第611話、大帝国に厄介事を押しつけてやった
超巨大スライムじみた化け物を、ポータルで大帝国に送ってやった。
俺も向こうへ移動し、ちゃんと転移したのを確認。――よし! 上手くいった!
となれば、撤収だ。現地で煙を展開していたアーリィーたちを回収。
「サキリス、ユナ、急げ!」
シェイプシフター装備の魔法騎士は飛行、銀髪巨乳の魔術師はエアブーツの浮遊と加速で合流。
ダスカ氏はすれ違う巨大化け物を見上げつつ、ポータルを通過。アーリィーも「大きい……」と呟き、転移。近衛隊も無事退却を終えて、煙幕だらけのコルー平原を後にする。
だが、まだやることが残っている。近衛隊と交代する形で、シェイプシフター諜報員を呼ぶ。
「いいか? 大帝国がこの化け物をどう倒すのか、その方法を見届けろ」
連中が、物理・魔法攻撃ともに耐性のある異形をどう対処するのか、その模範解答を確認するのだ。
きちんと答えがあるなら、次にそれと戦うことになった時に、より対応しやすくなる。
仮に答えがないなら、大帝国は総力をあげて化け物を討伐しなくてはならなくなる。そこで物資や人員の消費が見込めるから、敵対している俺たちにとっては悪くない話だ。
こちらの損害は最小、敵には最大のダメージを。
大帝国にも、自分たちの作り出した異形で目一杯、苦労してもらいたいものだ。
最悪なのは、敵がこの異形退治に失敗し、帝国が崩壊、世界でこの化け物を何とかしなくてはいけなくなった場合であるが……。
とりあえず、連中より先にこっちがくたばるのは避けないといけないから、まず犠牲になるなら大帝国からだろう。
まあ、そう都合よく大帝国が滅びるなんてことはあるまい。何らかの対処はするだろうが、その方法はこちらでも把握しておく。
大ポータルを解除。間違っても化け物が戻ってこられないようにして、俺もポータルでヴェリラルド王国へ帰還した。
・ ・ ・
フレッサー領ドゥメーは領主町である。
アンバンサー軍の侵攻により、城壁を破壊され、領主の城をはじめ町は多大な被害を被った。
城は完全に崩れ、別にあった領主屋敷も半壊。町を構成していた建物もほぼ失われ、かつて賑わっていたとされるドゥメーの町は見る影もない。
今はクレニエール領の支援のもと、生き残ったフレッサー領民らが補修した半壊民家や野営用テントで生活していた。
俺たちは、ラッヘン村の異形を追い払った後、ドゥメーの町を訪れていた。シャルールが、フレッサー領の再建に尽力するアルトゥル・クレニエール子爵に会ってほしいと頼んできたからだ。
まあ、俺もお隣の領主であるわけで、まったく挨拶せずに帰るのは失礼だから、お招きに預かった。
アルトゥル子爵は、ドゥメーの中心にあるフレッサー伯爵家の領主屋敷を拠点としていた。アンバンサー戦役の傷跡も残る建物を限定的ながら修繕、補強することで何とか住めるようにしたのだった。
……正直、テントだらけの町を見ていると、ノイ・アーベントの復興との差を感じずにはいられない。あれから一カ月ほどしか経っていないわけで、むしろノイ・アーベントが異常なのだ。
異形退治からこっち、俺に同行していたアーリィーは、テント暮らしで寒さに震えている民を見て「ボクたちでできることはないかな?」と言ってきた。元々、民には優しいお姫様である。
案内役のシャルールは、まだ寒さの残る環境ゆえ、いまなお冬を越えられずに命を落としている民はいるという。
「あまりに何もありませんから。アンバンサーは徹底的に破壊していきました。本来冬を越せるだけあった備蓄も、ほとんど焼き払われてしまった……」
シャルールは疲れた表情をみせる。
「これが他の季節だったなら……」
「……」
さすがに、これを黙って見ているのは寝覚めが悪くなりそうだ。かといって、領主にことわりなしに勝手に支援活動をするわけにもいかない。
なので、アーリィーに、物資支援を含めた救助作業のための準備をお願いした。ウィリディスに戻り、食料や防寒着、暖房器具の魔法具を用意してもらう。
俺はアルトゥルならびに、領主であるメリナ伯爵に会って支援の許可を取り付けよう。
異形退治でまったく出番のなかった橿原やエリサも支援活動のための準備を手伝う方に回った。
それにしても、あの異形は何だったのだろうか? 突然変異にしても、あんな集落ひとつまで膨張するようなことがあり得るのか? ちょっと信じられないな。
まったく関係ない別のモノだったのではないか――そう思ったほうが自然だが、それなら最初にシャルールが見せた化け物の似顔絵は、どう説明する? ……本当に別モノで、実は目撃された異形のほうはまだ生きているとか……。
その答えは、大帝国に探りを入れているSS諜報部に期待しよう。
さて、フレッサー伯爵の領主屋敷に通された俺とベルさん。シャルールの案内で進む屋敷内は玄関から奥へと続く通路はそれなりに修復されていた。
だが、ひとつ廊下をはずれた部屋となると、壊れたまま放置されているのが見てとれた。ちらばる瓦礫。冷たい風が吹き込んでくる。
執務室は一転、小綺麗にまとまっていた。ただし家具は最低限で、物の少なさが寒々しさを連想させる。
「ようこそ、トキトモ侯爵閣下」
俺を迎えたのは、金髪碧眼の少年。あぁ、エクリーンさんの弟だなとひと目見てわかる風貌。あの人を男の子にすると、こんな感じというね。
身長は姉とそう変わらないが、顔立ちは美形、というより中々可愛らしい。たぶん母親似なんだろうな。クレニエール侯とはあまり似てない。
「アルトゥル・クレニエールです。姉からジン様のお話は伺っております。一応、子爵の身分にあります。本当なら伯爵相応なのですが……」
温厚そうに少年、アルトゥル子爵は名乗った。応接用のソファーに腰掛ける俺たち。
「そちらの猫さんは、ベルさんですか?」
「オイラを知ってるのかい?」
「姉から聞いています。大変賢い猫さんだと」
「オイラも有名になったものだな」
ベルさんの軽口に、俺は苦笑で応える。アルトゥルは頭を下げた。
「この度は、ラッセン村に現れた化け物の討伐、ありがとうございました! 詳細な報告は後ほどシャルールから聞きますが、ご多忙の中、お力をお貸しいただき感謝の極みです。報酬は必ずお渡しいたします」
「まあ、討伐が上手くいった、とも言い切れないが、少なくとも危機は去った」
俺は正直に告げた。問題を敵対勢力に押しつけただけで、そもそも討伐したわけではない。
「助かりました。お恥ずかしい話、この領はアンバンサー戦役で荒廃してしまいました。住んでいた住民の大半がいなくなり、残った者たちもこの冬を越すのもギリギリという有様」
「住居も不十分、食料も足りていない?」
「はい。まことに残念ではありますが……。父クレニエール侯は、旧トレーム領は後回しで、こちらに優先して支援をしてくださっているのですが、それでも十分とは言えません」
トレーム領は後回し――そういえば、あそこは旧キャスリング領以上に今は人がいない状態だったな。稼働している集落はひとつも確認できていない。人がいないなら、確かに支援物資は必要ないか。
まあ、放置している分、余所からの流入や魔獣の跋扈が心配なところだけど。
だか今は、人がいるフレッサー領のほうだろう。




