第462話、ショートカットルート
話は少し戻る。
ダンジョンの床に穴を開ける――俺がその案を出したとき、真っ先にヴォード氏が反論した。
「何を言ってるジン? ダンジョンの床や壁は不可思議な力が働いて掘ることができないぞ。表面上は削れるが、必ずどこかに壊せない岩盤や壁がある」
初心者を除く冒険者なら大抵は知っているダンジョンの常識というやつだ。
「必ずしも、そうとは言えませんけどね」
ダスカ氏が自身の額に指を当てた。
「ダンジョンの中には、そういう不可侵の壁や床を通過できるモンスターもいます。例えばワーム系。あれは違う階層でも平然と穴を掘ってくる」
「まさか、ワームを使役するとかそういう話ですか?」
いや馬鹿な、とヴォード氏。俺は極力平坦な調子で言った。
「ダスカ先生の言うとおり、ダンジョンの床や壁を開ける方法はなくはない。ただ、ダンジョンも不可侵領域の穴はすぐに埋まるようにできている。まあ、自働修復というのかな、俺もよくはわからないが、ダンジョンは生きているという説もある」
通常壊せない壁を無理矢理破壊したとしても、すぐに塞がる。
「唯一、その不可侵の壁や床を制御できるのは、ダンジョンコアと、コアを支配するマスターだ」
ダンジョンマスターは、魔力と引き換えに自由にダンジョンをクリエイトできる。自分好みの宮殿にしたり、あるいは侵入者を巧妙な罠に誘えるように作り替えたりするのだ。
ベルさんがニヤリと笑った。
「なるほどなー。ダンジョンマスターにはダンジョンマスターで対抗するということだな」
「どういうことだ?」
エマン王が黒猫へと視線をやる。しかし答えたのは、俺でもベルさんでもなくダスカ氏だった。
「つまり、ジン君は、ダンジョンマスター特有の権限を利用し、大空洞ダンジョンを作り替えて、深部までの階層すべての地面に穴を開けるということですね」
ご名答。俺が目を伏せる。エマン王とヴォード氏の驚く顔が目に浮かぶ。
「ダンジョンマスターの権限で作り替えるのはわかりますが、しかしダンジョンマスターはシャッハでは?」
「ジン……?」
言えよ、と言わんばかりのベルさんの声。俺はストレージからDCロッドを出して、それを机の上に置いた。
「これは、ダンジョンコアから作った杖です」
「ダンジョンコアの!?」
「杖!?」
案の定、二人は驚愕していた。
「以前、とあるダンジョンのコアを回収した時に作った杖です。まあ、その頃の話はベルさんとダスカ氏は知っているので、ここでは省きますが……」
知りたそうな顔をするエマン王とヴォード氏だったが、ダスカ氏が頷いた。
「ジン君はダンジョンコアの杖を使って、無理矢理ダンジョンの一部を自らの支配領域として、マスター権限で地形を作り替える、というわけですね」
「うん。マスター権限で開けた穴は、ダンジョンには塞げない。仮にシャッハが俺の開けた穴を埋めようとするなら、再度テリトリーを奪い返さない限りは無理だ」
DCロッド、大空洞ダンジョンのマップを投影――俺の指示に、青いホログラフ状の大空洞マップが具現化する。
投影自体は、以前エマン王は一度目にしていたが、ヴォード氏は初めてだったようで、目を何度か瞬かせた。
「最近、大空洞に行ってないので最新版ではありませんが、大まかな形はわかります」
何十階層あるのか、マップは記録しているが俺は正確に数えたことはない。しかもこの大空洞、深いところで途中がスキャンできなかったので、最深部がどうなっているかわからない代物だ。
思えば、その奥にダンジョンコアがあったのかもしれないな……。
「ご覧の通り、数えるのも億劫なくらい階層があるので、いちいち突破していると何日かかるかわかったものではない」
ホログラフ状のマップを見やる一同は、何も言わなかった。俺の指摘したことが反論のしようがないのは一目瞭然だったからだ。
「であるならば、深部まで直通の通路を作れば、各階層をまともに突破することなくショートカットが可能です」
・ ・ ・
かくて時間軸は戻る。
ダンジョンの階層の床であり天井である、それが消えた後はぽっかりと大きな穴が開いている。
もちろん、階層すべての床を抜こうとすれば広すぎて余計な魔力を喰うので、開ける範囲は限定している。
錐の一突き。一点突破で通路を作るのだ。最低限の範囲で最大の魔力を使うことでテリトリー化を迅速に進める。
おそらく、シャッハはダンジョン全体を制御しようと管理しているだろうから、コアの魔力も分散している。巨大すぎる故の弊害だ。
一〇〇の力を全体に分散させるのと、一点に集中するのとでは、どちらが強い力をかけられるかなど論ずるまでもないだろう。
さて、シャッハは、いつ全体に配分している魔力を迎撃のために集中させるだろうか? それに気づかないようなら、最深部まで一気に行かせてもらうぞ!
俺が、ダンジョンに穴を開けている後ろでは、ヴォードら冒険者グループ、ルイン搭乗のヴィジランティ部隊と、我がウィリディス勢が待機している。
が、うちの連中を除くと、他の面々は皆、驚きの表情を浮かべていた。
「すげぇ、何かよくわかんないけど、すげぇ……」
「ダンジョンに大穴が開いていく」
「な、なあ、これ下降りられるのか!? 飛び降りたら死ぬ高さじゃね?」
冒険者たちがざわめく。Aランク冒険者のクローガは、例の苦笑を浮かべながらボリボリと髪をかいた。
「いやはや、もう、ジンのことで驚くことはないと思っていたけど、こんなの想像できたか?」
「いや、できない」
ガルフ少年が、クローガのそばにいて、あまり感情の出ない顔ながら目一杯大きく目を見開いていた。
「こんな芸当、常人にできるわけがない……!」
「さすがは賢者殿……」
そう言ったのは聖騎士ルインだった。王国軍の騎士や兵たちは「これが賢者の魔法なのか……」と感嘆の声を上げる。
そんな王国兵たちのダンジョンの常識を知らない故の脳天気な発言に、冒険者たちは苦笑を浮かべた。
一方、我らがウィリディス勢と言えば、リーレが大穴から下を覗き込み、素っ頓狂な声をあげた。
「うひゃ、高いなぁ。なあ、ジン。今どのあたりまで行ってるんだ?」
「八〇階層を突破した」
俺は、ダンジョンコアのマップ表示を確認する。前回は途中までしかスキャンできなかった大空洞も、コア二つ分の魔力で、現在は最深部の地形までわかっている。
それによると一番深いところは、ちょうど一〇〇階層になる。本当、面倒だよこの深さは。
パワードスーツのインナースーツ姿のアーリィーが、マップを眺める。わりとボディラインが出る格好なので、最近つとに女性らしく見える。とくにお胸とか腰回りとかね。
「この一番下は、まだ誰も行っていないんだよね?」
「ああ、マスターであるシャッハを除けばな」
「できれば――」
今回はパワードスーツに乗らないマルカスが肩をすくめた。
「真っ正面から攻略したかったですね」
「冒険者らしいことを言うようになったな、マルカス君」
とはいえ、一〇〇階層だぞ。俺は嫌だね――
「八五階層突破! ここまで何の邪魔立てもしないとなると、シャッハは兵力を第一〇〇階層に集結させて迎え撃つ気かな?」
ショートカットルートを防げないとみて、ゴール地点で待ち構える腹か。そのときは総力戦になるんだろうな。
俺は後ろに控える騎士や冒険者たちを一瞥した。
侵食はついに、九九階層の床をぶち抜いた。
ただいま第二章前に、キャラクター紹介追加しております。




