66.めざす想いは。(最終話)
藤澤 琉生。
彼は、私の大好きな人だ。
そして、私の推しでもある。
彼と私は、約束をした。
それぞれに、一生懸命生きて、いつかきっとお互いに会いに行くこと。
どちらかがどちらかを待つとか、待たせるとかではなく。
今だ!っていう日が来たら、きっと会いに行く。
でも――現在、彼は東京、私は大阪。
遥か遠くに離れて、会うこともできない毎日だ。連絡先も知らない。
あの日――琉生と最後に出会って家まで送ってもらった日、私が車から降りるときに、「あとで見てね」と言いながら、『どうしても必要なときには、こちらに連絡を』というメッセージと一緒に、レイさんが自分の連絡先を書いたメモをくれた。
もしものとき、いざというとき、どうしても必要なとき。
具体的にそれがどんな時なのかわからないけど、私はそのメモを引き出しの奥にしまった。
お守り代わりに持っておく。けど。
使うつもりはない。一度使ってしまったら、自分でブレーキがきかなくなるかもしれないし。
この連絡先は、カンダタのくもの糸だ。奇跡のようなその糸にうかつに縋るわけにはいかないと思う。
新しい高校での毎日は、懐かしい同級生もいたり、普通に気の合う友人ができたりして、案外のんきな日々を過ごせている。授業のレベルは、前にも増してなかなかハードだけど、それでもけっこう手応えがあって、楽しい。
目指す大学も決めた。
そして――何より、私には約束がある。
少々ヘコむことがあろうと、『次に会ったときに、自信を持って琉生に会えるような自分になる』
その思いが胸にある。
めちゃくちゃがんばっている彼の活躍を目や耳にしながらも、私は私で、『一生懸命生きてるよ』そう言える自分でありたい。
彼がますます遠くなっていくような気がするときもあるけど、それでもいい。
最後のあの日、彼が精一杯自分の気持ちを伝えようとしてくれたことが、私の心にハッキリと刻まれているから。
“大盤振る舞い”なんて、少しふざけた、まるでロマンティックじゃない言葉をあえて、お互い使っていたけど、それはテレ隠しだ。
琉生も自分も、精一杯の想いを伝えた。そのことだけは間違いない。
いつものように、部屋で課題をやっていると、スマホが鳴った。
従姉のマユちゃんからだ。彼女からの電話は、基本ライブやイベントなどの新しいニュースだ。
「空! 決まったって! 」
彼女が電話の向こうで勢いよく言った。
「何? 何が決まったん?」
「単独ライブツアー! SUNNYの!」
「え? ほんま? 単独で? 他の研修生のグループと一緒じゃなくて?」
「ほんまほんま。大阪と東京と福岡、札幌の4カ所、計12公演」
「わぁ……12公演かぁ。すごいね」
「うん。ほんとにねえ。CD発売から、あっという間に単独ツアーまで」
マユちゃんが感慨深げにため息をつく。
SUNNYとは、琉生と想太の2人で構成されたデュオの名前だ。
私が大阪に引っ越した翌年、琉生と想太がデュオとして、活動することが発表された。
ヒマワリの花をイメージフラワーに、琉生がクリーム色、想太がレモン色、のメンバーカラーなのだという。
EMエンタテインメントから、2人組のグループが誕生するのは久々だ。ずっと大昔に1組だけいたらしいけど、それ以降は、通常7~9人ぐらいの大人数だ。グループ内ユニットとしてなら2人組もあるけど、グループそのものが2人組、というのは、この事務所では非常に珍しい。
なので、SUNNYは、まだデビューもしていないうちから、けっこう話題になった。しかも2人とも、以前からドラマや映画に大活躍なのもあって、注目度はかなり高かった。
とはいえ、研修生のグループ結成の発表であり、デビュー発表とは違うので、ここからデビューまでの長い道のりが始まるのだなと普通に誰もが思っていた。
ファンもみんなそうだった。
それより先に、彼らの俳優としての仕事にまず注目が集まっていた。
最近放送された連続ドラマでは、琉生は新しい一面を発揮していた。
天才的な推理力を持つ大学生探偵の兄と、ちょっとうっかりものの可愛い高校生の弟が謎を解く、ミステリー&ハートフルコメディで、毎回事件のゲストもいろいろ変わるので、かなり楽しいと高評価を得ている。
殺伐とした事件ではなく、謎を解いて最後はほっこりするような内容が多いのも人気の理由だ。
琉生演じる弟は、いろいろしくじって、兄の足を引っ張ることも多いけど、時にはその失敗のおかげで、兄の推理を助けることもある。
甘いものが大好きなキャラで、とくにお団子を嬉しそうにほおばるシーンはめちゃくちゃ可愛いと視聴者から評判だ。たぶん、文芸部のみんなは、「知ってる知ってる」とうなずきながら、“お団子lover琉生”の部活での姿を思い浮かべているに違いない。
ちょっとヌケてる“うっかり”さんなのに、黙って立っていると超絶美形なため、出会う人をことごとく“うっとり”させてしまう得意技の持ち主。なんか、琉生にぴったりな役だ。
前に演じていた、壮絶なまでに美しくて悲劇的な役も合うけど、彼には、この役みたいにほんわか幸せそうに笑っていてほしいから、見ていて嬉しい役でもある。
主役は、浅香公平。彼も格好良さに磨きがかかり、すごく魅力的に兄役を演じている。何より、琉生との掛け合いが、まるで漫才のようで笑える。
ずっと以前から、琉生とコンビで漫才をするために、ネタ帳を書いているという想太が、
「ずるい。オレも仲間に入れて」と羨ましがったというくらい、息の合った兄弟ぶりを見せている。
一方の想太も、以前お正月の2時間スペシャルで大好評だったドラマが連ドラ化され、これまた大人気だ。
彼は明るくて真っ直ぐで、男気のある高校生の役。剣道が得意で、4人兄妹弟の長男。祖父母と父親、の計7人の大家族(母親はすでに亡くなっているらしい)。
祖父が恩人の頼みで、イギリス人の女子高校生を家で預かることになったのがきっかけで一家に起きるドタバタの騒動。ユーモアたっぷりに、そして時にハラハラドキドキさせてくれるホームコメディだ。そのイギリス人の女の子が関係する莫大な遺産相続にまつわる、ちょっと危険な謎もあり、けっこう見応えがあって楽しい。
想太は、体育以外は全部苦手、とくに英語が一番苦手な、高校生の役だ。
家族全員、ハローとサンキュー、イエスとノーしか喋れないから、高校生なんだから学校で習ってるはずだと、無理やり彼女の世話係を押しつけられて困惑する役だ。
言葉での意思疎通が難しい中、ぶつかり合うことも多かった2人が、次第にお互いを理解しあって行く姿に結構キュンとなった視聴者も多いらしい。
ただ実際の想太はとても英語が堪能なので、制作発表の記者会見やインタビューでは、 通訳の人と一緒に、女子高生役のイギリス人俳優さんを温かくエスコートしたりフォローする姿が評判になっていた。
想太も主役ではないけれど、祖父役のベテラン俳優さんとの掛け合いも楽しくて、ドラマの中で、最高のムードメーカーだ。
そのほか、彼らが出演した映画『挑戦者たち』も、ついに今秋、公開されることも発表され、彼らの演技の仕事にますます注目が集まっていた。
そんな空気の中。
デュオとしての活動発表からしばらくたって、彼らはオリジナル曲をネット上で発表した。
最初、気づいている人はほとんどいなかった。
その曲は、美しい景色をバックに、ギターとピアノの演奏と歌声が流れるという、少し地味な形で発表された。
画面の隅に、歌・演奏・作詞作曲・映像:SUNNYというテロップが添えられているだけだった。
美しいメロディと伸びやかな2人の声、映像の美しさ、全てが合わさって、今一番の癒やしの1曲、などと次第にクチコミで広がった。
それ以外は特に宣伝もなかった。
だから、気づくのが遅れた人もたくさんいた。
しばらくして、そのSUNNYが他でもない琉生と想太のことだと認識されるや、再生回数は驚くほど飛躍的に伸びた。彼らのドラマや映画を見てファンになった人たちや、シンプルにその歌の魅力にハマった人たちによって、どんどん彼らの歌は広がっていった。
そして、1曲目が再生回数をまだぐんぐん伸ばしている中で、2曲目が発表された。
今度は、彼ら自身が出演するダンス動画だった。とくに凝ったものではなく、レッスン場で撮ったと思われる動画で、画面の隅に、歌・演奏・作詞作曲・振り付け・映像:SUNNYという文字が添えられていた。
1曲目とは、大きく雰囲気の違う、明るく可愛い楽曲で、元気いっぱい笑顔一杯に踊る2人の姿が、とても魅力的で、踊り終わった2人が、カメラに向かって、「OK~? 」「楽しかった~?」と視聴者に笑いかける映像で締めくくられていた。
『なんだかレッスン場での素の2人の姿を見ているようで、めっちゃいい!』と、こちらも再生回数が瞬く間に驚くほど増えた。
そして、再生回数の増加と共に、なんとか円盤化してほしいという声も上がり、ついにCD発売が決定したのだ。
CD発売が決まったとき、マユちゃんが言った。
「すごいよね。もとから発売ありき、じゃなくて、発売してほしい、って声に応えて発売決定なんて……まあ、その声は当然予期してのことやとは思うけど」
私は、ふと思ったことを口にする。
「ねえ、マユちゃん。CD発売ってことは、これって、実質CD デビューってことちゃうん?」
「うん。ほんまやな。『デビュー決定!』ってライブ会場でサプライズ発表があって、メンバーみんながステージで歓喜する、っていういつもパターンと違うね」
「なんかするっとそのパターンを通り越したっていうか」
「……ほんまやね~。なんか不思議な感じ。感動のデビュー発表、そして、そのあとデビュー曲発売と、それからファーストライブツアー発表っていうのがたいていのパターンやと思うけど」
マユちゃんが続ける。
「しかもさ、CDの発売形態が、1つだけっていうのがいいよね。めっちゃ良心的」
そう。それ。
私は、それが発表されたとき、すごく嬉しかったのだ。
「そうやん。たいてい、どのグループもいろんな特典つけまくって、初回限定版Aにはこの特典がついて、Bにはこの特典、通常版にはこの特典とか、結局、3形態全部買わせよう、みたいな感じになってるもんね」私も力一杯同意する。
「そうそう。多いときには、4形態、5形態、ランダムについてくる特典で、買わないと中身がわからないみたいなのもあったりして。ほんとに、悩ましいもん。一番売りたいのはどれなん? 何なん? オマケ売りたいん?って言いたくなってくるときあるもん。オマケに振り回されたらあかん、とは思いつつも、それでもつい推しを応援するために、って思ってしまうから」
「なんだかなぁって感じやよね」
私もため息をつく。
実は、以前、琉生と複数形態のCDの販売のしかたについて、話をしたこともあった。
事務所的には、売上げ枚数を増やしてグループの実績を作るため、発売に関わる費用を少しでも多く回収するため、など収益上の理由もあって、その傾向にますます拍車がかかっている、と彼は申し訳なさそうな顔で言った。
「そうやんね。収益のこと考えたらなかなか難しいよね。ただ、私らみたいに財力のない学生にとっては、ほんとに好きな曲のCDを手に入れたいだけやのに、特典に悩まされるのは正直辛いなってときあるよ。もちろん、その特典がほしい人もいてるから、一概には言われへんけど」私が言うと、
「そうだよね……。でも僕もほんとに、自分たちの楽曲そのものを楽しんでもらえたらいいなって思う。誰にでも耳にしてもらいやすい形、手に取ってもらいやすい形で」
琉生はそう話していた。
もしかして、琉生は、今、そのとき言ったことを実現しようとしているのかな。
なかなか難しいことだと話してはいたけど。
そんなことを思い出していると、
「チケットの申し込み受付は来月になるみたいやね。申し込むよね?」マユちゃんが言った。
「あ。うん。もちろん」
マユちゃんには、琉生との話は何もしていない。でも、彼女は私がずっと琉生を推しているのを知っているので、この情報を知らせてくれたのだ。
マユちゃんとの電話を切って、課題に戻りながら、ちょっとため息をつく。
(ほんまにどんどん遠くなっていくなぁ……)
そう感じる一方で、彼は彼の場所で、自分の夢の形を実現させるためにがんばっているのだとも思う。
『少しずつ 夢の形は 変われども めざす想いは ひたすら熱く』
最近、“シマエナガのシマちゃん”が投稿した短歌だ。
あれから、琉生は、シマちゃんとして、時々、短歌を投稿している。
私たちは、お互いの書く作品に、ささやかだけど言葉を送り合う。
ささやかでも、言葉にはすごい力がある。
慰められたり、励まされたり、一歩を踏み出す勇気がでたり。
言葉のやりとりを通して、私たちは互いに想いを伝え合う。
元気だよ。
ここで、がんばってるよ。
応援してるよ。
今、大変だけど、けっこう楽しいよ。
夢に向けて、少しずつだけど、努力してるよ。
お互いの抱く、いろんな気持ちを込めて。
私は、ときどき思う。
もともと、言葉はなんのために生まれたのだろうか、と。
始まりは、お互いをもっとわかりあうため、もっと相手の思いを知るため、自分の思いを知ってもらうため。
そのために生まれたんじゃないだろうか。
『少しずつ 夢の形は 変われども めざす想いは ひたすら熱く』
そう、それぞれの抱く夢の形は、変わっていくこともあるけれど、心の中には熱い想いが変わらず、ある。
私は、つぶやく。
ねえ、琉生。
私は、元気だよ。
一生懸命生きてるよ。
いつか君に会える日まで、ずっと。
“少しずつ 夢の形は 変われども めざす想いは ひたすら熱く”
今はこの言葉が、私の明日への元気を引き出す呪文になった。




