後日談 バレンタインぽい何か
結婚式直前になってライアーが私を連れ出して、さらに悪ノリした魔王が他の魔族を従えてわけのわからない試練をルシアンに与えて遊んだりとかの紆余曲折があったりしたけど、無事結婚式は行われた。
ちなみに試練の内容をルシアンに聞いてみたけど教えてくれなかった。苦々しい顔をしていたので、ろくでもないものだったのだろう。
ライアーは定期的に遊ぶという約束をしたら納得してくれたので、そこは問題ない。リリアの結婚があれだったから不安になってしまったのだと思う。当事者じゃないのにマリッジブルーになるなよとかは思ったけど、問題ない。
問題なのは、結婚して一週間で私が音を上げたことだ。
たしかに、深いこと考えずに「部屋でのんびり過ごしたい」とは言った。だけど四六時中部屋にいたいと言った覚えはない。
二人きりだからとここぞとばかりに甘い空気を作り出すルシアンに、色々な意味で耐え切れなくなった私は、もう無理無理無理と部屋を抜け出した。
ここぞとばかりに発揮した逃亡癖によって、ルシアンの制止を振り切り王城を駆け回ること三十分。私は人気のない場所でたそがれている。
間違いなく帰ったら怒られるけど、帰らなくても怒られる。
「わかる、わかるんだけど、もう少し、もう少し、こう!」
ひとりでわけのわからないことを呟くしかない。
ルシアンの気もちもわかるつもりだ。結婚するまでは過度なスキンシップ反対と言い続けていたせいだということもわかる。
わりと普通に私に会いにくる人がいるので、中々二人きりになれなかったからというのもわかる。
わかる、わかるのだけど、それに私が耐えられるかどうかは別だ。
これでも頑張って耐えたつもりだ。一週間だけとはいえ、できる限り耐えた。触れるだけのキスが気づいたら深いものになっていて、何故かそのまま押し倒されたりするのにも頑張って耐えた。
だけどこれが後二ヶ月続くのかと思ったら無理だった。
あのままだととける。色々な意味で。
甘い空気とか、甘い言葉とか、そういうものに私は慣れていない。リリアは結婚直後から罵詈雑言だった。
結婚までいったのに何を今さらと言う人もいるだろう。だけど、私には無理だ。恥ずかしくてとける。
ルシアンが四六時中私にべったりな理由はわかっているつもりだ。これまでがこれまでなので、色々不安になっているのだろう。
実際不安そうにしているときがあるので、その予想は間違っていないと思う。後恥ずかしいからと私から好きとかそういうのを言っていないのも原因の一つだということもわかっている。
「……なんでこの世界には、行事があまりないのよ」
感謝の証として贈り物をする行事がこの世界にはない。婚約者や恋人に誕生祝で贈り物をするけど、それも節目にしかやらない。
別に行事がなくても贈り物をしてもいいわけだけど、やはり行事にかこつけて渡すのとでは必要な勇気が違う。
「女神様の教えよりもバレンタインとか、そういうのを広めてほしかったわ」
過去の自分、というかリリアに文句をつけるしかない。
「ないのなら作ればよろしいのでは?」
どうしようもない悪態を吐いていたら、声をかけられた。視線を巡らせると書類を片手に持ったクロエがいた。
「別に、行事を作ってはいけないという法はありません。作りたいのでしたら、協力しますよ」
「それは別にいいけど……いつからそこにいたの?」
「わかるとかなんとか騒いでいたときから」
それならそれでさっさと声をかけてほしかった。
ちなみにクロエは陛下と結婚してからというもの、職務に追われている。結婚してからだいぶ経つけど、妊娠の兆しがないのはそのせいだ。
癒しの力があるとはいえ、妊娠と出産は身の危険がつきまとう。今抜けると陛下の負担が大変なことになるから、前の王様が残した色々な厄介事を処理しきるまでは子どもを作る気がないらしい。
「まあ、日頃の感謝を伝えたいということでしたら無理に行事を作らなくても……お菓子か何かを作ったからという建前でお伝えすればよろしいのではないでしょうか」
「……カカオってこの世界にあるかしら」
「ずいぶんとバレンタインにこだわりますね」
「だってほら、冬だから」
冬といえばバレンタインとクリスマスだ。
「植物はあちらとはだいぶ違いますが……似たようなものはあるかもしれません。ですが……カカオからチョコを作る方法はご存じですか?」
「……知らないわね」
カカオはとても苦いということしか知らない。
ちなみに、この世界にチョコはない。チョコっぽい味のする飲み物はあるけど、固形にはできないらしい。焼き菓子に混ぜこめばチョコクッキー的なものになるだろうか。
「あれは花の蜜を果汁に混ぜているものなので、無理ではないかもしれませんが……焼き菓子に混ぜるとなると量の調整によって味が少し変わるかもしれません」
よくわからない花の蜜をよくわからない果汁に混ぜると、あら不思議チョコっぽい味になるらしい。もうよくわからなかったから、やめておくことにしよう。
世の中にはチョコを贈る行事があるという建前で何か贈ろうと思ったのだが、難しそうだ。
ということで、クロエを巻き込んで女子による料理会を開いたからそのお裾分けという建前を使うことにした。
「焼き菓子なら失敗はしないでしょうけど、私が監修を務めてさしあげます」
何故か女子じゃないのも混ざってきたけど、そこはもう気にしないことにしよう。
ちなみに今現在、魔王が王城に滞在中だ。そのため、魔王の血肉を作るのは自分の役目だとばかりに厨房に入り浸っている魔族がいたり、魔王がいるなら自分もいいよねとばかりに王城をほっつき歩く魔族がいたりする。
陛下の胃に穴が空く日も近いかもしれない。
「ボクにも作ってくれるんだよね?」
ずっしりとした重みが頭部にかかり、思わず振り払う。
「他の奴に渡したのと同じものをルシアン殿下にあげるのはどうかと思いますので……他の奴らには私と共同で作ったものを渡すというのはいかがでしょうか」
そして鮮やかにスルーするクロエに倣って、私も気にしないことにした。
クロエの料理の腕前が摩訶不思議だったけど、厨房に入り浸っている魔族のお陰でなんとか焼き菓子の形をしているものが出来上がった。どうせ食べるのはお腹を壊しそうもない奴らなので、問題ないだろう。
ルシアンにあげる分は綺麗に焼きあがった。途中掠め取ろうとしてきたのがいたけど、クロエに撃退されていた。
飛ぶ剣のせいで厨房の壁が一部削れたりしたけど、そこはきっと後で修繕するのだろう。多分。
その場にいた二人以外にはクロエが渡してくれるそうなので、私はルシアンに渡しに行くことになった。
ちなみに陛下にもあげるらしい。穴が空く前に壊れるかもしれない。
「レティシア!」
部屋に戻ると、ルシアンが待ち構えていた。
そういえば私は逃げ出した最中だった。お菓子作りが楽しくて、うっかり忘れてた。
「よかった、戻ってきてくれないかと思った……」
ぎゅうと抱きしめてくるルシアンの背中に腕を回す。無理以外にも何か言って逃げ出せばよかった。
「ええ、とね……ルシアンのために焼き菓子を焼いてきたの。食べてくれる?」
クロエ曰く、上目遣いでお願いすればたいていのことは通るそうなので、言われたとおり実践する。
「君が?」
「え、ええ。口に合うかはわからないけど」
一枚味見したところ問題なかったけど、ルシアンは豪勢なお菓子を食べ慣れている。私が作ったのは、しょせん家庭の味レベルのものなので、素朴すぎるかもしれない。
「君が作ったものが口に合わないわけないよ」
クロエとの合作も持ってくればよかったかもしれない。
侍女に頼んでお茶を用意してもらって、お皿の上に並べられた焼き菓子を二人で摘まむ。うん、やっぱり素朴だ。
「レティシアらしい味だね」
それはどういう意味だろうか。
「美味しいよ」
私の心の声を読んだのか、ルシアンはふんわりと柔らかく微笑んだ。そう、こういうのでいい。こういう穏やかな時間が過ごせれば私はそれだけで十分だ。
無駄に甘くする必要はどこにもない。
「あのね、ルシアン」
「何?」
「もう少し、こう……慎ましい感じのほうが私の性に合っているのよ。こう、甘々な感じはどうも……苦手なのよね」
意を決して言うと、ルシアンは少し困ったように眉を下げる。
「君を甘やかしているつもりはなかったんだけど……でも、わかった」
そして、ルシアンは焼き菓子を一枚手に取って私に差し出してきた。
「じゃあどこまでなら大丈夫か、色々試してみないとね」
食えというのか。はい、あーんみたいなものをしろと言うのか。
違う、これは絶対わかってない。いや、わかってやっているのか。
「だ、だからこういうのは苦手なのよ……!」
「じゃあ食べさせてくれる?」
少しだけ口を開けて待つルシアンに、数日後にはまた逃げ出すことになりそうだ、と遠い目をすることしかできなかった。
「悪役令嬢を目指します!」は番外編も含めここで完結とさせていただきます。
最後までお付き合いありがとうございました。
 




