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あのね。  作者: 原田楓香
4/21

④紙の本


 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもある。

 しかも、同じ図書委員という任務?を背負い、週に1~2回、私の隣で図書館のカウンターにいる。



 放課後の図書館に、熱い期待と緊張感が漂う。ただ、場所が場所だけに(図書館だ)、誰もが必死でその興奮を抑えて、館内のあちこちに佇む。カウンターに一番近い席をゲットすることをもくろむ子たちは、帰りのホームルームを終えると、猛ダッシュで図書館に向かう。

 そう。今日は、3年1組、うちのクラスが放課後の当番に当たっている。つまり、琉生がカウンターにいる日だ。

 前回は、急な仕事でいなかった琉生が、今日はいる!

 館内に漂う熱気は、いつもの倍のエネルギーを持っているようだ。



「この前は、ごめんね」

 今日は、今週2回目の当番だ。琉生はカウンターに着くなり、あらためてそう言った。

「いいよ~。誰でも用があるときは仕方ないし。全然気にしなくていいよ」

 でも、責任感の強い琉生は、けっこう“気にしぃ”だ。

「何でも言って。今日はその分、いっぱい働くから」

 爽やかに切れ長の目元をなごませて、キラキラした目で熱心に言う。

「おや? ほんとに何でも言っていいんでしょうか……」

 私はわざと重々しく言ってみる。

「も、もちろん」

 ちょっと不安そう? 

 琉生が少し瞬きをして真面目な顔つきになった。


 頭脳明晰冷静沈着、なんて言われている琉生。でも、そのイメージは、彼の容貌によるところが大きく、ほんとは、案外お茶目で、とぼけたところもあって、ごく普通に焦ったり動揺したりもする人なのだ、ということが、少しずつわかってきた。実は、ここだけの話、彼のちょっと焦ってる表情はなんだか可愛かったりする。


 おかげで、彼をモデルにして書いている物語の中の王子は、どんどんキャラ変しつつある。少なくとも“氷の”王子ではなくなってきている。それは、もちろん、王子が旅の中で出会った人々や事件の影響にもよるのだけれど。モデルの琉生のおかげも大きい。(彼には、長編を書いているとは言ったことはあるけど、彼をモデルにしてるとは言ってない)

 温かくて、優しい。マジメで、責任感が強い。特別な王子様なんかじゃなくて、ごく普通に、笑ったり悩んだりしながら、一生懸命生きている、1人の男の子。

 私の“王子”はちゃんと生きて、泣いて、笑って、怒って、喜んで、どんどん人間味のある存在になりつつある。


「何したらいい?」

 琉生が、小さい声で言った。

「あのね。時計。時計が止まって、電池入れ替えたいけど」

 カウンターから見える向こうの壁の掛け時計を指さす。

「司書教諭の先生も私も、全然届かんくて困っててん」


 時計は壁の結構高い位置にかけられている。館内にある踏み台や椅子に乗って背伸びしたけど、届かなかったのだ。

「こんな高いところに時計つけたん、誰?」

 先生はぼやきながら、恨めしそうに時計をにらんで、

「そうだ、藤澤くん。藤澤くんがきた時に頼もう」と言ったのだ。

 

 琉生に電池を手渡すと、

「お安いご用」

 にっこり笑って、琉生は踏み台と電池を手に、時計のところに歩いて行く。

 その姿を、館内にいる女子たちが目で追う。

 細身の割に、意外と肩幅がある。なのに、頭がとても小さくて手足が長く、一体何頭身なのか。つい考えてしまう。


 踏み台に乗った琉生が、その長い腕を伸ばして、あっさり時計をはずし、さっと電池を入れ替える。そして再び、壁に時計を取り付ける。ほんの数分もかからない。この前、私と先生が、必死で背伸びして手を伸ばしても届かずに苦労したのはなんだったのだ? というくらい、あっさり片付いてしまった。


 正直なところ、『素敵』と思うより先に、なんかズルい、って思ってしまった。

 一生懸命伸ばしても届かない自分の手。あっさりと必要なところに届いてしまう彼の手。

 そのことが、何か、それぞれの人生を暗示しているような気がしてしまったのだ――――大げさ?


「ありがとう」

 一瞬、ズルいと思ってしまった気持ちを心の中に押し込んで笑顔で言う。

「どういたしまして」

 琉生は、任務を一つやり終えて、次の指示を待つかのように、じっと私の目を見ている。透き通るような眼差し。瞳の色が光の加減か、少し琥珀色に見える。

 あかん……。至近距離で、これは破壊力ありすぎ……。

 私は、あわてて、

「はい。では、次なる任務をお伝えします」

「はいはい」

 コクコクと琉生がうなずく。


「これです!」

 じゃじゃ~んと効果音が鳴りそうな勢いで、私は、本の山を指さす。

「げ」

 琉生が、“王子様”らしからぬ声を出す。

「もしかして、それは新刊本?」

「もしかしなくても、そう」

「そして、ラベル貼り&ブッカー作業のいるやつ?」

「いるやつ」

「うげ」

 王子がもう一度、うめいた。


 うちの学校図書館の年間予算は決して多くはない(らしい。詳しくは知らないけど、司書教諭の先生は、少ない、といつもぼやいている)ので、少しでも安く1冊でも多く購入できるよう、先生は、本の外側に透明なブックカバーのシートを巻いていない状態で本を購入することが多い。(そうすると、何%か安く買えるらしい)

 そして時々、届いた本に分類ラベル・バーコード貼り、ブッカー(本の外側に透明なカバーを巻く)仕事が、私たち図書委員に回ってくることがあるのだ。


 琉生が来れなかった当番の日、中くらいの段ボール箱2つ分の本が届いたのだ。

 先生は、その日の当番表を見ると、嬉しそうににっこりと笑って、箱を指さした。

「おお。今日は、3年1組の2人だね。ありがとう。よろしく」

「すみません。今日は1人です。藤澤くんはお仕事です。……まさか、これ全部やるんですか?」

 さすがに、顔が引きつる。40冊はありそう。

 新しい本が届いたのは嬉しいけど。けっこう、それはめんどくさい作業なのだ。

「そうか~。1人か~。じゃあ、やめとこう。今度、藤澤氏もいるときでいいよ」

「それなら、なんとか……」

「いや、ごめんね。前に図書委員全員、お試しでやってもらったとき、一番速くてきれいに仕上げたのが君たちだったからね~」

 そう言うと、先生は、段ボール箱のフタを閉め、事務室に片付け、館内を見回した。

「そういうわけで、次来たときでいいから、頼むね。それと、今日は、少し早めに閉めよう。たぶん、あんまり人も来ないだろうし」

 そう言われて見ると、確かに、曜日を問わず来ているわずかな常連さんの姿しかない。大量にたむろしている女の子たちの姿がない。

 恐るべし……藤澤琉生の集客力。



 そして、次の当番日――――今日だ。

「……で。琉生くん、先生からのご指名です。2人でがんばって、サクッと終わらせましょう」

「うう……」

 げっそりした顔の琉生に、カウンター近くのテーブルがざわつく。私の方に、非難の眼差しを向ける子もいる。

(違うって。私が、彼に嫌がらせしたわけじゃないってば)


 そんな空気を知ってか知らずか、気持ちを切り替えた琉生は制服の袖をまくっている。

「しかたないね。やろうか。ひとまず、バーコードシール貼ろう」

「先生が、分類ラベルは貼ってくれてる」

「それは助かるね。分類は、けっこう難しくて迷うもんね」

「そうそう。これってどっちにも当てはまるやん、ってことあるもんね」

 

 バーコードを貼ったあとは、いよいよブッカー作業だ。

 これが緊張する。片面にのりのついた透明なシートを本の表紙にぴったりと巻いていく。

 スマホの表面に割れやキズ防止用のシートを貼るときみたいに、空気が入ったりシワが寄ったりしないようにするのは、けっこうコツがいる。


 黙々と作業を進めていると、館内の空気も次第に落ち着いていく。手を煩わせないようにと、気遣ってくれているのか、今日は、カウンターに来る人もほとんどいない。


 ある1冊のハードカバーの本を手にしたとき、琉生が言った。

「これ。巻きたくないな」

「ん?」

「ほら、触ってみて。この手触り、いい感じ。程よくざらっとした味わいのある紙で」

「あ。ほんまや……。気持ちいい。これ、ブッカー巻いてしまうと、他の本と同じつるんってした表紙になってしまうもんね」

「うん。図書館に置く本だから、長期保存のためにはブッカー巻くのはしかたないけど。でも、ほんとは、この表紙の手触りを、読む人にも味わってほしいよね」

「うん。きっと、この中の1枚1枚のページもどんな紙にするのか、きっといっぱい考えて作ってるよね。表紙の紙も、すごく吟味して選んでるよね……もったいないね。カバー巻いてしまうの……」

「うん。もったいない」

 2人で、じっと作業台の上の本を見つめる。紙もいいけど、タイトルの文字の配置もイラストも素敵な本だ。


「あのね」

 私は前に読んだある本のことを思い出した。(*『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』佐々涼子 著 早川書房)

「うん?」

「東北の大震災の時にね、製紙工場が壊滅的な打撃を受けて、もう、このまま工場を再開するのは無理かもしれない、って状況だったのを、なんとかして、工場を再開できるようにたくさんの人たちが尽力したおかげで、工場は再び、紙を作れるようになったって。そのおかげで、今も、私たちは、紙の本を読むことができるんやって。本の紙を作り続けることを決意して、がんばってくれた人たちがいたから、こうして、図書館に新しい紙の本が届くんやって」

「すごいね。そう思ったら、紙の本の存在って、めちゃくちゃ……愛おしいね」

「うん。ほんまそう」

「紙の本って……いいね」

 琉生がしみじみした口調で言う。

「うん」

 2人で、まだブッカーを巻いていない本に手をのせて、紙の手触りを楽しむ。

「これ。巻くのやめとこ」

 私が言うと、

「うん。今しばらく、この紙のままにしておきたい」

 琉生がうなずいた。


 琉生と私は、本作りに携わる人たち、本の紙を作る人たちへの感謝の気持ちを込めて、しばし、じっと本を見つめる。



 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもある。

 しかも、同じ図書委員という任務?を背負い、週に1~2回、私の隣で図書館のカウンターにいる。


 

 2人で、ブッカーを巻く手を止めて、本を見つめていると、先生がやってきた。

「お。がんばってくれてるね。ありがとう~。あら、どうした?」

 先生は、そっと本の表紙に触れている私たちを見て、不思議そうな顔になった。

「あ、いえ、この本、紙がすごく味のある、心地いい手触りで」

 琉生に続けて私も言った。

「ブッカー巻きたくないなって」

 すると、先生は、嬉しそうにうなずくと、

「うわ。君たちもそう思った? 嬉しい。私も、同じこと思ったのよ」

 琉生が、それを聞いて、提案する。

「先生、ブッカー巻かずに、バーコードシールの上だけシートを貼って、そのまま紙も味わってね、って貸し出しませんか?」

 

 私も、横で力一杯うなずいた。




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