第862話、侵攻計画の頓挫と、その後
マキシモ軍港と西方方面軍司令部がやられた。
高速クルーザー『リギン』とコルベット、ディアマンテ級巡洋戦艦『オニクス』、わずかな数の魔法文明フリゲート、輸送艦部隊と共に帰還したシェード艦隊。
彼らは破壊されたマキシモ軍港の変わり果てた姿に絶句した。
主力艦隊がヴェリラルド王国に侵攻している間の攻撃だった。シェード将軍はただちに艦隊の寄港リストの検討を行った。
オノール参謀長は地図を見やり、眉間にしわを寄せた。
「数隻ならまだしも、十隻以上が寄港できる場所は、シェーヴィルにはありません」
マキシモ軍港にその機能が集約されていたため、いざ軍港が使えなくなると、補給と修理が可能な場所が近場になかった。そもそも、空中艦隊という存在そのものが、敵対するヴェリラルド王国軍以外には大帝国しかなく、空中艦を整備できる港自体が存在しないのだ。
やられたな。
シェードはその時に悟った。
損傷したディアマンテ級やフリゲートは修理ができず、後方――場合によっては本国に戻らなくてならない。
また燃料補給ができないため、残存するコルベット部隊もまた、前線よりかなり離れた遠隔地へ移動せざるを得ない。
――そして空中艦が後方に下がるということは……。
冬作戦用の陸軍部隊――ヴェリラルド王国国境近くに待機している彼らが、空中艦隊の支援も受けられず孤立することを意味する。
もしヴェリラルド王国の空中艦隊が攻撃をかけてくれば、陸軍部隊は為す術なく壊滅する。かといって、こちらからでは援軍も出せない。
輸送艦で救助する? いや、マキシモ軍港を叩くような敵が黙って見過ごすとは思えない。本国から有力な増援を得て、充分な護衛がなければ、いたずらに輸送艦と兵員を失うだけだ。
そして現状、西方方面軍は司令部施設を叩かれ、ヴェリラルド王国侵攻作戦について、まったく目処が立たない状況となっていた。
東方方面軍に続いて、西方方面軍でもその攻勢が停滞してしまった。これは皇帝陛下のご機嫌もよろしくないだろう。最悪、シェードの更迭もあり得た。
責任者というのはそういうものだ。
リヴィエル戦線もテコ入れをしなければ動けない。ノベルシオン国ルートの進捗次第だが……。いや、シェーヴィル側からの攻勢がないと知れば、ヴェリラルド王国軍はそちらに対処する余裕ができるか。
なお、ノルテ海の制海権確保を目指した海軍が壊滅し、夏作戦が頓挫したのは、シェードのもとに届いていた。
「完敗だ」
シェードは、その言葉を発した。
敵は戦術だけでなく、戦略においても西方方面軍を圧倒した。しかも今後の作戦展開にまで後遺症の残る打撃を与えたのだ。ヴェリラルド王国の将軍か、あるいはジン・アミウールの弟子かはわからないが、恐るべき能力を発揮した。
幕僚たちが注視する。シェードの発言の意味の説明を待ったが、彼らの将軍がそれを口に出すことはなかった。
・ ・ ・
ウィリディス白亜屋敷。つい先日、ヴェルガー伯爵を交えて、エマン王に報告会をやったが、今回の報告会には、俺の他にジャルジー、アーリィー、ベルさんが同席した。
ウィリディス艦隊司令長官、ヴェリラルド王国公爵・同北方軍司令官、ウィリディス空母機動部隊司令官、シャドウフリート司令官、それと国王陛下だ。
例によってプライベートな雰囲気で、今回の北方領防衛の一連の報告が行われた。
「皆、よくやってくれた。大帝国の侵攻を阻止し、しばしその動きを押さえることができた。これもひとえに、皆の働きあってのことだ」
エマン王が、皆に頭を下げた。公式の場だったら、周囲からのざわめきが起こっただろうところだが、ここにいる者は皆それを自然に受け止めた。
「特にジン。大帝国相手に我が王国がいまだ大きな被害を受けずに済んでいるのは、お前のおかげだ。ありがとう」
「いえ、皆の働きあればこそです」
俺が目礼すると、頷いたエマン王はジャルジーを見た。
「どうだった、空の戦は?」
「私は見ているだけでした」
ジャルジーは答えた。
「兄貴とウィリディス軍なくば、北方領は今頃陥落し、王国の危機となっていた……。オレからも兄貴や、アーリィー、ベルさん、そしてウィリディスの将兵に礼を言う!」
「……時に、ジャルジーよ。ヴェリラルド王国の航空艦隊についての話は、ジンから聞いておるか?」
「はい、親父殿。まだ詳細は伺ってはおりませんが……」
「うむ、ヴェリラルド王国航空艦隊の司令長官に、貴様を充てようと思っておる」
「私が!? いえ、兄貴からもそのようなことを言われたのですが、私は、兄貴こそ、その職にふさわしいと……」
ジャルジーは慌てて首を横に振った。エマン王は皮肉げに俺を見る。
「……と、我が息子は言っておるが?」
「帝国打倒までは、指揮をとるのは構いませんが、できれば表向きはジャルジー公爵に司令長官になってもらいたい」
「……表向き?」
キョトンとするジャルジー。アーリィーが肩をすくめた。
「諸侯たちの前では、ジンが長官やるより、ジャルジーが長官やるほうがウケがいいってことだよ」
つまりだね、とアーリィーが解説する。
大帝国との一連の戦いにおいて、俺とウィリディス軍は八面六臂の活躍をしているが、ヴェリラルド王国の民の多くがそのことを知らない。
クレニエール侯爵とヴェルガー伯爵、ヴァリエーレ伯爵のところの民は、実際にウィリディス兵器を目にしている。
だが、それ以外だと王国軍のグリフォン戦闘機やVT-1戦車がウィリディス製品ということしか知らない。まして大帝国戦に参戦し、赫々たる戦果を上げていることも知らないのだ。
俺は、悪魔殺しの英雄で、トキトモ領の変わった侯爵だが、大帝国戦に関わっているとは民は夢にも思っていない。
「ジンはシャイだから、自分の戦果を公言されるのが恥ずかしいって人なんだ」
アーリィーが言えば、ベルさんが「シャイか?」と笑っていた。
「でも結果的に、それがこの戦争について、諸侯がわかっていないところにも繋がっているんだ。本来なら、もっと多くの民が大帝国との戦争に動員されて、影響を受けたりしているはずなんだけど、そういうのないでしょ?」
「……確かに、普通ならもっと防衛のために諸侯の軍が参加していたはずだ」
ジャルジーが頷く。北方領にしろ、クレニエール侯爵とその近辺の貴族たちにしろ、本当ならその軍を集めて、敵に対抗していた。ついでに戦費もかかって、大変なことになっていたはずである。
だが、戦闘のほとんどをウィリディス軍がやっているため、農民が軍に狩り出されることもなく、多くの貴族が『何となく備えよう』程度の認識で済んでいるのが実情だった。
エマン王は口を開いた。
「だがさすがに、このままジンの希望に沿って内密に、というのも限界がきている。先日のリヴィエルとの同盟もあり、今回はノベルシオンが攻めてきた。さすがに諸侯らも危機感を抱きはじめておる」
「ここらで、派手に戦争やってるって、知らしめる必要があるってことだ」
ベルさんがワインを飲んで、一息つく。
「で、ジャル公。お前さんは次の王様だし、ここらで『英雄』になってもらうんだよ」
「英雄!? オレが?」
「なりたかったんだろ、英雄に」
意地の悪い顔でベルさんは笑みを浮かべた。
ジャルジーに新しい時代の戦いを見せたい――それがエマン王の願い。これは次期国王ジャルジーの就任を、万事うまく運ぶための布石。
そのために、ジャルジーには『英雄』になってもらわなければならないのだ。
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