第620話、高速クルーザー『キアルヴァル』
ディーシーが、大帝国の高速クルーザーを動かせるようにした。
もっとも、本来搭載していたエンジンや機械類は完全に失われていて、その性能も遠く及ばない。
ディアマンテなら、遊覧船ならまだしも、戦闘にはとても耐えられないと、切って捨てただろう。
だが、足りないものをこちらで用意すればどうか?
浮遊石で飛ぶのに支障はないのだから、あとはエンジンを載せ換え、艦内設備も作り替えれば、十分活用できるのではないか?
何より、俺はシャドウ・フリート計画用の空中艦艇を欲していたから、元が大帝国製のクルーザーも使えるなら使いたい。
一応、頑張って艦を使えるようにしたディーシーにお伺いを立てる。元よりこのクルーザーを俺の役に立たせる気だった彼女は、喜んで提案を受け入れた。
ディーシーは、ディアマンテや人工コアに対して、自分の有用性を証明したかったようで、俺が認めてくれた以上、文句はないらしい。……いや、君はいつも役に立ってるからね。無駄に魔力生成食品ばかり食べてばかりいるみたいだけど。
アリエス基地から、使えそうなインフィニーエンジンを物色。これはテラ・フィデリティア航空艦が使用するエンジンであり、アンバル級も同様の機関を使っている。燃料は、今でいうところの魔力であり、魔力式エンジンである。
正直、俺にはこのエンジンをはじめ、機械文明時代のパーツのひとつひとつを説明することはできないし、構造も大まかにしか理解していない。
アンバル級を再生させた時は、シップコアが記録している艦の設計図をもとにやらせていたから、俺が知らなくても修復、再生は行われていた。
だからディアマンテのデータベースから、新たなエンジンを作らせた時、俺は指示するだけでそれ以外はノータッチだった。
そう考えると、古代機械文明の技術は、かなり自動化が進められていたんだと実感する。人間がド素人でも、指示ひとつで、コアたちが魔力を材料に物を作り出していたのだから。
高速クルーザー用に新しいエンジンを作らせながら、これを応用して、低速の軽空母アウローラにもエンジンの換装で、艦隊型空母として随伴できるようになるのではないか、と思った。
とはいえ、艦載機搭載数など、いろいろ小規模だから、他にも手を加える必要があるかもしれない。
さて、高速クルーザーのエンジンを、テラ・フィデリティア製の魔力エンジンに換装。ディーシーに機関室を、インフィニーエンジンに合わせてもらう。さらに命令を伝える神経に相当する魔力伝達線を繋ぐ。
「ディーシー。エンジンと繋ぐはいいけど、これ君は操作できるのか?」
「んー? 一度、取り込んでテリトリー化したら、動かすくらいはできるぞ?」
ダンジョンコアの少女は小首をかしげる。
「できなければ代用品をこさえて、動くようにするさ」
と、請け負った。要するに機械でも動くように弄ってどうにかしてしまうということか。何か取り込んでとか言うと、エンジンを化け物みたいに作り替えそう……。
アンバル級をはじめ、シップコア搭載艦が、自動で動くのを目の当たりにしていたが、ディーシーがやると、その仕組みがよくわかる。
命令伝達系が壁や天井に張り付いていて、それを辿っていけば艦橋のコントロール装置に繋がっているのが見てとれるからだ。生物というのは、こんなふうに自身の身体を動かしているんだな、と思った。
おかげで、俺の中で、大帝国の艦艇を鹵獲した時、どこをどう弄ればコピーコアなどを設置して、その艦をコントロールできるか、その具体的な形が見えてきた。
オペレーション・スティールにおいて、強奪目標ながら難題だった敵艦の奪取。艦を制圧し、機械類を操作するために多数のシェイプシフター兵を動員しなくては、と考えていたのだが、その必要もなくなりそうだ。
こうなると、作戦も現実味を帯びてくるもので、SS諜報部には近く攻撃目標を選定させておこう。
そうそう、これまで考えていた強襲ポータルポッドを使った敵艦突撃案も進めておく。方法はひとつだけでなく、複数用意しておくものだ。
・ ・ ・
高速クルーザー――その艦名は『キアルヴァル』と言う。艦首に艦名が表記されたプレートがあったのだ。
艦体は結構な部分が残っていたが、内部は自爆装置によって徹底的に破壊されており、おかげで本来キアルヴァルが搭載していた火器類も、再現しようがないほど吹き飛んでいた。
ディーシーが艦を動くようにしたことで、その失われた武装についても、こちらで用意することになった。
ディーシーは、自らがダンジョンを管理していた頃に習得した自動熱線砲台を代わりに乗せていた。
だが、本来室内で使う短射程の魔法弾発射装置であり、とても対艦戦闘に用いられるようなものでもなかった。
例えるなら、軍艦に水鉄砲を載せているようなものだ。つまり非力なんてものじゃない。
それをディアマンテに指摘され、ディーシーは反論したいができずに口をへの字に曲げていた。
俺は、ディーシー、そしてディアマンテと、キアルヴァルに積む武装について、話し合う。SS諜報部が入手している、大帝国の空中艦の武装の資料を眺め、俺は発言する。
「大帝国の主力クルーザーの主砲は15センチ砲だ」
光弾系ではなく、実体弾を撃ち出す砲だ。大帝国は魔減率の問題を解決できなかったらしく、魔法系ではなく火薬を使って撃ち出す武器を使っている。……他の国々が魔法にこだわっている間に、火薬関連の技術を発展させたのは、異世界人の影響だろう。
「艦内に余裕がありますし」
ディアマンテが宙に指を動かせば、何もないはずの空間にホログラフィック状の画像が現れた。
「アンバル級の主砲である、15.2センチ――6インチプラズマカノンを載せられます。エネルギータンク込みの砲塔式で……そうですね、艦首側に最低2基、最大4基」
「艦尾側は……難しいか?」
「機関室が艦体の中央から後部に集中していますから、構造上、巡洋艦クラスの砲は困難です。5インチ――12.7センチの高角砲レベルなら何とか」
「うーん、速度重視の設計で後部に余裕がないか。……ディーシー?」
「むぅう――」
ありゃりゃ、話についてこられないのか頭を抱えていらっしゃるぞ、ディーシーちゃんは。ディアマンテが微笑する。
「エンジンを換装したことで、大帝国の空中艦より優速です。またプラズマカノンは、敵艦の砲の射程より長いですから、アウトレンジから一方的に攻撃することが可能です」
「要は、戦い方次第ということか。じゃあ、その方向で進めようか。……いいか、ディーシー?」
「ああ、好きにしろ」
自分にはわからんとばかりに、ディーシーは手を振った。
結局、俺とディアマンテで、キアルヴァルの装備について討議し、何を載せるか決めていった。
また、現状、ディーシーでなければ動かせない構造を改めて、シップコアないしコピーコアで制御できるように、手を加える。
ディーシーは俺と一緒に行動することが多いから、と言ったら、彼女はとても鼻高々だった。……チョロいね。
かくて、シャドウ・フリート(仮)艦隊の暫定旗艦に『キアルヴァル』がなったのである。
キアルヴァル(ウィリディス改装後)
全長165メートル
武装:15.2センチ単装プラズマカノン×3(艦首側)
12.7センチ単装プラズマカノン×4(側面)
12.7センチ連装プラズマカノン×2(後部)
光線対空砲×16
大帝国高速クルーザーを、ウィリディス軍が回収、改装したもの。レシプロ機関ならびに、武装をテラ・フィディリティア規格のものを新たに搭載。速度ならびに武装が大幅に強化された。




