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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第二部

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609/1976

第607話、消えた異形


 浮遊島アリエスは正式に俺の所有物となった。視察中もじっと考え込んでいたエマン王は、最後にそのように決めた。


「よろしいのですか?」


 確認した俺に、王は「お前にしか扱いこなせぬだろう。他の者には宝の持ち腐れだ」と答えた。


 正直、浮遊島の扱いについては、もっと揉めると思っていた。制御できるものとなれば欲しがり、その所有権について長々と話し合いがもたれるのではないか、と。


「あと、この島の事は他言無用だ。……知れば、諸侯もうるさいだろうしな」

「確かに」


 ジャルジーは同意した。


「気を悪くしないでほしいが兄貴。つい先日、侯爵になっただけでもかなりの異例。ここで浮遊島の話が出たら、絶対に兄貴に持たせるのは危険だと言って、取り上げようとする貴族どもが出てくるだろう」

「……お前は欲しくないのか? ジャルジー」

「オレの手に負えん。親父殿の言うとおり、兄貴しか扱えない」


 まあ、時々遊びにくるくらいは許してくれ――と未来の王様は笑った。


 俺がこの島を使って、王国に牙を剥いたら、とか考えないのだろうか? 正直気にはなったが、やぶ蛇になりそうなので黙っていた。

 彼らだってそこまで能天気ではない。考えないはずはないのだ。俺はそのことをベルさんに相談したら、黒猫魔王はあっさりと答えた。


『そりゃお前が反乱したら、浮遊島あるなしに関係なくこの国も終わりだとわかってるからだろ?』


 ウィリディス軍は、アンバンサーをも退けた。浮遊島なしで、ということだ。

 そうかもしれない。どこか釈然としないながらも、浮遊島は俺が正式にいただくことになった。


 かくてアリエスは現在、高度1万にあって、トキトモ領上空にあった。


 土台ともいうべき岩盤の中に含まれた浮遊石の力で、あの巨大な島は空に浮かんでいる。ちなみに、それらの浮遊石は原石らしく、それらを加工することによって艦艇や空飛ぶ乗り物用の浮遊石になるそうだ。……なおレプリカ浮遊石は、また作り方が違う。


 うっすらと雲状の偽装装置が働くことによって、アリエスの姿は地上からでは見えなかった。

 城のような雲だ、と思っても、そこに本当に城があるなどと思う者はいない。


 アリエスの機能復活は、島にある魔力収集装置によって集めた魔力を再生に変換することによって行う。一応、独自に回復させる方法があるのだから、ウィリディス貯蔵の魔石を使って回復をブーストさせるのは、最小限に留める。


 それでなくても、魔力の使い道が非常に多いからな。これで戦争が始まったら、さらに消費が加速するのが目に見えている。

 魔石は有り余るほどあるとはいえ、慎重に使っていきたい。まだ大丈夫と思っていると、いざという時になって困るのだ。だから節制する癖はつけておく。


 さて、魔力による再生といえば、アリエスドックの艦艇たちだ。


 巡洋戦艦ディアマンテはもちろん、アンバル級の船体を利用した中型軽空母と、2隻の輸送艦も使えるようにしなければならない。


 施設からの魔力供給も行いつつ、ゆっくりとやっていく。正直に言えば、シップコアとシェイプシフター兵がいれば、開戦直前に艦が就役したとしても充分戦力化が間に合うと思う。


 なお、テラ・フィデリティアの戦闘機も複数回収してあるが、あいにくと部品やメカニズムやらが難し過ぎて、俺にはお手上げだった。


 こういう『本物』を見せられると、いかにウィリディス製の戦闘機が、簡素で素人でも思いつく程度の構造でできているか思い知らされる。


 元の世界にいた頃から専門家ではないとはいえ、賢者が聞いて呆れる。……まあ、賢者どうこう言い出したのは周りであって、自称したことはないけど。


 幸い、大帝国の航空戦力に関しては、ウィリディス軍の機体で間に合っているから、テラ・フィデリティア機の解析は、ぼちぼちやっていこうと考えている。


 もし、大帝国が、こちらに先んじて高度な航空技術を得たなら、SS諜報部を使って、奪えばいいのである。

 ……そうだ、その諜報部だ。


 大帝国をはじめ、連合国やその他の国にもSS諜報員を送り、勢力を伸ばしているが、俺はさらに諜報部の強化に乗り出した。



  ・  ・  ・



 ウィリディス地下屋敷の地下執務室。

 俺は、シェイプシフターのボスであるスフェラと、シェイプシフター諜報員の指揮官を呼んだ。他にアーリィーとベルさんがいて、ディーシーが例によってお菓子を食べている。


「諜報部の増員ですか……?」

「理由をあげれば、先日のアリエス島の一件だ」


 怪訝そうなスフェラに、俺は説明した。

 大帝国の巡洋艦が浮遊島に上陸し、あまつさえヴェリラルド王国領空に侵入したことを、事前に察知できなかった。俺はそれを重く見ている。


「新型クルーザーに、未知の魔獣兵器。これらが突然、湧いてくるはずがない。必ず、どこかで作られ、訓練され、配備されたはずだ」

『諜報部でも再度、情報の検証を行っております』


 諜報員リーダーは事務的に答えた。


『特に魔獣兵器関連の施設は秘匿性が高く、本国は数件掴んでおりますが、帝国外にある施設に関しては、まだ調査段階であります』

「大帝国の主要な兵器とその製造施設は、こちらに筒抜けだと思っていたが、それは単なる思い上がりだった」


 四の月に実施される大帝国の侵攻。その主要な動きや兵力はほぼわかっている。それを踏まえて、攻撃計画を立てていたのだが……。


「こうしてSS諜報部が掴んでいない敵がいるなら、それも把握しなくてはいけない」


 この見逃した、発見できなかった連中が奇襲してきたら、こちらの防衛計画も無意味なものになりかねない。


「例えば、ケーニギン領へ大帝国の西方方面軍が侵攻するというのが敵の計画だが、これとは別に北方を迂回した空中艦隊が王都を急襲! ――なんて事態もありえなくはない」


 アーリィーが青い顔になった。ベルさんは「可能性はある」と言ったが、すぐに首をふった。


「だが連中、自分たち以外の国や人種を見下しているところがあるからな。そんな陽動じみた策をとるだろうか?」

「あくまで例え話さ。ただほら、ヴェリラルド王国には戦車も戦闘機もあるからな。大帝国にはダミー情報を送ってはいるが……送ったよな?」


 諜報員リーダーに確認すれば、シェイプシフターは首を縦に振った。


「はい、大帝国陸軍司令部に、間違いなく。西方方面軍司令部のヘーム将軍は、鼻で笑っておりましたが、本国のケアルト大将軍は西方方面軍に追加の戦車大隊を派遣するつもりのようです」

「鼻で笑われたんだ……」


 アーリィーが肩をすくめた。餅をむしゃむしゃと食べていたディーシーが、余所事のような調子で言う。


「実際、馬鹿にしたのだろうな。……主に騙されているとも知らずに。くくく、こちらを侮っているのだ」

「敵が過小評価しているなら、それでもいいんだ」

「こちらは徹底的に殴り返す、だもんな」


 ベルさんもニヤリと笑った。だが俺の顔をみて、真顔になる。


「ジンよ、何が気になってるんだ?」

「……実をいうと、この偽装策が無駄になってしまう可能性が出てきた」

「なんだって?」


 ベルさんをはじめ、ディーシー以外の者が息を呑んだ。


「アリエスでの一件、俺たちは三体の黒い異形と遭遇した」


 攻撃が効かなかった化け物ども。諜報員リーダーは発言した。


「それについては、諜報部で探りを入れておりますが――」

「ぜひその出所を突き止めてくれ。……俺が気にしているのは、二体は倒したが、逃げた一体がとうとう発見できなかったことだ」

「あー、あれ、結局、見つからなかったんだな」


 リーレたちと追撃したベルさんがぼやくように言った。


「アリエスの代理にディアマンテに島中をスキャンしてもらったが、それでも発見できなかった」

「つまり……あの島に、あの化け物はいないってこと?」


 アーリィーは眉をひそめた。俺は頭をかく。


「あの四足魔獣の群れにやられた……とは思えない。とすると島から飛び降りた、って可能性もあるが、地上から数千メートルの高さだからな……。もしあの高さから無事でいられる能力があったら……。そして帰還する術を持っていたとしたら――」


 こちらの情報が、大帝国に伝わる。俺が言うと、ベルさんは唸った。


「いやジン、あの化け物、人語を話すというのか?」

「とてもそうは見えない、か? 俺もそう思うけど、少なくとも大帝国の連中はアレに命令して、こちらを襲わせたんだ。意思疎通の手段がないと言い切れない」


 口はあったしな、と冗談めかしたが、目はマジである。


「だとしたら、やべー話じゃねえか?」

「うん、やばい」


 俺は、諜報員リーダーを見据えた。


「そんなわけだから、大帝国にこちらの情報が出る可能性を踏まえ、その流れを探れ。あの異形関連の情報は、諜報部からの報告になかった。運用部隊や製造所などの情報も手に入れろ。可及的速やかに」

『はっ、ただちに!』


 浮遊島を確保して、浮かれているひまはないというか。事と次第によっては、これまでの苦労が水泡に帰する可能性もあるんだよな……。


 まだ胃は痛くないけど、そのうち胃痛に悩まされるようになるかもしれん。笑えないけど。

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