第253話、敵集団上空
蟻亜人の大集団を見れば、さすがのジャルジーも遠足気分が抜け、真剣モードになった。
午後の日差しが降り注ぐ。涼しげな風が吹いてはいるが、太陽によって気温は日中における最大温度あたりに達していると思われる。
一度、俺は空から敵集団を観察しに出た。ベルさんの飛竜形態で蟻亜人集団の上空を飛ぶ。黒く蠢く大集団、広大なるズィーゲン平原に侵入したその数は、およそ20万前後。空から見ると、巨大な楕円形の塊だった。足の踏み場もないくらいぎっしりに見えるが、蟻らしいと言えばらしいか。遠目から見ても、結構気持ち悪い……。
こいつらが向かうところ、生き物すべてを殺し、貪り、建物や田畑を全部踏み潰していくんだっていうんだから、おぞましい。
「あれと戦うだって?」
ベルさんが鼻を鳴らした。
「20万だってよ。うへぇ」
「スパルタは300人でペルシア軍100万と戦ったから平気平気」
映画の話で、史実だと戦った兵力はぜんぜん違うらしいけどな。
「なにそれ、聞きたい」
ベルさんが言うので映画――劇の話だよ、と俺は答えておいた。
「まあ、戦場を限定すれば少数でも大軍をある程度防げるって話だ」
大抵、この手の話は最終的には敵の物量にすりつぶされてほぼ全滅するけど。映画や小説では犠牲が美徳に映って忘れがちだが、生存者わずかでほぼ全滅しているからね。軍事的に見たら、ノーサンキューだよまったく。
「で、どうするよ、ジン?」
「光の掃射魔法を撃つ……んだけど」
風に髪がなびく。
「さすがにこれほどの大軍ではな。最大パワーでぶっ放しても一発で全滅させるのは無理だろうね……」
大集団の先頭から最後尾まで、数十キロの範囲で展開している。遠くなればなるほど威力が落ちる魔法の性質上、一撃で殲滅は不可能だった。
「最低でも二発。三、四発は必要かもしれない」
「最大で撃てるのは最初の一回だけか?」
「そうだな。ダンジョンコアの魔力も使うから……サフィロの分を使えば二発目も威力は確保できるな」
ただ俺も魔力を一発撃つだけで消耗するから、二発目は最高品質のマジックポーションなどで俺自身回復させないと無理だ。そしてポーションは、連続で飲むと気持ち悪くなるんだよねぇ。
でもいざって時は、アーリィーやサキリスに魔力補助してもらうことも考えておかないとな。あんまそういう使い方はしたくないんだよねぇ。……もう二度ほどやってるから今更だけどさ。
「地形、敵の配置……どこからぶっ放すのが一番敵を多く吹き飛ばせるか。よく考えないとな」
「残敵掃討レベルにまで減らせたら、ジャル公に任せればいいんじゃね?」
「まあ、そうなんだけどさ。もとが20万超えてるからな。20分の1まで削っても1万は残る計算だ。……そこまで減ったら、さすがに連中も逃げ出すんだろうか?」
人間とメンタル違うだろうし、最後の一兵まで戦うなんて精神構造だったらどうしようか。
「そういえば、蟻って女王がトップなんだよな。これだけの集団だ。統率している女王なり頭がいるはずだ。そいつを討てれば、この集団も崩れるんじゃないかな」
「大軍ほど統率は難しいからな。……おい、ジン。あれじゃないか?」
蟻亜人の大群の上をゆったりと飛行するベルさん。眼下は真っ黒だったが、進行方向上に、少しこんもりした盛り上がりが見えた。……なんだ、神輿、いや櫓か? 何だありゃあ?
黒く真っ平らな池に、ぽつりと浮かぶ小屋みたいな……何だかよくわからないものが蟻亜人の上に乗って一緒に動いている。建物のようで建物ではなく、盛られた土の山みたいな塊だ。
「アレが女王……の乗り物か?」
「他にそれっぽいのがないならな」
ベルさんが首を動かし、遠方へと視線を飛ばす。
「……うーん、どうも他にも似たようなものがあるっぽいな」
蟻亜人が蠢く上を遊覧飛行していると、先に見かけた小さな盛られた土の塊みたいなのが、数キロにひとつ程度の割合で見えた。軍隊で言うなら、さながら大隊とか連隊司令部みたいなものだろうか。
「頭潰せば全体が崩れるとか、そんな甘くはないか」
女王ってのは、同じ集団の中に複数いる種類もいるんだっけか。蟻博士じゃないから知らんけどさ。
それにしても羽根蟻はいないのか……?
のんびり飛行しているが、こっちに上がってくる気配がない。……もしいないなら、空から大魔法を叩き込むとか、爆発物を落とすとかも使えそうな気がするが。
「ジン……?」
「いや、何でもないよ。とりあえず、ざっくり削るを第一プランとして、敵がズィーゲン平原にいるうち早々に実行してしまう」
二、三発の光の掃射魔法で蟻亜人集団を攻撃。理想は全滅だが、現実的なところ、5分の1以下に減らせられれば上出来だろう。残りは日を改めて対処だ。無理に一日で撃滅しようすることもない。ああでもないこうでもないと思案して時間を潰すより、テキパキと進めていくことも大事なのだ。
敵軍の兵力を把握した後、俺たちは魔法装甲車まで戻った。ジャルジーやアーリィーが敵情を聞きたがっていたので、俺は簡単に説明しつつ、どう攻撃するか、案を披露した。
「極大魔法……」
ジャルジーが驚く横で、アーリィーとユナは特に表情に変化はなかった。むしろ、それしかないと二人とも思っているようだった。
そういえば、ヴェリラルド王国での反乱騒動において、その反乱軍を吹き飛ばしているが、あれはジャルジーが裏で糸を引いていたんだっけか。
まあ、それは今はどうでもいいが。
アーリィーが上目遣いの視線を寄越してきた。
「ジン。今回は桁違いに多いけど、何とかなりそう?」
「何とかするさ」
即答する。そのために敵情把握と、地形の確認を行ったのだ。最大効率で吹き飛ばしてやるさ。
「そんなわけで、色々準備しないとな。とはいえ、あまり時間もかけられない。……ここから一番近い集落は?」
「フレック」
ジャルジーが、控えている騎士長に問う。
「ヤール村が、敵の進軍経路上にあります。ここから半日の距離。いえ、この魔法車ならば一時間もかからないでしょうが」
「では、そこに一度、下がりましょうか」
俺は、皆に乗車を促すと、デゼルトの運転席に乗り込んだ。




