第1940話、つまりは早とちりというわけ
「いらない」
ケーキを一緒に食べようとリンちゃんを誘ったのだが、彼女はご機嫌斜めだった。……うん、ちょっとお年頃ってやつだな。
俺は、リンちゃんの部屋に入る。彼女はベッドで横になり、こちらに背を向けていた。だから出て行けと言われなかった。
足の短いテーブルのところにある座席に、俺は勝手に座る。
「今日の試験はよくやったな。見てたよ」
「……」
「何に拗ねているんだ?」
「拗ねてない」
そっぽを向いたままのリン。
「失敗した」
「そうなのか?」
何となく察しているのだが、冒険者の視点からすると、何をそこまで落ち込んでいるのかわからない。
「お前はよくやったがな」
「どこが」
やはり突き放すように、リンちゃんは言った。
「試験に落ちた。クエストを果たせなかった……!」
「……お前は何を言ってるんだ?」
「何って――聞こえなかったの!?」
振り返るリンちゃん。俺は答えた。
「聞いてたよ。だからわからない。お前、いつ試験に落ちたんだ?」
「だから、クエストを果たせなかったって――」
アグナ――仲間が戦闘に支障が出ている状態になったので探索を中断、引き揚げたのだ。クエストを放棄したのだから、目的も果たせず結果不合格に――
「追試験をやるというだけで、不合格ではないだろ」
まずそこで君、勘違いしているよね?
「誰もリンちゃんたちが不合格なんて言っていないはずだけど」
「……え、ても」
困惑するリンちゃん。俺は皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「クエストを果たしていないから、放棄するのでなければ続行だ。このクエストは一定時間以内に果たさなければいけないとか、誰々を救出するようなものではないから、ギルド側から中止をされるか、冒険者側からギブアップしない限りはやるものだよ」
もちろん一度受けたクエストを、できませんは罰金とかかけられるけど。本物の冒険者ならね……。
「……」
「追試、受けるんだよな?」
俺が尋ねると、リンちゃんは気まずげに視線を逸らした。恥ずかしいのかね。拗ねるところではないのに勝手に拗ねていた自分が。
「受けないのか? 勿体ない。何もミスもなかったのに」
「はっ? 何も言ってないんだけど!」
つっかかるようにリンちゃんは言う。この年頃の子って、わかりにくい。
「そうだな。ミスがなければ、リンちゃんたちなら試験合格間違いないだろう。それくらいの実力はある」
「見ていたようなことを言うのね」
「見てたって言ったぞ」
俺は手を振った。
「実力はまあまあ。少なくとも新米冒険者のレベルではないな。撤退の判断も含めて、中堅冒険者に匹敵する。これは凄いことだ」
実際、あの場で仲間のために撤退を選択したのは偉い。冒険者は生き残ってナンボの世界だ。己の命、仲間の命、それを守る行動は常に心がけないといけない。……少なくとも仲間のフリをして同業者の命を消耗品扱いするようなクズ冒険者にはなって欲しくないものだ。
「アーリィーも褒めていた。よく引き返していたってな」
……嘘です。もしかしたら本当に言っているかもしれないけど、俺はその場を見ていない。ただ、彼女の性格だから、おそらく褒めていると思う。リムネやサキリスも、きっとな。
「むしろ、新人は手柄を焦って強行する者が多い。そういう奴から死んでいくんだ。仲間どころか自分まで殺す。……たぶん、あそこで撤退しなかったら、たとえ最深部に辿り着けてもディーシーが『不合格通知』出したんじゃないかな」
「……」
クエスト後の一言で、一発不合格を発したディーシーさんだ。十中八九、アウトだっただろう。
……やりようによっては、強行したとしても合格していた可能性もあるが、そこはディーシーさんやママさんたちを唸らせるアイデアが出ていたら、という条件だろう。
ただリスクを考えると、それでも『仲間の命を優先しろ!』と駄目判定される率のほうが高く、リスクを秤にかけるなら、リンちゃんの判断がベストだったと思う。
「ということで、ケーキを一緒に食べよう。お前がへこむ理由なんて何一つない。むしろあの決断は、俺は誇らしい」
「そうかなぁ」
リンちゃんは頭をかいた。先ほどよりトゲはなくなっている。
「やっぱり、悔しいよ。最後まで行けなかったのは」
「だから、次に行くんだろう? 冒険者は命あっての物種だ」
「まあ……そうね」
ドラマか映画のシーンでも思い出したような顔をするリンちゃんである。ベッドから下りると、部屋を出るようなので、俺も立つ。
「ちな、ケーキは?」
「チョコレート」
「えー、あたし、チーズがよかったー」
リンちゃんが口を尖らす。チーズケーキ? いや、俺も好きだけどさ……。中々渋いねぇ、リンちゃん。姉妹兄弟の中には半分くらいチーズケーキを嫌っていたけど。
すっかり機嫌を直した長女さん。これで一安心。ああ、そうそう、そういえばまだ言ってなかったけど。
「俺、明日、月に行くんだけど……リンちゃん、興味ある?」
「は? 月?」
ポカンとするリンちゃん。まあ、突然だもんな。そういう顔にもなるか。
「未知の遺跡が見つかったらしくてね。月にいるユナ……先生から、ちょっと来て欲しいと頼まれたんだ」
まっ、転移できるから、向こうで何もなければ――つまり非常事態にでもならない限りは日帰りのつもりだけどね。
「月かぁ……」
リンちゃんが視線を彷徨わせる。この子は、幼い頃は今よりも好奇心が旺盛で、大体のことに手を出していたから、まんざらでもない様子。冒険者のことでいじけていたら、月に誘うつもりだったけど、その必要はなくなってしまった。
ただ、これからアーリィーたちにもその話をするから、先に言ったんだけどね。
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