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あのね。  作者: 原田楓香
51/51

51. 笑う門には


 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもあり、同じ文芸部の部員でもある。

 彼は、アイドルの卵だ。

 いや。これほど注目を浴びて活動をしていたら、もうとっくに、アイドルだと言ってもいいんじゃないのか。

 売れっ子の彼は、今日もテレビの中で爽やかに華やかに笑っている。

 




 笑う門には福来たる。

 この言葉は、真実かもしれない。

 この頃、私は本気でそう思う。


 2学期いっぱいで転校することが決まって、最初はめちゃくちゃ悲しくて、泣きまくった。けれど、気持ちを切り替え、毎日とにかく笑顔でいることを決めてから、びっくりするくらいツイてることが多いのだ。


 バス座席のくじもそうだし、部活でも琉生に会えるときが多い。

 昼間仕事でいなくても、放課後、ほんのわずかな時間でも、彼は登校してくることがある。本当に学校が好きな人なのだ。


「学校で勉強するのが好きなんだ」

 彼は、以前そう話していた。

「学校ってさ、一見役に立たなそうなことでもなんでも、いろんなジャンルで教えてくれるでしょ。そこが好きなんだ」

 琉生は続ける。

「自分では気づけない、やろうと思わない分野のことにも、広く浅く出会わせてくれる。その中で、自分がすごく好きになれる何かに出会えるかもしれない。そのとき何も思わなくても、あとから気になることだってあるかもしれないし」

「うん。私もそう思う。よく、学校の勉強なんて、社会に出たら役に立たない、だから学校の授業なんて聞かなくてもいい。そう言う人もいるけど、役に立つことしか意味がないわけとちゃうやん? 役に立たんくても、おもしろいもんはおもしろいんやし。いろんなことにチャレンジさせてもらえるのって、学校の一番ええとこちゃうかなって思う」

 私も、琉生の考えに大賛成で、思わず力説してしまう。

 琉生も、そうそう、とうなずいてくれる。

 目の前でほほ笑むその人を見つめながら、

(ああ。ほんとに、この人の考え方って、好きやな)

 心の中で思う。


 もちろん、考え方だけじゃない。

 琉生、その人がまるっと全部、私は大好きなんだ。

 


『推し』という言葉は、便利な言葉だ。

 これは、私、織田 空の勝手なイメージだけど。

『推し』という言葉には、ただ『好き』というよりも前向きな響きがある。

 誰かを応援してますよ、という温かくもカラッと楽しいイメージがある。

 同時に、一方通行で見返りを求めない、献身的なひたむきさもある。

 相手がこの世にいてくれるだけで幸せになれてしまう、ある意味、能天気とも呼べる一面すらある。


 私は小5からずっと、彼を推してきた。

 推している、と思っていた。

『ガチ恋』、つまりガチで恋をすることは、ないと思っていた。

 だから、ずっと、彼のことを、『推し』だと言い続けてきた。


 でも、クラスメートになって以来、気づくといつの間にか、『推し』は、『ガチ恋』の相手になっていた。

 そのことにずっと気づかないフリをしようと思っていた。


 だって。

 この先ずっとそばにいられるわけじゃない。

 違う世界の人とまでは思わないけど、普通に好きになって、想いを伝えて、うまくいけば、ずっと一緒にいられる。そんな相手ではない。

 そんなの、わかってる。


 会えなくなる日を思うと泣きそうになる気持ちを押し込めて、私は毎日目一杯笑う。

 

 今は、すぐそばにいられるやん。

 幸せや。

 心の中で、そう繰り返す。

 そして、笑う。

 笑顔だけでも、覚えていてほしいから。

 だから、笑う。

 


 笑う門には福来たる。

 大阪のおばあちゃんがよくいう言葉だけど、「ほんまそれ!」な気がする毎日だ。





 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもあり、同じ文芸部の部員でもある。

 彼は、アイドルの卵だ。

 いや。これほど注目を浴びて活動をしていたら、もうとっくに、アイドルだと言ってもいいだろう。

 まだなのは、CDデビューだけ。



 今、テレビの画面の中では、琉生と想太がバラエティー番組に出演している。

 7人の挑戦者全員で、ある曲のダンスを踊りつつ、各自ちょうど60秒経ったと思ったら踊りを止めて計測ボタンを押し、一番60秒に近かった者が勝ちという、体感時間の正確さを競う勝負に挑んでいる。


 MCの人に、「自信は?」と聞かれて、琉生は正直に、「いや。あまり自信はないです。でも、好きで何度も踊った曲なので、なんとなく時間の感覚をつかめてる気がします」と控えめだけど、カッコいい表情で応えている。

 琉生はこんなとき、いつもわりと控えめな発言が多い。それでいて、けっこう上手くいく。もし失敗しても、「あああ。残念。ごめんなさい。いけそうな気がしたんだけど……」と、ほんとに残念そうにする姿がこれまた可愛くて、みんなに、「大丈夫大丈夫。次はきっと上手くいくよ」なんて励まされたりもする。琉生の繰り出すカッコいいと可愛いは、いつも絶妙なバランスだ。


 一方の想太は、「ん~。自信は、あります! ってか、根拠はないけど、なんかいけそうな気がします! 」と朗らかに言い切って、「根拠はないんかい!」とツッコまれている。彼もまた、なんでも要領よくこなすのだが、たとえ失敗しても、関西弁で「あれ~、おかしいなあ。自信あってんけどなあ。テヘ」みたいな感じで可愛く笑う。だから、みんなも笑ってその場の空気がいっそう和やかになるのだ。

 2人とも少しタイプは違うけど、カッコよさも可愛さも兼ね備えた愛されキャラなのだ。


 今日の2人のチャレンジは、勝負としては失敗だった。2人とも、60秒どころか、80秒くらいたっぷり踊って、タイマーを止めたのだ。

「全然時間過ぎまくってるやん」とMCの人に言われ、スタジオ中に笑いが起きた。

 でも、一方で他の挑戦者の中には、ひたすら時間をカウントすることに夢中でダンスも笑顔も忘れている人もいて、時間はともかく素敵な笑顔と見事なダンスを披露した2人は、「さすがアイドル」と絶賛されていた。


(こういうところが、いいねんなあ。さすがやなあ)

 彼らは、自分たちがどんな姿を見せたいか、見せるべきか、ちゃんとわかっている気がする。


 画面の向こうで、琉生と想太が何かささやき合い、次の瞬間、はじけるような明るい笑顔を見せた。

 MCの人が、想太に訊く。

「今、2人で何話してたん?」

「え。いや、今日帰りカラオケ寄って次にそなえて特訓しよかって言うてたんです」

 続けて琉生が元気な笑顔で言う。

「ぜひまた再チャレンジさせてください。そのときまでがんばって練習しときます」

「君ら、マジメやなぁ~」

「いえ、マジメやのうて、ちょこっと負けず嫌いなんです~」想太が笑いながら言う。

「“ちょこっと”ちゃうやろ、“めっちゃ”、やろ~」

「へへ」「へへ」

 琉生と想太が可愛く顔を見合わせて笑う。

 口元からみえる綺麗に並んだ白い歯。爽やかで美しい2人の笑顔に、スタジオのお客さん達の「わあ」という歓声が聞こえる。


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