第1041話、すでに詰んでいるのではないか?
絶え間ない緊張。
大帝国揚陸艦隊の将兵たちは、緊張と苛立ちに苛まれていた。
敵勢力の攻撃が続き、その被害も時間と共に増大していった。初めは迎撃に成功していたミサイル防御も、阻止しきれなくなっていた。
緊張の連続に、パイロットの集中力が落ちたのか? 否、迎撃する魔人機は、ローテーションを組んで、適度に交代している。
だが、それでもミサイルは抜けてくる。それが魔力レーダーにも目でも捉えられないステルスミサイルであることに気づかず……。
被弾による犠牲が増えるにつれ、艦隊乗員は迎撃機の落ち度と非難し、パイロットたちを余計に苛立たせた。
シェード将軍、フェール陸軍中将、フームス海軍少将は連名で、先行する第二艦隊に救援要請を出した。
このままではエルフの里にたどり着く前に、地上戦力がなくなってしまう――作戦崩壊の危機を訴えたそれは、しかし、第二艦隊ヒュース提督には届かなかったようで。
『我、速やかに先行し、敵の注意を引きつけん。たとえ、揚陸艦隊が戦力を喪失しようとも、我が艦隊が敵地に突撃し、制圧す』
この電文を聞いた揚陸艦隊では、フェール中将が激怒した。
「血迷うたか! 上陸部隊のいない艦隊で占領などできるか! ヒュースは大バカ者か!?」
フームス少将は――
「敵の注意を引いているのはこっちなのだが……。支離滅裂ではないか」
シェードは、さらに辛辣だった。
「頭の悪い貴族が指揮官などやるから、これだ」
シェード遊撃隊所属のインスィー級戦艦『ラプトル』。『ラガード』を失ったシェードは、旗艦を『ラプトル』に移していた。
「帝国の無能は、ジン・アミウールに駆逐されたと思っていたのだがな」
そのあまりのいいように、聞いていたオノール参謀長は、目を剥いた。静かだが、シェードにしては珍しく遠慮がない発言だった。
――閣下は、相当お怒りなのでは……。
ここにいないとはいえ、ヒュース提督のことを『無能』と称したのだ。エルフの里攻撃軍は、任務を遂行できないのではないか――オノールの中にも、その不安が膨れ上がっていた。
シェードは背中を向けたまま言った。
「ルンガー艦長、どう思う?」
「どうにもなりませんな」
バンネン・ルンガー中佐。戦艦『ラプトル』の艦長である。三十代、ルンガー伯爵家の出とされているが、直接血は繋がっていないともっぱらの男だ。非常に冴えない顔つきで、冷淡な印象を与える。
「揚陸艦隊はエルフの里攻撃に必要不可欠な存在ですが、第二艦隊もまた同じ。どちらを失っても、攻略はおぼつきません」
紙を読み上げるが如く、淡々とルンガーは言った。
「第二艦隊司令長官殿がおっしゃった通り、彼らが敵の注意を引いたとしましょう。それで仮に全滅したとしたら、結局、我々揚陸艦隊は、敵艦隊もしくは航空戦力に蹂躙されるのみ」
「しかし、こちらには魔神機があるぞ」
オノールは口を挟んだ。
「仮に第二艦隊がやられたとしても、揚陸艦隊はまだ戦える――」
「救援要請を出しているのに、ですか?」
ルンガーは、オノール参謀長を睨むように視線を向けた。
「現状のままだと、エルフの里に到達するまでに揚陸艦隊がどれだけやられるか……正直、今も被害を抑えきれていません。魔神機とて万能ではないでしょう」
「そう、魔神機は万能ではない」
シェードは振り返ることなく言った。
「三機目を温存しているが、果たしてその意味があるのか怪しくなってきた。我が軍を攻撃している敵将は、まさに『魔術師』だ」
戦力の損耗。兵員の疲労。不信感。上級指揮官の意見の相違。何もかも敵指揮官の思い通りのように進められている気がしてくる。
悪い方向へ導かれているように感じて、シェードは顔をしかめた。
――これも、ジン・アミウールの策か。
「始末が悪いのは、これほど敗戦の気配が濃厚ながら、戻るに戻れないことだ」
第四艦隊は全滅。揚陸艦隊の損害も、全体の三分の一近くに達しようとしている。本来なら、攻略に必要な戦力の喪失を鑑みて、作戦の中止、撤退もやむなし、というところではある。
だが、今回のエルフの里攻略作戦は、過剰とも取れる大兵力を投入したものだった。はっきり言えば、エルフの里ひとつを攻め落とすのに、こんなに戦力は必要ない。
原始的なエルフの戦力など、近代化された大帝国の前で蹴散らせる――と、多くの帝国将兵は思った。
すでに大きな被害を受けている攻撃軍だが、エルフの里を攻め滅ぼすくらいなら、残っている艦隊の半分、いや三分の一程度でも事足りる。
もちろん、これはシーパングの兵力がどの程度現れるかによって変わる。だが、それが掴めていない以上、余裕で里を落とせる戦力がありながら、本国に引き返すなど言語道断であった。
弱気な指揮、とそしられる程度ならまだマシ。下手すれば敵前逃亡で罰せられる可能性すらあった。
「敵の指揮官は、こちらの戦力を残さず食い散らかすつもりなんでしょうね」
ルンガー艦長は、皮肉げな表情を浮かべた。
「揚陸艦隊を一挙に叩かないのは、こちらの不和を煽って、攻撃軍のすべてを撃滅するためでしょう」
下手にダメージを与えすぎて、逃げられては困る、ということだ。
――こちらは底なし沼とわかっていて、なお前進しなければならないということだ。
シェードはますます機嫌が悪くなる。
――ヒュースは、自分たちが底なし沼に突っ込んでいることすら気づいていないのだろうな……。
前進し続ける第二艦隊は、もはや虎の口の中に突っ込んでしまっている。
「どうにもならない……。君はそう言ったな、艦長」
「はい。個人的には撤退をお勧めしますが、私の立場ではその権限はありませんし、仮に撤退を閣下がご決断されたとしても、敵は我々を逃さないでしょう」
我々は、鍋に投入される前の野菜であり、料理をする人間からは逃げられないのだから――
もうすでに詰んでいる、とルンガーの顔に書いてあった。
一方、大帝国第二艦隊に目を向けると、事態は深刻だが絶望的という認識はなかった。
揚陸艦隊をちまちま攻撃されているのは、敵に一挙に攻撃できるだけの兵力はないから。
第四艦隊の壊滅は悲劇だが、同様の攻撃を第二艦隊に使ってこないのは、おそらくそう何度も使える手ではないからである。
敵戦力の全容は不明だが、奇襲に頼った時点で、攻撃軍より少ないとみて間違いない。敵が強力なのは認めるが、過剰に恐れてはいけない――
ヒュース提督以下、第二艦隊司令部はそう判断し、艦隊を進めた。
フェール陸軍中将が上陸部隊なくば作戦の成功はないと公言するのと同様、ヒュース提督もまた、艦隊決戦の勝利なくば、里の制圧は不可能と考えていた。
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