第876話、魔力消失装置
眠り姫――正しくは、眠れる森の美女、スリーピング・ビューティーだっけか。
原作は童話だったか。呪いか何かで眠り続けるお姫様に王子様がキスして目覚めて、めでたしめでたし……だったような気がする。
あちらの童話は、イケメンがキスして問題解決、ハッピーエンドって展開が多い気がするのは気のせいだろうか?
アリエス浮遊島の医療施設に収容されている銀髪――かなり白に近いが銀髪の少女。古代魔法文明時代の生き残りかもしれない、こちらのお嬢さんは相変わらず眠り姫を気取っていらっしゃる。
「ずいぶんとお寝坊さんだな」
「ベルさん、言うなって」
俺とベルさん、アーリィー、サキリスは、SS兵に護送される451……青エルフちゃんを連れて、件の少女を見てもらった。
ガラス越しで室内のベッドに横たわる銀髪の眠り姫を見てもらう。ちなみに、彼女が着ていたスーツは洗浄して、近くに引っ掛けてある。銀髪少女は患者用のガウン姿である。
「それで、お前さんはアレを知っているな?」
ベルさんが重々しく青エルフちゃんに問うた。一見、少し威圧しているようだが、おそらく魔王の殺気込みの尋問魔法で、向けられている当人は失禁ものの恐怖を感じているだろう。……何故わかるかって? 青エルフちゃん、めちゃガクブルしてるもん。
「あ、あれは、反乱者だと、思い、ます……」
弱々しく言いながら、青エルフちゃんは視線を逸らした。
「反乱者?」
聞けば、魔法文明時代の支配者たる天上人に対して、一部の天上人や地上人が反乱を起こしていたらしい。いつの時代にも、そういう争いはあったということだな。
青エルフちゃんが脳に刷り込まれた記録によれば、銀髪の眠り姫のスーツは、その反乱者の魔人機操縦者のパイロットスーツのインナーっぽい、らしい。
……そういうのも記憶に覚えさせる技術とか、魔法文明の技術、マジやばいな。睡眠学習みたいなものだろうか。
他にめぼしい情報はなさそうなので、SS兵に青エルフちゃんを連れていってもらう。そこからさらに魔法文明や帝国の尋問だよ、おたっしゃでー。
残った俺たちは医療室に入る。音を立てたら目覚めてくれないかな、と思うがそんなこともなく、呼吸はしているのだが、それ以外の反応は皆無だった。
「いっそ、キスしたら目覚めたりしないかね」
「お前は、何を言ってるんだ?」
ベルさんが真顔で言った。アーリィーとサキリスも俺に冷めた目を向けてきた。……俺の世界の童話での伝統的な美女救命法だぞ! とは、さすがに口に出しては言えない。
「反乱者か……」
「急に真面目ぶっても駄目だぞ」
おいおい、ベルさん、そりゃないよ。
「俺はいつだって真面目だぞ」
「こいてろ。で、どうする? そろそろ強制的に起こすか?」
「できるの?」
「水でもぶっかければいいんじゃね?」
「却下だ」
そんなんで一万年以上の眠りから覚めるのかね。……って考えたら、この子、あの時代からよく生きて残っていたな。普通ならとっくに寿命でミイラかガイコツだろうに。
アーリィーがカルテとSS諜報部の資料を手にとった。
「ええっと……彼女が入っていたカプセルが一種のコールドスリープ装置だったみたいだね。ただその装置の本命は――」
「アーリィー様……?」
サキリスが固まってしまったアーリィーを見る。王女様は資料から顔を上げた。
「これ本当?」
「何ですか?」
サキリスもそれを覗き込み、声に出す。
「え……魔力消失装置?」
「そ、あの魔力消失空間の原因」
あの遺跡からSS調査隊が回収した装置を解析した結果、あの眠り姫の装置は魔力消失空間を発生させるものだと判明した。
少女は生体電池のようなもので、永久的に魔力を生み出し、その魔力で装置は彼女を延命させつつ、魔力消失装置を稼働させ、あの一定範囲内の魔力を消失させていたのだ。
「何だってそんな装置を……」
アーリィーが沈痛な表情になる。装置に組み込まれ、その部品のようにされていた少女――その境遇に、深く同情の念を抱いたのだろう。
「それは俺にもわからないが……さっきの反乱者の、って話で、何となく推察できるんじゃないかな」
つまりこうだ。天上人支配に反旗を翻した者たちが、天上人の兵器を無力化させるために魔力消失装置を作った。
彼らの使う戦闘機などは、外部から魔力を取り入れることで動いていて、燃料タンク的なものが存在しないから、魔力消失空間ではあっという間に行動不能になるのだ。
「状況証拠になるんだが、あの装置が置かれていた部屋、正確には古代文明遺跡じゃなかったんだ。改造型クルーザーの艦内のようで、あれで遺跡内に突っ込んだようなんだ」
リーレや橿原も、少女を保護する前に通った通路が、軍艦の中のようだという感想を抱き、また戦闘跡もしっかり見ていた。
それらの証言も併せれば、天上人テリトリーに魔力消失装置搭載のクルーザーで突撃した、という推論が成り立つ。
「じゃあよう、ジン。帝国は魔法文明兵器を主力に据えてきた」
ベルさんが言った。
「この魔力消失空間を生み出す装置を量産したら、こっちが有利になるってことだな」
「そうだね。解析は進めていて、その生産が可能かも検討中だ」
魔神機や魔人機のこともある。魔力消失装置が使えれば、これからの戦闘に一石を投じることになる。
ただ、それこちらも魔法が使えなくなることを意味するから、機械兵器への比重が高まることになるだろう。俺みたいな魔術師も武器に工夫が必要になる。
「待って、ジン」
アーリィーがヒスイ色の目を険しくさせた。
「装置を量産って、まさか、中に人を組み込むつもりじゃ……」
「は? いや、さすがにそれは俺はしないよ」
眠り続けている銀髪少女を見やり、その手を握る。確かに血の流れは感じられる。生きている人間を、部品とするなんて、アンバンサーじゃあるまいし。
「半永久的に稼働させるわけじゃないし、一定時間使用するなら魔力燃料タンクでも積めば解決する話だ」
「そ、そうだよね。よかった……」
胸をなで下ろすアーリィー。サキリスは何か言いたげな顔をしているか、言葉には出さなかった。
「――お前、いま自分なら装置の生体燃料になってもいい、とか思ったか?」
ベルさんが、サキリスを睨む。元令嬢のメイドは「い、いえ」とぎこちなく顔を背けた。……このドMめ。思ってやがったな!
やれやれ、だ。俺は、子供の回復を祈る親のように、少女の手を通して元気になるよう念を送って手を離した。……離した――?
え、あれ、離れない?
俺は困惑する。「ジン?」とベルさんが怪訝な声を出し、アーリィーも気づいた。
「どうしたの?」
「手が……」
眠っていた少女の眉がピクリと動いた。その反応にサキリスが驚き、場が騒然となった。
「まさか、目覚める!?」
すっと、少女の瞼が開いた。金色の瞳――人の姿をしているが、どこか人形か、はたまたアンドロイドのようでもある銀髪少女が、二、三度またばきをした。
そしてその視線が腕を伝って、手を握ったままの俺へと届いた。
目と目が合う。彼女の目が潤み、表情が動く。目覚めたら見知らぬ男に手を握られていたら、そりゃ動揺もするだろう。早く手を振りほどかないと――
「お、とう、さん……」
その唇から、か細く紡がれた可愛らしい声。……はい、お父、さん?
次の瞬間、俺は少女に抱きつかれていた。え、何、何が起こったの!?
動揺したのは俺のほうだった。
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