第447話、消えた魔法甲冑
ボスケ大森林地帯の下にある空洞は、ダンジョンである。DCロッドによるスキャンはできても、テリトリー化はできなかった。
できたなら、巨人と思しき相手を見つけ出し、その近くに転送魔方陣を置いてショートカットすることもできたのだが。
その代わり、洞窟のモンスターたちがこっちへ寄り集まってきた。
たとえばゴブリン。
リアナ、そしてマッドが近づいてくるゴブリンどもを射殺する。奇声が響く中、光弾を食らって地面に崩れ落ちる小型亜人。粗末な石斧を持つ奴も、後ろで隙をうかがいながら弓を構える奴も、差別なく倒されていく。
はたまたスライム。岩場の陰に潜んだり、天井に張り付いていたりと、急に飛び出してくる。
「うおーりゃ!」
謎のかけ声と共に、リーレがグローダイトソードを不定形生物の身体に突っ込む。
「へ、物理攻撃なんぞ効きませんなんてツラしやがって。燃えな!」
剣先から炎がほとばしり、たちまちスライムが火だるまとなり、燃えカスとなった。
「ちなみに、スライムの顔ってどこかしら?」
エリサが別のスライムに向けてファイアボールを唱え、ぶつける。正確無比なコントロール。味方のそばをかすめさせないのは大帝国魔法学校でも優秀な評価をもらった逸材だけのことはある。
そしてジャイアントスパイダー。驚異的な跳躍力で、素早く距離を詰めてくる敵。すさまじい粘着性のある糸か、酸性の消化液を吐き出すのだが――
「ご苦労さん」
俺は前衛に出ると、通路ギリギリの範囲まとめてサンダーボルトをたたき込んで、通路上のすべてをなぎ払った。回避などさせんよ。
「えげつねーな」
黒騎士姿のベルさんが笑う。マッドが片耳を押さえながら首を振った。
「どこまで響いたんだ、いまの音?」
「さあね、ひょっとしたらダンジョン中に響いたかも」
怖じ気づいて、雑魚が逃げてくれればいいんだけど。
「例の巨人が逃げないといいが……」
「むしろ音の正体を気にしてやってきてくれることを期待したんだけどな」
逃げるというパターンもあったか。
奥へ進む。その後もゴブリンやスライムが出てきたが、先頭に立つリアナが大方掃除してしまった。
「少し休憩しよう。スフェラ」
「斥候を出します」
ここまでついてきただけの姿形の杖は、小型シェイプシフターを出して、周辺偵察に向かわせた。
リーレが手近な岩を椅子代わりに座ると、水筒を口に運んだ。
「今のところ、雑魚ばかりで張り合いがないな」
「もう少し骨のある奴はいないものかね」
ベルさんも同意した。結構飽きっぽいというか、弱敵にはあまり調子が出ない魔王様である。
俺は革のカバン経由でビスケットにチーズ、チョコを出すと、仲間たちに配った。おやつである。
通路の奥を睨んでいるリアナ。休憩中でも見張りをしているのだろう。チーズをかじりながら、視線は奥に向けたままだ。
俺はマッドに歩み寄り、コーヒーを勧めた。文字通りの魔法瓶に入った熱々のコーヒーだ。
「ここでコーヒーを飲めるとはね」
俺のカバンを指して、何でも入るんだなと彼は言った。
「軍にいた頃を思い出す」
「君は軍にいたのか、マッド?」
「銃に、まずいコーヒー……いや、このコーヒーは悪くない。俺がAMTに乗って戦地を駆けていた頃だ」
装甲機動歩兵、というらしい。魔法甲冑よりも大型の5、6メートルクラスの人型装甲兵器なのだそうだ。
マッドは遠い目で、リアナの背中を見つめた。
「彼女は、改造兵士のたぐいか?」
「わかるのか?」
別段、強化人間とは紹介していないが、マッドにはわかったようだ。
「俺のいた部隊にもいた。見た目も、彼女に近い」
少女だった、とマッドはうつむいた。あまりいい思い出ではなさそうだ。
マッドは静かに語り出した。
彼のいた世界では、大きな戦争があった。
地上を二つにわけた、いや複数の陣営に分かれ、宇宙にあるコロニーをも巻き込んだ大戦争だという。マッドは軍に所属し、AMT部隊の一員として戦った。
どちらも自らを正義と叫び、血みどろの戦争は十年にも及んだという。
「俺の青春は、戦争のまっただ中だった」
軍に志願し、戦い、多くの戦友を失い、敵兵を殺した。
そんな中、軍は人間を兵器に作り替えた改造兵士を生み出し、戦場に投入するようになった。脆弱な人間を強くする、というシンプルな考えのもとに生み出された殺人兵器。その中には、親を亡くし、引き取り手のいない孤児たちも含まれていた。
改造兵士は、マッドの所属部隊にも配属された。感情を削ぎ落とし、人形のような改造兵士を、仲間たちは皆不気味がった。噂で、性格が破綻し、異常者のように振る舞う個体もいるらしいと聞いていたからだ。
マッドの隊にいた改造兵士は少女だった。歩く人形なんて仲間たちは言っていた。戦果は上げていたし、邪魔はしなかったから、気味悪がられてはいたが、次第に皆が彼女を受け入れていった。
だが、戦況が悪化し、仲間は次々に戦死。改造兵士だった少女はさらに改造を深めていき、マッドが最後に見たときは、AMTのコア、制御システムの部品になっていた。
「……」
まるでSFの世界だな、と俺は思った。なまじ映画やアニメの影響か、想像しやすくていたたまれなくなる。
ベルさんは無言。エリサは黙ってコーヒーをすすり、リーレは苦虫をかんだような顔をしていた。
強化人間であり、存在的には近いリアナは、見張りを続けていて話を聞いているかどうかさえわからない。
「俺は今でも後悔している。あのとき、つまり彼女が兵器のコアに改造される前、まだ五体満足だった頃に、彼女を連れ出していれば、と」
それは軍からの脱走を意味する。末期ともなると、両陣営とも脱走者が相次ぐほど、戦争による疲弊と混乱は大きかったらしい。
が、結局、マッドは軍にとどまった。ようやく笑顔を覚えた少女が、みんなを守ることが自分の存在意義だと言って戦場に残ることを選んだからだった。
マッドは彼女の意思を尊重したのだ。
だがその結果、少女は機械の部品となり、死んだ。
マッドは軍を抜けた。そして戦争はいつの間にか終わっていた。勝者なき終焉。世界は破壊され、国家は維持できなくなり、無法の時代がやってきたのだという。
その後はパイロットだった経歴から、戦場から回収したAMTをカスタマイズして傭兵として生きてきたのだった。
戦争が終わって数年。マッドがもう自分の年齢すら数えなくなった頃、この世界に飛ばされた。転生なのか転移なのかは知らないが、と彼はコーヒーをすする。
「つまらない話をしたな」
「いや……」
リーレがどこか拗ねたような声を出した。
「どこの世界にも、似たような話はあるんだな」
「本当ね」
エリサが同意した。大帝国出身の魔女は、半サキュバスなんて身体に改造された。機械か他の生き物かの違いはあれど、改造されたという点では同じだ。
「マッドと言ったわね。もし疲れたら、あたしのところに来なさい。優しく抱きしめてあげるから」
美人の魔女のお誘いに、マッドは目を丸くする。俺はベルさんと顔を見あわせ苦笑する。
これ、絶対アレ目当てじゃないかって、ね。




