第900話、思惑は交差する
アポリト浮遊島中央島のタルギア大公の館、天球の間。
主であるタルギアの後ろに控えるスティグメ騎士隊長は硬い表情だった。専用の椅子から報告案件の一部始終を確認していたタルギアは鷹揚に言った。
「姉上の暗殺は失敗したか」
「はい……」
「貴様にしては、出来の悪い台本だったぞ」
「面目次第もございません」
スティグメは頭を垂れた。
「まさか、ジン・アミウールがあの場にいて、よもやこちらの策を阻むなど――」
「そうではない。……そうではないのだ、メトレィ」
タルギアは歌うように目を閉じたが、背中ごしではスティグメに見えるはずもなかった。
「奴は、貴様の策の尻拭いをしたのだ」
「は……?」
「わからぬのか? まあそうよな」
わかれば、あのような策などとらなんだ――タルギアは椅子を回した。
「魔人機ならば親衛隊のガードを抜けると思うたか? たとえ暗殺に成功したとしても、操縦者は、直後に親衛隊に捕縛され、そこから暗殺の黒幕が探られておったわ。このたわけが!」
「申し訳ございません!」
スティグメはその場にひれ伏した。だがタルギアは、怒りではなく笑みを浮かべた。
「暗殺できなかったのは残念ではあるが、しかしジン・アミウールはよくやった。操縦者を骨も残さず爆殺して暗殺者の手掛かりを消したのみならず、貴様の庇護にあることを表明することで、余の暗殺への関与の可能性を潰した」
スティグメ騎士隊長は、タルギア大公の子飼い。そのスティグメの庇護を受けている者が暗殺阻止をしたということは、少なくとも今回の暗殺未遂は、大公の関与は薄い、と女帝や親衛隊は考えるだろう。
「貴様は奴に暗殺計画を披露していたのか?」
「滅相もございません」
スティグメは首を横に振った。
「御身に危険の降りかかる可能性のある重大事。他言などできますまい」
「……ならば恐ろしく察しのよい奴よな」
タルギアは鼻をならした。
「カノナスから、こちらの関係を聞いておったのだろう。そうでなければ、こうも上手くに立ち回れまい」
「……恐れながら、ジン・アミウールには如何応じましょうか?」
「このままでよい。下手に余が接触してボロを出すこともあるまい」
「ははっ」
「次の策を考えよう。……ああ、それと、カノナスに、奴のことを含めて成果の報告を寄越すよう使者を送れ。老人どもが騒ぎ出す前にな」
「承知いたしました、我が主」
・ ・ ・
「せんせっ、魔人機を素手で握りつぶしたって本当か!?」
今日もグレーニャ・エルの明るい声が響く。俺は訓練場脇のベンチに腰掛け、天を仰ぐ。
「何だいそりゃ、ゴリラか」
「ゴリラって何だ、せんせェ」
俺の視界にグレーニャ・エルの顔のどアップが入り込む。好奇心旺盛な悪ガキみたいな顔をしてやがる。
「霊長類最強の動物だよ」
「れーちょーるいって――」
「ドゥエルの腕を潰したのは素手ではなく、魔法でやったんだよ」
話を逸らしてやれば、エルはさっそく『魔法』というワードに食いついた。
「魔法! 魔法で魔人機を潰したのか!? せんせはスゴイな!」
「エル、魔法でなら、わたしもあなたも多分魔人機くらい倒せるわ」
グレーニャ・ハルが、ちゃっかり俺の隣に座って言った。
「わたしのアーススパイクやクラッグプレスなら、魔人機の一機や二機造作もないわ」
「姉貴姉貴! あたしは!?」
「雷でもぶつければいいんじゃないかしら」
淡々と言うハルに、エルは眉を潜めた。
「雷で、魔人機を貫けるかなぁ……」
「しっかりなさい、エル。あなた、風の魔神機巫女候補でしょう? それくらいできなきゃいけないのよ」
「でもさぁ……。せんせー」
「いいかい、エル。魔法は自分の意思の力が鍵だ」
俺は、ベルさんに教わり、そして教えを乞う者たちに伝えてきたことを告げる。
「目の前の大きさは関係ない。相手が大きいから無理とか、そんなことは決してないんだよ」
グレーニャ姉妹に言ったつもりだったが、訓練場の生徒たちが手を止めて聞いていた。俺が改めて見回すと、騎士生徒たちは再び体を動かし、熱心に訓練に励む。
特にブルやレオス、クルフは、俺が魔人機を魔法で御したのを目の当たりにしていたから、その熱の入れ方が半端なかった。
グレーニャ姉妹から、本日の魔法講義をとせがまれた時、来客があった。
メトレィ・スティグメ騎士隊長その人である。訓練場が見えるが少し離れた場所へ移動して二人だけで会話となる。
「君には礼を言う、ジン・アミウール」
スティグメ騎士隊長は言った。
「大公閣下よりお叱りを受けたが、私の不始末の処理をさせてしまうことになって――」
「あれはあなたのせいではないでしょう」
あの場に居合わせただけで、叱られたとは不運なことだと俺は思う。まあ、大公閣下は女帝陛下の弟だというし、肉親の命の危機とあれば怒りをぶつけられてしまうこともあろう。
「暗殺者のこと、何かわかりましたか?」
「いや。……君が完璧に吹き飛ばしてくれたからね。わかろうはずもない」
微笑するスティグメ。俺は頬をかいた。
「少々やり過ぎましたかね」
「いいや、完璧な仕事だったよ」
パイロットを失った魔人機はそれ以上の脅威にはならない。コクピット内のみに留めて機体を爆発させなかったことで、二次被害は防げたと思う。犯人を割り出すという点では落第だったが。
俺は話題を変えることにした。
「近々、十二騎士選抜の大会があるそうですね」
「ああ」
「若い騎士たちが次の十二騎士を目指して頑張っています」
「彼らの君への信頼はどうだね?」
「悪くないと思います。少なくとも、俺の話をよく聞いてくれてますよ」
「結構。では、後は君がその大会で上位に入ればよい」
「……やっぱり、私もエントリーされていたのですか」
従騎士のクルフ君の口ぶりから、そんな予感がしていたが。……俺は参加希望を出した覚えもないし、十二騎士に興味もないのだが。
「大公閣下も、君の活躍を期待している」
スティグメ騎士隊長は俺を見た。
「君の力なら十二騎士の順列を大いに変えてくれると信じている。トップをとれ、と閣下は仰られた」
「トップとは……ひょっとして団長殿を倒せ、と?」
「団長の地位となれば、アポリトの主力軍を率いることも可能だ」
「……よそ者の私に、軍を率いる権限を与えるおつもりですか」
偉いさんや貴族連中に反発されそうだが。……そういえば、この人も貴族だっけ。
「このままではいけないのだ」
スティグメは遠くへ視線を向けた。
「アポリトも変わらねばならない。そのために、君の力を見せてくれ」
工廠に、女帝が来るという事前連絡を行う担当者は、密かに消されました。




