「――横に座っていた女性は、黒い髪を肩まで伸ばし、スラッと流れる様なスタイルで横に鎮座していた。目は、キリリと顔立ち全てが整っており、美しいと言ってもいい程に。」


オレの口から、自動的に説明が流れ出す。

それほどにパニックだと気づいていただきたい。


「肩には、季節外れのカーディガンを羽織り、盟桜学園の制服をはだける形で着こなしている。スラッ、と伸びる足は、黒いパンストによってその細さを、一層引き出していた。それが彼女の外見だった。」


「そう、彼女の名前は那奈夜 優香。オレの幼なじみだ。」


そんな、自動モードで説明を語りだした俺に、ねぇ、と幼なじみは声をかけ。


大事な説明が抜けてるわよ。と


固まる俺の、耳元で呟き。


「私は鬼なんでしょ?」


と言った。






・あらすじ






幼馴染みが目の前に現れた。







絶望。


それは、果てしない水の底。

つまり、心の奥中、深海を表現している。


くらいに暗く深い言葉。

と俺は思っている。


人間の人生において、楽しいと思える瞬間は6、

辛いと思える瞬間は3、

どちらでもない瞬間は1、

と言った比率で現れるらしい。


人生の何割かは、辛い出来事である。という集計が人生論で全て明らかになっている。


というのが、学者からの見解らしい。


それでも、俺は辛い瞬間は味わいたくない。と思う。


なぜなら、辛さとは悲しくも痛いモノ。


だから、辛さは味わいたくはない。

それでも、辛い場面に、人はきっと会ってしまうんだろう。


それは、宿命か、運命。


それでも、俺は。


辛い瞬間に出会いたくない。

だから、辛い瞬間を俺は楽しさに変えてやる。


それが、オレの。



黒崎一和の生き方だ。







「ねぇ、鬼って何処にいるの一和?」


―――けど、挫けてしまいそうです。


ブワッ、と全身から汗を吹き出す俺を、無表情に優香は眺めていた。

無表情だが。頭に怒りマークが見えている。


そんな優香を目の前に。

おれはまだ自身に起きた出来事を理解できないでいた。


何が起きたか理解出来ない。

つか、何があったの?


状況を整理しよう。


まず、


幼馴染みからメール

削除

襲来予告

逃げる手段は?

タクシー!

乗り込む

隣に優しい女性

逃げ切る

隣を見る

優しい女性は鬼だった。


「…………。」


隣の女性が幼馴染み。

なぜ、何故に気付かなかった黒崎一和。

優しい声だなんて誰が言った!

優しいそうな人物?そんなモノいなかったんだ最初から!


つまり、最初からタクシーに乗った時点でアウトだったと。


つか、マジで何も気付かなかった自分がすげぇ。


可笑しいとは思っていたけど。いや、本当に。

ゴメン、かなり微妙だったけど。



とりあえず、いろいろ推理してみよう。



・貴様まで500m。のメール。

「確かに都合良く現れたタクシー、最初にボンネットが見えた位の距離、おおよそ500m。」


・幼馴染みは、俺を逃げ切れさせないモノ。つまり、自転車か車に乗っているハズ。

「モロ、車だったね。」


・都合よく相席を許す心広いお客。

「まず、幼馴染みがお客だったとは。道理で見ず知らずの俺が相席させてもらえる訳だ。」


他にも、etc……?



つか、気付く場面ありまくりじゃねぇか!?

何で、きづかなかったの!

オレのお馬鹿さん!!

くそ、この〜!とオレの中で色んな俺が葛藤を繰り返し、相反する。


「――一和。」


そんな俺に、優香が語りかけてくる。

ヒィィィィィィ!


「聞きたい事があるんだけど。」


「は、はい!な、何でもおっしゃって頂いて結構デスよ!?」


オレの言語はめちゃくちゃだった。

当たり前だ!目の前に鬼がいるんだぞ?


「私、って邪鬼なんだ?」


「――――!?」


「神様最大の過ち?手に負えない?タチが悪い?傲慢?麻酔が効かない化物?」


!?


――って、誰の事?


ニヤリと、幼馴染みが此方に顔を近づけつつ言う。

その距離、二十センチ。


そうだ。幼馴染み、つまり優香が隣の女性だった。


つまり、俺は女性が優香だと知らずに。


あんな事を言ってしまった、つか言いまくってしまった。



ハハハ、あかん。


ほんまあかんでぇ。

限度ってモンが人にはあるんや。

そんな、メーターをふりきる事したらあかんわぁ。


―――死んだ。



「――ねぇ、一和。」


優香の手が、オレの肩を掴み。

そして、オレの身体はとてつもない力に、後ろに押し倒される。


一瞬で、オレの身体は後部座席の椅子に倒れ込んでいた。


そのオレの身体の上に、四つん這いになるカタチで優香がおぶさる。

そして、片手で俺を押さえつつ、もう片方の手をパキパキ鳴らす。

いや訂正。バキバキ鳴らす。


ある意味、サービスカットだが。

俺の脳内も、いろんな恐怖感とかで軽くパニック、サービス満載だった。


「――今日は、高校生活初日だから無粋なマネはしない様にって決めてたの。」


四つん這いながら、優香が呟く。

しょうじき、優香の声は俺に届いてはいない。

もう一杯、一杯なの!限界なの!



優香の前ボタンから、そこから豊満な胸の谷間が垣間見える。


「――でもね、ダメみたい。もう我慢出来ないの。」


ニヤリと笑みを浮かべつつも、優香は笑ってはいかなかった。目は笑っていない。


そして、その瞳に映る俺も決して笑ってはいない。


あぁ、今まで過ごした日々が頭に。




「――なぁ、父さん」


俺はいつの間にか、浜辺を走っていた。

そんな俺を、父さん。そう呼ばれる人物が走って追いかけてくる。


「俺、凄い怖い夢を見たんだ!」


俺は立ち止まり、父さんに今、自分に起きた事を全て話した。

鬼が追いかけてきた。

タクシーに乗ったら鬼がいた。

ニヤけた鬼がおおいかぶさってきた。


そう語る俺に、父さんは優しく。


「そうか。そうか。」

と優しい笑顔を浮かべて、頭を撫でてくれた。

父さんの笑顔は好きだった。太陽みたいに明るくて、太陽みたいにかっこよくて。


「ねぇ、父さん。」


「どうした一和。」


キャッチボールしようよ。と俺は言った。

父さんは、ハハハは、また今度な。

と言った。

そして、指切りをして。俺はまた走り出す。


そして、振り返り俺は叫んだ。父さんに声が届く様に。



「約束だよ!!」




そして、俺の意識はブラックアウトした。













「私は、誰?」


「世界で一番美しくかつ、才色兼備のお嬢様であり、私こと黒崎一和の主人であります。」


盟桜学園は、高台にある。つまり、高台にあると言う事は坂を上がらなければ、学園に着く事は出来ないという事。


その坂道。


桜のしげる、通称「桜坂」を、その馬はパカラ、パカラと蹄を鳴り響かせながら登っていた。



「アンタは、何?」


「私は、優香様の悪口を存分に口にした悪人であり、現在は優香様に使える奴隷身分のものであります。」


馬の上には、一人の女性が乗っていた。


名を、那奈夜 優香。

才色兼備のお嬢様であり。

桜坂市を代表する四大名家、その一つ、那奈夜家の長女だったりする。

彼女には、幼馴染みがいる。


――名を。



『馬』



「誰が馬かァァァァア!!」


馬、ならぬその男。黒崎一和は勢い良く叫んだ。


四つん這いの状態から身を上げ、身体中に巻かれた縄を全て千切っての咆哮だった。


上に乗っていた那奈夜 優香は、突然の立ち上がりに空中に投げ出されるが。空中でくるりと旋回すると。


「何、人様を投げ飛ばしてんのよ!!」


「――ぐはぁぁあ!」


馬ならぬ、一和へと蹴りをお見舞いする。

一和の身体はクルクルと、地面上を滑り、ぐったりと地面に倒れ込む。

反面、優香は地面にきれいに着地していた。


「―――苦しいよぉ」


「―――あんたが馬鹿な事やるからだ。」



タクシーの中での事件後、俺は散々な目にあった。

狭いタクシー内だと言うのに、あらゆるサブミッションと殺人技の数々が俺へと繰り出され。

それらを、サンドバックさながらと言う様に全身に受け。


ぼろぞうきんとなった俺を、さらに那奈夜は敵と言わんばかりに蹴りつけた。


凄まじい暴力を受けた俺は、とてつもない痛みと、限りの無い軋みに襲われ。たのだろう。

他人事である。


「――うぅ、」


足を引きずり、痛んでいるであろう箇所を押さえ、学校を目指して歩いていた。


しかも、坂道を上るさい、無理矢理四つん這いにされて、馬にされて。

俺の身体は言うまでもなくボロボロだった。


――それも、これもコイツのせいだ。


と俺は、眉を八の字に幼馴染みを見る。


「アンタのせいで、無駄にタクシー代がかかったじゃない。」


「――知るか!お前がタクシーに乗ってたなんか知らんかったんだぞ俺は!」


那奈夜に捕まった俺はタクシーから降りた。

いや、降ろされた。

結局、無駄に金を使うだけの惨事と化してしまい、さらに全身に痛みを抱えるハメになってしまうとは。


「――とほほ」


「何で泣いてんのよアンタは。」


お前のせいだ。


「泣いてないもん!ただ、虚しいのです。学校新スタートの切り出しがこんな始まり方で。」


「それは、災難だったわね。」


だから、お前のせいだ。


学校初日からこの切り出し。朝からこれ、と考えるとこれからの学園生活が不安なモノに早変わりするのだが。

けど最初に困難があるから後が幸運と考えるのもありかもしれない。


「――遅い、速く歩け。」

ゲシゲシと、那奈夜の奴が後ろからスネを蹴ってくる。


――やっぱ、幸運なんてないのかもしれない。



「見事な桜だな。」


咲き誇る桜を見て言う。

海と山に挟まれた町、桜坂町。


この町は、桜の町として有名で、観光客達も桜目当てで来る。という人が多い。


所々に桜が立っているこの町だが、その中でも、有名スポットは、この桜坂と桜丘だ。

道路を挟む様に、展開された桜坂の桜は、ある種のフラワーロード的なモノとして有名である。


さらに、桜丘は、桜の丘。という名前もあってか、立っている木々達の殆どが桜で構成されている。

春になると、桜坂、桜丘全体は淡いピンク色一色に染まる。

その景色は幻想的で、ゴールデンウィークなどを利用して、見に来る人もいるくらいだ。


盟桜学園へと向かう道路も、右も左も桜の木が立っている為、ピンク色にアスファルト色が挟まれているかの様な構図になっている。


「桜を見てると、映画を撮りたくなるわね。」


「何で!?」


歩いていると、優香が変な事を言い出した。


「桜が舞う姿って何だか幻想的じゃない?」


桜が舞う姿を想像してみる。

つーか、実物がある。

確かに幻想的と言われれば幻想的だ。


「まぁ、分からんでもないが……。」


「そういう幻想的な光景を見るとカメラに撮りたくなるじゃない?けど、静止画にしても面白くないから、映画でも作りたいなー。と思ったわけよ。」


複雑な脳内の幼なじみである。


「理由は分かったが…。例えば、どんな映画作るつもりなんだ?」


「ファンタジーかしら。」


「タイトルは?」


「桜を入れたタイトルが良いわね。」


「まぁ、桜の映画なんだからな。」


「タイトルが決まったわ」


「何?」



「『黒崎一和とアズカバンの囚人』」



「桜関係ねぇ!!?っていうか、何でタイトルに俺がいるんだよ!?」


「え?何となく。」


「何となくで俺を入れるな!あとアズカバンの囚人ってなんだよ!?そんなんと俺を絡めるな!殺されるわ!」


「大丈夫よ。」


「その自信は何処から来るの!?ダメだ、タイトル変えろ!」


「ち、文句がホントに多いわねアンタは。ならタイトルは『黒崎一和と桜の木』でいいでしょ。文句ある?」


「タイトルに俺が入っているのが気になるが、まぁ良いとしよう。で、その、『黒崎一和と桜の木』のジャンルは何なんだ?恋愛か?」


「ファンタジーよ。」


「なんでやねん!」


「アンタ、関西人だったっけ?」


「ちゃうわ!んな事どうでもいいんだよ!ってか、またファンタジーなのかよ!」


「そ、無駄に三部作よ。」


「無駄にかよ。」


「舞台は世紀末、暴力に支配された殺伐とした世界よ。世界は核で、一面焼け野原。そして、とある荒んだ街に一和はやって来るの。」


「それファンタジーか?」


「街に唯一あるバーに行く一和。ソコは荒くれ者の溜まり場なの。んで、荒くれ者の視線を集めつつ、カウンターに一和は座って、マスターに言うの。」


「ほうほう、何って言うんだ?」


「『金を出せ!』。」


「強盗かよ!!!」


「盗賊よ。」


「一緒だろ!!何で、盗賊してんだよ。」


「気の迷いかしら。」


「気の迷いで盗賊してたまるか!お金が無い、とか理由があるだろ?」


「理由は無いわ。一和は趣味で盗賊をしているの。」


「最低だな俺。」


「続きを言うわね。多額の金を強盗した一和は、町から離れようと裏路地を走るの。」


「まぁ、強盗したんだから逃げないとな。というか、盗賊なのに、強盗って言っちゃったよ。」


「そんな一和の前に!ここで、一和の台詞『お、お前は!!』」


「え、誰か立ちはだかるのか!?」


「『アズカバンの囚人!!』」


「何でだよ!!何でいるんだよ!!?」


「一和、ここで躊躇無く、銃を発砲。アズカバンの囚人、死亡。」


「遂に、人殺しになっちまったよ。」


「殺した囚人を見て、一和の台詞。『ふ、死んだか。『もう何も怖くない。』』」


「最低だな俺。」


「で、立ちはだかる存在を殺して安心する一和。すると!アズカバンの囚人の遺体が二つに裂け、中から化物が!!」


「何で!?」


「油断した一和は、頭をパックンチョされるの。」


「死んだーーー!!」


「残ったのは、一和の遺体。そして、長い年月が過ぎ。一和の遺体があった場には、一本の桜の木が。」


「ここで、桜かよ!!!」


「で、END。」


「後味悪すぎるわ!!!」




「ダメかしら?」


「お前に脚本の才能が無いのは十分に分かった。」


脚本力の無さを露呈した幼なじみに、そう言いつつため息を吐く。

本当に、コイツは何て言うか。


「何よ「アンタのその本当にコイツ駄目だな」的な目は!」


言いがかりだ。


「じゃあ、今度は一和が脚本考えてみなさいよ!」


「えー、俺が?」


「そうよ。そして、脚本力の無さを露呈するがいいわ!私の様にね!」


自分でも、脚本力の無さに気付いていたのか。

それにしても、いきなり脚本を考えてみろと言われても、そんな簡単にパッと出るもんでも無いだろ。

まぁ、徐々に考えてみるか。


まずはタイトルか。


「ちなみに、タイトルには「黒崎一和」を入れる事。これ必須ね。」


「え、それ必須なのかよ。」


「当たり前よ。」


どこの当たり前かわからないが…。


「なら、タイトルは『黒崎一和と――


「モチモチの木。」


「止めろ!!人のタイトルに口挟むな!」


「えー!?」


「えー!?じゃない!!」


口を挟んできた優香に怒る。

とりあえず、と

仕切り直して、


「じゃあ、タイトルは『黒崎一和の東京ラブストーリー』だな。」


「パクリ臭がするわね」


「うるさいよ、そこ。ちなみにジャンルは恋愛だ。」


「血みどろ?」


「純愛だ。」



「ストーリーはこうだ。舞台は東京、あるIT企業に勤める黒崎一和はある日、婚約者に婚約を破棄されたショックか、港にてたそがれていた。」

「手には婚約指輪。やり場の無い憤りを込め、一和は指輪を海に投げようとする。だが、投げられない。」


「選手生命の中で抱えた爆弾がついに爆発したのね。」


「何でだよ!プロ野球選手じゃねぇ!IT企業に勤めてるって言ったろ!」


ゴホン、と咳払いをして話を戻す。


「一和は婚約者と同居していた。婚約者は婚約を破棄して出ていったわけだが、一和も思い出のあるこの家には住んでいられない。と引越しを決意する。」


「そして舞台は魔界へ。」


「だから、俺のストーリー弄らないでくれますか!?」


「えー、こっちの方が面白そうじゃない?」


「面白そうだけど!!けど、魔界に行ったら、また黒崎一和が殺されるだろうが!」


「大丈夫よ。」


「その自信は一体何処から来るんだよ……。どうせ、また口でパックンチョだろ?」


「違うわよ。今度は、身体の核的なモノを親友に盗られ、親友に投げられるの。」


「何で!?何で、そんな大切なモノを親友に盗られた挙句、投げられるんだよ!?」


「今までの恨み。」


「身も蓋もねぇ!!」


「核を失って、倒れる一和。言わば仮死状態ね。核が戻らないと目を覚まさない。」


「誰か取ってきてくれるんだろ?ほら仲間とか…。」


「一和に仲間はいないわ。」


「えー!」


「強いて言うなら、妙にイラつく淫獣だけよ。」


「淫獣なんて連れてんの、俺!?な、なぁ、マジで誰も俺の核を拾って来てくれないの?」


「えぇ。だって、ほむほむがいないもの。」


「ほむほむ、って誰だ!?」


「ほむほむ、ってのはね……。止めましょう、ネタバレになるわ。」


「ネタバレ!?良いよ、ネタバレして!というか、早くしないと核を失った俺が死んじゃうから!!」


「END。」


「終わらすなーーー!!!!!!」







「と、まぁ。アンタの脚本もダメダメね。」


俺の脚本を面白くない方向に弄くり回した優香は、俺にそう言葉を告げた。

自分だって、脚本ダメダメなクセによく人を貶せるものだ。


「何か言った?」


「いやぁ、優香は今日も美人だなぁって。」


「ありがとう。」


満足した様にテンションの高い、愉快な幼なじみの横で俺は小さくため息をつく。


と、

無駄話をしていたからだろう。

いつの間にか、俺達は桜坂を登り終え、門の前まで来ていた。


いつみてもデカイ門だ。と思う。

盟桜学園の敷地内に入るにはこの門をくぐらないといけない。

非常出口などを除いて、大っぴらに入れるのがこの門しか無いからだ。


「確か、ここで生徒手帳を受け取らないといけないのよね?」


「そうらしいが、、あれか。」


門の入口横を見る。

そこには盟桜学園の生徒達の列が出来ていた。


門の向こう、盟桜学園に入るには生徒手帳を持っていなければいけない。


生徒手帳には、生徒個人の情報の入った(とはいえ当たり障りの無い情報だが)特殊チップが埋め込まれている。

その特殊チップが、この学園の生徒だと証明する唯一の証となる。


校門には、最新センサーとやらがついていて、不審人物が敷地内に入るとブザーが鳴り響く様に設定されている。

それだけではなく。

最新のレーザーガンや、粘着で犯人を取り押さえる仕掛けなど、ありとあらゆる防犯システムが仕掛けられていてる。


生徒手帳を持っていると、センサーがこの学園の生徒だと判断し、ブザーを鳴らす事は無く。

学園の学生ならば、何事もなく入る事が出来る。という事だ。


ちなみに、ゲストカードと呼ばれる物もあり、外部の人間は、これを門の前の警備室で受け取る事により学園に入る事が出来る。

生徒手帳を無くした場合でも、予算はかかるが警備室に申請することで1日たらずで、新しい生徒手帳の作成も可能だという。


この様な、セキュリティ設備は学園全体に張り巡らされていて、一台のスーパーコンピュータで統制しているというのだから驚きだ。


何故、ここまでの防犯設備が必要なのかは、……。


分からんでも無いが。と思いつつ、横の幼なじみを見る。

名家の生徒がいるからだろうか。



「とりあえず、優香。列に並ばないと。」


「そうね。」


そうして二人、列に並ぶ。

列は一年生、二年生、三年生。と学年毎に分けられている。

その列の一番先では、先生だろうか。

スーツ姿の男性や女性が、生徒手帳を配っている。

並んでいると、

直ぐに、俺達の番は来た。


「名前を言ってもらえるかしら?」


スーツ姿の女性が、名簿みたいなモノをチェックしつつ俺に言う。


「二年、黒崎一和です。」


俺が名乗ると、女性は名簿に×印を書きつつ、俺に生徒手帳を差し出してきた。

生徒手帳を受け取り、列から離れる。


生徒手帳には、黒崎一和。と名前がかかれている。紺色の生徒手帳だ。

普通の生徒手帳と何ら変わりは無いが、どこに特殊チップが埋め込まれているのか。ちっともわからない。


それにしても、生徒手帳は個人個人、名前が書いてあるのか。これならば、落としても誰のか分かりやすい。





「これに特殊チップが埋め込まれてるなんて不思議ね。」


そう言いながら、チェックを終え、生徒手帳をもらってきた優香が俺に告げる。


「これって水につけたりしたら壊れるのかしら。」


「どうだろうな。確か、生徒手帳の最後に説明があったぞ?」


優香にそう言いながら、生徒手帳の最後のページを開く。

そこには、まるで家電製品についている様な説明書きがびっしり書かれていた。


水は、と。


「説明には、水は大丈夫。と書いてあるぞ。しかも、電磁波なども大丈夫らしい。」


「案外頑丈なのね。」


精密機械だから、大丈夫だろうかと思っていたんだが。この生徒手帳自体が、チップを守る役割でもしているのだろうか。

謎だ。


しかし、極端な熱に晒す事だけは止めて。と書いてある。

やはり、熱には弱いのか。


「これがあったら、何事も無く通れるのよね。もしも生徒手帳が無かったら…」


『そう言いながら、門をくぐる優香を前方に。


やれやれ。

と、俺も門をくぐ、



ブー、ブー!!



ろうとした瞬間、当たりにけたたましいブザーの音が鳴り響いた。


「な、なんだ!?」


赤く光るランプを頭上に、俺は動揺しつつ叫んだ。

そんな俺の足元、地面に設置してある一つの小さなパネルが、プシュ、っと、音を立てて開いた。


瞬間、そこから何かが発射された。


此方に向かい発射されたモノを、手で受け止める。

打ち出されたのは、四角いコルク見たいなモノだった。コルクには長く細いケーブルが取り付けられていて、ケーブルは地面の小さなパネルへと繋がっている。


何だよ、コレは。

と思った。瞬間だった。


「ギャャャャャャャアーーーー!!!」


俺の身体に電流が走った。


「一和!?」


前方で優香が此方を見て、悲鳴にも似た声を上げた。


そんな、優香を視界に。プスプス、と焦げた匂いを放ちつつ、俺は片膝をついた。


「ぐ、、が、」


さらに、そんな俺の足元。

二つのパネルがバンッ、と音を立てて開く。パネルの大きさは人二人分くらいだ。

つまり、


「うわぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


俺はパネルが開き、現れた穴に落ちた。

落とし穴!?

落ちながら、俺は頭上を見た。

光がさしている場所、俺が落ちてきた場所から、優香が心配そうに落ちていく俺を見ていた。


と思ったら、優香の顔がニヤリッ、と歪んだ。そして此方に、手を掲げる。

その手には生徒手帳。


片手にも生徒手帳。

つまる二つめの生徒手帳。


俺の生徒手帳。


「優香ぁぁぁあ!!」


「アリーベデルチ、一和!!」


憎き、幼なじみの微笑を見送りつつ、俺の意識はそこで途絶えた。』




「って、なるのかしら?」


「長いわ!!」


優香の想像に俺は突っ込んだ。

あまりの具体的な描写に、本当にそんな事が起きてしまったのかと思ったわ!


「一和、試しに生徒手帳無しでくぐってみて。」


「嫌だ!ってか、前回視察に来た時にやらかしたわ!」


「どうなった?」


「警備員さんに捕まった。」


そうだ。

前回、盟桜学園に視察に来た際、ゲストカードやらチップやら、何も知らずに敷地内に入り、警備員に取り押さえられたのだ。

苦い思い出だよ、全く。


「なにそれ、面白い。」


「面白い。といいつつ、俺から生徒手帳を取ろうとするな!」


生徒手帳を剥ぎ取ろうとする幼なじみを、払いのけつつ、揉み合いながら、俺と優香は学園に向かった。





門を抜けて、敷地内を校舎側にある程度歩いていると、噴水にたどり着いた。

ポンプ式の噴水らしく、上に水が弧を描いて噴射している。

新品とあってか、水に汚れもなく、沈澱物も無く、とても綺麗だ。


門から入って、校舎に向かうまでの間、周りは森林にて挟まれている。

その何割かが桜の木で、盟桜学園の敷地のその三割以上が森林だ。

噴水の水は、地面に設置された流しを使い、根を張るようにこの森林内に繋がっていて、木などに水が常に行き届いている様になっている。


ちなみに、池もあり、最終的に水は池へと行く仕組みになっている。そして水は綺麗にされ、噴水に。

何という循環型学園だろうか。やるな。



そして、噴水の前を通り。

ついに、盟桜学園の校舎が俺達の前に現れた。


とはいえ、おれは二回目。だが、人が沢山いるので、視察の時と違ったドキドキ感が今の俺にはある。


さて、では、盟桜学園について簡単に説明しよう。



盟桜学園は、

「三つの校舎」、

「多目的練」、

「体育館」、

「校庭」、

「森林」。


これら五つの要素によって、成り立っている。

では、上から順に説明していく。



『三つの棟』

盟桜学園には四階建ての三つの校舎がある。用途や、様々な設備がそれぞれ違うため、三つに分けられたらしい。


中央、大きなガラスに模様が描かれた玄関のある建物。これが、生徒達が勉学を学ぶ基礎となる教室がある。

「教室棟」。

中には、一年生を一階に、二年を二階、三階を三年。と言った具合に、教室が存在している。ちなみに四階には資料室なとがある。


そして、入口から見て左にあるのが、

「職員棟」

職員室、校長室、生徒会室、学校の事務などに関わったりしている部屋などがある。保健室もこの職員棟にある。


そして、最後に。入口から右にあるのが、「実習棟」。

主に、理科室や家庭科室、実験室など実習で使われる様な教室がある棟だ。

ここからは中庭が良く見える。


『多目的棟』

続いて多目的棟だが、この棟は中庭脇、詳しくいえば、実習棟の横に立っている。

中には、多目的ホール、さらに二階建ての食堂がある。さらに、前には中庭が広がっていて、昼休憩には生徒たちで賑わうに違いない。


『体育館』

体育館は、職員棟の先、渡り廊下を渡った先にある。

大きさは普通の体育館の四倍。

三階建てで、一階が更衣室や部室、二階が体育館、三階がプール。となっている。

ちなみに、プールの更衣室も三階だ。

さらに、三階プールは天井が開くらしい。あり得ない。


『校庭』

校庭は体育館横、多目的棟の後ろにある。段差があるため、高低差が多少あるのが何ともいえない。

広さは、様々な部活が同時に使えるようとても広く作られている。テニス場なども、体育館から見える位置にあり、というか広すぎ。


『森林』

盟桜学園の敷地の三割以上が森林だ。とはいえ、野生の動物などがいるわけでもない、イタチを除いてな。

森林の中には、裏庭と呼ばれる空間がある。空乃と会った場所がそれだ。

ちなみに、駐車場は入口からみて左の職員棟の横にある。



とまぁ、いま話したのが学園についての説明と間取りだ。

俺自身、全部把握している訳では無いが、分からない部分については追々説明していけばいいだろう。

というか、説明していて分かったことは、


「それにしても、広いな。この学園。」


という事だ。








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