第404話、処刑の日
その日、王城近くの広場に作られた仮設の処刑場で、ひとりの女が火あぶりに処された。
エリサ・ファンネージュ。
薬屋ディチーナの美貌の女店主にして魔女。
しかしその正体は、悪魔とも淫魔も言われるサキュバスだった。
王都に潜伏し、人間男性から精や魔力を奪い、また禁止薬物に指定されているガルガンタの類似品であるグリグを密造し、それを王都住民にばら撒いた。
囚人服を着せられた彼女は、魅了の魔法で周囲をたぶらかす恐れから、目隠しと口かせを噛まされ、火刑台に縛り付けられた。火に炙られ、くぐもった悲鳴を上げながら、やがて全身を炎がつたい、焼死した。
詰め掛けた王都の住民たちは、淫魔への罵倒を浴びせ、グリグを流布させた重罪人が焼け死んでいく様を眺め、歓声を上げた。
グリグ問題とサキュバスの目撃事件が一挙に解決し、また見世物としての処刑を堪能した住民たちは、日頃の鬱憤を晴らし帰っていった。
・ ・ ・
「で、ジンさん」
墓守ことグリム青年は口を開く。
「あの火刑台で焼かれたのは誰なんです?」
広場が見える三階建ての宿屋。その三階の部屋の窓から、俺は処刑場を見下ろしていた。
「リヴァイアサンだよ」
「……何です?」
「嫉妬を司る悪魔さ」
俺の世界での話だけどな。七つの大罪のひとつと言えばわかるだろうか。……いや、この世界の人間にいってもわからないか。
「アウラ・ボナだよ。……エリサを陥れた女」
俺は振り向くと、視線をグリムではなく、もうひとり――長い緑髪を持つ美女、処刑されたはずのエリサ・ファンネージュに向けた。
「瓜二つでした」
グリムは目を回した。
「火刑台の女性は、どこからどう見てもエリサさんにしか見えなかった!」
「擬装魔法だよ。周囲は、サキュバスを処刑しないと納得しないからね」
手近な椅子に座る。
昨晩、アウラ・ボナへの尋問を終えた後、俺は王城に向かい、エリサが収監されていた牢獄へ赴いた。
そこにいたのは鎖で雁字搦めにされ横たわっている美魔女――いやサキュバスだった。ちょうど口かせと目隠しされていたので、連れてきたアウラと入れ替えた。
本来、グリグ製造で罰せられなければいけないのは、アウラ・ボナである。
エリサがいなければ、ただ王国側に突き出して処罰を任せればよかったのだが、現状だと無実のエリサも『淫魔』だったというつまらない理由で処刑されてしまう。……俺は悪くない奴は見逃す主義だ。
「あなたには感謝しないとね、ジン」
エリサはそう言うと、俺のもとへ歩み寄った。いまの彼女は普通の人間形態であり、相変わらずの美貌を振りまいている。仮の魔術ローブをまとっているが、それでもにじみ出る色気。サイズを間違えたかな、パッツンパッツンだ。
「まだ気が変わらない?」
エリサは俺に触れ合うほどの距離で顔を近づけた。
「あなたが助けたのは、サキュバスよ?」
「悪いサキュバスなら、俺はとっくの昔に骨抜きにされてるよ」
そう、サキュバスが淫魔として恐れられているのは、相手の理想の姿で枕元に現れて、その男の精を吸い、衰弱死に追いやることだ。でも俺は、とり憑かれることはなかった。
「まんざら知らない仲ではなかったし、君を見殺しにするのは寝覚めが悪くなるからね」
「普通、淫魔が死んだら喜ぶものじゃなくて?」
「それが普通だというのなら、俺は普通じゃないな」
俺が真面目ぶって言えば、エリサはクスっと笑った。
「うーん、あなたに惚れてしまいそう。今時、私の正体を知ってそんなふうに言ってくれる人、いないわよ?」
「惚れるのは勝手だけど、俺はこれでも婚約者がいるんでね」
「あら残念。……そうだったわね、王子様、もといお姫様と婚約したんだって耳にしたわ」
王都中で話題になったからな。女になったアーリィー王子、その婚約相手が俺だっていうのが。
「あれから来てくれなくなったのは、奥様を立てて、かしら?」
「まあ、それもある」
俺は肩すくめると、話題を変えた。
「そういえば、エリサ。君は、そこにいるグリム君の正体を知ってる?」
「……!」
エリサは目を見開き、すっと視線をそらした。……ああ、知ってるなこれ。
「僕の正体?」
グリムもキョトンとして、俺を見ている。
「正直に言うと、俺も一度、あんたと直接話してみたいと思っていたんだ。グリム君……いや、墓守。グレイブヤード」
グレイブヤード。
謎の奴隷商人。年齢、性別不明。人前に現れる時は仮面をしていて、しかも代表者はコロコロ変わるので、本人かどうかもわからないとされる人物。
表向きは犯罪奴隷や借金奴隷を売買するクリーンな奴隷商人である。だが裏では、希少な他種族奴隷や魔獣、希少な生い立ちの奴隷を非合法で売っているとされる。
「いったい何のことですか、ジンさん?」
「とぼけるなよ。もうわかってるんだよ。あんたが俺からもらったポーションをどうしたか、説明してやろうか?」
ボナ商会からもらったポーション。そのうちの一個を俺はグリムに渡した。彼がそのポーションをその後どうしたか普通だったら知る術はない。そう、普通だったら……。
仕込んでいたんだよ、シェイプシフターをさ。
「……参ったな、何か仕込んでいたのか、見張られていたのか」
グリムは自身の髪をかいた。
「じゃあ、僕からもひとつあなたに質問です、ジンさん。……サキリスさんは元気ですか?」




