第844話、悩める少女たち
時間は少し遡る。
折れた世界樹の下にある謎構造体の内部――魔法文明時代の遺跡。
異世界より召喚された少女たち、リーレと橿原トモミは、ウィリディスより派遣されたシェイプシフター調査隊と共に、広大なる地下遺跡を探索していた。
ここは魔力消失空間。魔法的な索敵がほぼ使えず、人力で調べるしかない。
何より大変だったのは、地下構造体が地下十数キロメートルほどの大きさがあることだった。さらにその内部は、巨大な都市のようなものであり、隅々までの調査はとにかく時間がかかった。
延々と廃墟を見せられるのは気分が落ち込む。リーレはそう思った。
相棒である橿原トモミは、口数が少なくなってきていて、その眼鏡の奥の瞳も無感動になっていっていた。
単調な作業の繰り返し。建物らしきものがあれば、入って室内を探す。大抵は朽ち果て、『何か』だったものの残滓しかない。
だがもしかしたら、魔法文明時代の有益なものが残っている可能性があるかもしれない。そういう思いが、この不毛に思える捜索から彼女たちが抜け出せない一因となっていた。
――何せ、このカード? 何かに反応してるんだよなぁ……。
眼帯の女戦士リーレは、少々乱暴に自身の髪をかいた。もうちっとわかりやすくしてくれればいいのに、とボヤいたのは一度や二度ではない。
――ただ、時々、掘り出し物があるから困る。
数えるほどだが、魔法文明時代の遺物と思われるものが発見されている。リーレたちが探す、異世界を跳躍するようなものは見つかっていないが……。
生き物はいない。ちょっと眼帯をずらして、黄金の魔眼を使うが反応はなし。
早く別の遺跡を探したい。だが今いる遺跡に、手掛かりがあるかもしれないとなると、そうそう放棄もできなかった。
シェイプシフター兵たちは文句も言わず、根気よく作業に当たっている。いっそ、こいつらに丸投げするか。
リーレは何度目かわからないため息をついた。今いるのは何の変哲もない民家の一角のようだった。……完全にはずれのようだ。
「なあ、トモミ。そろそろ次行くぞ。……トモミ?」
反応がないので振り返る。二階に上がった彼女。――何やってるんだ?
探しに行ったら、橿原トモミは壁に頭を当てて、立っていた。
――新手の頭痛対策か?
声をかけようとして、ふとリーレは口を閉じた。橿原トモミの身体が小さく震えていた。 猛烈に嫌な予感がした。何せ、ここのところのトモミは少々、精神が病んできていたから。
「あー、トモミ?」
「大丈夫だ」
……あ、これ眼鏡なしモードの口調だ。――リーレはさらに嫌な予感を加速させる。
橿原トモミは戦士である。その拳は鉄をも砕き、人間の範疇に入れるのは難しい打撃を放つ。魔物にも怯まないタフさと、時にリーレでさえゾッとする殺意を向けることができる。
その一方で、女子高生――学生であり、眼鏡をしていると非常に穏やかで控え目な優等生である。
非常に家族想いであり、異世界に飛ばされた後も、元の世界に帰る方法を探しながら、兄弟たちの心配をしていた。
……心配し過ぎて、トモミの精神が不安定になりつつあるのが、目下のリーレの悩みでもあった。一応、ウィリディスに戻れば、エリサ先生に診てもらうようにはしているのだが。
――ここのところ、ここに籠もってるからなぁ……。
遺跡調査。それだけ故郷への想いが人一倍強いのだろう。
リーレとて、異世界に召喚されて、立場としては橿原トモミと同類だ。しかし、リーレには仲間や尊敬する身内に近い存在はいるが、その大半が一端の戦士たちであり、特に心配はしていない。
実験兵器であるリーレに家族はいない。身内に近い存在も、何かあったら大変な身ではあるが、厄介事があっても自分より上手く切り抜けられるだろうという確信があった。
そう考えると、同じ異世界の迷子でありながら、故郷や家族への想いから、リーレと橿原トモミでは立ち位置が異なっていた。
『そのうち帰れるさ』のリーレと、『すぐ帰りたい』のトモミでは、ストレスの度合いが違うのだ。
「大丈夫じゃねえだろ」
リーレは橿原トモミの背中をポンポンと叩いた。
「お前、口調おかしくなってるぞ」
「……」
すっと、橿原トモミが深呼吸した。繰り返すが、彼女は戦士である。気持ちの入れ換えの仕方は心得ている。
「ふと、がらんどうな部屋を見た時」
トモミの声が、普段のそれに戻る。
「妹や弟たちがアパートからいなくなってしまった場面を想像してしまいました」
そういえば、トモミの家はあまり裕福な家庭じゃないと言っていた。その制服や身につけているものはとても上等なものにリーレには見えるのだが、彼女の世界では普通らしい。
今は片親だが、妹や弟は三人もいると言っていた橿原トモミ。その妹弟たちは小学生らしい。お姉ちゃんは、とても心配なのだ。
リーレのいた世界の常識から考えると、その小学生とやらの年頃の子ばかりが残されていると聞くと、確かに心配にはなる。ただ学校にいけるだけの家庭なら、そこまで心配はいらないのでは、と思う。
生きるために子供といえど働く。悪い大人に騙されて、売り飛ばされるなんてことが珍しくない世界と比べたら……。
ただ、大丈夫だよ、と気休めをいう気には、さすがにリーレはなれなかった。
こういう時はあれだ、仲間を失った戦友を慰めるように優しく抱いてやるに限る。そうやって肩や背中を叩いてやるのが、十の言葉より有効なこともある。
「トモミ」
リーレはそっと背中から橿原トモミの肩に手をおいて、抱き寄せた。あいにくとリーレには親の記憶はないが、身内に近い存在からそうされた時の安心感は凄まじかった。
……なのだが。
「あー、えーと、お邪魔でしたか?」
部屋の外からかけられた声に、リーレは眉をひそめる。
「おう、お邪魔虫。こそっと忍び足でくるのやめろ、ルータ」
リーレたちのワンダラー号に配属されたシェイプシフター・クルーである。
「すいません姐さん、スークです」
「あぁ!?」
「何でもありません」
シェイプシフター・クルーのスークは控え目に応じた。彼女たちと行動を共にする機会が長いこのシェイプシフターたちは、とても人間臭くなっていた。
「それで、用件は?」
「ルータが何やら、光っている通路を発見しました。どうも動力が生きているようで」
「そいつは朗報!」
廃墟の中の光。これが手掛かりでなくて何だと言うのか。トモミも落ち着いたのか、表情も戻っていた。
早速、リーレとトモミは、スークの案内でルータと合流した。
何やら緑色の光があって、それがかすかに下の階から反射しているようだった。ということでひと階層下りる。
何かの施設のような内装。ただ荒れていて、ガラクタが散らかっている。壁に無数の穴や傷があって、ドンパチやらかした後のようでもあった。
「施設というか、何かディアマンテさんとか、アンバルさんの艦内を歩いているような……」
トモミが呟いた。通路の他に部屋もあって調べたいが、今は光が最優先。あまり広くない通路を光の方向へ進む。
そしてとある部屋にたどり着く。そこには淡い光を放つカプセル状の装置があった。埃を払うと、強くなった光量に目を細めたのも一瞬。カプセルの中に、17、8歳くらいと思われる少女がひとり入っていた。
銀、いや、白に近い長い髪。死んだように眠っているが、その顔立ちはとても整っている。成長過程と思われるほっそりとした体には、ぴったりとフィットした黒いボディスーツ。
「何だこりゃあ……」
リーレは思わず、そう呟いた。
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