日常
フェイの目覚めは最悪の一言に尽きる。目が覚めても体が動こうとせず、時間だけが過ぎていくからだ。
ほかの者たちはすでに働いている時間。フェイは申しわけないと思いつつも起きあがらないでいた。
以前、無理に起きようとしたら寝ていたほうがいいと止められたからだ。
のろのろと起きあがりお仕着せに着替える。まず向かうのはアンナがいる部屋。足取りは重い。
「おはようございます」
「おはようございます。今日は少しだけですけれど、顔色がよいので安心しました。それと話は聞いていますよ。今日も補修作業をするのですね」
「はい。何かありましたら呼んでください」
退室し厨房へ向かった。朝が遅いフェイのために、少なめの食事が用意されているからだ。それを受け取りにいく。
前に申し訳ないと思い、自分のために作らなくていいと言ったら怒られたことを思い出す。
おそるおそる紙に包まれたサンドイッチを受け取る。野菜とハムが茶色いパンに挟まったものだ。
「いつもありがとうございます、オーソンさん……」
「おう」
ぞんざいに返事をしたのはオーソン。屋敷で働く料理人で、フェイは怒られたことがあり苦手だった。
「ちゃんと食えよ?」
「はぃ……」
フェイは恐々《こわごわ》と返事する。そのあと自室で朝食をとった。
食べ終わり先日の続きを始めようとしたが、眠いのかまぶたが下がってきてしまう。机に持たれかかり寝息を立てはじめた。
目が覚め、随分寝てしまったと上体を起こす。そのとき、いつの間にか肩にかかっていた布がパサリと落ちた。誰かが掛けてくれたのだろう。フェイは布を丁寧に折りたたみ机のすみに移動させる。
机には昼食の芋のスープが置いてあった。もうお昼かと呟き、誰かが持ってきてくれたスープを見つめる。
だが、フェイはお腹が空いていない。お腹をさすり具合を確かめるも入りそうになかった。
スープの量はほかの人よりは少なく、フェイもなんとか七割ほどをお腹へと詰めこむ。これも半分以上残すとオーソンに怒られるからだ。そう、すごく怒られる。
やっとの思いで食べ終わってからは布絵の修復を始める。
基本的には同じことの繰り返しになるので、今のフェイでもそれなりに進めることができる。
それに単純な作業は嫌な考えから少し逃げられるからと、少し気に入ってもいた。
気づけば部屋は薄暗く、フェイは作業を中断し裁縫道具を片づける。一度伸びをしたところで扉が叩かれた。
「フェイ、入るわよ」
アラキナが布絵の進捗を気にして見に来たのだろう。
「どう、進んだ?」
「それなりに進んだと思います……」
フェイは布絵を広げてみせる。裂けた箇所を似た色の糸でつなぎ合わせているのが見てとれた。
「ほんとだ、こんなに細かいのよくできるよね。私だったら絶対無理だよ。むずむずして放りたくなっちゃうから」
「あれ、でも昨日は一緒にやってましたよね?」
「うん、頑張った」
「そう、だったんだ……」
片付けてから向かった食堂では、グリッテイが先に席についていた。その近くの席へと座る。
「今日はグリッティさんのほうが早かったんですね」
「ええ。仕事のキリが良く、早めに終わったからですわね」
「そうだったんですね」
「そちらの進捗はどうですの?」
「それなり、でしょうか……見てみますか?」
「やめておきますわ。どうせなら直ったあとの綺麗な状態で拝見させていただきます」
「なら、早く直さないとですね……」
話している二人をアラキナがニヤニヤと楽しそうに見ていた。
「なんですのアラキナ、さっきからニヤニヤして」
「別にぃ? グリッティは素直じゃないからね~」
「一体何なんですの」
グリッティが不満な顔をするがアラキナのニヤニヤは止まらなかった。
「もう、わたくしのことはいいですから。二人は明日の休みはどうしますの?」
「え? 明日休みなんですか……?」
「そうだよ、一週間くらい前にアンナさんが言ってたよ。覚えてない?」
フェイはまったく身に覚えがなかった。
「テューダー様が王都に行くから、一度お休みにするって言ってたよ」
「そう、なんだ……」
「私は街で欲しいものがあるから買いに行こうかな」
「わたくしも街に行こうと思ってましたわ」
「フェイはどうするの?」
「わたしは……」
フェイは言いよどむ。お金がほとんど残っておらず、街へ行くとしても多少の買い物しかできないだろう。
それに、布絵のほうが気になりあまり魅力を感じなかった。
「わたしは……布絵を直そうと思います……」
「まぁ、それもいいんじゃない? 少しくらいならお土産も買ってこれるけど何か欲しいものはある?」
「わ、わたくしも何か買ってきてあげますわ」
「えっと……なんでもいいですよ……?」
突如グリッティが立ちあがる。次の瞬間には両手でフェイの頬をつねっていた。フェイは目を白黒させるが、じっとりとグリッテイににらまれる。
「いいフェイ? なんでもいいと、どうでもいいはほとんど同じなのよ。わかったら何が欲しいか仰い?」
「あ、甘いもの……! 甘いものがいい、です……!」
「そう、わかったわ」
開放され安堵したフェイを気にも留めず、グリッティは優雅に椅子に座りなおした。すでにいつもの表情に戻っている。
フェイはグリッティがなぜ怒るのかわかっていない。強引ではあるものの、これが彼女なりの思いやりなのだろう。
そんなグリッティをにまにまと見ているのはアラキナだ。そして、余計な一言を発しようとする。
「グリッティってばほんとに――」
ガンッ!
「――あいったぁあ!?」
「それ以上言いましたら蹴りますわよ?」
「もう蹴ってると思う~、横暴だ~」
「蹴っておりませんわ、ちょっと踏んでしまっただけです」
「ぬぐぅ……」
「フェイはこんな暴力を振るう女になっちゃ駄目だからね?」
「は、はぃ……」
「いいえ、フェイはもっと他人の心の機微を感じてわたくしのように優しくなるべきですわ」
「…………」
二人は遠慮のないところがある。フェイは基本的には仲が悪いと思っているが、よくわかっていなかった。
それに『機微』とはなんだろうかと首を傾げるばかり。
優しい、という言葉が関係することは理解していたが、グリッティがアラキナに対して優しくないからか、正解にたどり着けないでいた。
「グリッティ、たぶんこの子理解してないよ?」
「はぁ……もういいですわ。わたくしは先に戻ります、おやすみなさいフェイ」
グリッティが食べ終わった食器をフェイの分まで持っていく。アラキナの分は捨て置かれていた。
いまだに足を押さえるアラキナ。
「アラキナ姉さん、大丈夫……?」
「大丈夫ー、フェイも先戻ってていいよ、おやすみー」
「わかりました……アラキナ姉さんもおやすみなさい」
部屋に戻ればいつものように体を拭き、薄着に着替えてからベッドへ倒れこんだ。
だが、夜なのに体は重く、ベッドに引きつけられるようだった。少し動きすぎたかもしれない。
目を閉じれば珍しく、すぐに眠気がやってきた。