その2
『葦柄町ニコニコ通り』から徒歩5分。
なんとも一般庶民テイスト溢れる町並みの中をテクテク歩いた先に、そのこじんまりとしたアパートは見えてくる。
鑑定士を呼ぶまでもなく相当アンティークな見た目をした建物だ。そして、実際のところ築うん十年レベルの相当アンティークした建物だった。
苔むしたコンクリートの塀。
そこに据え付けられた、これまた古びた板には無駄に勢いのある書体でアパートの名前が大書されている。
『久慈家荘』
此処こそ、こがれの慎ましやかな住み家であった。
「──あら、こがれちゃん。おかえりなさい」
衝撃の『事務所倒産しました事件』の後。
すっかりゾンビ化してしまったこがれは、ノロノロとした足取りで、徒歩5分の道をたっぷり20分かけてアパートへとたどり着いた。
そんな彼女を、アパートの玄関先を箒で掃いていたオバサンが笑顔で出迎える。
元気な声だ。
その元気な声に少しだけ生気を取り戻したこがれは、ずっと俯いていた顔を上げて笑顔を浮かべてみせる。
ぎごがご、ぎぎぎぎ……。
──そんな擬音が付いちゃいそうな、まるでゼンマイの切れ掛かったおサルのシンバル人形の様な硬い動きではあったが。
「あ……大家さん。ただいま、です」
「……? 元気ないわね、どうかしたの? ゼンマイの切れ掛かったおサルのシンバル人形みたいよ?」
「いえ、ちょっと……あは、あはは」
不思議そうな表情を浮かべながら「ご飯、ちゃんと食べてる?」なんて気遣いの言葉をマシンガンみたいに連発してくる大家さんに、こがれは曖昧な笑みを返して言葉を濁した。
大家さんは、もちろんこがれがアイドルだって事を知ってる。
それどころか、アイドルになる為にはるばる九州から上京してきたこがれに大いに同情してくれて、むしろ全面的にバックアップとかしてもらっちゃってたくらいだ。
野菜や果物なんかのお裾分けは言うに及ばず。こがれのデビュー曲のCDを一番最初に買ってくれたのは大家さんだったし、お願いしてもないのにダンボール一杯のCDをご近所に配り歩いてPRしてくれたりもした……その後しばらく、ご近所さんから「ほら、アレが噂のアイドルの……」となんだか後ろ指を差されてる様な感じになってしまったのはちょっぴりほろ苦い思い出もあるが。
それは、ともかく。
こがれにとっては、そんな感じでとってもお世話になってる大家さんなのだ。
そんな大家さんに『実は事務所が倒産しちゃって、今日から普通の女の子なんです』なんて、今のこがれにはとてもじゃないが言い出せなかった。
それはこがれ自身、いまだにその現実を完全に受け入れきれてなかったせいってのもある。
自分を慮ってくれる大家さんの言葉。
今のこがれにはそれがただただ切なくて、胸をきゅっと苦しくさせた。
「だ、大丈夫です! 歌と健康な事だけが取り柄ですから! そ……それじゃ、私はこれで……」
「そーお? ……なんかあったらおばちゃんに相談してね?」
逃げ出すように。
その時のこがれの気分から言えば、そんな言葉がぴったりだっただろう。
そそくさと大家さんに背を向けて、すこし離れた自分の部屋へと早足で歩き出す。
しかし──
「あ、そうそう! こがれちゃんの事務所から荷物が届いたから、預かっておいたのよー」
ハッとしたように声をあげる大家さんの声。
それを背後に聞いたこがれは、ビクリと大きく身震いするようにしてその場に立ち止まった。
「ちょっと待っててね」と言い残して、久慈家荘の隣にある自分の家へと小走りに駆けていく大家さん。そのちょっぴり重量級な足音を背後に聞きながら、こがれはゴクリと息を呑んだ。
事務所からの荷物。
色々と事態を受け入れきれずにいるこがれにも、いよいよ自分にひたひたと後ろから迫ってきているヤツがいるって事が分かってきた。
そう……『現実味』ってやつだ。
「おまたせ、こがれちゃん」
ややあって、荒い呼吸と共に聞こえてきた大家さんの声。
その声におそるおそるとした動きでこがれが振り返ると、小振りなダンボール箱を大家さんが差し出してくる。
「ありがとう、ございます……」
受け取った箱を抱えながら、こがれは複雑な表情のままにぺこりと頭を下げる。
……これが『現実味』というヤツだろうか。小さな見た目に似合わず、その箱はなんだかズシリと重かった。
──扉を開けると、見慣れた部屋の姿が見えてくる。
大家さんに別れを告げてようやく自室へと戻ったこがれだったが、部屋の上がり口にダンボール箱を置くと、そのまま扉の前でずるずるとしゃがみこんでしまう。
この短い間に、こがれはすっかり疲れきっていた。
一応これでもアイドルの端くれだった娘さんだ。根性だとかバイタリティとかは一般的な女子高校生以上のモノを備えている。
しかし、今のこがれはアイドルでも何でもない。歌うこと以外にはこれといって取り柄のない、ただの『少女A』なのだ。
『アイドル』だったら耐えられる事も、ただの『少女A』ではちょっぴりキビしい。
しゃがみこんだまま自室の天井を見上げていたこがれは、なんだかこれまで耐えてきていた疲れがドッと表面に溢れ出してきたような気さえしてきていた。
しばし天井の木目の数をぼんやりと数える事で現実逃避していたこがれだったが、ゆっくりと視線を下に戻すと目の前のダンボール箱を見つめる。
それはやはり、小さな箱であった。どう贔屓目に見ても、一般的なミカン箱とそう大差ない様に見える。
「これが私のアイドル集大成かぁ……」
九州の片田舎から上京し、こがれがアイドルになっておおよそ一年とちょっと。
その『一年とちょっと』の塊が、この中に入っている。
自分はアイドルとして、こんな小さな箱にしまえてしまう程度の物しか生み出さなかったのだろうか?
そう考えると、こがれはさらに切なくなった。
そんな切なさを胸に、こがれはおもむろにダンボール箱に手を伸ばした。
口を閉じているガムテープを丁寧に引き剥がし、ゆっくりと蓋を開けてみる。
そこには、箱の中にきっちり綺麗に折りたたまれた色鮮やかな布地と、その上にちょこんと乗せられた正方形のプラスチックケースが見えた。
「あ、私の衣装……それに私のCD……」
取り出してみれば、それは確かに自身の一着きりのステージ衣装と一曲きりの持ち歌──つまりデビュー曲だった。
思えば、たったこの二つきりでよくも各地のお祭りやイベントの前座を渡り歩けたものである。
自分はわりと無茶苦茶な営業をやってたのかもしれない。
こがれはCDを手に、苦笑いを浮かべた頬をかく。
「……でも、楽しかったっけ」
苦笑いをやわらかな笑みに変えて、こがれは自身の活動を振り返る。
確かに営業先のステージは、何処も昔からずっと憧れに思い描いていたような立派な物じゃなかった。テレビで全国放送される事だって、もちろんなかった。
それでも沢山の人の前で好きな歌を思いっきり歌えるだけで、こがれは満足していたのである。
「歌が好きなだけじゃ……ダメなのかなぁ」
たぶん、売れるアイドルになる為にはそれだけじゃダメだったのかもしれない。
もちろん売れなかった要因は他にも色々とあるんだろうけど、どこかで何かが自分には不足していたのだとこがれは思った。
自分には何が足りなかったんだろう?
問いかける相手もないままに、CDのジャケットに写る自身の姿を見つめる。
そこにいる自分はキラキラ輝いていて、楽しそうで、立派にアイドルしていた。
少なくとも、こがれが思い描いていた『アイドル』をこのCDジャケットの自分は体現している様に見えた。
……ふつふつ、と。
CDジャケットの自分を見つめる内に、こがれの心の中に何かが湧き上がってくる。
そして、それが心の中をいっぱいに満たしてしまうとこがれはまるで何かに弾かれた様にアパートを飛び出してしまっていた。
CDを掴んだまま、夕暮れの町をがむしゃらに走り出す。
──『ある場所』を目指して。
この物語は『異世界召喚物ファンタジー小説』です(・ω・ ←
とりあえず更新しようと思ったら中途半端な感じに。
ファンタジー要素が今のとこ皆無ですが、のんびりお付き合いください。




