第1924話、ヒコウする少女
「冒険者かぁ……」
リンは呟く。自分の進路の中、候補の一つではあった。
かつては憧れたこともあるし、トレーニングを重ねる中で、このまま頑張ればそこそこいい冒険者にもなれるんじゃね?――と思ったりもした。
もっとも、これは魔術師になるという候補とも重なる部分であり、絶対に冒険者でなければならないというものでもなかったが。
純粋に夢として『冒険者に』というのがあれば、また話は違ったかもしれない。
「選択肢が多いのも考えものね」
知識は人を豊かにするが、必ずしもそれが活用されるとも限らない。
学校から下校、その帰りにポータルで寄り道をする。
行き先はウィリディス航空基地。ヴェリラルド王国にある深い森、ウィリディス。ジン・アミウールがヴェリラルド王国の先王エマン王から個人的に与えられた場所。王族の別荘もある場所ではあるが、ここには飛行場があって、リンは週一で通っていた。
「コンドルさん、こんにちは」
「やあ、リンちゃん、来たね」
恰幅のいい中年男性――ウィリディス航空基地の訓練飛行職員であるコンドルが笑顔で迎えた。……なお彼はシェイプシフターである。
「飛ばしにきました」
「機体の準備はできているよ。着替えてきなさい」
「はーい!」
更衣室へ行き、制服からアンダースーツ、そしてパイロットスーツと装具に着替える。
ヘルメットを抱え、待機所へ。戦時中はパイロットたちがひしめいていたそこも、今ではほとんど人の気配もなく、静かである。
と思いきや先客がいた。
「あ……」
「やあ、リンちゃん」
「リヒト・ヴァリエーレ子爵。それとシュネーちゃん」
ヴェリラルド王国航空騎士マルカス・ヴァリエーレの兄の息子であるリヒト子爵。かつて幼小時に盗賊にさらわれたことがあるが、ジン・アミウールの介入で無事助け出された。あれから時が経ち、結婚し子供もできた。シュネーは娘で今年で六歳である。
「来ていらしたんですか?」
「ここの『王族のレストラン』に寄ったんだけどね。シュネーが飛行機が見たいと言うからちょっと寄らせてもらった」
王族のレストラン――かつてはウィリディス食堂と言われ、今ではヴェリラルド王国やシーパングで普及した料理が振る舞われている場所。
ウィリディス関係者と王族、そして会員でなければ入らない場所だが、マルカス繋がりでリヒトは会員としてここに通っていた。初めてここに来たのは子供の時だったが、すっかり魅了されて常連となっている。
「これから飛ぶのかい、リンちゃん」
「ええ」
「そうかい。気をつけて」
「ありがとうございます」
お辞儀して、待機所を通過する。後ろで『あのお姉ちゃんがこれから飛ぶんだよ』とシュネーに言っている声が聞こえた。親子の会話だ。
「コンドルさん」
「駐機場へ行こう」
彼はリンにチェックリストを渡して、広い屋外を歩いた。並んで歩きながら、リンはコンドルから機体について説明を受ける。整備状況、燃料、飛行プランの確認諸々のブリーフィング。
格納庫のシャッターは開き、ウィリディス製航空機が並べられている。が、すでに今日リンが飛ばす予定の機体は、駐機場に待機している。
TF-03AトロヴァオンA型。
伝説の飛行隊トロヴァオン中隊の栄光の始まり。初期の機体で、より新型が配備された中では旧型。今はここで高等練習機としての余生を過ごしている。
リンはこのトロヴァオンという戦闘機が好きだ。父ジンが、フォルミードー退治で乗った航空機であるし、英雄王ジャルジーの伝記にも、彼がトロヴァオンのコクピットでポーズをとっている写真が載っていた。
ヴェリラルド王国の人気戦闘機ランキングトップは、このトロヴァオンである。ジン、そしてジャルジーの影響もあるが、ヴェリラルド王国の誇る航空騎士であるマルカスの英雄譚の効果が大きい。
「じゃあ、いつもの出撃前のチェックリスト、始めようか」
コンドルはそう言った。リンはチェックリストを手に、トロヴァオンの周りを回る。外から見て異常はないかをまず確認。
トロヴァオンには制御コアが搭載されていて、機体の状態をスキャン、異常部位、消耗部位の自動修復機能がある。
しかしパイロットたる者、自分の乗る機体は自分の目で確認するものだ。こういうことをしっかりやることで、制御コアなしの機体を飛ばせと言われても困ることなくチェックできるようになる。
稼働部分に異常はないか? 直接触れて確かめる。燃料棒挿入口はきちんとロックがかかっているか。武器が搭載されていれば、それも確認するのだがチェックリストには予め斜線が引いてある。
この練習機は非武装なのだ。
一通り外のチェックは終了。待っているコンドルのところに戻り、リストを返す。コンドルがチェックリストの漏れがないか確認。最後にパイロットの装具をコンドルが確認していく。
「最後、安全のお守り」
すっとリンは首から下げている防御魔法のリングを見せる。これがないと、絶対に航空機に乗せてもらえない。万が一のトラブルで機体が墜落しても99パーセント生存すると言われている魔道具である。
心配性の父や母親たちから絶対にこれを身につけろと念押しされている。一度忘れた時は、コンドルは絶対にリンを機体に乗せなかった。……シェイプシフターは命令には絶対であり、賄賂も甘い言葉も通用しない。
「異常はなし」
コンドルが乗っていいと許可を出して、ようやくトロヴァオンのコクピットへ。梯子を登り、制御コアと共に起動スイッチを入れる。計器が蘇るが、梯子を登ったコンドルからチェックリスト二枚目のチェックが入る。
今度は口頭が確認してくるので、スイッチを入れたり計器を見たりしたリンが「チェック」とそれぞれ答えていく。
改めて稼働部を動かして正常作動するか確認。すべてが終わるとコンドルが梯子から降りて機体からはずす。キャノピーが下りて、無線越しの交信。すでにトロヴァオンのエンジンがうるさいくらいの唸りを上げている。
管制塔と交信、フライトプランの確認などをこなし、ようやくGOサインがきた。コンドルはすでに機体から離れている。
「管制塔、こちらライトニング。テイクオフ」
垂直浮遊機能によってトロヴァオンは浮かび上がり、一定高度まで上がるとスロットルを開き、空へと飛び上がった。
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