第1263話、行動の引き金
サジタリウス浮遊島軍港の出現に対して、対応を考えているのはウィリディス・シーパング同盟だけではなかった。
地下に本拠を構える吸血鬼――スティグメ帝国である。帝都にある皇帝の居城プロフォンドゥム城。
地上の様子を映し出している魔眼鏡と呼ばれる投影装置が表示した、サジタリウスを見て、メトレィ・スティグメは恍惚と笑みを浮かべた。
「素晴らしいわ。ハル、あなたもそう思わない?」
美貌の吸血鬼皇帝の言葉に、傍らで同じように映像を見ていたハル長官は事務的に返した。
「魔法文明よりさらに古い文明の浮遊島のようですが」
「我らの大アポリトもまた、古代文明の技術で空にあった。……あれを造り替えて私たちの城にしたいわ」
「奪え、という命令ですか?」
「そう。命令」
スティグメは玉座から立ち上がった。
「そろそろクルフにもお礼参りをしてあげないとね。例の封鎖された出入り口、突破の目処は立っているかしら?」
「いつでも」
「よろしい。では質と量の正しい使い方を教育してあげようかしらね」
・ ・ ・
真ディグラートル大帝国、新帝都グラン・ディグラートルの居城にて、大皇帝であるクルフ・ディグラートルは最新の連合国戦線の報告を受けていた。
「連合国は、もはや崩壊した、か」
「シーパング同盟の介入により、セイスシルワ、ネーヴォアドリスからの離脱戦力を確認。また避難した民も、シーパングによって連れ出されました」
ウース情報局局長が読み上げるそれに、大皇帝は静かに笑みを浮かべた。
「逃げることしかできなかったか。所詮、連合国は、ジン・アミウールがいなければ何もできない非力な連中だったと証明されたわけだ」
「はあ……。しかし、遠征軍も利用可能な軍事施設を接収できなかったため、損傷を修復すること叶わず、損害もまた少なくありませんでした」
「連合国にしては、去り際だけは見事だったな」
ディグラートル大皇帝は苦笑する。
「戦慣れしていない腑抜けばかりかと思いきや、我らに施設を使わせないためにきっちり処理していきおった」
「少々鮮やか過ぎるとも思えますが……」
ウースは釈然としない顔になった。
「連合国の無能のこと、どこかひとつくらい不始末を起こして接収できたやも、と思いますれば」
「もしかしたら、シーパング同盟が裏で手を引いていたかもしれんな」
ディグラートル大皇帝は笑みを引っ込めた。
「ともあれ、シーパング同盟の介入により、こちらもサジタリウスを前倒しに使わざるを得なかった」
「大皇帝陛下の想定の中に、サジタリウス投入案はございましたが……」
「そう。つまり、ジン・アミウールが、彼にとって最良の、そして我々にとって最悪の手で仕掛けてきたということだ」
大皇帝は玉座に深々ともたれた。
連合国のど真ん中に侵攻軍を送り込む作戦を取るにあたって、補給線の確保と、修理・整備施設の制圧は入念に計画されていた。
補給は転移魔法陣で送り出せるが、一方通行ゆえ、現地から修理艦艇や兵器を送り返すことができない。現地施設の制圧は是が非でも成功させなければならなかったが、ジン・アミウールはその点を的確に突いて、大帝国に戦力外兵力を続出させ、行動を封じてきたのだ。
「さすが、としか言わざるを得ない」
そこまでシーパング同盟がしてきた場合、クルフが用意した解答が、基地を送る――サジタリウス投入だった。
「やはり、恐ろしい男ですな。敵にそのような者がいるのは」
「だからこそ、退屈せんのだ」
ディグラートル大皇帝は、大スクリーンの世界地図――その戦況図を睨む。
「とはいえ、本気の戦争を楽しむためにも、吸血鬼どもが邪魔だ」
連合国排除は、残る地下勢力掃討のための『ついで』に過ぎない。
「フェク卿」
「はい、陛下」
「シーパング同盟が、今サジタリウスに手を出してきても面白くない。少し、彼らを忙しくしてやる」
ディグラートル大皇帝は立ち上がり、地図を指し示した。
「テメラリオ駐屯軍を動かすフリをする。これでクーカペンテにいるファントムアンガーなる反乱軍は釘付けだろう。そして」
大皇帝の指先が大陸西方に向く。
「西部戦線に派遣した第十艦隊を南下させよ。ヴェリラルド王国北部領へ侵攻させるのだ」
「御意に」
フェク卿がさっそく皇帝の間を離れ、それを見送ったウース局長は、大皇帝を見上げた。
「ヴェリラルド王国を攻めるのですか?」
「ジン・アミウールの注意を引くには充分だろう」
「第十艦隊は、例の実験艦隊にございますが――」
ウースは自身の顎髭を撫でた。
「ヴェリラルド王国軍は、西方諸国の中でも最強。おそらく第十艦隊は……」
「全滅するであろうな。わかっている」
ディグラートル大皇帝は再び玉座に腰を下ろした。
「多少なり、かの国の戦力に打撃を与えてくれようが、それでよい。これで滅びてしまうような弱敵では困る」
「左様で」
顔には出さなかったが、ウース局長は背筋が凍るような感覚に襲われた。
ちょっと行って来いと、買い物を命じるように1個艦隊を丸々全滅させても構わないと大皇帝は考えている。そこにいる人員のことなど、数字以上に……いや数字すら関心がないのだろう。
――恐ろしいお方よ。
当然ながら、その言葉がウースの口から出ることはなかった。
しかし結果はどうあれ、ヴェリラルド王国とぶつかる第十艦隊がどのような戦いを見せるのか、情報局局長としても興味深くはあった。
・ ・ ・
大陸西方、ヴェリラルド王国より北西……。ノルテ海の西方に位置する旧シャマリラ帝国――現在の真・ディグラートル大帝国西方方面軍司令部が置かれたこの地より、大帝国第十艦隊が出撃準備にかかる。
この動きは、現地に潜伏するシェイプシフター諜報部員によって、ただちにウィリディス軍アリエス浮遊島軍港司令部に通報された。
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